3 - 魔法発現

 数日後、二度目の魔法演習があった。その日の先生は朝から少しピリピリしていた。その原因は演習時に分かった。



「今日の魔法演習だが、特別講師として守護隊から八雲さんに来ていただいた!」



 周りの生徒がざわつく中、私は息を飲んだ。



「どうも、守護隊第一部隊所属の八雲です。」



 軽い調子で挨拶した八雲は全体を見渡した。目が合った。そう思った瞬間、一瞬目が優しくなった気がした。



「ねぇ! 八雲さんって、あの・・八雲さん!?」

「う、うん。」

「やだイケメンじゃん!」

「うん…。」



 そう、八雲はイケメンなのだ。整った綺麗な顔をしているし、気怠げにしていてもその躯体が日々の鍛錬で鍛えられていることが分かる。

 はしゃぐ百音をよそに、私は呆然としていた。驚きすぎて、どうしていいか分からない。急にハッと我に返って慌てて百音の腕を掴んだ。



「わ、私変じゃない? 寝癖とか…!」



 百音は一瞬キョトンとした後、盛大に顔を緩めた。



「可愛いいいいい! 大丈夫! いつも通り超可愛いから! ってか待って今のやばい! 飛鳥聞いた!?」

「ちょっと妬けるけど、大丈夫や! 百音の言う通りいつも通り可愛え!」

「あ、ありがとう…。」



 思わず二人の圧に押されて少し後ずさる。とりあえずよかった。せっかくの再会なのだ、残念な見た目で八雲に会うのは避けたい。せめてもの乙女心だ。



「前回と同じで、魔法の発現練習だ! 今日は八雲さんも見てくれるからな! それじゃあまた距離を開けて始めろ〜!」



 前回同様、先生の号令とともに百音たちと一緒に皆から少し離れる。今すぐ駆け寄って八雲に話しかけたいが、向こうも仕事だ。それはこの訓練が終わってからにしよう。そう思っていたが、機会は向こうからやって来た。



「真白。」



 不意に呼ばれて一瞬息が止まった。慌てて振り返ると両手をポケットに突っ込んだ八雲がいた。



「覚えてる? 俺のこと。」



 八雲の緑の瞳に自分が写っていることが未だに信じられない。必死に首を縦に振って見せるが、反動で涙が溢れてしまいそうだ。鼻の奥がツンと痛む。思わず胸の前で両手を握り締めた。



「あの、この前はありがとうございましたっ……。」



 声が震える。手汗もひどい。まさか八雲から声をかけてもらえるとは思わなかった。そんな私に八雲は優しく笑った。



「元気になってよかった。」

「すっかり元気です……!」

「友達もできたみたいだな。」

「はい。」



 皆を見回して目元を緩める。なんて優しい表情をするんだろう。一周目の記憶の中の八雲と重なって胸が締め付けられる。彼は時に兄のように私を気にかけてくれる優しい人だった。それは二周目でも変わらないようだ。



「後で少し残れるか?」

「え……。」

「ちょっと渡したい物があってね。」

「……?」



 首を傾げた私に優しく笑ったかと思うと、八雲はすぐに表情を引き締めて百音たちにも視線を向けた。



「それで、発現の方はどう?」



 切り替えが早い。早速百音はドヤ顔で草の塊を作り出していた。



「へぇ、いいね。次は発現速度を早めたり、塊を大きくする方にシフトしようか。」

「はーい!」

「君らは気張りすぎかなぁ…。瞑想する感覚で、体内に意識向けてみて。」

「あざす!」

「はい。」

「君は…、たぶんもうちょっと。」

「ありがとうございます。」



 八雲は皆を見て回った後、私の所に戻って来た。



「真白。成績良いって聞いてるけど、あんまり授業態度良くないらしいな?」

「っ!」



 なんでバレてるの……! 思わず進先生を振り返ると八雲に嗜められた。



「守護隊側も人員が欲しいからね、ちゃんとその辺の報告上がってくんの。あんま先生困らせないようにね。」

「は、はい……。」

「発現は? できた? はい、やってみる。」



 私は手を前に出すと、手のひらに魔力を集中させた。ちゃんと感じる。前回は何だかんだ逃れていたが、さすがに今回は無理そうだ。諦めて魔力に精神エネルギーと身体エネルギーを組み合わせる。発現する、そう感じた瞬間だった。違和感を感じた。私の知っている感覚と違う。その正体はすぐに分かった。



「う、わ……!」



 思わず驚嘆が漏れた。指の延長線上に手のひら大の塊が五つできていた。全属性だ。



「これは……。」



 同様に驚く八雲が目を見開いた。その表情は戦場で何度か見たことがあるものだった。まずい。咄嗟にそう思ってすぐに塊を消したが、後の祭りだった。



「真白すごーい! 何今の!?」



 百音の声に顔を上げると、皆も顔を輝かせながらこちらを見ていた。恐る恐る八雲に視線を戻すと、八雲は眉間に皺を寄せていた。やっぱりまずかったに違いない。けれどどういうことだろう。私の得意属性は水だったはずなのに。



「真白。」



 思わず肩が跳ねた。八雲はやはり少し難しい顔をしていた。かと思うと、手を前に突き出した。



「そんな難しい顔しなくていいよ。俺もできる。」

「え……。」



 次の瞬間、八雲の手の上に全属性の塊が出現した。百音たちはやはり歓声を上げ、すごいだどうやるんだと八雲に尋ねていた。いつの間にか八雲の表情はいつも通りに戻っていた。



 *



「真白。」



 演習が終わってすぐ、八雲に手招きされて訓練場の隅に誘導された。心なしか八雲の表情が固い。



「お前、魔法を発現したのは今日が初めて?」

「は、はい……。」

「もう一度できるか?」



 恐る恐る手を前に出して手に魔力を集中させる。魔法を発現させる。塊はやはり全属性のものが発現した。一周目では散々使っていたが、二周目ではまだ魔法は使っていない。だから今日が初めてで嘘はない。が、やはりこれはまずいらしい。



「……ちなみに、属性の切り替えは?」



 八雲は手を前に出すと、手のひらの上で水の塊を一つ出現させた。それを草、火、と素早く切り替えていく。これをやれと……? 一周目の経験からして問題なくできるが、これを今ここでやっていいのだろうか。自分の立場が危うくはならないだろうかとそればかりが頭の中をぐるぐると回る。



「やってみろ。」



 そう促されて、ヤケクソで手のひらの上に水の塊を一つ出現させた。それを八雲同様、草、火と切り替えていく。スピードや質が少し不安定だが、及第点だろう。



「うーん、できちゃう…のかぁ……。」



 八雲は腕を組むと、眉間に皺を寄せた。やっぱりまずかったかもしれない。八雲は困ったように頭を掻いた。



「天性の才能なのかねぇ……。」



 これは天性の才能ではなく、一周目の鍛錬の賜物ですと言えたら楽だが……。それを口にして問題ないか、今の私には判断できない。私はただ自分の手のひらを見つめることしかできなかった。



「まぁいいや、今日の本題そっちじゃないし。」



 突然ケロリとした八雲に一瞬呆気に取られるも、先程渡したい物があると言われたことを思い出した。八雲は小脇に抱えていた分厚い本を差し出した。なかなかの重厚さだ。



「これ、あげる。」

「これは……?」



 本を受け取って開くと、中は真っ白だった。首を傾げて表紙を見るも、表紙にも特に装飾以外は何も書かれていない。



「それね、日記帳。」

「日記帳……?」

「八年分くらい書けるらしいよ。本当は十年分を探したんだけど、見つからなくてね。」



 勢い良く顔を上げると、八雲が優しい顔をしていた。木漏れ日を受けて輝く銀髪が眩しい。

 私はあの日、八雲に助けられる以前の記憶がない。保護された段階でそう伝えている。それを八雲も聞いたのだろう。一周目の記憶しかないのだから、嘘ではない。



「失った記憶を取り戻すことは難しいかもしれない。だけど、また新しく積み上げていくことはできる。」

「……はい。」

「新しく作っていこう。」



 私は日記帳を胸に抱き締めた。本当は失ったかもしれない記憶なんてどうでもよかった。一周目でも故郷も親も知らなかったのだから、私にはなくて当然のものなのだ。ただ、八雲が私のことを気にかけてくれていた。それが堪らなく嬉しかった。



「ありがとうございます。」



 嬉しすぎて涙が滲む。上手く笑えているだろうか。こういう八雲の優しさが大好きだ。宝物がまた増えた。そこでふと思い出した。



「あの、ぬいぐるみもありがとうございました。」

「あぁ。」



 八雲も思い出したように笑った。



「嬉しかったです。今は部屋に飾ってます。」

「気に入ってもらえたようで安心したよ。」



 部屋の窓辺が定位置のうさぎのぬいぐるみ。何度もぬいぐるみを選ぶ八雲の姿を想像しては癒された。

 八雲は優しく笑って私の頭に手を乗せた。直接肌に触れていなくても、戦士の手であることが分かる無骨な手だ。



「本当に、元気になってよかった。」



 記憶の中の八雲の姿と重なって涙が出そうになる。無意識に私は疑問を口にしていた。



「どうして、そんなに気にかけてくれるんですか……?」



 八雲は一瞬目を見開いた後、空を仰ぎ見た。



「……。」

「……。」



 微妙な沈黙が流れるも、やっぱり今のナシ!というわけにもいかないのでそれを守る。疑問を口にしてしまったことを盛大に後悔し始めたとき、八雲は困ったように笑った。



「なんでかね。なんか、気になっちゃうんだよね。」

「ふふ、なんですかそれ。」



 つられて私も笑ってしまった。



「……私、守護隊に入ります。」

「そう。」

「いつか、八雲さんの隣に立てるよう頑張ります。」



 そう言って笑うと、八雲も笑った。



「楽しみにしてるよ。」

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