「余白の声」第10話「以後、あなた様の言葉は理性の法廷に上がりません」

秋定弦司

「対話の終端、これにて閉廷」

 ――では、申し上げます。


 これは討論でも説得でもございません。

 わたくしからあなた様への、対話の閉鎖通知であり、以後あなた様の言葉を理性の席で取り扱わぬという最終判断でございます。


 あなた様は仰いましたね。

「文章を最後まで読めない愚か者が多すぎる」「頭の悪い人間には言葉を使わせない法律が必要だ」と。

 ああ、実に見事なご高説。上から眺めるだけで世界が全部見渡せる――そう信じるお方にありがちな、爽快な勘違いでございます。


 だがひとつ、甚だ簡単な問いを差し上げます。


 その〈頭の悪さ〉とやらを、どなたが何を基準にして断定なさったのです?

 「正しい」「正しくない」の判定をくだす権限は、どこのどなたにあるのです?

 まさか、鏡に映ったご自分を採点基準に据えたわけではございますまいね。お気楽な自負というものは、見ていて実に風情がありますね。


 さらに、あなた様は「生成AIの問題は著作者と研究者だけが語るべきだ」とも仰いました。


 肩書きで会話を封じるその潔さ、まことに古風で美しい。ただ、世間がそこまで礼儀正しいとは限りません。


 残念ながら、あなた様が乱入されたその議論は既に終わっておりました。扉は閉じられ、言葉は片付けられていた。そこであなた様は何をしたか――扉を蹴破り、壇上に飛び乗っては、来場者を愚者呼ばわりなさったのです。実に粋な登場ぶりでございました。


 ですから申し上げますが、根拠なき断定は議論の代わりになりません。


ただの騒音であり、自己満足の演目でしかない。

 どれほど敬語で包んでも、肉のない言葉に染みるのはただの空虚。砂糖をまぶした毒は味わい深いとでもお思いですか。甘さの下に残るのはただの浅ましさです。


 わたくしはここで線を引きます。


 言葉は刃にも薬にもなりますけれど、安価な刃で人を切る趣味はございません。むしろ、あなた様の言葉自体が、自ら信用を削り落としているという事実だけを、記録として残しておきます。


 どうぞ以後はご自由に。


 あなた様の独演は、これより先、理性の耳には届かぬでしょう。

 聴衆のいない広間で、あの美しい高台からご自身を見下ろしつづけるのも、悪くない趣味かもしれませんね。寂しくはあっても、安全ですね。


 ――以上。わたくしの関与はここまででございます。ご勝手に。

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「余白の声」第10話「以後、あなた様の言葉は理性の法廷に上がりません」 秋定弦司 @RASCHACKROUGHNEX

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