リィナ・ヴァルデールについて

花森遊梨(はなもりゆうり)

貴族と文官のチャームレスな二世帯住宅

アルディン・ヴァルセリア国王陛下の最も高潔なる枢密院・つまりらCharmles(チャームルス)に仕えるリィナ・ヴァルデールの朝は早い。




午前7時、枢密院の会議室では、モンデス公爵やセルヴィア侯爵、エルザ卿らが、貴族が定時であがった後に40秒で仕上げた書類を前に目を細めている。魔法で一瞬にまとめた報告書を机に置いても、それが魔法で書いたことも彼らには理解できない。もちろん頭の硬いこいつらが定時まで居座るせいで6時間仕上げられなかったことも理解できない。


だいたい上級貴族のくせにここに回された時点で不出来なせいで継承権迂回されてんだからどっか行けよドワーフとゴブリンから追放されたような醜いツラのオジオバジジイどもが!おとなしくしてれば働かずに暮らせる蓄えがあるくせに!!


私の手はすでにインクで染まり、指先は紙の端で切れそうだ。魔女としての力を使えば瞬時に全てコピーできる。しかし、もし高齢の貴族どもにそれを見せれば、「魔女は信用できぬ」と噂されるに決まっている。だから私は今日も、忍耐強くペンを握る。


昼食の時間? そんなものは存在しない。ヴァルセリアの野郎が王様のくせにしみったれなせいである。

午後3時、王宮からまた新たな指示が届く。枢密院はまさに「奴隷以下の仕事場」と化している。隣の席の同僚、フェリオは半ば諦め顔で書類を積み上げ、ミアラは手が震えるほど忙しそうだ。


私の学友たちは家内奴隷として時給換算で私より恵まれているのだから、皮肉にも程がある。しかもその半数以上は既婚者で、ここを「チャーム・レス」、つまり魅力なしと陰口を叩きやがる。


それでも、私はペンを握り続ける。なぜなら、


モンデス公爵やセルヴィア侯爵、エルザ卿


「モンデス殿、昼餉のワインはもう少し芳醇なものにしていただきたいですな。あの若い給仕の勧めた銘柄は、舌に軽すぎる」


あの継承権脱落三馬鹿貴族が部屋から出ていかないからだ。 


「まったくだ。王都の酒は年々質が落ちておる。昔はもっと誇り高き味であったものを」


出てけよワイン樽ジジイが!ツラがクリーチャーなババアはくたばれ!


「ははっ、貴族の誇りは薄まっても、酒の税だけは濃くなるとは。実に世も末ですな!」


仕事らしい仕事はしないくせに魔法は使わせないわ目の保養にもならんのでは最悪としか言いようがない!


夕方六時。

三馬鹿のやつがやっと消えた。このまま二度と登庁しないでくれるとありがたい。


「リィナさん、これもお願いします」
同僚フェリオが震える手で一枚の申請書を差し出す。リィナは微笑み、軽く頷く。フェリオが目線を切った刹那、手のひらがかすかに光り、書類は自然に整列して机の端に収まった


魔法を解放すれば、こうして全ての書類を一瞬で全てを終わらせた。しかしそれは、権力の目の前での反逆となる。いや…むし、今度はあの貴族の前でやってやろうか、枢密院の事務方のエリアに回されるような貴族ならば、心臓麻痺で死ぬか、慌てふためいて階段から落ちるか、窓から落ちて首の骨を折るか、いずれにせよ対して影響はでないのだから!



それが、リィナ・ヴァルデールの務めなのだ。

しかし夜が訪れると、リィナは別の顔を持つ。


宿舎の部屋、引き出しの奥から黒いローブを取り出す。光沢のある生地が指先に触れる感触。胸の新月の黒い紋章をそっと手で撫でる。


小さな台所で、リィナは手をかざすと、手のひらの先から淡い炎が立ち上った。炎は鍋の下にそっと流れ込み、じわりと音を立てて鍋底を温める。油を敷く必要も、火加減を調整する必要もない。炎はまるで彼女の意思を理解しているかのように、静かに踊り、熱を均等に広げた。


「ふぅ…」小さく息を吐き、リィナは材料を取り出す。野菜は流れるような手つきで切り揃えられ、鍋にふわりと落ちていく。香りが部屋いっぱいに広がり、彼女の顔に微かな笑みが浮かぶ。昼間の書類仕事でこわばった肩が、炎のぬくもりと食材の香りにほぐされていく。


肉が鍋に入ると、青い炎が少し高く跳ね、音を立ててじゅうっと焼き上げる。リィナは手を動かすだけで、鍋の中の食材の状態を感じ取り、必要に応じて炎の強弱を変える。焦げる心配もなく、すべてが完璧なタイミングで火を通されていく。


完成した料理を皿に盛りつけると、炎はゆっくりと消え、鍋や台所は何事もなかったかのように静かになった。リィナはローブの袖で手を拭きながら、夜の闇に包まれた自分だけの時間を噛みしめた。自力で火を起こそうとすると朝までかかるのは秘密だ。


 

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リィナ・ヴァルデールについて 花森遊梨(はなもりゆうり) @STRENGH081224

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