第29話最終話

 蒼い朝靄が王都を覆っていた。

 半龍化したリースが崩れ落ちた、あの玉座の間はすでに瓦礫と化し、兵士と魔導士たちが黙々と復旧作業を続けている。


 その影には、まだ微かに焦げた鱗の匂いが残っていた。


 王都中に──勇者リース死亡の報せが伝わったのは、翌日のことだった。


「勇者様が……?」

「龍になったって話は、本当だったのか……」

「でも、最後は……泣いていたって聞いたぞ。あれは……本当に殿下の意思だったのか?」


 恐怖と悲しみ、そしてわずかな同情が混じった声が街中を満たしていく。


 その中心で、カイル、レノヴァ、リゼット。

 三人はかつて玉座の間だった瓦礫の山に立ち、リースの最後の痕跡を静かに見つめていた。


 風が吹くたび、砕けた黒鱗の粉が光となって宙へ舞い上がり、すぐに消えていく。


「……最後まで、自分のことばっかだったな。あいつ」


 カイルはぽつりと呟いた。

 憎み合い、喧嘩ばかりしていた。互いに認め合うことなど、ほとんど無かった。


 それでも──胸の奥に、痛いほどの悲しみが刺さっていた。


 レノヴァがそっと隣へ歩み寄り、揺れる金髪を押さえながら静かに言う。


「あなたは……彼を救おうとした。それだけで十分です」


「救えなかったけどな」


「……でも、最後に“リース”として死ねたのは、あなたのおかげです」


 レノヴァの優しい声に、カイルはわずかに笑った。


「……あいつ、最後まで“勇者”だったよ。

 俺の呼び声に応えて……戻ってきて……」


 そこまで言うと、言葉が喉で止まった。

 そして──彼は死んだ。


 その事実だけが、重く、痛く、胸に沈んでいく。



 やがて三人は王の前に呼ばれ、正式な報告を行った。


「カイル、リゼット、そしてレノヴァ。

 よくぞこの国を救ってくれた。国王として、そして……ひとりの人間として感謝する」


 王は深く頭を下げ、三人に褒美を与えた。

 だが、三人の表情は晴れなかった。




 そして翌朝。

 鳥の声が響く中、三人は北門へ向かって歩いた。


 誰に見送られるわけでもなく、ただ静かに。

 それでも足取りに迷いはなかった。


 カイルは背中の荷物を軽く叩き、前を向く。


「――行くぞ。俺たちの……」


 レノヴァが微笑みながら続けた。


「……きっとここからです」


 リゼットが小さく手を握りしめる。


「……ずっと、一緒よ」


 三つの影が重なり、朝日へと伸びていく。


 カイルは振り返らず、ただまっすぐに進んだ。


「――俺たちの戦いは、これからだ」





ご愛読ありがとうございました。人生で初めてこんなにもたくさんの人に読んでもらえてとても光栄です。最初は少しのアイディアから始まったのですが、どんどんとアイディアが膨らみ気づけば60,000文字程度になってしまいましたこれからもたくさんの作品を書いていきたいので、ぜひ他作品も読んでいただけると光栄です、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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「ただの回復魔法じゃねえか。役立たず」と追放されたけど、その【完全回帰】は世界最強の呪いを『なかったこと』にするチートでした。 藤野シン @wazanaha

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