ヒーラーが前衛職だって!?

馳せ参ず

『ゲファールリッヒにて』

 「いってらっしゃいませ!!」「英雄様頑張って!!」「貴方ならやれる!!」「ああ、神よ。彼の者に祝福を」「待ってるぞ!!」「英雄様こっち見て!!!!」


 背後からの狂気を感じるほどの歓声を背に、俺は内心で毒を吐きながら後ろへ振り返り、爽やかな笑顔で手を振り返した。


 俺の名前はルーア。英雄と呼ばれているが──その実、ただの生贄だ。


 生まれつきの茶髪に水色とオレンジ色のオッドアイ、母親譲りの整った顔で身長もそれなりにある。


 (うおっ!?)


 歓声が割れんばかりに溢れて振動波がここまで伝わってくる。


 ──何故……俺はここに立ってるんだろうか。


 向けられる期待の眼差しや、歓声に気持ち悪さを感じていることを悟られないように、すっとダンジョンへと歩みを進めた。


 最初こそ歓声が反響して耳が痛かったが、数分歩いているうちに声は聞こえなくなった。

 

 「はぁ……うっさい」


 人々は知らないのだ。

 洞窟に漂う、濃密な死の気配を。


 (憂鬱だ)


 「……ヒール」


 ストレスによる頭痛や吐き気が、俺の放つ一言で急激に薄れていく。淡い緑色の光が、優しく体を包みこむように浸透していく。


 「ここが俺の墓場になるのかな……はぁ……」


 ──まさか、国の王たる存在が十八歳の青年をとは思わなかった。


 「しかも厄災カラミティクラスとかいう世界一要らないオマケ付きでね……あー、本当に最悪だよ。今までも無理難題はあったけど、これは流石にレベルが違うって……」


 俺が今にも死にそうな顔で進んでいるのは、俺が住む『ダーグラウス王国』から少し南下した位置にダンジョン。


 その名を『ゲファールリッヒ』。

 六段階中、四段階目の厄災カラミティクラスのダンジョンである。


 通常、三段階目を超えるとレイドアタックが義務化される。それも上澄みの者達で結成されることが前提として、だ。


 (いや、これに一人で行けとか……死ににいけって言ってるようなもんだろマジで。何が『人手不足なのだ。頼む、どうか民を救ってはくれぬか、英雄よ!』だよ!?……俺の意思は何処へ!?!?)


 その鬱憤を晴らすように、視界に入り込んできたモンスターと思わしき影をロングソードで片手一閃。

 右足で爆発的に加速した勢いのまま、両断した。


 「うっわスライム……剣の切れ味が落ちるだろう、が!」


 そう言いながら、背後から飛びかかってきた別のモンスターを振り返りざまに斬り上げる。

 明確な手応えとともに、モンスターが塵と変わった。


 (一階層から連携をとってくるのか……まあ、戻る選択肢は許されてないんだけどね)


 淀んだ空気が漂う洞窟の奥へずんずん進んでいく中で、俺は過去を振り返ることにした。

 現実逃避していなければやってられない、それほどの状況に今、俺は立たされているのだ。

 

 

 ──こうなってしまった原因は全て、俺の持つスキル『ヒール』にある。

 

 まず、前提としてこの世界には『スキル』というものが存在している。

 スキルは十五歳になった人間に発現するため、十五歳になった子ども達は教会でスキル鑑定を行うのだ。


 スキルによって人々は固有の能力を得る。

 例えば『アーチャー』なら弓に補正効果が乗るし、『バーサーカー』なら大岩を持ち上げられるほどの怪力を手に入れる。

  

 これまで発見されたスキルはおよそ一万種以上。日常をほんの少し補助するものから戦闘に特化したものから物理法則を歪めるものまである。

 

 だが、スキルにも規則性があることは解明されており、似通ったスキルを纏めて分類されているのだ。


 戦闘面で言えば、先の例で上げた『アーチャー』と『バーサーカー』は次の通りになる。


 『後衛職/アーチャー』

 『前衛職/バーサーカー』と。


 そんな中、俺の持つ『ヒール』というスキルは何に分類されるのか?

 常人が考えれば、十中八九『後衛』と答えるはずだ。


 しかし、ヒールは後衛職に分類されていない。


 (なんとびっくり、前衛職なんですよね〜)


 なんなら『史上最強のスキル』なんて呼ばれてしまっている。

 それは何故か?


 それを説明するにはまず、ある一人の男について語らなければならない。


 その男の名は『ガイアス』。

 戦闘において役に立たないと言われていた『ヒール』を使い、魔王を消滅寸前まで追い詰めた英雄である。


 ガイアスの活躍により、当時劣勢だった人類は持ち直すことに成功し、魔王を封印するに至ったのだ。


 ガイアスは基本武器を用いず、己の拳のみでモンスターを討伐する変態だった。

 筋骨隆々な体格に加え、天性の怪力。

 それに『ヒール』が化学反応を起こした結果生まれたのが、拳が砕かれようと、腕が千切れようと、無限に回復してモンスターを殴り殺すバケモノだったのだ。


 前衛職より前衛職している彼は魔王を封印した後も、世界のダンジョンを巡ってモンスターを駆逐していったらしい。


 そのせいで、『ヒール』は前衛職だと認識されるようになってしまい、色々尾ひれがついていった結果が現代


 (とんだ迷惑だよ、マジで。そのせいで俺は英雄誕生とか崇め奉られて、三年間ダンジョンでひたすら地獄の実践訓練を積まされて、やっと十八歳になったと思ったらこれだ。笑えるな、本当に)

 

 当然、俺はガイアスのような怪力もなければ、拳一つで魔王に突撃できるほどの度胸も持っていない。


 だが、俺に才能が全くなかった訳ではなかったらしい。

 三年間の血反吐を吐いた……なんなら何度も半死半生になった実践訓練(実践訓練と言う名の拷問)で俺は生きようとした結果、三段階目までのダンジョンを一人で踏破できるほどに強くなっていたのだ。


 変に強くなってしまったのが悪かった。

 俺の存在はすぐに世界に知れ渡り、ガイアスの後継だ!とかなんとか……

 

 魔王こそ封印されたものの、魔王が封印直前に放った呪いのせいで『ダンジョン』と呼ばれるモンスターの巣窟が生まれて早数百年。もはや魔王に近い強さを持つモンスターも出現しているらしく、ジリジリと人類側は数を減らしていたのだ。


 それで世界にはよっぽど余裕がないらしく、こうして十八歳の俺をソロでクラス厄災カラミティのダンジョンへ送り込んだというわけだ。


 「はぁ…………」


 ダンジョンに入ってから五時間が経過した。

 途中から数えていなかったが、恐らく四十階層付近だと思う。

 出現するモンスターもかなりレベルが上がり、先の戦いでロングソードの先が折れてしまった。


 「参ったな……これじゃロングソードじゃなくてショートソードじゃないか……」


 全身の打撲痕や切り傷はヒールで治せたが、流石に無機物を治すことは叶わず、リーチが短くなってしまった。


 (残存魔力はおよそ四割といったところか……ポーションもそろそろ底をつくな。普通なら撤退と言いたいところなんだけど……)


 俺は直感的に感じていた。

 この先の階段を降りた先に、入り口で感じた死の気配の根源がいると。


 ここまで来たなら行くべきだろう。

 帰れるかは別として、三割の魔力をフルで使用すれば勝ち越せるはず。


 勝ち越せる……はず。


 あと一歩というところで足がすくむ。

 厄災カラミティクラスのダンジョンの深部モンスター、今まで経験したことがないレベルの戦いになるだろう。

 間違いなく、死ぬ可能性が高い。

 

 いくら三段階目のダンジョンで一週間戦い続けさせられたり、王国騎士団長に滅多打ちにされて強くなったといっても、俺はまだ成人になりたての十八歳だ。

 自分で言うのもアレだが、まだまだ未来ある青年なのである。


  (そもそもなんでヒーラーの俺が単騎で災厄カラミティクラスのダンジョンへ放り込まれてんの? ここって王国が派遣した大討伐隊が全滅したダンジョンだろ? とても正気とは思えないな……)


 死にたくねぇな、と呟きながら俺は欠けた剣をとる。


 手がタコまみれになるほど握り、幾万回と素振り、三年間をともにした相棒。

 ミスリル合金によって形作られた長身の刃は傾けると薄く虹色に光る。それはまだまだ戦えると息巻いてるように見えた。


 頬を力いっぱい叩き、下層への階段を見つめながら祈る。


 「祝福の神よ。どうか深部へと進む我らに、溢れんばかりの祝福と奇跡を与えよ」


 傲慢な願いだと笑われるだろうが、それでいい。偶像崇拝でもしていなきゃ、自ら死地に体を放り込むことなんてできないのだから。


 「よし、行くぞ相棒」


 刀身が六十センチまで短くなってしまった剣を強く握りしめ、階段を一気に下る。


 目指すは深部モンスター。

 ダンジョンの元凶を殺し、地上へ帰還することが最終目標だ。


 走ってるうちに石造りの階段に灯る火の灯りが揺れ、周囲の空気が一段と重くなる。ねっとりと体を包む異様な気配に喉を鳴らす。


 (……強いな)


 警戒レベルをもう二段階ほど上げる。

 深層に辿り着いた瞬間に全力を出さないとマズイレベルかもしれない。


 そうしているうちに、出口の淡い光が見えて──


 俺は不格好に転がりながら回避行動をとった。

 瞬間、出口から俺を両断せんとする巨斧が横一文字に振るわれる。

 頭のわずか上をブオンッという、空気が悲鳴を上げる音ともに通り過ぎた。


 「……何でもアリかよ!?」


 第六感が感知してくれなきゃ、俺はあそこで上半身と下半身が泣き別れするところだった。

 その事実に冷や汗を出しながらも、超低姿勢で出口へ突っ込む。


 開けた視界、超巨大なドーム状の空間。

 出た瞬間に出た感想はそれだった。


 「があッ!!!!」

  

 間髪入れずにローリング横回避。

 地面に巨大な亀裂を残しながら突き刺さる斧が見えた。

 

 (嘘、だろ。あそこまで大きなモンスターは見たことがない……)


 その瞬間、ようやく深部モンスターの全体像が見えた。

 恐らくミノタウロスなのだが、体が異様に大きく発達しており、体長三メートルはあると思う。両手に巨大な斧を持ち、赤い瞳孔をギラつかせてこちらを見た。


 背筋に悪寒が走る。


 「「なんじが我を討伐せし勇者か?」」

 「お前喋れるのか……?」

 「「我の質問に応えよ。二度目はない」」


 ドスがきいた極低音のミノタウロスの声がダンジョンを揺らす。ミノタウロスが一言喋る度に冷や汗が滝のように湧き出た。


 (……生物としての格が違う)


 喋れるということはそれだけ知能が高いということ。恐らくフェイントや子供騙しも効かないだろう。


 「「応えぬか。それもまた良し」」

 

 (来る……!)


 「「我の名は。幾千の勇者を屠りし武の化身である」」


 

 その言葉を言い終わった瞬間、俺との距離が一瞬で消える。


 (やられた。名前はこちらを揺さぶるためのブラフか)


 反応が一拍遅れてしまった俺は間一髪で剣を差し込む。

 時間差で足が浮くほどの衝撃で斧が振り切られ、背後へ吹き飛ばされる。


 剣を差し込んで後ろに飛んだというのに、手首の骨が逝った。


 吹き飛ばされながら手首を治癒し、追撃を避けるために剣を地面に突き立てて一回転。剣を抜きながら遠心力で真横に離脱。

 一直線に突っ込んできたミノタウロスが誰もいない壁へタックルした。


 (まともに食らえば即死。だが、速度は俺のほうが上だ)


 冷静に敵を分析し、戦い方を変える。

 

 瓦礫を荒々しく払いながら、ミノタウロスが剣を構える俺へ振り返る。


 「「どうやら本気で我を倒しに来ているらしい。久々に血がたぎるな」」

 「…………」

 「「名を問おう。汝の名は何と言う?」」


 ミノタウロスはそう言いながら斧を上段と下段に持つ構えでこちらを見る。その構えに一片の隙なし。同時にこちらを攻撃してくるような雰囲気もなかった。


 (本気でこいつは俺に名前を聞いてるのか……)


 分析の時間をもらえるのなら大歓迎だ。

 俺は少しどもりながらも、その問いに応えた。


 「ルーア・エルシオン。平凡な村生まれで、お前を殺す者だ」

 「「ルーア・エルシオン……か。覚えておこう。汝の名は我の記憶で永久に生き続けるだろう!! ──さあ、戯れよう殺し合おうぞ!!!!」」


 ミノタウロスはその言葉の直後に、爆発敵な踏み込みで斧を振りかぶる。


 (こいつ、縮地を使ってやがる)


 極限まで膝を緩め、自重に任せて足を『抜き』、あたかも瞬間移動したように高速で移動しているのだ。


 見た目からパワー型かと思えば細かな調整や脱力の精度から、身体のコントロールまで高いレベルを保持していることが分かる。


 「だけど見えるっ!!!!」

 「「なッ!?」」


 斧が落ちる寸前まで引きつけて、体を横に倒す。そのまま倒れ込むように右足を軸にミノタウロスの胸を切り裂いた。

 胸から青い血が流れ落ち、地面に垂れる。


 (まだ繋がる)


 そのまま鋭く回転し、ミノタウロスの左足首も斬った。


 耐えきれずにミノタウロスが即座にバックステップ。それを逃がす俺ではない。

 回転の力を逃さないように、流転のような動きで地面を蹴る。


 (左足の腱を斬ったからバックステップが鈍ってる。即座に首に剣を突き立てて殺す)

  

 実はミノタウロスの胸の傷は浅かった。

 剣の長さを見誤ったのもそうだが、それは二撃目で修正。

 それ以前に、重要器官を守る部位は剣の傷が入りにくいのだろう。


 だから斬るのではなく、突き刺す。

 首に剣を突き刺せば流石に死ぬだろう。


 だが、剣を間違った場所に突き立てれば俺は終わりだ。武器がなくなり、徒手空拳で無残に撲殺されるだろうな。


 「「ぐお……!?」」

 

 (だから俺は慎重に、臆病に追い詰める)


 ミノタウロスの左手首を狙って空中で斬りかかる。が、微妙にズラされてミノタウロスの左手の指が三本飛んだ。


 「マズっ──」

 「「遅い!!!!!!」」

 

 側面から激痛とともに衝撃が走り、右腕が折れるのを感じながら始めて蹴られた事に気づく。


 数回転して壁に衝突した。

 受け身を取れずに吐血する。


 「ごふっ──」


 耳鳴りと痛みで視界が霞む。

 だが、追撃が来るのを予測し、即座にスキルを──


 「ヒー」

 「「だから遅いと言っている!!!!」」

 

 詠唱を中断し、軋む体で一か八か左へ飛ぶ。

 さっきまで俺がいたところにクレーターができていた。


 すぐに立ち上がって剣を左手に持ち変える。


 (右足挫傷、右腕複雑骨折、左手に軽い麻痺、背中に強い痛み……詠唱の隙すら与えてくれねぇ)


 魔力を筋肉一つ一つに浸透させるように循環させ、擬似的な身体強化で地面を蹴る。


 死を間近に俺の速度はもう一段階上がっていた。

 音を置き去りにする速度でジグザグにミノタウロスの懐に飛び込む。


 「「フンッッ──」」


 ミノタウロスが右手の斧を上に、左手の斧を下にして前方を切り裂く動きを見せた。


 それも見えている。


 斧と斧の隙間、地面を蹴って中央に身をねじ込むとミノタウロスと目が合った。


 ──首が丸見えだ。

 

 「「ッ──」」

 「遅いよ」

 

 俺の狙いが分かったのか、目を見開くミノタウロス。

 だが、振ってしまった斧はすぐには戻らない。


 全身全霊の力を込めて、血を吐きながら左手の剣を突き出す。


 「ヘフテイヒスティッチ致命の刺突

 

 ショートソードが虹色の光を発し、一筋の極光がミノタウロスの首に突き刺さる。


 (硬っっっっっっい!!!!!!まだ浅い!!!!もっとだ、もっと深く刺さらないと!!!!)


 想像の五倍は硬い首は、あろうことか刺突が頸動脈に突き刺さる寸前で止めてしまう。


 ミノタウロスがゴプッと血を吐きながら口角を上げた。


 「「我の、勝ちである!!!!!!」」

 「──ヒールっ」

 「「天地蹴り」」


 剣を手放し、ミノタウロスの胸を蹴りながら離脱を試みるが、その努力虚しく、土手っ腹から破裂音とともに上空へ蹴り上げられる。


 一瞬意識を手放し、時間差で全身を灼く痛みが腹に突き刺さる。視界が明滅し、コマ送りのようなモノクロの世界の中で、地面に落下した。


 グシャ。


 後頭部から着地したのだろう。

 生暖かい液体がじんわりと背中へ伝り、視界が半分消えている。

 もはや耳も聞こえず、手も動かせない。


 「「……死んだのか。軟弱者め」」


 地面に倒れ、目が虚ろになった俺の出血量を見て、ミノタウロスは心底つまらなそうに呟いた。

 もはやトドメを刺す価値すらないのだろう。


 (俺……死ぬのか)


 詠唱するための口が動かない。

 落下の衝撃で肺が片方潰れ、息をする度に血が逆流する。

 後頭部はパックリと割れているし、土手っ腹は見たくもない惨状だろう。

 

 誰の目から見ても致命傷だ。


 (憂鬱だ)

 

 思えば、生まれたときから自らの意思で動いたことはなかった。

 親に言われたことのみをやり、決められたノルマのみをこなす無口な奴。それが俺という存在であった。

 

 俺は並に生きて並に死ねれば良いと思っている。面倒事は嫌だし、苦しい事なんてもってのほかだ。

 とうとう自分で思考するのさえ面倒臭くなり、そのまま十五歳になった。


 『貴方のスキルは……ヒール!? おい、ヒール持ちがついに現れたぞ!!!! 早急に報告しろ!!』


 その日、俺の人生計画が崩れ落ちた。

 過去の英雄と同じスキルを持つ者が現れたと持ち上げられ、その身に合わない期待を向けられ、勝手に『勇者』と呼ばれ、最強になることを義務付けられ、『必要な犠牲だ』と言われて何度死にかけたか。


 


 現に俺の人生はスキル一つで壊れた。

 貼り付けた笑顔で期待を背負い、ただひたすらモンスターを狩ることを義務付けられる。

 苦痛以外の何物でもないだろう。


 (ガイアス様は……どうやって魔王を追い詰めたのだろうか)


 当時、ヒーラーとして生まれたガイアスは最弱と呼ばれ、差別されていたらしい。

 戦闘に置いて役に立たない職は生きる価値なし、と。恐ろしい時代だ。

 

 だが、ガイアスは己の拳一つでその評価を完全に覆してみせた。

 それには狂気とも言える鍛錬と、強い精神力が必要になる。


 (俺に、そんな強い意思なんて、ものは、ない)


 薄れゆく意識の中で、俺はこれを手放したら死ぬことを悟った。


 (これが死か……結局、俺は何も成せず、人生目標すら達成できなかったな)


 体温とともに心まで冷え切り、ついに心が折れた。

 目を閉じて、血の温かさに包まれながら最後の息を吸う。

 その時、頭の内側に響く『声』が聞こえた。






 ──【いんや、お前は強いぜ】

 





 (強く、ねぇよ。俺に意思と呼べるものなんて……ない)

 

 現に血だらけでモンスターを前に倒れてるじゃないか。知ったような口を聞く声に苛立ちを覚える。お前なんかが俺の苦しみを分かるわけがないだろう。






 ──【それは『嘘』だ。そうだったらお前はここにいねぇし、あのクソミノタウロスに認められねぇよ。それに、お前今……怒ってるだろ?】













 (ああ、そうだ。俺は今怒ってる。理不尽に、に良いようにされて心を折られた惨めな自分に)


 麻痺したはずの腕に力が入る。

 緑色の光が全身を包み、痛みが若干和らいでいく。






 ──【なら戦え。てめえが信じられるのは、いつだっててめえのみだ。何回殴られても、何回骨を折られても、何回斬られても、回復して立ち上がってブン殴れ。てめえにはそれができる】






 (俺はまだやれる)


 「ヒール……」

 

 完全には治りきらないが、手は少なくとも動くし、何より心は完全に立ち上がった。

 内心で『声』に感謝をして、まだ死んでいない左手を地面につく。

 テンカウント直前で立ち上がり、そこから大逆転。夢みたいだろ?


 「「その傷で……起きるのか」」


 バケモノが、俺を化け物を見るような目で見ている。


 (笑えるな)


 一つ間違えないでほしい。

 俺はいつだって『人間』で、泥臭い生き恥を晒す小物だ。


 でも、人間には意地がある。

 譲れないものがある。

 その強固な決意が人間を人間たらしめているのだ。


 だから俺はお前をここで──


 「殺す」

 「「──ッ」」


 その時、俺は始めてしっかりとミノタウロスの事を見たように思える。

 なんだ、アイツだってただのモンスターじゃないか。


 全身の魔力を左拳に込めて、全ての痛みをヒールで誤魔化しながらミノタウロスの懐に飛び込む。


 迎撃の斧が振り下ろされるが、既に右腕を置いている。


 「ああああああああああ!!!!!!」

 「「コイツ!?」」


 骨に到達した瞬間に全力で右腕をヒール。

 斧で右腕が切り落とされるのを防いだ。


 左足で力一杯踏ん張って、ミノタウロスの目掛けて左拳を振り上げる。

 そこにあるのはただ純粋な『殺す』という意思のみ。


 俺の『意思』が、始めてミノタウロスの『意思』を上回った瞬間であった。


 「おらぁああああああああ!!!!」


 渾身のアッパーカットは剣を完全に押し切り、空気を切り裂く音とともにミノタウロスの首へ風穴を開けた。


 「「ゴッフ、ゴボッ……ア゛ア」」

 「終わりだよミノタウロス。俺の勝ちだ」


 ミノタウロスの斧は俺の右腕を切り落とし、横腹に到達する寸前で止まっていた。

 そう、俺の左拳が剣を撃ち抜く方が早かったのだ。


 「「ゴフッ……見事」」


 巨体が糸が切れたように地面に倒れ、足から順に塵になっていく。その表情は何故か穏やかだった。


 「チッ……」


 地面に落ちた右腕を即座に接着し、ヒールする。断面が綺麗だったので、接着に難は無かった。

 

 「良くも悪くも、お前を信じたから勝てた」


 最短距離で斧を振るってくる確信があったから、右腕を事前に置けたのだ。


 (アドレナリンが出て、痛みが麻痺しているうちに早くここを去ろう)


 「「──我は……ガイアスを殺した」」

 「──何?」


 体の半分が消えかかっているミノタウロスが焦点の合っていない目で言った。


 「「ガイアスは己を『ファウストヒーラー拳治癒術師』と名乗り、大規模スタンピード氾濫を一人で抑えに来たのだ。

 

 無論、数の暴力でガイアスはすぐにボロボロになった。

 だが、奴はモンスターの大群を前に決して倒れず、ついには我と一対一に持ち込んだのだ。


 我はいたく感動した。できることならいつまでも舞い踊っていたい殺し合いたいと。だが、奴は既に満身創痍であったために、我の斧を真正面から受けてしまった。


 だが、奴は死の間際にこう言い残したのだ。


 『いずれ、勇者がお前を殺しに来る』と。」」

 「…………」


 史実とかなり異なるが、ミノタウロスの言っていることに嘘偽りはないように思えた。


 「「我はそれを信じ、このダンジョンの深部で待ち続けた。数百年間戦い続け、幾千の命を屠ったか分からん。だが、そんな時にお前が……いや、ルーアが我を殺しに来た。それに、ルーアは紛れもなく『勇者』であると同時に、『ファウストヒーラー』でもあったの、だな。すまぬ、どうやら我はここまで、ハァハァ……らしい。最後に一つ……良いか?」」

 「最後ぐらい聞いてやるよ」

 「「……感謝する」」


 ミノタウロスが消えかけた左腕で上半身を起こし、俺と目を合わせた。


 「「我のスキルをお前に授ける」」

 「な──」

 「「拒否権はない」」


 目が合った瞬間に、大量の情報が脳に流れ込んでくるような感覚を覚える。それもすぐに終わり、俺は勝手な行動をしたミノタウロスを睨みつけた。


 「「最後……ゴフッ……は、我の、方が……一枚、上手だった……な」」

 

 そう言ったのを最後に、ミノタウロスは笑顔で完全に塵と化した。


 (最後まで戦闘脳とか、救えねぇな……)

  

 授かったスキルを見て、俺は表情を和らげる。

 

 (……『バーサーカー』か。俺にガイアスのような戦士になれって言ってんのか?)

  

 ミノタウロスの塵の上に落ちた愛剣を拾い、前方に出来た脱出ゲートを見る。



 今、世界は窮地に陥っている。

 魔王レベルのモンスターが出現するダンジョンが次々と現れ、人類は日々スタンピード氾濫の対処に追われているのだ。


 人類は『希望』を求めている。

 下手な希望じゃダメだ。人々が思わず目を手で覆ってしまうほど輝く『希望』でなくてはならない。


 (決めた。俺は『ファウストヒーラー』になる。いや、使うのはショートソードなんだけど……じゃあ『ソードヒーラーか』)


 なんだか無難な名に落ち着いてしまったが、意外としっくりくるのが面白い。


 「じゃあ、世界救いますか!」


 俺はこの瞬間、ガイアスの意思を継ぎ、世界を己の拳と剣で救うことを決意した。


 その表情に一点の曇りはなく、あるのは固い『意思』のみ。


 かくして、五百年前の意思を継いだ俺は、吹っ切れたような笑顔で脱出ゲートを踏んだのだった。

──────────────────────

ここまで読んで下さり、ありがとうございました!

人生初の短編小説ということで、初めての試みとなる作品になります。

以上、馳せ参ずでした!


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