【妄想小説】疲れ切った休日にゃ

dede

何もする気が起きないのだ

「フヒィ」


 ここ数週間忙しい日々が続いた。夜遅く帰ってきてはシャワーを浴び、ご飯をお腹に入れて寝る。そんな日々。目まぐるしかった。そんな日々もようやく金曜日に終わって久しぶりの休日だった。


「フワァ」


 欠伸が出る。色々したいと夢想してた事はあった。溜め込んでいたアニメを見たい。買うだけ買って手つかずのマンガを読みたい。ゆっくりお風呂に浸かりたい。美容室で髪を綺麗に整えたい。新しいコートを買いに行きたい。友達とお茶しに行きたい。ちゃんとした美味しいご飯を作りたい、食べたい。お酒飲みたい。

 心ゆく迄、寝たい。


 でもいざ、たっぷり寝て起きると何もする気が起きなかった。お布団の中、もぞもぞとスマホを弄る。これはアレだ、休日中一日何もやる気が起きなくて、ぼんやりしながらお布団の中で無為に過ごすパターンだ、と思った。いつの間にかカーテン越しに入ってくる光が弱まったのに気が付いてやっちまったなーと後悔しながら、モゾモゾ這い出して我慢していたおトイレを済まし、カップ麺を食べるためにお湯を沸かすパターンだ。

 けれどもう、胸の内はスッカラカンなのだ。何もやる気は沸かないのだ。何も心動かされる気がしないのだ。無表情で暗い部屋で丸まりながらスマホをぼんやり眺めてるのがお似合いなのだ。のだのだ。

 もう今日一日そう過ごしても悪くないかなと思い始めているけれど、もし、この気持ちを変えれるものがあるとしたら、それは何だろうかと考えた。放って置いたら一日お布団で過ごす事になるのだから、考える時間はたっぷりあった。


 まず、しなきゃいけない事、したい事をリストを作ってみたらどうか? 却下。そのやる気が起きないんだってば私。

 とりあえず、何でもいいから溜めてたアニメをつけてみたらどうか? 流れてたら気になって見始めるじゃないか? 却下。タイトル眺めててもどれも観る気が起きず、しんどいしか思わなかった。

 ならもっとハードルを下げて、今やってるバラエティ番組を流したら? 却下。うるさいとしか思わなかった。

 音楽を流すのは? 却下。心の表面をただ滑っていくだけで響く事はなかった。

 コーヒーを入れて飲む。 却下。面倒がまさった。





******



「ふひぃ」


 背中越しに感じる君のゴツゴツした背中。鍛えてる訳じゃないけど私よりも筋張って硬い筋肉。ちょうど頭を乗せるには良いところにある肩。ぶつかる肩甲骨と肩甲骨。ぐりぐりと背中を擦りつけると背骨もかちあった。


「ふわぁ」


 と欠伸が出た。


「んっんっんーー」


 私が背中を反らして伸びをすると、君は背中を丸める。私の後頭部と君の後頭部がゴツンと当たった。


「重い」


 君はそう抗議したけれど平坦で事実確認するだけのような声は本気で嫌がってないんだと確信できた。

 すっかり着替えてリビングの大きなテレビの前に座布団を敷き、胡坐をかいてゲームをしている君。傍らにはコーヒーカップも置かれていて準備万端。私はというと寝起きでたぶんいっぱい髪が跳ねてて、もちろんスッピンでむしろ顔も洗ってない。ずいぶん昔から着続けている着心地の良いくたびれたルームウェア。ゴムは伸びてるしほつれてる部分もあるけど一番気持ちいいヤツ。

 私は身を翻すと、今度は君の肩に顎を乗せる。肌越しに君の体温が伝わる。首の、君の匂いを嗅ぐ。すぅーっと、鼻から苦しくなるまで吸い込む。それから、私の匂いを擦り込ませるように君の首に私の首やら頬を擦りつける。ぐりぐりと。ぐりぐりと。丹念に。

 わきの下から君に腕を回す。ギューッと抱き着く。君の背中に体重を預けたまま、今度は頬っぺたを擦りつける。剃ったばかりだから、まだチクチクしない。

 君に顔をうずめてまた大きく息を吸う。私と君の混ざった匂いが心地よい。


「ベッド行く?」


 顔は画面を向いたまま、コントローラを動かす手は止まらない。気をつけて声に気持ちが乗らないように、いっけん何でもない風を装ってるけどこれはちょっと期待してるな?


「やだ」

「生殺しだ」


 そういや君の事も随分放ったらかしだった。ごめんね? でも今はそんな元気ないんだよ。私はお詫びのつもりで軽く君の頬にチュゥっとした。すると君もチュゥっと返した。

 それからしばらく一緒に君の操作するゲームを眺めていた。


「出掛ける?」

「いい」

「でも退屈じゃない?」

「いい」


 それからしばらく無言で画面を眺める。今度口を開いたのは私。


「これ、前からあったっけ?」

「ううん。最近買ったやつ」

「ふぅん」


 私は膝立ちになると、今度は君の頭に顎を乗せる。首に腕を回すと君の頭頂部で顎をグリグリ。当然胸は君の後頭部に当たっている。


「構って欲しい?」

「ううん。ゲーム続けて」


 むしろ何かしている君にベタベタしてるのがいい。構われると消耗するから。勝手に急速充電してるので気にしないで欲しい。

 君が突然言った。


「ごめん、トイレ」

「いいよー」


 私は腕に力を籠める。


「離して?」

「やだ」


 君は溜息をつくと気合を入れて立ち上がった。プランと君にぶら下がる私。

 君は軽く体を何度か左右に捩じり私を振り払うポーズを取る。それでも私は君から降りない。

 君はそのまま歩いてトイレの前に行き、ドアを開ける。


「中までついてくる気?」

「うん」

「それは本当に止めてね」


 今日初めて本気の拒絶をされたので大人しく絡めた腕を弱める。ストンと足が床に着く。

 トイレの中で水の流れる音が聞こえるとドアが開いた。

 出てきたばかりの君の正面で私は両腕を伸ばす。


「ん」

「はいはい」


 私の無言の催促に、君は大人しく屈んで首を差し出す。私が君にしがみつくと君は体を起こした。プランと足が浮く。密着する体。君の両腕が更に私たちの密度を高める。

 そのまま不格好に歩いてテレビの前に座ると、今度私は君の足の間に居座る。胡坐の上は多少ごつごつしていたけど、互いに微調整して一番居心地の良い位置を作り出す。

 私は君の胸に体重を預ける。君は私の体を包むように覆ってコントローラを握った。今度は君が私の頭に顎を乗せた。

 それからひたすら君はゲームのキャラクターを操作していて、私はそれを眺めていた。たまに頭を動かして、君の顎に私の髪を擦りつけるし、君の胸に私の背中を擦りつける。コントーラを操る腕をくすぐって少し君に怒られた。


 そんな時間がお昼ご飯まで続いた。

 それだけで良かった。




*******



 という妄想をしていたら、なんだか随分気が晴れた。

 ニャンコ殿でもお迎えしようかなとも考えてみたものの、家を空けてる時間が長いのでなかなか踏ん切りがつかない。でも少しだけ元気が出てきた。

 何が有意義で、何が無為なのか分からないが今日という日を気分よく過ごすため、ひとまずお布団から出る事から始める事にした。


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