第7話 226年と29日の浦島太郎
「……は?」
ありえない桁数が聞こえたぞ。190万…時間?いやいや、ありえないだろう。ここまで「冗談でしかないことが当然のように事実でした」ということが溢れるように起きてきたが、流石にこれは冗談だろう。
「困惑するだろうな。まあいい、私は優しいからな。もう一度言ってあげよう。君、シリルは1,980,795時間15分34秒もの間、あの研究室の中、孤独に一人でいたんだ。ざっと計算して、226年。」
226年。命が2つあっても足りないその馬鹿げた数値は信用するべきでないと体が言ってるのと同時に、頭が未だ困惑している。
「さ…流石に嘘…だよな?冗談は厳しいぞ…?」
おかしいと言いたかったが、何故かこんなぐらいのことしか言えなかった。なんでだろう。やはり困惑している。流石に嘘だ。俺が過ごしていたのはほんの29───
「あー、残念だが───」彼はスマホ端末を見せてきた。そこにはしっかりとしたゴシック体で2251年11月のカレンダー表示されていて、11日のところが青く塗られている。
「これが真実だ。」
「いやいやいや、だ、でゃまされてたまるか、俺のスマホはそうでも───」すこし言葉を噛んで、無意識にポケットに右手を入れてスマホ───ではないものを取り出した。それはそれは美しい、洗練された完璧な直方体の黒。
どうして、だろうか。なぜあのとき捨てなかったのか、どうして取り出そうとしたのか。あれは偽物だって気づいていたのに───少し、気味が悪い。俺に対して。
ランドと名乗る男はすこし笑みを浮かべて自分の端末のカレンダーを見せてくる。どうやら、それを信じるしかないようだ。
「わっ…わかった。今はあんたを信じるしかないようだな......そうか、そうなのか......」
そんなに過ぎてしまっていたのか。やりたいこともできずに、ただただ226年。知らないところで。明らかに、今目の前にいるのが現況だとわかっていても、反抗できない。着ているシャツの首あたりを掴んで怒号を浴びせることもままならないだろう。それに、やっても意味がない。過ぎてしまったからなあ……
「相当ショックを受けているようで。」
そりゃあそうだろ。もうどうすることもできないし、今更社会に戻ったとて何もできないし誰もいない。
「ここで1つ、いい情報があるんだが」
ほう、聞いてやろうじゃないか。まあいいさ、どんなことでもどうせ解決策にはならないさ……なんてわかっていても無意識に、顔を上げて餌を待つ犬のように、目を輝かせて聞く姿勢をとってしまった。
「こんなことになる前の時間に戻れるなんてのはどうだ?」
「っ──────!!」
そんなことが!…っと、思った。地面に伏せた顔を彼にぐっと向けた。
いや、冗談のつもりかも知れない。
いや、でもそうには見えない。
確かに、とても怪しげで、嘲笑しているような見た目の彼ではあるが、口調は淡々としていた。
「そんな事があるわけない───なんて思っただろう。残念、これもまた本当なんだなあ。」
「それの確証というか…あるのか?」
「さっきも言ったが…私はWTCの研究員だ。それも時計部門。」
ランドは社員証のような物を見せた。確かに、WTCならなんとかできそうなところはある。ただ、
「時計部門?というのが引っかかるな。なにかそうじゃないとできないことがあるのか?」
「時計部門。その説明は門外不出の機密情報だが…教えてやろう。と、その前に。」
ランドは俺が来た方角に足を数歩進ませる。
「歩きながら説明しよう。出口となる『転送機』に案内する。足元がアレだから、ちゃんとついてくるように。」
理不尽が襲っても、救済は必ず存在するのか。ありがとうジーザス。
「そういえば、あんた。代表って言ってたよな?聞きたいことがあるんだが、なぜ俺は年を取らず、未だこうして生きている?時間部門とか言うあんたの所属してるとこの前に、あれを知りたい。」
そう、あの空間。十中八九、いや十中十九あの空間にいたせいだが、知るべきことではある。
日本には『浦島太郎』という童話がある。確か内容は、「亀を助けた若い男が城に招待され、女と酒などを交わし、帰ろうとすると『玉手箱』とかいう箱を土産にもらう。家に帰るとまさか300年程度の月日が流れており、打ちひしがれた浦島は玉手箱を開けてしまい、彼が過ごさなかった300年の代償を受け取り、老いぼれ、辺りを彷徨って終わり。」といった内容だった、はず。俺はその、言うならば「玉手箱を開けていない浦島」にすぎない。
「あー、あれか。あれは簡単に言えば、時間の流れを受けない空間、『非干渉空間』という、私の部門の傑作だな。あの中にいると時間による干渉を一切受けない。例えば空腹、渇き、眠気、老化。様々な要素はあの空間にいる物体、生命体は受けず、独自の時間を生きるんだ。」
「流石、WTCの職員だこと。全く、何を言っているのかわからない。」
「『そういうもの』として認識してくれ。実際、仕組みが観測できたのは随分あとだったし。なんなら、未だに理解していないのもいるかも知れないぐらいの意味不明さを孕んでいるからな。仕方ない。」
「ん?『観測したのは随分あと』…?どういうことだ?なんでそんな…まるで未来が見えているみたいなことを…」
「これもまた時計部門の特徴の一つ。時間の往復による研究時間の短縮、指数関数的に向上する技術。未来を観測し、それを現在に提供。『観測されたのは随分あと』というのはそうやって知ったんだ。」
「あんたら時計部門は神の領域にまで到達させる気だったのか?」
「だったではない、現在進行系だ。」
「ん?もうWTCは解散したはずだぞ?」
「…話を少し変える。シリル、『時間』というものはどういうものだ?」
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偽ノ日常 NaIVIak0 -なまこ- @NaIVIak0
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