第9話 アマルガム・ハイフキ

 身体が熱い。痛い。頭もだ。

 今まで綺麗に動いていた歯車に、突然砂利を投入したかのよう。

 頭が割れそうという頭痛の形容詞が今まで疑問だったが、なるほど、こういう頭痛か。もしかしたら本当に割れているかもしれないけど、その時はその時って事で。 


 


 その言葉は過去の僕が残した唯一の贈り物、もしくは呪いだった。

 ご丁寧に怪物になる為のレシピまで添えて。随分と忘れてほしくなかったらしい。

 そして、今。

 は本当に怪物と化した。思っていた怪物とは、少しばかり違ったけれど。


「────うっそだろう。ボク、こんなに

 

 砂利だらけの歯車が少しずつ揃っていく。逆回転で砂利を振り落とし、オマケにこれまでとは比べ物にならないくらい良く回る。

 脳も、身体も、こちらの方が本領って感じ。

 怪物というか、厄介な殻を捨てたみたいだ。

 ふと手を見ると、真っ白で、ぼやけて、霧のようにボヤケている。

 胸から爪先にかけても同上。間違いなく全身がそうだ。


 ボクについての考察は出来る。けど、まずは目の前の肉塊を片付けないとな。

 大丈夫。手段は、幾らでも頭の中に浮かんでくる。


 軽く掌を合わせ、祈り、

「信仰掌握。観測セット照準エイム証明トリガー────『八百万/災返』」

 呟く。

 

 観測方法に信仰、観測対象は崩されたビルの残骸。日本に根ざした信仰観は懐が深く、手さえ合わせればそれが祈りとしてカウントされる。

 観測する神は八百万の神々、日本ではポピュラーな万物に神が宿るという考え方だ。故に、建物一つ一つに神が居ても問題はない。

 宿っているのがビルの神なら、ビル本体は正しく祠。


 


 混合物アマルガム悪霊塊の腕から腕が生える。先程も見た光景だ。

 ようやくボクを敵だと認識したらしい。アルラを殺しておいて、全く、どうして隣りに居たボクを無視したんだか。撃ち込んだ弾丸の数か、それともただの幸運か。

 何にせよ、遅い。

 既に戦いは終わった。 


 崩壊。

 崩落。


 崩されたビルと同じ様に、肉の端からボロボロと崩れる。撃ち出された肉の砲弾についても同じく、ボクに当たる前に崩れ去った。

 呆気ないが戦いについてはこれでお終い。

 そも、ボクが隠秘オカルトの中でも最上級たる神の概念を持ち出した時点で、ただの一般異常悪霊に勝ち目は無い……いいや、あれは人間か。人の精神を異様に惹き付けてしまう人間が、人の精神に呑まれて、結果として中も外も悪霊の塊になっただけ。

 オライン社に回収された日付は知らないけど、発生は随分と前だろうし、元データが削除されていて巻き戻しも不可能だろう。せめて安らかに眠ってくれ。


「……どこまで知っていたんだい、アルラ。いつも、ボクがこうして死ぬ様を見てきたのか?」


 もう消滅まで時間が無い。端的に、ボクについて纏めよう。

 

 まず、現在のボクの正体はである。

 人造人間。ホムンクルス。生まれながらに深い叡智を持ちながら、フラスコの外では生きられない存在。恐らく、灰吹タカヤは自らの肉体をフラスコに見立ててこのボクを飼っていたのだろう。

 片方が表に出てこない多重人格者、みたいなものだ。勿論普通は気付かない。


 摂取した物体、つまりホムンクルス化のトリガーは

 要するに水銀と硫黄と塩の混合物、科学的には無意味なシロモノだけど、隠秘科学オカルティエンス的には超重要物質、錬金術という分野における万能物質だからね。

 何故これで変身するのかについては、多分、条件反射でしかない。

 賢者の石を飲んだら精神が切り替わる、と過去のボクらが条件付けたんだろう。


 生身のボクも辿り着いた結論だけど、肉体が変われば精神も変わる。逆も然りで、異常に見えるものは全て正常だ。

 人間の感覚では異常でしかないボクの肉体……半透明で、実態の無い白いモヤも、ホムンクルスとしてはこの上なく正常である。

 精神がホムンクルスに変わったから、肉体もホムンクルスに。当然だ。


 さて、そして、目下の問題は、今のボクについて一切の情報を残せないこと。

 困ったことに肉体を失ったから、肉体に紐付いていた個人用端末は使えない、メモが書けないのだ。他者の肉体で操作しようにも、そもそも端末が……あ。

 悪いけど、ちょっとだけ借りようか。


 今のボクは分類上実在隠秘存在リアリティフォークロア、つまり人間よりも隠秘オカルト寄りの存在である。

 だから、少しばかり隠秘オカルトを観測するのが上手いんだ。少なくとも日本という土地であれば、手を合わせるだけで信仰をフォークロア観測函かんそくかん代わりにして、あらゆる隠秘オカルトを自由に使える。チートってやつだ。


「信仰掌握。観測セット照準エイム撃鉄トリガー────『ネクロマンシー』」


 ぱん、と軽く合掌。勿論音は出ないけど、気分的に。

 すると、半身を失って死亡していたアルラの指先が少しだけ動く。

 ……アルラの遺体を冒涜したくはないけど、少しだけだから許して欲しい。

 緊急用のハンドサインで個人用端末を立ち上げ、メモ帳を開き……時間がないな。


 ボクが消えるまで後五秒って所か。それなら────


”今の灰吹タカヤを信じてくれ”


 ◇


第二種隠秘災害報告書 抜粋

発生日時:二一〇二年□□月□□日 十二時三十二分

被害範囲:第二都市 北部 宵市 「居酒屋□□」から半径二十メートル

被害規模:半壊、死者八名

措置:非生物限定で五分間の巻き戻し、死者の個別巻き戻し


 ◇


「いやあ、派手に壊れましたねー。アルラちゃんと灰吹さんも死んじゃったし。アンドロイド……アゾットさんも壊れちゃって。私、悲しいです。いやまあアゾットさんは巻き戻りましたけどね? わたわたしてる、可愛いなー」


 第二都市、北部、宵市のとあるビル屋上にて。

 白髪を結った女性は普段通りの声色で巻き戻った街を眺め、横に佇む男性は、ただ静かに事の顛末を見守っていた。

 男性の顔から普通が剥がれる。仕事終了の合図だ。

 これは余談だが、男性の使用していた隠秘オカルトの名は『This Man』。


 世界中の人々の夢に繰り返し現れるものの、現実では決して姿を現さない謎の人物であり、

 夢の中という曖昧さと、存在しないという無限の可能性から作り出された観測阻害の為の隠秘オカルトアプリケーションこそが、『This Man』だ。


「センパイ、彼らって使えると思いますか? 私は思います。だって仲良くなっちゃったし、実際に混合物アマルガム悪霊塊を特定して抹殺しましたし!」


「────そうだな。僕も同意見だ、彼らとはきっと長い付き合いになる」


「ヤッター! センパイ、じゃあ次から大手を振って会いに行っていいですよね? お土産にセイレーンの塩漬けとか迷惑じゃないですよね!?」


「────誰に持っていっても迷惑じゃないか?」


「そんなあ。うう、センパイが虐めるー……」


 柵から身を乗り出し項垂れる白髪の女性。センパイと呼ばれた男性はただ側に立ち、愉快な後輩を観察していた。

 オラクル&インサニティ・カンパニー、隠秘オカルトを売る狂言回し共。

 有望な下働き探し、という彼らの仕事もこれにて終了。

 

「────しかし、卜部うらべが執着するだけはある。ドイツのスパイにパラケルススの末裔、あと普通のアンドロイド。妙な組み合わせだが、中々どうして悪くない」

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