地上の星

@suzume_sitakiri

第1話

地上の星


序章


吐いた息が白く霧になる寒い寒い冬。日本のある田舎の海辺の街。

渚晴町「なぎわちょう」そこのアパートの屋上のベンチで警察の私

「茶都こと」は友人たちが来るのを待っていた。夜風が優しく頬を撫でて

潮騒の心地のいい音が警察の仕事で疲れた心を癒す。天蓋は美しい星々で

彩られている。私は非番の日にここから見る景色が人生の中で2番目に好きだ。

そんなことを考えていると後ろからドタドタと忙しなく階段を上がる音がして

きた。振り返ると探偵帽をかぶった緑髪の少年に見える私の友人がいた。

「やぁ。ごめんね。待たせちゃった?」そう服の袖で汗を拭いながら、

少年にしてはあまりに高い声で話す彼女は男装趣味がある

この町唯一の探偵事務所、dackyou探偵事務所のリーダーである

【河内ヨウ】だ。探偵事務所といっても皆が想像するような殺人事件の解決

とかではなく、浮気調査程度なのだが。「ううん。全然待ってないよ」

「むしろ予定より五分早いからね」そう言って私はヨウの腕時計を指す

「ゔぇぇぇ!?十分遅れたと思って走ってきたのに腕時計壊れてる…最悪〜」

そう言ってため息をつきながら隣にドスンと座る。

彼女は少しおっちょこちょいなところがある。と言うのも彼女との出会いが

「女子トイレに男が入ってると通報が入って向かったら男装であることを忘れてた

彼女がいた」なんて出会いだからだ。

私とヨウはそんな昔のことを話しながら待っていると後からレインコートを被った

子供がやってくる。雨は降っていないがフードを被りトコトコと歩いて

静かに私の横に座った。その子供がフードを脱ぐと絹のような白髪と

ルビーのような赤目、色白の美しい少女が出てきた。

竹白雫石【タケシラ シズク】だ。彼女は親がいなく、後から来る佐野橋咲と

言う人に拾われて河内ヨウの弟子の様な存在にいつの間にかなっていった。

ちょっとシャイな性格であまり話さず街中で目立たない様にいつもフードを

かぶっている。人の心に敏感でたまにこっちが嘘を吐いたりすると

それを見抜いてきてびっくりさせられる。大人びているが今年中学に

上がったばかり。

そんな雫石を見ていると後ろから肩を叩かれた。

驚いて振り向くと身長183センチほどの大柄でいて病的なまでに痩せている

茶髪の女がいた。さっき言った佐野橋咲だ。彼女はオカルトマニアでいつも

逆十字を首からさげている「やぁ。遅れてごめんね

自販機でお札が何度も弾かれてね〜あぁはいこれ」と佐野橋は手慣れた感じで

全員に飲み物を配っていくヨウには冷たいみかんジュース、私にはコーヒー

雫石にはコーンスープを。そして雫石の隣に座った。「うわぁ、タバコ臭いよ。咲」

と雫石が露骨に嫌そうな顔をする。

「ごめんごめん。今日はもう吸わないよ」と佐野橋は返して雫石を撫でる。

佐野橋はこのアパートの大家さんで親のいない雫石を無料で住まわせている。

それゆえに雫石からはかなり好かれているのだが常にタバコを吸っていて

タバコ臭いのが玉にキズ。そんな私たち4人にはある決まりがあった。

私が非番で他のみんなも暇な日曜日は必ず佐野橋のマンションに集まって

それでそのまま佐野橋の部屋で月曜日までを過ごすと言う決まりだ。

「このままじゃ寒いから」と佐野橋は部屋に行く様に促す。全員はそれに

首肯して部屋に集まった。




佐野橋の部屋にて

佐野橋は雫石と同居しておりリビングにはそれぞれ佐野橋がオカルトに使う謎の

物体や雫石は趣味の天体観測の為の望遠鏡などが置かれていた。かなり広い部屋の

はずだが佐野橋のグッズがかなり場所をとっていてどこか狭く感じる。

リビングで待っていると佐野橋が鍋を持って出てくる。

「みんな寒かったでしょ。あったまれる様にモツ鍋にしてみたんだ。食ってくれ。」

と言って佐野橋は鍋を勧める。「わーい佐野橋の作る夕飯好き」と言いながら

雫石は佐野橋に擦り寄りヨウは佐野橋に感謝を告げた後慌ててかっ喰らって

火傷をしかけた。そんなヨウを笑ったり、今週あった出来事などを

語らいながら楽しい食事を済ませる。会話の内容は探偵事務所の依頼人がヨウの

知り合いだったが依頼人が気づいてなかったことにヨウが悲しんだり。

雫石が学校で新しい友達ができたとか、そう言う些細なことだった。

雑談は弾んで食事の後も数時間続いた。しばらく経ったあと

佐野橋が思い出したかの様にああそうだ。みんなに見せたいものがあるんだよね。

と言って部屋の奥から赤い文字が書かれた様な板を4枚持ってくる。

「知り合いから貰ったんだけど。これはね、自分の知りたいことを言った後

この文字をなぞったら、板の裏面の木目にその答えが文字となって浮かび上がって

くるって言う代物なんだ。全員1枚ずつあるし良かったらここで使ってみない?」

そう言ってみんなに渡していく。ヨウは興味津々!と言った感じで目を

輝かせていたが雫石と私は半信半疑だった。

「あ〜その顔は信じてないって顔だなぁ?どれ、茶都の今日の朝ごはんなんだよ」

そう言って佐野橋は赤い文字をなぞって裏目を雫石に見せてみた。

「ただの木の木目が見えたがじっと見ると「トーストとベーコン」と

書かれている様に見える」と雫石は答え私の方を見てきた。「正解だった。」

「ほらな?」と佐野橋は得意そうな顔をする。それを見てすぐさま

「うお!私も私も!えっとね〜私って彼氏とかできる?」とヨウは赤文字をなぞる

回答は「できない」だった。「どうじで…」と泣き崩れるヨウを苦笑しながら

私はなくした髪飾りの場所を尋ねてみた。「ベットの下」らしい。

あとで見てみよう。そして雫石の番になって雫石は言った

「あれ?そういえばさ茶都さん。朙華教幹部殺害事件って犯人出たんだっけ?」

と私に尋ねてくる。


朙華教幹部殺害事件。

これは3年ほど前に起こった事件でこの街でできた新興宗教「朙華教」の

幹部が首に包丁が刺さった状態でトイレで死亡していたと言う事件だ。

不思議なことにトイレには鍵が閉まってるし朙華教の教団本拠地は警備が厳重

死亡推定時刻の数分前トイレに入る幹部の姿が監視カメラに写っているし

幹部が入ったあと他の人がトイレに入った形跡は全く持ってない。

まるで包丁だけがワープしたかの様に、幹部は死んでいたと警察も探偵事務所も

お手上げの未解決事件だ。


「ううん。まだ未解決なんだ」と私が答えると

「板さん。朙華教幹部殺害事件、犯人だーれ?」と言って赤い文字を擦った。

裏面に書かれていたのは「犯人は河内ヨウ」だった。


序章完


第一章 「白い息」


数秒、静かな時間が流れる皆が一斉にヨウの方を見た。ヨウは違う違うと激しく

首を振る。「えっ!?なっ何かの間違いなんじゃないですか?」

とヨウは汗を垂らし吃りながら前のめりになって荒ぶる。

それをみた佐野橋は雫石から木片を取ってポキりと折り、笑って

「占いなんて当たらないもんさ。なんかの間違いだろ」と言ってその木片をゴミ箱に

投げ入れてしまった。そしてそのあと「あーごめんななんか。白けてしまったね。

お詫びに今度なんか奢るよ」と言ってタバコに火をつけた。「奢ってくれるの!?」

と当事者であるはずのヨウが食いついた。そのあと雫石がまた別のの話題を

振り、それが盛り上がったため帰る頃には皆占いの結果などとうに忘れて

そのままそれぞれの家路についた。と言っても全員佐野橋と竹白のペアを除き

部屋が違うだけで同じアパートなのだが。

 翌日、私が交番で仕事が少ない平和な夕方を堪能していると夕焼け小焼けのチャイムと共に

家に帰りにむかう学生たちがガラス扉から見えた。その隊列から行きすぎた後、少し遅れて、

「けんけんぱ。けんけんぱ。」と聞き慣れた声が聞こえてきた。見てみると黒髪黒目のどこかで

見たことがある気がする少女がマンホールや道路の白線に沿って歩いて遊んでいた。

その少女と目が合った時、それが変装した雫石だということに気づいた。雫石は私をみるや否や

こっちに駆けてきた。幸い交番には私以外誰もおらず、仕事もあまり無かったので

雫石にかまってやれる時間ができた雫石は自然に私の膝の上に座ってこちらに振り向いて話す

「ああ、茶都さん学校の帰り。伝えたい事があるから寄りにきた髪色はね、学校の先生が髪色がどうとか

地毛がどうとかいうから上にウィッグ?っていうやつをつけていつも学校に行ってるの。

だから友達は私の地毛が白髪なの知らない。」そう言って雫石はぴょんと膝から降りて交番の外に出る。

そして振り向きざまに、「茶都さん、次の公休日の夜7時ここの前で待っててくれない?

待っててくれたら、良いところに案内するよ。」そう言って雫石は帰っていってしまった。

「公休日次の日朝八時出勤だから早めに寝たいんだけどなぁ....」そう言いながら私は仕事に戻った。

数日後やっと迎えた公休日。朝八時ごろアパートのチャイムが鳴ったので雫石かと思って扉を開けた。

しかし見てみるとそこには河内ヨウがいた。「やあ。ことちゃん今日休みの日だよね?

ちょっとだけお願いがあってさ。私と一緒にさ。」と河内は渋った様に言う。河内のお願いを聞くと大体

いつもろくでもないことに巻き込まれる。特に河内が言い渋る時は、しかしそれでも彼女の愛嬌が

悪さするのか断れない自分がいた。私は頷いて河内に言うように促す。「そのぅ…私と男女としてデートして

くれない?」あまりにも突拍子のない願いに私は口に含んだお茶を思い切りぶちまけてしまった。

「えぇっと?…それは一体どうして?」と言いながら私は雑巾で机を拭く。「今度の依頼、潜入とかやらなく

ちゃいけなくて、私もよくわかってないんだけど誰かの彼氏役をしないといけないとかなんとかで…

だからお願い、私に彼氏のいろはを叩き込んで!」と言って河内は腰を低くして手を合わせる。

そんな姿を見ていると断りきれず、渋々デートすることにした。内心、満更でもなかったかもしれない。

せっかくなので私は買ったっきりきていなかった高めの小洒落た服を着て出掛けていく。

と言うわけで街に繰り出した河内と私だったが、驚くべきことに二人とも異性の経験が全くなかった。

少々ぎこちない様子で手を繋いだりして有名なデートスポットを巡ったりしてみたが、会話が

弾むことはなかった。いつのも調子が出なかったのと、こう言う関係の人がどのような行動をとるのか

両者ともわからなかったから。あとは河内が毎度「私」と言おうとしてくるのを無理くり「僕」に

訂正させたりするぐらいだった。最後帰りに雨が降ってきたので雨宿りついでに

おやつにデートスポット近くのかき氷屋にでも行こうと言うことになった。

「こんな季節に?冬だよ?正気?」といつもなら言っていただろうが二人とも恥ずかしさなどで

正気を保てていなかったのかもしれない。ざーざーとふりしきる雨の中甘くて美味しい、しかしたまに

頭痛がするかき氷を二人で分て食べる。しばらくして店を出てみると雨が晴れていた。会計を

済ませてそのまま家路につくと前から車がやってきた。私はなんの気無しに歩いていたが

突如身体が空中に投げ出される感覚がしたと思うと、後ろ向きに滑るように倒れる。

頭に衝撃が来るのに備えて受け身を取ろうとするが地面スレスレのところで何か柔らかいものに

受け止められた。この間およそ2秒、残像でぼやけた視界が治ると目の前には水浸しになった

河内の顔があった。そして直感的に河内が私を足掛けで倒したあと、頭を地面スレスレで受け止めた

と言うことだけはわかった。「んぁ…ごめんね大丈夫?」とヨウは話す。

「今前から来た車、水溜りを踏むようになっててさ、高そうな服だったからつい癖で庇うみたいなこと

しちゃった。」そう言いながらヨウは私を立たせて埃を払い落とそうと腕を振る。「痛っ」ヨウの腕を

見てみると泥まみれの服を伝って、少量の血が流れていた。「え?大丈夫?」私は突然の事に

驚きつつ聞く。「いてて。多分水溜りにガラス片でも入ってたのかも…肩がすっごく痛いや、

ちょっと事務所に戻って手当してくるね。」「あああとこれ、これさ、よかったら預かっててくれない?

すっごく大事なものなんだけど…次の依頼で今みたいなことがあって汚しちゃうかもしれないし。」

そう言ってヨウは探偵帽を私に渡してきた。「じゃあね。デートしてくれてありがと。楽しかったよ」

そう言いながら手当をしようとしたり汚れてしまったヨウの服のお詫びについて話そうとする

私を振り切るように、何か急かされているようにヨウは事務所の方へと帰っていってしまった。

数時間後。アパートに帰り、夜7時、雫石との予定時刻になったので待ち合わせ場所に移動する。

待ち合わせ場所にはおおきなボストンバッグと懐中電灯を持った雫石が壁にもたれかかっていた。

「茶都さん、来てくれたんだ。ありがとうね、突然呼び出してごめんなさい。どうしても

案内したいところがあって。」そう言って懐中電灯の灯りをつけて雫石は人気のない薄暗い路地の方へと

進んで行った。私もそれに続いていく。雫石の進む道はどれも今まで行ったことのないような

少し不潔で薄暗い路地で、商店街の隙間を縫うように迷路の様になっていた。ある程度進むと

少し治安の悪そうな隣町の歓楽街へと出た。「ねえ雫石、いつも一人でこんなところ来てるの?

危ないからなるべくやめてね…」と私は言う。警察と言う職業のせいか夜のこう言ったところを

若い少女がふらつくのがどうしても危なっかしく見えたから。「ん。ここ全然治安悪くないよ。

ほら耳をすましてみて。」そう言って雫石は足を止めた。耳をすましてみると確かに

夜も明るい歓楽街の割には話し声はおろか足音すら、ましては人すら見当たらなかった。

そんな様子に私は強い不気味さを感じ、途端に少し怖くなった。「茶都さん、もしかして怖がってる?

ごめんね、でももう着いたから安心して。」そう言って雫石は建物と建物の隙間にギリギリ

入りきれているような鳥居をくぐり、そのまま左の建物へと入っていく。私もそれに続いた。

目的地に着いたらしい。雫石はドアをノックする。すると「入れろ」という少年の声とそれに続いて

「お入りください」と言ううがいをしながら話しているような、低い醜い男の声が聞こえてきた。

雫石がガチャリとドアを開ける。その先にあったものに私は戦慄した。

中学生ほどのブレザーを黒髪で片目が隠れた黒眼色白の美少年がこちらに向かってリボルバーを

構えていた。それだけではない。黒い不定形で、夥しい量の瞳を持った、巨大な口の怪物が、

その少年を口の中に入れていたのである。

「サツはお断りだと言っただろ雫石」少年がリボルバーをこちらに突きつけ威嚇してくる。

それに対して雫石は「大丈夫。この人は君を逮捕したりしないし、出来ない。

それはあなたの方がよくわかってるでしょ?今少し、力を貸して欲しいの。お願い。」

そう縋るような声で雫石が言うと「お前が言うなら仕方がない」と言った様子で銃を下ろして

部屋の奥へ案内してくれた。部屋は薄暗く至る所に藁人形が転がっており、錆びついた香りがした。

窓がなく、小さな豆電球の光だけが頼りで部屋全体を把握し切ることができない。

「僕の名前は黒葉溢【クロハ ヨウ】だ。信じるのは君次第だが魔術の専門家だ。

そしてこの黒いのは僕のペット。恐ろしい外見をしているが人を取って食ったりはしない。

忠実な下僕だ。」「お茶」そう黒葉が呟くと巨大な口の怪物はコップになみなみ溢れるほどの

お茶を注いで私と雫石に差し出してきた。「さて、取引の内容は?」黒葉は足を組みこちらを睨む。

それに応えるように雫石は机の上に折られた木の板を置いた。

木の板はそれぞれ「犯人は」「河内ヨウ」と書かれていた。先日の占いのあの板だ。

それを見て黒葉はニヤリと笑う「真のアガスティアの葉か、よく手に入れたな。」 

「真のアガスティアの葉。占いに使われる木片。自分の知りたいことを言った後

表面の血で書かれた文字をなぞれば。板の裏面の木目にその答えが文字となって浮かび上がってくる。」

「代償として造るために製作者が自ら手にかけた人間の血液が必要。

つまり製造工程で殺人を犯す必要がある。一人の人間につき葉は5枚作れる。

そして真ほアガスティアの葉の占いは【決して間違うことはない】」

黒葉は怪物に箱を持って来させてそれを開ける。中からは30枚ほどの木片。

真のアガスティアの葉が出てきた。「河内ヨウ…ねぇ」そうそう言って3枚の葉を手に取って質問をする。

「朙華教幹部殺害事件その犯人は?」

それに対して葉は応える【犯人は河内ヨウ】

「河内ヨウは今どこにいる」それに対しても応える。【渚晴町。海岸近くのアパート】

「目の前の者の名前は」最後の質問にも応える【竹白 雫石。茶都こと】

初めの質問と最後の質問でこの葉は少なくとも知りたい事を教えてくれることがわかった。

「これで信じてくれたかい?この葉の性能。」その黒葉の言葉に対して私は頷くことしかできなかった。

「河内ヨウ。君の友人だろう?しかし君は警察という身分だそうじゃないか。もし

彼女が本当に犯人なのならば、彼女を逮捕しなければならない。基本、魔術による殺人は

法律では裁けない。例えば私が呪いを込めてこの雫石を目の前で心臓麻痺させたとしても

君は僕を逮捕できない。科学的根拠が無いと逮捕することは日本の法では不可能なんだ。

でも朙華教幹部殺害事件はここからが面白い。犯人は魔術を使えるにも関わらず

ナイフを使って首を刺して殺した。首を切られて死亡。これは科学的にあり得る死に方だろう?

首を包丁で刺されて無事生きる方が稀だ。つまり、途中で魔術が関与していたとしても

包丁を首に突き刺したという事実さえ突きつけることができればお前は犯人を逮捕できる。

先程まで"デート"していた仲だ。もし事実を突きつけられても逮捕する気はないだろうがね。」

「貴方…どこまで知っているんですか…」外見はブレザーを着た低身長の中学生。

これなのにこれほどまで私のことを見抜いてくる黒葉に私は恐怖を感じた。

「さあね。それを教えるなら追加料金を支払ってもらおうか。それはさておき

あまりに君が哀れだから一つヒントをあげよう。【犯人が河内ヨウではない可能性も

充分にある。】ということだ。先程真のアガスティアの占いは外れる事がないと言ったね。

ただしこう言ったパターンが考えられる。例えば【河内ヨウという全く同じ名前の別人がいる】

とかね?」その発言を聞いて私は顔を上げて目に光を灯す。瞳に豆電球の頼りない光が

ゆらゆらと揺れている。「しかも犯人はわざわざ魔術で殺さずとどめは科学的根拠に基づいたもので

仕留めている。罪を君の友達になすりつけようとしている可能性だって十分にある。」

「じゃあ真犯人は一体?」そう聞こうとする私の頭に何か冷たいものが当たる。

リボルバーだ。「君は警察だ。真犯人を突き止めるのはお前らの仕事だろう?

他人に甘えるな…!頭を使え。」そう黒葉は叫び続けて落ち着いた声で話す。

「基本的に魔術は法では裁けない。魔術は現代社会で阻害された弱者たち、警察にすら

見捨てられたものが…見捨てられた弱者が…社会的強者に対して唯一立ち向かえる手段だ…

俺も家族を殺されて…警察は動かなかった。金でねじ伏せられたのさ。

初めサツはお断りだと言っただろう?魔術を使うものには警察を恨むものも少なくない。

よく覚えておけ。」そう言い終わるとリボルバーを頭から離してくれた。

「僕の予知ではお前は明日。朙華教幹部殺害事件の担当に編入される。

朙華には個人的に恨みがあってな。おまけしてやる。これ、持っていけ。」

そう言って銀でできたY字型の棒を渡してきた。何かと聞くとポケットに入れておくと

朙華教の者が使う良く魔術を無力化できるお守りだと言われた。

「ただし雫石の体には絶対に触れさせるな。」そう黒葉が念を押す。

「言い忘れててごめん。金属アレルギーなの」そう雫石は答えてくれた。

「じゃあ雫石。契約は契約だ。例のものは貰っていくぞ」

よく昔話などで魔女などと関わったものは魂を持って行かれたり体の一部を奪われたりする。

私は咄嗟にその事を思い雫石を守ろうと身構えたが、雫石はただ袋を渡した

中身は大量のパックごはんや保存食品だった。「滅多に人が来ないものだからね。

食べ物はありがたいよ。身構えてるそこの茶都。私が何かすると思ったか?ばーか!ばーか!」

そう黒葉は私を見て嘲笑したのち鳥居のところまで見送ってくれた。

この日から私は、魔術というものを信じる。いや、信じざるを得なくなっていった。

翌日上司から黒葉の予言通り朙華教幹部殺人事件の捜査員に任命された。人手不足故にとにかく

多くの人材を動かそうという考えだった。しかし…魔術か…今までとらえた犯人も

果たして本当に犯人だったんだろうかと不安になる。黒葉の感じだと真のアガスティアの葉

などだけではなくいきなり人を心臓麻痺で殺したり、洗脳して操って殺してしまったり

できてしまいそうなものである。そう頭を抱えるたびに黒葉の「頭を使え!」という

怒りの叫び声が脳内に叩きつけられる。その日は朙華教幹部殺人事件の今までの捜査内容の

共有で終わった。ただし内容は私がすでに知っている事はおろか、河内ヨウの名前すら

上がって来なかった。捜査は非常に難航しているようだった。

さらに次の日、仕事を終えてアパートに戻るといつものメンバーに加え見知らぬ人間が3人ほどおり

何やらアパート全体を華やかに飾っていた。

一人は銀髪に深々と野球帽を被りぶかぶかの制服を着た楽器ケースを持った訳ありげな少女。

もう一人はハワイアンシャツにサングラスという真冬だとは到底信じられない格好のイかれた男。

そしてもう一人は片目に眼帯をした佐野橋と同格の高身長で佐野橋より足長の根暗そうな女性。

野球帽が「汐路」【しおじ】

ハワイアンシャツが「ドズ」【DOZZ】

眼帯が「狩川神無」【かりかわ かんな】

というらしい。どうやら汐路とドズは朙華教幹部殺人事件に対して捜査するように依頼された

個人探偵の二人組のようで、狩川神無の方は佐野橋がアパートを建てる際資金提供をした

有名なプログラマーだと佐野橋から教えてもらった。そろそろやってくるクリスマスのために

このアパートの住民と関係者全員で初めてのクリスマスパーティーをやってみようと

佐野橋が企画したパーティーの準備をしているらしい。

汐路は同じ銀髪だからであってか早速雫石に気に入られたようで「汐路お姉さん」と

呼ばれるようになった。当の汐路はまんざらでもない様子だが人と関わったことが

稀なようでぎこちない様子で雫石に羽が動く仕掛けの鶴の折り紙を作ってやったりと向き合っていた。

そんな雫石に「こらこら、住民の方に迷惑かけるんじゃないよ。」声をかけて

軽く頭を撫でてやって汐路に軽くお辞儀しタバコを吸いながら飾り付けをする佐野橋。

ドズと呼ばれた男は「寒い!寒い!日本寒いよ!」と言いながらアパートの周りを暴れ回っていた。

狩川神無はみんなから離れたところで廊下に胡座を描いて座り、みかん箱の上にノートPCを

置いてかちゃかちゃと何かを作っていた。目に隈を蓄え、眠そうな目でエナジードリンク缶を

胸の上に乗せストローで吸う。今にも死んでしまいそうなざまだった。

近づいて話しかけてみる「えっと何をされているんですか??」そういう私に対して

狩川神無はそっけなく「プロジェクションマッピング」とだけ答える。こちらを振り向く様子もない。

その様子に押されていると「私は狩川神無。今忙しいの。話しかけないで。そんなに暇なら

あの可哀想でおばかな女を手伝ってあげて。」そう言って指を指した先には

クリスマスツリー用のイルミネーションのコードが絡まって身動きが取れなくなっていた河内ヨウがいた。

「茶都ちゃん!助けて〜」涙目になりながら芋虫のようにモゾモゾと動く彼女をイルミネーションの

ライトがついたコードを剥がしてあげる。「危うく感電死するところだったよ。」そう、汗を拭きながら

河内ヨウはこちらを見ると両肩をガシリと強く掴んで無理やり人目のつかない場所に連れていった。

「あのさ…こないだの占い結果。警察の茶都ちゃん的にはどう考えてる…?私。怪しいかな…?」

河内ヨウは珍しく真剣な目つきでこちらを見てくる。それに対して私は

「ううん。怪しくなんてないよ。私たち友達でしょ。」と答えた。河内ヨウはそれを聞くと

たちまち笑顔になり「よかった。」と温かい笑みをこぼした。安堵のため息混じりのその笑みに

白い息が冷たい冬の空気の中に消えていくのが混ざっていた。数秒見つめ合う。

私の中では実は昨日まで彼女を疑っていた罪悪感。でもいざ彼女を目の前にすると

彼女を疑う気持ちはさっぱりと消えて、ただ友人として好きという感情が。

私の中を巡っていた。そこに飛んできた佐野橋の声ではっと我に帰る

「そこの二人。サボってないでちょっと手伝ってよ」

ヨウの心の中には一体どんな感情が巡っていたんだろうか。

佐野橋のタバコの煙が上り、やがて空気に消えていくのを見ながら

先程のヨウの笑顔を思い出し。私は頭を掻きむしって、少ししたのち作業に戻った。


第一章 完


第二章「離れ離れの星」

数日後、雪が降るクリスマスの時、佐野橋と雫石の部屋でクリスマスパーティーが開催された。

雫石の数少ない学校の友人であり親友でもある小関 翠【コセキミドリ】という子もいた。

外見は緑がかった黒色の髪色でヨウにどことなく似ているが雰囲気はヨウとは正反対で落ち着いている。

ソファーでヨウと雫石に挟まれて「そう固くならなくたって良いんだよ」と雫石に優しく頭を撫でられ

自分と外見が似てることに興味を持ったのかヨウにしつこくだる絡みされていた。

当の翠本人はしつこくくだらない話をしてくるヨウに怖気つつ。雫石に体を密着させ、

両手でコップを持ってストローで大事そうにジュースを飲んでいた。緊張してるのか、頬から汗が

垂れている。雫石曰く人が多い所が苦手なようだが雫石とどうしても一緒にクリスマスを過ごしたかった

から佐野橋にお願いしてクリスマスパーティーに入れてもらったらしい。

視点をリビングに移すとテレビの前でドズと狩川がスマブラで格闘戦を繰り広げていた。

プログラマーだからなのか知らないが狩川が異様なまでに強く、何度戦おうとドズを完封し、その度に

「ざーこ、ざーこ」と挑発し、ドズに「少しは手加減してくれ」と頭をぐりぐりと拳をつけられる。

キッチンからは焼き鳥の香ばしい香りがしていた。汐路がキッチンに立ちクリスマスの料理を

次々と仕上げていく。ちょこまかとキッチンを動き回って同時に複数の料理を仕上げていくのは

可愛らしい。そしてその料理の仕上がりはそこらの高級ホテルにも負けないぐらい美味しそうで

焼き上げられたチキンの表面は肉汁が光に反射し美しく光沢を保っていた。

汐路はこちらを見ると少しだけ笑顔を見せて会釈をしてくれる。料理を楽しんでいるように見えた。

下手に手伝おうとするとむしろ邪魔をしてしまいそうだと思いその場を後にし、リビングに戻った。

リビングでは先ほどまでソファーにいた3人もゲームに加わり4人がかりで狩川を

追い詰めようとしていた。しかしそれすら狩川は簡単に大人二人を返り討ちにし、

子供二人には手加減してたまにわざと負けるなどの余裕すら見せていた。ヨウは顔を真っ赤にして

悔しがり、ドズは「もう一試合、これで最後にするから」というセリフを数分間に5回も繰り返すほど

負けていた。雫石は普段大人数で何かをするという事がなかったので勝っても負けても純粋に

楽しんでおり、翠は、雫石の肩に頭を乗せて雫石の側にいられる事を幸せに感じているように見えた。

キッチンからその様子を見て汐路が微笑んでいた。この場にいる誰もが幸せだった。

その時、玄関の扉が開いた。佐野橋がいつも通りタバコを咥えて立っていた。しかし服装は違う、

サンタクロースのコスプレをして、大きな袋を肩に掛けていた。「タバコ吸ってた事、雫石には内緒ね。」

そう言って玄関の皿にタバコを置き、袋の中から丁寧に包装された高そうなが入ったチョコレートの箱を

渡してくれた。「え、ありがとう。」と突然現れたコスプレ佐野橋に困惑しつつもそれを受け取る。

「雫石らに会う前に…これ似合ってるか?ちょっと自信がなくなってきた。数年前に買って倉庫に

入れたままにしててな、その時からだいぶ立ってるからサイズが少しきつい気もするが…」

いつも薄ら笑いを浮かべていて何を考えているかわからない佐野橋が恥ずかしそうにしている様は

新鮮だった。そう話しつつも佐野橋は中へ入る。「わぁ!佐野橋サンタだ!」佐野橋を見るや否や

コントローラを床に置いて雫石は佐野橋に駆け寄った。佐野橋にハグする雫石の頭を撫でて

袋の中からプレゼント箱を雫石にあげる。組み立て式の望遠鏡だった。思えば非番の日曜日の

集会で雫石はずっと楽しそうに星を眺めていた気がする。次に「いつも雫石をありがとうね」と

翠にプレゼント箱を渡す。「私の分までありがとうございます!でも今は皆さんといられる時間が

いちばんのプレゼントです!」そう嬉しそうに翠は微笑む。翠は箱を開けず家まで楽しみに

取っておくことにしたらしい、残りの汐路とドズは私と同じチョコレートをそして狩川には

「いつもお世話になっております」と深々と頭を下げ封筒を取り出した。お札が入っているのだろう。

そこそこの分厚さがある。それに対して狩川は「生々しい。サンタは頭下げない。でもありがとう」

そう笑いながら札束を懐に収めた。そしてヨウには「良い子かどうか判別できなかったからこれ」

と雑にパサパサのクッキーを投げ渡す。それに対して「酷いなぁ、私はちゃんと良い子にしてましたよ。」

と返しつつクッキーを貪り「冗談だ」と佐野橋はメガネを投げ渡した。というのも最近、ヨウは

探偵事務所で書類仕事をし過ぎていたせいか視力が悪くなって来ているらしい。それから私達は汐路の

作ってくれた夕食を食べながら此間の日曜日のように話しながら食事をし、新しい仲間を迎えた

アパートの明るい未来について語り合ったり今までの過去の苦労話を笑い合ったりしてクリスマスを

過ごした。楽しい時間はあっという間に過ぎるもので各々が部屋にそして翠を家へ返す時が来た。

「じゃあ、先に私は車のエンジン温めておく、暖房がすぐ効くようにね。時間になったら

家に送るからそれまで楽しんでてね、翠ちゃん」と佐野橋は下の階に降りて駐車場へと向かった。

汐路やヨウ、狩川はパーティの後片付けをし始めて私もそれに加わろうとした時、雫石と翠が

こそこそと何かをしているのに気づいた。気になって会話を盗み聞きすると

「翠。いつもありがとうね。学校でひとりぼっちの私を支えてくれて、

だから私からプレゼントがあるんだ」と雫石が翠に点と線と星が描かれた

不思議な形をしたペンダントを渡した。「これね、私も持ってて、磁石で引っ付くんだ。私のと翠のを

合わせると双子座の星座の形になるのこの星のマークは私のはポルックス。翠のはカストルっていう

星を示してるんだ。私なりに君への気持ちを込めてさ。受け取ってくれると嬉しいな」

そう言って雫石は双子座の片割れのペンダントを翠に渡した。翠は嬉しそうに笑って

互いのペンダントを引っ付けて「ありがとう。大事にするね!ずっと一緒にいようね」と

雫石に微笑んだ。雫石もそれに釣られて、翠と比べると少し不器用だけど笑顔を見せてくれた。

そして雫石の部屋で二人は肩を寄せ合いながら窓に映る星を見ていた。

そんなやりとりを見たあと、私もなんだか心温まる気持ちでパーティの後片付けを手伝った。

数十分が経ち、ヨウが皿を洗ってそれをしまおうとした時その皿が手から滑り落ち、激しく音を立てて

割れた。「あれ?なんか体が思うように動かないな…働き過ぎかな…やっちゃった。佐野橋に

また怒られるよ」とヨウが呟く「ああ、怪我しないように下がってください。私が片付けますから。」

そう言って汐路が前に出て割れた皿を片付けていく。狩川は笑って「誰にでも間違いはある。

このマンションの備品は全部私の金から出てる。気にすんな、佐野橋には怒られやしないさ。」

そう言ってヨウの肩を優しく叩いた。ヨウの手はどこか力無く、病気のように震えていた。

さて、翠が帰る時間になった。私達は部屋を出る。いちばん最後にヨウが出てその前に翠が立つ。

私達はそのさらに前に立っていて後ろが見えなかった。アパートの廊下を歩いている途中ふと

妙な音が聞こえる。【ざしゅっ…】嫌な、水滴が落ちるような音が混じった妙に耳に残る音だった。

振り返る。翠の心臓を包丁が貫いている。その視線は雫石の方に向いていて…強く握られた右手から

先ほどもらったペンダントが真っ赤に染まって落ちていった。その直後、「どさり」血塗れの翠が床に倒れ。その背後に包丁を持ったヨウが立っていた。ヨウの手はさきほどのように

震えていて、そしてその手から…包丁が滑り落ちた。先ほど皿を落とした時とは違うが不快な金属音が

響き渡る。包丁は真っ赤に染まり、ヨウの瞳は震える。血塗れの自分の手を見て初めて何かを悟り、

視線を血塗れの目から私の方に向けた「違う…違う。」数キロ走ったかのように息も絶え絶えで

ヨウは涙目で訴えかける。「違う…違う、違うの!私じゃない!」しかし、誰がどう見ても状況は

明らかだった。「そいつから離れろ!」そう叫んでドズがヨウを押さえつける。私もそれに

続いて同僚の警察にすぐに連絡し隠していた手錠をかけた。「ぇ…み…みどり?…翠?」

雫石が現実を受け止められないような目でよろよろと歩き、真っ赤な翠の残骸に近づこうとする。

それに汐路が抱きついて、翠が雫石の目に入らないようにし「大丈夫。大丈夫」と翠に言い聞かせていた。

下の階から騒ぎを聞きつけた佐野橋が顔面蒼白になって階段を駆け上がり救急車を呼ぶ。

私達のクリスマスは真っ赤に染まり、日常はヨウの「違う。違うんだ。私じゃない」と壊れたラジオの

ように繰り返される言葉とパトカーと救急車のサイレンの音でかき消された。

この日から私達の日常は崩れていった。


第二章 完


第二.一章 

カタカタカタカタ。キーボードを叩く音がカーテンも閉め切り、

電気ひとつつけていない暗い部屋の中に響く。モニターに映る

青白い光の反射を受け照らし出されるのは眼帯をつけた女。

狩川神無。彼女が今している事、それは河内ヨウの無実の証明だ。

そのために彼女はあるデータを調べていた。第二次世界大戦、

日本が敗戦しGHQが設立されたその時、大量の残留孤児や

未亡人などを管理するために作られ、それから数10年間

ずっと日本人のありとあらゆる人物の友人関係から

たった一瞬すれ違ったというのが防犯カメラに映ったというだけの関係性

すらを線で繋いだ極秘ファイル。「Aleph45」

それを、日本政府をハッキングし秘密裏に手に入れていた。

なぜそんなものを持っているのか、それは彼女の正体が伝説のハッカー集団。

いや、伝説のハッカー「Pretenders」の後継者だからだ。

「Pretenders」はありとあらゆる犯罪組織を見境なくハッキングし

デジタルマネーや犯罪組織の極秘情報などで大金を得ている

正義のハッカー集団でありつつ、それを追う警察がいるなら

その警察も襲う狂った正義を持つ集団。

あまりに大きすぎる被害規模のためにそう思われていた。

しかし、違う。「Pretenders」その正体はこの世にいるのは狩川神無たった一人である。

狩川神無には師匠がいた。「Pretenders」の前任者「一 一」【ニノマエ ハジメ】だ。

その独特すぎる実名や過去に前例のない天才的な手口により彼は警察と犯罪組織の

捜査線を掻い潜り、多くの犯罪者を地獄へと叩き落としていた。

そんな彼はもうこの世には居ない。彼の身に何があったのか、狩川神無の視点で語ろう。


数年前。私と一一は高校の先輩と後輩の関係だった。一一は根暗な性格でオカルト研究会

という廃部寸前の部活に一人で過ごしていた。髪は床につくまで長く、目には隈を蓄え

椅子に座ることが嫌いで座る時はいつも床に座り、そしてひどく猫背だった。しかし、清潔だった。

私はどこかしらの部活に入りたかったが、毎日朝過酷な練習をしたりと、そういう事をするのは

大の苦手だった。そんな中、廃部寸前のオカルト研究会の部室へ足を踏み入れる。

暗闇の中、全身を覆わんとするほどの長髪の少年がパソコンをひたすら片手で弄り

もう片手でポテトチップを貪る。こちらをチラとみると、回転椅子をパソコンの前に用意して

ポテトチップの袋を「食べたいならあげる」と言わんばかりに無言でこちらに向けてくれた。

私は用意された回転椅子に座り、少年の動かすパソコンを見る。その時こちらをパッと見た

白い髪の毛の合間に見える。空のように青い目をいまだに覚えている。その肌は雪のように白く

綺麗だった。どこか気だるげ一一は話し始めた

「僕の名前はニノマエ ハジメ、オカルト研究部の唯一残った部員だよ。もうほとんどが退部して

僕しか残っていない。ああ、僕はオカルトに興味がないならやりたかったら勝手にしてください。

僕はゲーム作りで忙しいので。」そう言って私には興味無さげにパソコンから手を離し

椅子にもたれかかってため息をついた。「好きに見て回っていいよ。」片目や口が完全に髪の毛に

覆われてしまっているがどこがその僅かに見える表情から私に対する母性に似た愛情のようなものを

感じた。パソコンでは何やら不思議なゲームが映っていた。どこにも今まで見たことがないゲームだ。

おそらく彼が作ったのだろう。「悪魔の生贄」と題されたそのゲーム。タイトルに魅入っていると

「それは僕の作ったゲームだ。気になるならやってみる?」そう言って操作やルールを教えてくれた。

素人目でもわかるガバガバなローポリの中に映し出されたのは骨や肉片が散乱した教会のような

場所。そこで皮を剥がされたような盲目の肉塊の塊の化け物に襲われる。

プレイヤーは化け物に気づかれないように隠れながら教会から出るための鍵やドアを塞ぐ

バリケードを破壊する手斧や高所から安全に降りるためのロープなどを探し出し、

この禍々しい教会から逃げるというゲームだった。ローポリとはいえその肉片や怪物はどこか

不気味なまでに現実的でまるでその教会が実在しているかのようにすら感じる説得力やリアリティを

感じた。盲目の化け物から逃れるためにゆっくりと息を殺して私はこの肉塊の散乱した廃教会を這いずり

回った。そして全ての障害を跳ね除けて教会の外のドアに手をかけた時、ギギギとドアの木が軋むような

音を立てて、赤子の鳴き声のようなものが聞こえて振り向くと盲目の化け物がこちらへ向かって

腹が裂けてそこから口と歯を剥き出しにして突進してきた。私は全力で教会の外へ出る

外は山になっており獣道を降れば街が見えた。そしてその光景を見て私は驚愕した。

夜の街、ビルや建物の並び、ましてやその内部の椅子の配置まで完璧に再現されたものは、

ここ渚晴町で間違いなかった。街の再現率の高さに驚きつつ逃げ切れたと安堵したその一瞬。

背後から怪物に足を掴まれる。ゲーム内の私は無力にも怪物の口の中へと放り込まれ

歯で足を潰され、不快な咀嚼音と共に一気に体を食い尽くされた。その後も何度か

脱出を目指そうと頑張ってみたがダメだった。遊ぶたびに化け物が変わるのだ、二度目は

蟻の群れのような化け物に襲われ足から蝕まれて溶けていくように蟻に体を食い尽くされ

その次は2対の翼を持ち芋虫のように四つん這いになって動く四肢がなく、皮を剥がされた

化け物があと一歩で逃げ出せるところの私を口で咥え、跳躍し、上空から叩き落とされ

私は力無く倒れた。いつもいつも、あと少しで逃げ切れる。街が見えたとこで

私は殺された。そしていつもいつも、どんな外見の怪物も

赤子の鳴き声をしていた。ふと気になって窓を開ける。ゲーム内のビルやアパート、海の

位置関係から割り出して高校の向かいに見える山が教会のある場所だと分かった。

教会を見ようと必死になって目を凝らすが見ることはできなかった。

いつのまにか居眠りしていた一一は光が差し込んだことで目を覚ましてこちらの様子を見て

微笑んだ。「安心して。あの教会は今はもう。なくなったんだ」そう

一一は語る。彼がいうにはあの教会は朙華教という新興宗教の教会で、過去。

病院に多額の資金を支払う代わりに赤子を引き取り、両親には流産だと伝え、

その赤子で何か良からぬ実験をしている。という噂が流行っていたらしい。

そのせいか朙華教の教会は場所を変えることとなって、その病院は今は廃墟となっているらしい。

そして一一は窓を見て、懐かしそうに笑う。「そうそう、噂には続きがあってね。実験にはみんな

髪の毛が白い遺伝子だと判定された赤ちゃんが使われたらしいんだ。そして朙華教のトップ

教祖やその一家は全員白髪なんだって。」そう言いながら一一は床まで伸び切った

自分の髪の毛を触る。白い髪の毛が光に反射して、まるで白い宝石を見ているようだった。

「もしかして一一さんも朙華教の?」そう私が聞くと一一は「うん。でも僕は実験体としてだったよ。」

と答えた。今まで髪に隠れてても簡単に表情が読めた彼だが、この時だけはどうしてもわからなかった。

「まあ、冗談さ。冗談。窓を閉めてくれないかい?僕は光が苦手なんだ。眩しいと目がくらくらする。」

その言葉に答えて私はそっと窓を閉めた。パソコン以外にも目を回してみると

朙華教に関する経典と生物学に関する論文、そしてプログラミングに関する本が

大量に並んだアルミ製の棚があった。どうやらこの本にインスピレーションを受けて

先ほどのゲームを作っていたらしい。そういえば先ほどから一一はこちらをじっと見ている。

どうしたのかと思って声をかけてみると「ごめんね。人と話すことが苦手で、それにオカルト部

らしいこともできていないから、君に期待外れだと思われただろうと思って。

せめてものお詫びにこれ持っていってくれよ。」と引き出しから駄菓子の詰め合わせを

渡してくれた。ただ私はそんな不器用な彼に妙な親近感というか、安心感を覚えて

青春をオカルト部へ捧げてみることにした。それから2日後。正式に入部したと

先生から伝えられて、一一は私に驚いたような視線を向けつつ自分の部活に

人が入ってくれたことを喜んでいた。それから何度も日を重ねていくうちに

彼には本当の両親がおらず自分の昔の記憶がないこと、気づいたら小学3年生になっていて

養子に今の母親が迎えてくれていたこと。その前の両親が一体どんな人物だったかは母親は

教えてくれなかったこと、母親一人で育てられたから恩を返すためにプログラミングを

学び楽な暮らしをさせてやりたい。そして自分の過去のことを知るために朙華教のことや

生物学のことを調べていることを語ってくれた。昼食や休み時間も気づけば彼と共にして、

プログラミングや生物学のことについて互いに語りあった。そして気づけば私もアマチュアの

プログラマーとしての才能を少し開花させていた。しかしそのころ。周囲は彼を奇異の目で見て、

いつのまにか私たち二人は避けられていたことを覚えている。ある時、一一に付き纏わないでくれと

怒られ、どうしたのかと話を聞くと私の髪や外見、暗い性格は周りからはあまり気に入られていないから、

君もいつか自分といると周りから迫害されてしまうんじゃないか?それが心配で心配で仕方がない。

だから僕から離れてくれ。そう本気で怒鳴られたことがあった。私はそんな彼の不器用で優しいところが

好きで、それからより一層むしろ彼に付き纏うようになっていった。気づけば1日で彼と一緒にいない

時間の方が短くなっていった。そんなある日のことである。彼が急にオカルト研究会の部室に

私を呼び出した。なんのことだろうと思って私は部室の扉を開ける。「やぁ、狩川。待ってたよ」

いつも通り長い長い白髪の一一が回転椅子にだらしなく座っていた。

「実は君に隠していた秘密が2つある。今からそれを言うから、最後まで真剣に聞いてくれ。

そしてそれを聞き終わったら僕のことを忘れてくれ。まず1つ目。私は過去本当に朙華教の実験体に

されていたと言う真実にやっと辿り着いたと言うこと。見てくれ。」そう言って彼が両目を閉じて

体に力を込める。すると髪の毛の色が忽ち緑に変化していってやがて頭から床の髪の毛の全てが

緑色に変わった。「どうやら僕は人間が光合成できるかどうか?と言う実験で使われたようで体の半分の

機構が植物に近しいものになっているらしい。だけどほとんど意味を成さなかったらしい。

髪色が緑色に変わるだけで光合成はできないし、長くは生きれない。持ってあと3年らしい。

ただ、私の右手の甲から変な出来物のようなものが最近浮かび上がってきた。なんだと思って

皮を切って中身を取り出してみたら植物の種だったんだ。なんの種かはわからない。ただもし

私がここを去ったら代わりにこれを育てて欲しい。私との思い出の品としてさ。お願い。

そして2つ目。私の本当の姿はPretendersと呼ばれるハッカー。いろんな犯罪組織をハッキングして

警察が裁けなかった者を被害者に変わって裁く存在。これから朙華教の実験被害に遭った人たちのデータ

をまとめたものをもって警察に届け出ようと思う。この部室には私がハッキングで手に入れた大量の

犯罪組織のデータが隠されている。君は危険だから私が引っ越したら私のパソコンには近づかないでくれ。」

そう言われた。その話を聞いた時私の脳は、一一が長くは生きられないと言う事実や彼を実験に使った

朙華教が許せないと言う事実で埋め尽くされていた。そして私も警察に届け出たいと願ったが

一一はそれを許してはくれなかった。朙華教に君も目をつけられてほしくないから。

そう、一一に言われた。そしてその日の晩。私は一一が心配で学校にいつもより遥かに早い時間で

登校した。ほとんど学生はおらず教師しかいない。そして部室に着いた時安堵した。

見慣れた髪が回転椅子の背もたれにかかっている。「おはよう…警察に無事にいぇ…」

言い切らないうちに私は言葉を止めた。いや、止められたと言う方が正しい。

絶望で声が出なくなったのだ。だってそこにあったのは、ダンボール箱の上に載せられた一一の

生首だったのだから。その目は怯えた様に見開いたまままで髪は口に入っていた。

首から滴る血がダンボールに滴り落ち、真っ赤に染まっている。その日からその後数日の事はあまり

覚えていない。ただ数日経って彼の部室の遺品を片付けている中でメモ帳に殴り書きで

彼の筆跡で、朙華と警察はグルかもしれない。と書かれたものがあった。

それをみた時私の心は怒りに支配された。そして私はPretendersの2代目として

犯罪組織を裁き続け、彼がハッキングで手に入れた遺品であるGHQの極秘文書「Aleph45」を

駆使して朙華教の教会関係者の特定に力を入れ始めた。全ては一一を私から奪った

朙華教を仕留めるために。朙華の神を殺してやる

私は狩川"神無"だ。神を殺し、神の座を無にして神の代わりに犯罪者を裁くものとして君臨する。

そうして今の私が誕生した。そして彼の残していった種。それは西洋タンポポの種だった。

おそらく彼が実験を受ける際の遺伝子のモデルとなったものだろう。ただ、普通のタンポポと違い

土と水では育たなかった。人間の血を土とし、血を使って、人の体を蝕んでやっと育つ植物だった。

私は眼帯を外す。その下には西洋タンポポが育っていた。美しい黄色の花を咲かせ。

一一が教えてくれた生物学を徹底的に思い出し、それを実用的なものへと昇華させて

私は片目に西洋タンポポ。公平を花言葉に持つこの花であり彼の朙華教への復讐の旗印を

片目を切開して埋め込んだ。体は蝕まれているがこれでいい。これは彼が残してくれた

唯一のもの。別れ際に残してくれた唯一のもの。

私から彼を奪った朙華教とそれに支配された警察を私だけの手でぶちのめす。

それが私の目標だ。そのためにも今はおそらく朙華教の犯罪の身代わりとされた河内ヨウ。

彼女の身元を徹底的に洗い出し、彼女の無実を証明して見せる。



第三章 「洗い流せぬ血の縁」

主観を茶都ことに戻そう…

クリスマスから数日後年が明け、河内ヨウの自宅の本格的な家宅捜索が行われた。

ここまで日が空いてしまったのには理由がある。クリスマスから年明けにかけて気が緩んだ者や

どさくさに紛れようとするものか軽犯罪を犯し、その処理に追われていたからである。

マンションに住まう友人たちに退避してもらい私を含めた5人の同僚が河内ヨウの自宅の家宅捜索を

始めた。その中には私の敬愛する先輩である一葉 美咲【イツハ ミサキ】がいた。ピンクの長髪をポニー

テールでまとめ、ピンクの目ギラついた目をしている。初めて会った時はそのギラついた目に恐れていたが

見かけとは裏腹に優しい性格でお金に困った時は言わずとも察してくれるのか夕飯に誘ってくれて、

わざわざ会計を奢ってくれたり、過去に行った飲酒運転の取り締まりの際には、危うく酔っ払いに殴られる

ところだったが、間一髪で先輩が間に入り、私に向けられた拳を撃ち落とし、腕を捻って無力化させて

守ってくれたりもした。美咲先輩が前に立ちドアノブを捻り、突入する。

中に入るとぱっと見は普通の家だった。しかし、昼間にもかかわらず全体がやけに暗い。

まるで全ての窓の光が見えない何かによって遮られているようだった。キッチンとリビングには机と

本棚が大量に置かれていて医学や犯罪心理学に関する論文と、探偵もの、恋愛ものの小説が並んでいた。

問題はその他の部屋だ、その他の部屋全てが倉庫のように扱われており大量の水と食料、

手動電源のラジオや工具箱、救急箱などが大量に置かれていた。まるで何か大きな災害に

備えているかのようだった。また全ての部屋に板と釘、もしくはかんぬき代わりになるような

ものが置かれておりまるで何かが起こった時に自宅の出入り口を完全に封鎖してしまい、

要塞と化した自宅に立て篭もろうとしているかのように感じた。寝室と思われる部屋が無く、

代わりに寝袋とランタン、防災用品そして包丁が置かれている部屋があった。

またその部屋にだけ時計があった。時計には大きなヒビが入っており、下半分に至っては直接時計の針に

触れるような形になっていた。6時30分で時計は停止しており完全に壊れているようだった。

次に探偵事務所の方へ捜査が開始された。探偵事務所はボロくさい3階建ての小さなビルの2階に

位置するようになっており、隣の薬局とのわずかな隙間に錆びた鉄製の踊り場付きの

螺旋階段が巡らされていた。入り口にはduck you 探偵事務所と書かれておりごく平凡な

木製のドアでできていた。看板などは無く目立たない位置にあるためネットなどで調べない限り

ここに探偵事務所があると言うことに気付けないだろう。先程と同じく美咲先輩がドアノブを捻り

内部へと侵入する。中いたって普通の探偵事務所だった。椅子と机が置かれて

部屋の隅にはプラスチック製の造花の観葉植物が置かれている。そして入ってきた反対側の扉には

大量の法律に関する書籍がずらりと並んでいた。そのうち一つ、真っ黒の表紙で題名が書かれていない

本があった。手にとって調べてみる。1ページ目を開くと訳のわからないミミズの様な文字の羅列だった。あとで翻訳家か何かに任せようと思って次のページをめくろうとしたその瞬間。

凄まじい頭痛と共に脳内に情報が流れてきた。その時私は直感的に感じた今流れている情報は間違いなく

この言語を日本語に翻訳した内容であること、そしてこの有無を言わさない様子。真のアガスティアの葉

や黒葉溢などと関わった時のあの理不尽な感覚。この書物は、魔術的な何かを秘めている。

それを理解した瞬間、本が語りかける様に脳内に情報を流してきた。




【この本を理解できる、未来の魔術の才能ある知的生命体の皆様に警告いたします。この文章の先に一才の

希望はありません。私たちの種族は止むを得ず危険な存在を封じ込め宇宙に放逐するためこの

文章を書き上げました。それは私たちが手にした全宇宙、全パラレルワールド、全時間、全次元を

掌握しうる無限の力の根源であると同時に我々の絶滅の原因でもあります。ここに書かれているものは

あなた方にとってとても危険であり、無益なものです。ここから先は決して読んではなりません。

そしてこの文章の書かれた岩を破壊し、決して複製しないでください。今すぐに引き返し

二度と戻ってこないでください。警告はここで終了です。ここから次の文章は封印のための

ものになります。











ーーー警告を無視したものへ。ここから先。一才の希望を捨てよ。

【茨冠の主についての書】

茨冠の主。それはありとあらゆる次元、時代、パラレルワールドを創造し支配した神である。

全て概念の中心を玉座として君臨し、全ての概念へ終わりと始まりをもたらす。

現在は一時的に休眠状態にあるが再び活動を再開した場合ありとあらゆる概念が元々あるべき状態に、

つまり、ありとあらゆる概念が無へと再び還元される恐れが示唆されている。

茨冠の主の思念は無限の可能性を持ち、死者の復活や永遠の命、ありとあらゆる概念の超越などの

莫大な恩恵をもたらす。しかしそれは決していかなる種族も手に入れてはならない罠に過ぎない。

茨冠の主の恩恵を受けようとする事、それは即ち茨冠の主を覚醒へと近づかせ破滅へと導く事だからだ。

【眠りを醒ます】

茨冠の主の力を使い。死した魂を再びその遺族の肉体に宿す事ができる。

利用には300名以上の人格の間接的殺害、直接的殺害を行わなければならない。

ここでいう間接的殺害とは何者かを操る、もしくは教唆することにより人格を殺害させる事である。

その後以下の行為を行う事により発動できる。星空が確認できる夜に

___ここから先の一部分は本がちぎられており読めない___

【魂の服従】

茨冠の主の力を使い、対象の魂を一時的に服従させる事ができる。服従させた魂は術者の思い通り

に操る事が可能であり服従させられている対象者は魔術をかけられている際の記憶を一時的に喪失する。

発動には詠唱が必要である。詠唱する呪文は以下の通りである。

___ここから先もちぎられている___

最後にこの書物を全て理解できたものは高度な魔術の才能を持つ、茨冠の主をごく一瞬ではあるが

抑制できる最終兵器とも、茨冠の主を覚醒させてしまう悪魔にもなり得る。

その者の処遇は未来のあなた方の文明に任せる。】







「おい!大丈夫かこと!起きろ!しっかりしろ」目を開ければ天井と私を揺する美咲先輩の顔が見える。

いつのまにか気を失っていたらしい。間一髪で美咲先輩が抱えてくれて、証拠品が潰れたり、

頭を強く殴打してしまうことはなかった。「美咲先輩…?ありがとうございます。多分大丈夫です。」

そう言いながら吐き気を催しつつよろよろと立ち上がると美咲先輩が黒いさきほどの本に

触れようとしていた。「美咲先輩!だめ!」慌てて叫ぶが遅かった。美咲先輩はノートに触れてしまった。

しかし、私の様に失神することはなかった。むしろ、「失神したからなんだと思ったがただの白紙の本

じゃないか、こと、持病でもあるのか?体調が悪いなら一旦休んでてもいいぞ」そう言いながら

ノートを見せてくるがそこには確かにさきほどのミミズの様な文字が描かれていた。

しかし他の捜査員に訴えても皆口を揃えて「白紙だ。」と返してきた。どうやら私しか理解できないらしい。

とりあえず証拠品として一応押収する様美咲先輩に訴え。捜査を再開する事にした。

よく見ればここも昼間にもかかわらず、そして窓があるにも関わらず光が遮られているように薄暗く、

窓を見てみれば本来その先の位置にあるはずの太陽を見ることができず、ただ暗い空が広がっていた。

窓を見ていると突然美咲先輩が「おかしい」と呟いて壁際で大股で歩き始めた。端の観葉植物から本棚に

向かって「1,2,3」と数え6で本棚にぶつかった。次に外に出て探偵事務所があるはずの場所の横の

歩道を歩く。「1,2,3」ここまでは順調だった。「5,6,7,8,9,10…」これでやっと壁に止まった。

階段を挟んだのとビルの外観がごちゃごちゃしていて気づかなかったが壁の部分を鑑みても

おおよそ半分の隠された空間があると言うことだ。急いで階段を駆け上がり、本棚の本をどかしてゆく、

すると棚の向こう側にドアノブが無く、鍵穴だけが存在する鉄製の扉があった。

本棚をどかして鉄製の扉に直接触れられるようにする。当然、鍵がかかっており開くことは叶わなかった。

次にピッキングによってこじ開けようとしてみたがどうやら普通の鍵穴と仕組みが全く違うらしく

どれほど時間をかけてピッキングを行なっても手応えがなかった。次に力ずくで突破しようと考えた。

美咲先輩が機動部隊突入用の槌を持って2,3回思いっきり叩く。しかしどれだけ力を込めても金属音が

響くだけで扉はびくともしなかった。美咲先輩の筋力は細身の体型とは裏腹に規格外の筋力を

持っており、通常の鉄扉なら厚さがあっても簡単に打ち破ることができる。だがしかしその美咲先輩を

持ってすら突破することが叶わなかった。通常の鉄の扉では無く何らかの大掛かりな細工が施されて

いるようだった。その後できる限りの物を押収し、その場を後にした。結局河内ヨウの殺人の

動機となりそうな物は見つかることは無く。私は半ば安堵していた。そうこうしているうちに日付が

変わり制服を脱ぎ次の当番のものと交代する…安堵したはいいもののまだ終わったわけではない。

誰も殺害している現場を直接見てはいないとは言え、あの状況でヨウが翠をナイフを持って

殺害したという事は今の証拠ではほぼ覆る事が無いからだ。むしろ動機のない快楽殺人だとなった場合

私は…しかしヨウがそんなことするのだろうか…そう思案していると帰りの途中美咲先輩から声を

かけられた。「お前、大丈夫か?顔色が悪いぞ…いや、そりゃそうだよな…お前の友達がこんな…。

その、良かったらだが夕飯一緒に食わねえか?今にも死んじまいそうな顔してる。私が奢るから。

今は一旦落ち着いて整理しよう?な?酒でも飲んで一旦リセットしようぜ」

そう言われて私は食事を共にする事にした。

数時間後、食事の席で美咲先輩に酒を勧められた私はあれよあれよと気付けばドロドロになって

足元がおぼつかないほどになってしまっていた。「どうだ、やな事忘れられたか?」そういう

美咲先輩に朦朧とする意識の中で肯定の答えを出す。そのまま美咲先輩に肩を持って介抱されながら

夜道マンションまで連れて行ってもらっている時のことだった。「恵んでください」弱々しい声で

真っ黒の布に身を包んだ少年が芋虫のようににじり寄って、暗闇で胴体から下が見えず、

弱々しい手で中身が食べ尽くされたカンパンの缶を差し出してきた。

中には5円玉が3枚ほど入っているだけだった。「おい、何か事情があるみたいだがお前みたいな

歳の子がこんな夜中に出歩くのは危ない。これで弁当でも買って大人しく家に帰れ」

そういって美咲先輩はポケットから500円玉を2枚缶の中に投げ入れた。 

「お金を入れてくれてありがとう。」先ほどの弱々しい少年はそれに続ける。

「騙す様なマネをしてしまったな。これは返そう。」今度は先ほどとは同一人物と思えないほど

威厳のある声を持ってして応えた。手に500円玉をしっかりと握りしめて立ち上がり、

美咲先輩のポケットに500円玉を入れた。「金を入れても何かを得られるわけではないのに何故

金を恵んだ?」そう聞いてくる少年に対して美咲先輩は「困ってる人がいたら何も得られなくても

助けるもんだろ?それに少なくとも私はお金を入れた時自己満足を得られた。」

「茶都さんはどう思う?」そう言って私を指差す。「私も美咲さんと同意見。困ってる人は助けたい

たとえ偽善だと言われてもね。」そう答えた。「なるほどなるほど、嘘はついてないみたい。

あっぶねー超ラッキー。あの写本どうやら善人の手に渡ったらしい。悪用するやつの手に

渡ってたら後処理がめんどくせー事になってたな。助かった。」

そう言って黒い布を少年は剥がし、ランタンに独りでに青い炎が灯り灯りがもたらされた。

暗くてよく見えなかったが少年の足は機械でできており、顔の半分は黒く変色し硬化していた。

(ちょっと待った。それよりこの少年。今私のことをなんて言った?)心で唱えた矢先だった。

「おい待て、なんで茶都の名前を知ってる!!」私よりも先に美咲先輩が声を上げた。

少年はニヤリと笑って答える。「ああ、なんで知ってるかって?僕が魔術師だから。茶都さんにしか

伝わらないと思うけど黒葉溢と同じタイプだよ。バーバヤーガって呼ばれてる。」

美咲先輩がそれに何か言おうとした瞬間指で美咲先輩の口を閉じさせて少年が無理やり話を続けた。

「あぁそーいうの信じないぞとかそういう会話繰り広げんの死ぬほどめんどーなんで先に証明します。

君の名前は一葉美咲普段気丈に振る舞っているが誰よりも死ぬことを恐れており本当は臆病な性格。

普段から恋愛に興味がないと言いつつ職場の上司である栄川ミサトに恋愛感情を抱いており

夜勝手に妄想を募らせては自分が恥ずかしくなって枕をかぶってジタバタしている。

ちなみに栄川ミサトはヒモ男で有名であんま知られてないけどバツ3なんでフツーにやめといた方が

いいと思います。この事実茶都さんも含めて美咲さん以外全員知ってるんで。

んでーおまけなんすけど美咲さんは安心していいよ長生きする。一葉という家系は

数千年先にも引き継がれてやがてイツハユミという世界を揺るがす大剣豪に繋がる。

少なくとも子供は残せるんで安心していいと思いまーす。ちなみに誰との子供かというと〜

いや、ネタバレになるので言いません。ミサトさんと結ばれるといいっすね。」少年が嘲笑する。

「ああああああ!お前!お前ぇ!クソなんで知ってる!全部言いやがったただじゃおかねぇぞ。」

そう怒鳴り散らす美咲先輩に対してバーバヤーガは「警察が脅すのはダメっしょ、あとさっきも言ったけど

魔術師だから知ってるんだって言ってるっしょ。あと茶都さん。心の中で勝手に少年少年唱えてるけど

あーしフツーに女だから。」あ、少女だった様だ。これよりも前に質問が山積みだ。

「えっ、待ってください今一気に酔いが覚めたんですけど美咲先輩あの顔だけのヒモ野郎に

惚れてたんですか!?絶対やめた方がいいですよ!」そう美咲先輩の両肩をがっちりと掴んで揺さぶると

顔を真っ赤にした美咲先輩から渾身の回し蹴りをお見舞いされた。痛みに震え、悶絶する私を横目に

バーバヤーガは続ける。「んで、あーし暇じゃないんでこれで魔術師だって信じてくれます?

信じないならもっと秘密暴露しますよ最近まで風呂キャンしてだけどミサトさんに惚れてから

風呂に入る様になったとか」それに対して「ああああ、わかった!わかったよ!信じりゃいいんだろ。

頼むからこれ以上暴露しないでくれ」と美咲先輩が返す。「んでとりあえずなんすけど今言った

情報と引き換えに貴方が押収した黒い本回収させてください。フツーに超危険物なんで。」と

バーバヤーガは言う「ふざけるな、押収品をお前みたいなやつに渡せるもんか、それに普通に押収品は…」

美咲先輩が返そうとしたところをバーバヤーガが割って入る

「んじゃ、おまけで探偵事務所の鉄扉の攻略法教えるんでそれでどうっすか?」

「それでも、押収品を引き渡すことはできない。それに今持ってるわけないじゃないか」と美咲

「あーあ、子孫のユミとは違って死ぬほど頭硬いねこっち。じゃあ普通に力ずくで奪い取るわ」そう

バーバヤーガが言うと美咲が反応して一瞬で防御姿勢を取ったしかし防御姿勢を取るよりも速く

バーバヤーガは美咲の胸元に手のひらを置いていた。「部下の前で負けるの何気に初めてじゃない?」

そうバーバヤーガが挑発すると美咲は防御姿勢から転換して、ガードした腕で胸元に手を置いた腕を

挟み取ろうとする。しかしそれすら看破され、一瞬。機械の足でスライディングをしたかと思えば

たちまち背後をとって背中から心臓部を狙う様に手を当てていた。

「貰ってくね。」そう言いながら美咲先輩の心臓に背中から手を突っ込んだ。あまりにグロテスクな

光景に目を背けたくなるが冷静に見てみると美咲先輩からは一切血が流れ出てなかった。

そして突っ込んだ手を再び元に戻した時、バーバヤーガの手にはあの黒い本が握られていた。

美咲先輩に怪我はもちろんかすり傷の様なものも付いていなかった。

「返せ!」美咲先輩が本を握る腕を叩き落とそうと振り返るがその時にはバーバヤーガは跳躍し

いつのまにか電柱の上に立っていた。「んで、鉄扉の攻略方法なんすけど、河内ヨウいつも

事務所行く時家の時計の針を取ってから向かってたんでそれにヒントがあると思いまーす。

身長が低くてもとりやすい様にわざわざ6時30分差すようにしてるしね。んじゃ、またいつか」

そう言ってバーバヤーガは電柱から飛び降りると、勢いを殺すことなく、まるでそこに

何もないかのように地面にめり込み、消えていってしまった。

大騒ぎの後には静けさだけが残った。夜の虫たちが鳴く音がよく聞こえるぐらい静かになった。

美咲先輩は思い切り頬をつまんだ後、舌打ちをする。「クソ…これ夢じゃないのかよ…」


数日後 バーバヤーガから言われた通りに時計の長針と短針を鍵穴に差し込むと、カチリと何かがはまり

合う音が聞こえ。鉄の扉が重々しく開いた。後ろには大量のぜんまいなどの仕掛けがついており

それを含めると1mはある鉄塊だった。通りで力ずくで開けようとしても開かないわけだ。

中は書斎のようになっていて机と本棚と小箱があった。机の上には依頼者名簿と書かれたノートが

置かれており。その最後には【依頼主.小関 翠/対象:竹白 雫石のいじめ被害の調査。/報酬:無償】と

書かれていた。本棚には朙華教の経典がずらりと並んでいた。そして小箱の中には沢山の

小物が入っていた。中には前のクリスマスにヨウにプレゼントしたマフラーもそこにあった。

そして小箱の一番下から中学校の生徒手帳が入っていた。手帳には本校の生徒であると証明する。

と言った文言や中学校の制服を着た幼いヨウがいた。しかしそこに書かれていた名前は

河内ヨウではなく竹白ヨウだった。


第三章完


第四章 痛み

一通り調べ終えた後取り調べを受けている河内ヨウ…いや竹白ヨウを見る。俯いて

いつもおっちょこちょいでどんなことをやらかしても前向きにヘラヘラ笑っていて、

それでいて明るくてどんな逆境でも笑顔を向けていた彼女がただ暗い顔で俯き、沈黙している。

取り調べの担当が席を外そうとした時不意にヨウは「もしかしたら私がやったのかもしれません」

と小さく呟いた。その瞳に光はなかった。「自覚がないんです。刺した記憶も何もなくって

気づいたら翠ちゃんが血まみれで倒れてて…それでだからその前は楽しく遊んでた思い出しかなくて

私…私は一体…あの時何をしたんですか…?」それに対して担当は「お前は未来ある子供を殺した。

その友人のすぐ目の前で、ただそれだけの殺人犯だ。」そう冷たく答えて去っていった。

隣にいた美咲先輩がタバコを吸い、腕を組んで聞いてくる。「嫌なら答えなくていいが…

お前。あいつの友人なんだろ?お前から見てどう思う?あいつはそんなことするやつか?」

それに対して「いや、ヨウは、あんなことする人じゃないです。もっと明るくてみんなを笑顔にする。

真逆の人です。」と答える。それに対して美咲先輩は静かにそうかと答えただけだった。

業務を終える前に朙華教幹部殺害事件についての調査報告書も調べてみる。

こちらの調査は全く進んでいない様だ。どうやら朙華教が非協力的態度を貫いており

また証拠品として差し押さえたものも突然紛失したりするそうだ。

私は真のアガスティアの葉に書かれた犯人は河内ヨウという言葉を思い出した。

「正直今まで魔法とか信じてなくて彼女も犯人じゃないって思ってたから言ってなかったけど

言わなくて正解だったみたいだって殺人を犯したのは【河内ヨウ】であって【竹白ヨウ】ではないからだ。

じゃあ河内ヨウは一体何者なんだ…」そう思っている時電話がかかってくる。狩川からだ。

仕事が終わった後狩川の部屋にこいとのことだ。一体なんだろう?そう思いながら残りの仕事を

一気に片付けた。翌日狩川神無の部屋の前に立つ。インターホンを鳴らすと扉が開き、体を半ば無理やり

引っ張られる形で部屋の中に引き摺り込まれた。狩川神無の部屋はエナジードリンクの缶が散乱しており

お世辞にも綺麗とは言えなかった。そしてベッド以外家具がほとんどなく生活感をまるで感じず

カーテンが締め切られており暗かった。しかし、棚の周りだけエナジードリンクの缶やゴミは一切なかった

棚の上には写真立てが置いてある映ってるのはおそらく中学時代の狩川神無と、白い長髪の

謎の少年だった。「私、ハッカーだって言ったのおぼえてる?」部屋を散策する私を横目に狩川は

キーボードを叩きこちらを一切見ずに聞いてくる。「覚えてますよ。」と答えると狩川神無は

パソコンの画面を見る様に促してきた。「このアプリはALEPH45。第二次世界大戦直後

GHQが日本の孤児などを管理するために生まれた秘密の国民名簿だと思ってくれていい。

それが改造に改造を重ねられ日本政府から忘れられてやがて放置されたのを私の師匠。一一っていう人が

再び使える様にハッキングで盗み取って改造したのがこれ。こいつのすごいことは監視カメラなど

ありとあらゆる情報源と接続されてて誰がどこですれ違ったか、その程度の細かな情報も

日本内部の事なら事細かに記載されている事。しかも現在進行形で情報は増え続けているんだ。

それで私なりにこないだの事件のことについて調べてみたんだ。面白いことがわかった。画面を見てみて。」

そうして映し出されたのは竹白家の家系図だった。まずは河内ヨウこと竹白ヨウから。竹白ヨウには

竹白岩雄という父親と河内百香という母親がいるらしい。そしてこの竹白岩雄が朙華教幹部殺害事件

によって殺された朙華教の幹部だそうだ。そうして竹白雫石。彼女の父は竹白岩雄そして母親は…

私はその名前を見て戦慄した【佐野橋明】その妹の欄には佐野橋咲の名前が書かれていた。

つまり竹白ヨウと竹白雫石は竹白岩雄という同じ父親を持つ異母兄弟で…そして竹白雫石の母親は

佐野橋咲の姉…そういうことか、点と点が線で繋がってゆく。そう思っているところに

狩川が横槍を入れてきた「ところが困った事があってな。朙華教の人間はみんな髪が白いんだ。

私の写真立てに写ってる一一先輩も髪が白いだろう?」そう言われて写真立てを見返すと

確かに写っている謎の少年一一は髪の毛が真っ白だった。思い返すと竹白雫石もそうだった。

「だから河内ヨウ…竹白ヨウが朙華教に関係しているかどうかは断言ができない。もしかしたら母親の

遺伝子が濃かっただけかもしれないが…」それに私は無言で頷く。「私の先輩。一一は朙華教の

犯罪を暴こうとして死んだ。朙華教に警察が買収されたんだ。ただ君はそんな人間には見えなかった。

少なくともクリスマスでの態度を見る限り。だから私は君を信じる。先輩の体は特殊でね。植物と

ハーフの様になってたんだ。先輩は種子を残してくれた。私に。それが芽吹くのを信じたいんだ。

君は信じないかもしれないが朙華教は人体実験をしている。幹部殺害事件はその復讐に過ぎない。 

私はそう考えている。君が真実を暴いてくれ。」そう言って狩川神無はカーテンを開き眼帯を取る。

その片目には西洋たんぽぽが咲いていた。黄色く、美しく。その花言葉は公正と平等。

彼女はきっと、公正と平等が芽生えるのを信じているのだろう。


その頃アパートにて、

竹白雫石は絶望の底にいた。友人を失ったのだから。そんな雫石の頭は佐野橋の膝上に乗せられ佐野橋咲は

雫石の頭を撫でる。「ねぇ。お母さん。」ふと雫石が佐野橋の方を向いて聞く。母と呼ばれた佐野橋咲は

まるで本当の母親の様に頭を撫で続けて微笑み、佐野橋の言葉にじっと耳を傾ける。「お母さんが姉を

失った時、お母さん苦しかった?」その言葉に「うん。苦しかったよ。辛かった。誰に怒りをぶつけて

良いかわからなくって、ずっと目の前が暗かったかな。」そう答える佐野橋「今も?」と聞かれると

「うん。今も苦しいよ。でももう考えても仕方がない。だからずっと心の深いところにしまっておくんだ

楽しい思い出だけ残して。今も見守ってくれてると思える様に。」そう佐野橋は答える。

「ねぇ。お母さん。もし今いる大事な誰かを犠牲に人を生き返らせることができたら

お母さんは姉を生きえらせる?」そう雫石が聞いてきた。「いきなりの質問だね。私は…やらないかな

過去に囚われてないで今を生きる事がいなくなった人にとってもきっと幸せな事だから。」

その言葉を聞いて雫石はお揃いになるはずだったキーホルダーを大事そうにギュッと握って

静かに目を瞑って眠りについた。「よしよし。幾つになっても雫石はいい子だ。今日はタバコはやめとこう」

そう言って佐野橋は雫石を膝の受けに乗せながら頭を撫で続け、ふと独り言をする。

「ごめんなさい。雫石。私は…最低で…嘘つきだ。」そう言って佐野橋の涙が雫石の頬に落ちた。


翌日、自体は急変した。朙華教幹部殺害事件の捜査をしていた班のうち一人が朙華教の人物の手によって

殺害されたとのことだ。この事は口外するなと言われていたが何者かによってハッキングされた

監視カメラの映像がテレビ局に送り込まれ大々的に報じられた。「カルト教団朙華教、殺人を犯す」

そしてさらに、朙華教殺人事件の捜査の最高責任者が朙華教から多額の賄賂を受け取っており

朙華教の捜査を遅らせていた事が判明した。考えると当たり前だ、前のクリスマスからずっと

捜査が進んでいなかったのだから。責任者は逮捕され、代理の責任者として美咲先輩が

抜擢された。これによって本格的に捜査を行えると思っていたが、朙華教と警察が

繋がっていたことから世間の警察に対する目は懐疑的になっていて美咲先輩は何度も説明会や

記者会見に出される羽目になった。ただ今まで一切私の元に来なかった

朙華教の捜査指示が美咲先輩の手によって直接下された。ついに朙華教内部を捜査する事が

可能になったのだ。そしてもう一つ。囚われていたはずの竹白ヨウが行方不明になった。


その晩。茶都ことから視点を外し竹白ヨウに視点を移そう。

目が覚めると森の中だった。地面に座らせられて手を木と共に縄で後ろに縛られ身動きが取れない

様にされていた。逃げようともがこうとするが動けない視点を上げてみると3つの銃口がこちらを

向いていた。「ひぇええええええええええええ!」思わず自分でも信じられないほど情けない悲鳴を

上げた私。銃を持っているのはドズと汐路だった。「翠ちゃんを私は殺してない!信じて!!」そう叫ぶ

が二人は違うと首を振る。「あっちっ違う…え?何?あ!もしかしてクリスマスでの

ゲームのことまだ恨んでる?それともあれ?料理手伝わなかったこと?それは本当に悪かったって!!」

今にも泣きそうになりながらどうにかもがこうとするがどうしようもできなかった。

「大丈夫お前を殺すつもりはさらさらねえって。」そう口を開いたのはドズの方だった。

「お前が翠って子供を殺せるほど肝が座ってる奴にも見えねぇ。俺にはわかる。何人も殺したからな。

そういう奴はお前みたいな間抜けズラ晒さねぇ。俺らはただ茨冠の主について知りたいだけだ。」

「なんでそれを?」と竹白ヨウが聞くと汐路がこれまでの経緯についてため息をついたのちに話してくれた

数時間前…

渚晴町山中を走る車があった。「やったな。これで金が手に入る。」

そう言ったのはハワイアンシャツと共に片手でS&W M500を竹白ヨウに突きつけもう片手で

デザートイーグルを窓の外に向けるドズがいた。それに対して答えたのは汐路だった。

「少なくともこれで新しいギターは買えますね。夢が広がるなぁ」ハンドルを手にして峠のカーブを

ドリフトで抜けていく。彼らは犯罪組織フォレストオウルから遣わされた人間だった。

目標は3つ1つは朙華教が研究している人体実験の資料を手に入れる。2つは朙華教が崇拝している神

である茨冠の主についての情報を手にする。3つ目がフォレストオウルのライバル組織。Pretendersに

復讐する事であった。そのうち2つ目の目標がついに達成された。山の中で汐路が楽器ケースに

隠しておいたSKSカービンのスコープで街を監視し、竹白ヨウの自宅や事務所を捜査する警察を発見。

その夜ドズが後をつけて行ったところ偶然。バーバヤーガと呼ばれる人智を超えた存在が現れて

警察の前で茨冠の主について口にした事。これにより竹白ヨウをマークする事ができた。

そして絶好のタイミングで渚晴町警察の汚職が世間に出た。混乱に乗じて竹白ヨウを奪取することなど

二人にとっては簡単なことだった。茨冠の主は全知全能らしい、がそれが嘘か真かは正直どうでもいい。

そういった情報を高値で欲しがる奴は山ほどいる。

というわけで…

「茨冠の主について大人しく色々話してください」そう言って汐路はSKSを竹白ヨウの頭に突きつけた。

それに対して話せないと私は答えた。それは何故か、茨冠の主は全知全能という言葉すら超越した

人類には制御不能の存在。誰かに悪用でもされれば世界滅亡間違いなし。

ある時月の羊飼いを名乗る仮面をつけて美しい白い肌と特徴的な黄色い、頭に被る部分に

猫耳の様な突起のついたローブを被った青い髪の魔術師が現代の人類で一番魔術の才能が

あるらしい私に対して茨冠の主の書物の写しを預けてきた。これをうまく活用してくれと。

そして悪人の手に渡らない様に管理してくれと。

「しかし言ってくれない事には金が…」そうドズが言いかけた瞬間ドズと汐路の肩をいきなり手が掴んだ。

「二人とも、ちょっと私の話聞いてくれないかな?」掴んだ人物が話しかける。

二人の後ろには黄色いローブを着たそして特徴的なローブを着て空の様に美しい髪の毛と目を持ち

そして人間の耳がなく頭の上に猫の耳を生やした少女がいた。

「そ…その人!その人が月の羊飼いとかいう人です!」そう私は咄嗟に答えた。


第四章完


第五章 決戦

「その人が羊飼いとかいう人間です!私に本を渡した!」そういう私に対して羊飼いが答える。

「ああ、私が月の羊飼いだとも。君たちは茨冠の主の力が偽物でも良いから手に入れたいんだ?」

「そうだ、そうでもしないと俺たちみたいなどん底の犯罪者共は生きていけないのでな。」

デザートイーグルを羊飼いの方に向けてドズが答える。

「ああ、怖い怖い。銃をいきなり向けるだなんて失礼極まりないな。残念だけど銃弾は効かないよ。

私が本物の魔術師か疑うならその引き金を引いたって構わないよ?」むしろ羊飼いは嘲笑してドズの方を

見てみせる。ドズは「いやいい、バーバヤーガの件で既にそういうイかれた存在が現実にいるってことは

把握済みだ。」と回答して銃を下ろす。「バーバヤーガめ…人目に付かない様にやれって言ったのに

思いっきり見つかってんじゃねぇか…まあ良いや私はあなたたちと争いに来たわけじゃないの。

ただ茨冠の主の情報は竹白ヨウさんにしか渡せない。だから交渉しに来たの。今からすぐに偽物の

茨冠の主の情報が書かれた書物を君たちにあげるからそれで満足してくれない?」と羊飼い。

「偽物とばれたら私命が危ないんですけど!?それにこいつ河内ヨウですよ。竹白ヨウじゃない。」

それに対して羊飼いが答えた。「偽名よ。母方の旧姓を名乗ってるのよね。いつも父親に虐待されて

育ったから男が信じられなくなってきて。だからナンパとかされない様に男装し始めたのがその証拠。

父親が憎くて仕方ないから河内の旧姓を名乗ることにした。そうでしょう?竹白ヨウさん?あまり

バラされたくない情報だってことは分かるわ。でも今回の件にはあなたの出自がとても大事なの。」

それに対して「ええ、竹白ヨウであってますよ…私は…朙華教幹部。竹白岩雄の娘です。竹白家の者は

みんな髪が白いんですけど私だけ緑の髪の毛で生まれて。忌み子として育てられました。」と答える。

「ん?つまり竹白雫石の血縁か?んであいつも…朙華の出?」とドズ。

「そういうことになりますね。もしかしてややこしい事件に巻き込まれてます?」と汐路。

「そうよ。このただでさえ死ぬほどややこしい事件をあんたらが余計ややこしくしてるから

とっとと終わらせるの。話を戻すわ。偽物の茨冠の主の情報だけど茨冠の主とは全く関係のない魔術を

茨冠の主の魔術として書き上げるのはどうかしら?茨冠の主の情報を欲しがるのは生半可な

呪詛師程度だわ。何故なら茨冠の主は危険すぎるって魔術師の間では共通認識だからね。

むしろ金を払って処分をお願いするレベルの厄ネタよ。それがいやなら。」そう言いつつ槍を

デザートイーグルの方に向けてドズを嘲笑する「私と戦って無理やりその子から情報を聞き出してみる?」

彼女の背後にはとても悍ましいものが渦巻いている様に見えた。バーバヤーガ背負っていた。

この世の全ての悪とはまた違う。人間由来ではない何か、宇宙的真理がこちらに殺意を向けて

睨みつけてきている様に感じた。それを感じたのはドズも同じ様で「わかった。あんたに従う。」

そう言って銃を下ろした。羊飼いは頷いて木の板を下敷きにして早速文字を書き始める。

「そういえば世界中いくらでもいる中でなんでこいつを選んだんだ?」とドズは私を顎で指して質問する。

「ああ、彼女。潜在的な魔術の才能がトップクラスなのよ。私ですら茨冠の主を現世に召喚することは

不可能。でも彼女なら現世に影響を与えることがなくそのまま茨冠の主をこちらに召喚できるほど

の潜在能力を有しているわ。だから彼女を選んだの。魔術に先に触れさせて。闇に落ちない様に。

魔術の危険をあらかじめ教え込む為に。」と「ただ私たちの中にも誤算があってね。」そのまま羊飼いは

続ける。「彼女と同レベルの存在がこの渚晴町のどっかに潜んでるのよ。というのも茨冠の主の書

一部分いつのまにか破り捨てられてたのよね。そうでしょう?ヨウ?」それに対して私は首肯する。

「あの本には仕掛けがあってヨウ以外の人物が触れると私が感知できる様に魔術をかけてあるわ

でもね。警察に押収されてからバーバヤーガが回収したその流れを除いて、私が感知できた

時はないの。それで、警察の家宅捜索を上空から監視してたけど彼らが紙を破り捨てた。

なんてこともなかったわ。つまり…」「誰かがヨウを操ってるってわけか」話を遮ってドズは答える。

羊飼いは驚いた様に「正解よ!あんた魔術師の才能あるわよ。」と笑う。

「じゃあもしかして翠ちゃんを殺したのも…」と汐路。

「ええ…誰かが罪をなすり付けようとしてるのでしょうね」と羊飼いが答える。

そして続ける様に「出来たわ。それで完璧よ。素人呪詛師なら簡単に騙せるわ。」出来上がったものの内容は

冒頭は茨冠の主の本の内容と同じだったが魔術師の内容が違った。


【昏き者の服従】:昏き者を召喚し服従させることができる。日没の瞬間に地面に八芒星を描きそれぞれの角に

蝋燭を経て火をつける。夜まで全ての火がついたままなら呪文を唱える。そうすれば昏き者が現れる。

それと同時に蝋燭を全て昏き者の方へ倒し。昏き者を一度焼き殺すことによって彼らを服従

させることができる。


大まかな内容はこういう感じだった。「昏き者っていうのは黒葉溢っていう呪詛師が好んで使う魔術よ。

黒い不定形の塊でとってもひとなつっこい怪物。身体を自在に変形させることができるわ。

最近はその能力を用いた代理心臓などの医療関連での使用が研究されてる。これを茨冠の主の使い魔

という設定にして売り捌きなさい。そしたら数十万は稼げるはずよ。」と羊飼いが言ってぼろぼろの羊皮紙

をドズに渡した。「そうそう。ギャンブルでいうダブルアップ・オア・ナッシングに挑んでみない?

朙華教本部にはこういう魔術が書かれた本が大量あるわ。闇市で売り捌けば億万長者間違いなしよ。

今度朙華教本部に警察が強制突入するらしいの。その混乱に乗じてあなたたちが乗り込めば…」

「どうする汐路。俺はお前の意見を尊重したい。」とドズ。「私こういうハラハラしたギャンブルは

大好きなんですよ。というより、私たちみたいなアングラな世界に住んでる人はみんなそうかな?

私は乗る。この話。」と汐路は回答した。

そのあと私は解放されて再び警察に拘束された。が羊飼いが機転を効かせて警察の管理不足。

実際はベッドにくるまっていたが誰もベッドを見なかった為行方不明だと勘違いした。

と警察たちに催眠をかけて回ってくれたおかげで事態がややこしくならずに済んだ。

「悪いけどあなたにはもうしばらくここに留まってもらうわ。あなたの無実を証明できるまで

待ってちょうだい。魔術という概念を表沙汰にせず潔白を証明するのに少し手こずってるの。

それに変に外を出歩いて誰かに急に身体を操られてまた人を殺すより、ここにいてもらったほうが

いろいろ安全だしね」と羊飼いは申し訳なさそうに私に言った。私はそれに対して頷いてベッドの

上に三角座りをする。羊飼いは手を振ったのちに何処かへと消えてしまった。


視点を茶都ことへ戻そう。

あれから数日のこと。ヨウは私たちの杜撰な管理のせいで行方不明だとみんな勘違いしていた様だ。

まぁトップがまるっきり入れ替わって混乱している最中だから仕方がない。

それより今日は美咲先輩が下した朙華教本部突入指示の決行日だ。表向きは幹部を殺された被害者

として振る舞ってきた朙華教だが、警察に賄賂を渡したり本部への侵入を頑なに拒んだりと

いろいろ後めたいことが多い。最悪、武力衝突もあり得るかもしれない。警察用の拳銃に弾丸を込めて

機動部隊と共に突入準備をした。朙華教本部はパトカーに囲まれて上空はヘリが待機している。

美咲先輩がメガホンで勧告する。今すぐ幹部殺害事件、人体実験の噂の情報を警察に引き渡し、

また汚職の件についても何かしらアクションを起こさないなら我々警察は強行手段に出ると。

しかし、帰ってきたのは沈黙だった。

それと同時に前方のライオットシールドを持った機動部隊が突入していく。美咲先輩が拳銃を構え、

私たちもその後に続いていく。国会議事堂の様な荘厳さを持った本部の中に突入していく

中は真っ暗で微かに床のレッドカーペットが見える程度だった。前方の機動部隊の隊員が

銃に付属しているフラッシュライトを頼りに進んでいく。最後尾の私たちが入った時。

突然扉が閉まりライトがついた。荘厳なレッドカーペットや彫刻。前方には禍々しい

十字架に肉片がついた様な物体が安置されている。そして上を見れば2階があり吹き抜けになっていた。

そして2階からはガスマスクをつけてアサルトライフルを持った朙華教の信者がこちらに銃口を

向けていた。プシューーーッ!と何かが散布される様な音と共に信者達が引き金を引いてきた。

爆音と共に私たちは横殴りの嵐の様な銃弾にさらされる。咄嗟に美咲先輩が私を押し倒して

彫刻の裏に身を隠すことでなんとか射線を切ることができたが彫刻の頭は撃ち抜かれ、粉々になっていた。

私もああなるかもしれない。そう思った時。全身に凄まじい痛みが走る。目から血が溢れ前を

見ることができない。【奇襲だ!反撃せよ!打ち返せ!】前方の機動部隊達がかろうじて反撃をしているが

時間の問題だろう。機動部隊は一人。また一人と倒れていく。全身が痛い。この状況では

機動部隊が生き絶えればつぎ死ぬのは私たちだろう。弾丸が真横を掠め、シュン!!という

凄まじい音が聞こえる。少し掠った様で焼ける様な摩擦熱が私の頬を襲う。その傷口に入り込む様に

全身に入る痛みが内側まで侵入してきた。「死ぬな!弾切れまで耐えろ!」

美咲先輩が私を庇い拳銃で反撃しようとするが肩を撃ち抜かれる。「ダメだ…私たち死ぬんだ…」

「誰か助けて…」そう思って目を閉じた。その時だった。

「邪教は人に要請する。神々は人の要請によって君臨する。子供達の悲鳴に応じて父なる我が、

全ての罪を背負い。その要請に応えようではないか。」凄まじい爆発音と共に巨大な裁ち鋏が飛翔し、

入り口の扉が破られる。「死の灰の模造品か。面白い。」その声は続け様にそう言って狂う様に笑った。

「敵の新手?」かと思えば次は朙華教の方に動揺が走り始めた。ざわつき、射撃が乱れ、

囁き声が聞こえる「おい、あれって伝説の魔術師の…」「いい!とにかく撃ちまくるんだ!今は我々が有利だ」

朙華教の中に動揺が広がる。あっという間に射撃が乱れる。

「一葉美咲。いつまで倒れてる。君は結婚できる程長く生きると言ったではないか。動け。

そこの茶都こと。お前もだ。狩川から正義を託されたんだろう。」そう言って声の主が目を拭いた。

血涙で前が見えなかったが今ははっきりと見える。その眼窩からは鎖に繋がれたこの世の全ての罪が

溢れ、それを両足の義足で支える者。偏見と差別により殺された者達の復活の父。バーバヤーガが

目の前にいた。「なんで…助けに来てくれたんですか…」息絶え絶えになっている私の質問に

銃弾を軽々と鎖とこの世で最も重い十字架で弾き返しながら答える。

「私は君たちが食らった化学物質の上位互換で人生を狂わされた。私は本来ここにいてはならない。

未来や魔術師の間の掟を破り変えてしまうことになるからな。それでも心の中に煮え繰り返る憎悪と

私の背負う罪が、動け、動け!とこの場所に誘った。それだけだ。」

「消え失せるが良い!」バーバヤーガが足を踏み鳴らすと、箒や看板、杵などが飛翔し、

2階部分を叩き落として1階に教団員を追い詰める。そのまま飛行する看板を掴み取り

地面に突き刺す。【魔術:過剰標識】看板が止まれの形に変形したと同時にバーバヤーガに

向かってゆく弾丸が止まった。そのままこの世の全ての罪を教団員に叩きつけ

その場には血溜まりが残った。奥から今度は銃を持っていない丸腰の教団員がやってくる。

教団員達は魔術を扱える様だ丸腰だが炎や氷を手から打ち出して生き残った機動部隊を蹂躙するかに

思えた。しかし、バーバヤーガに阻まれた。先ほどの血溜まりから魂が浮き上がり、バーバヤーガの持つ

ランタンに青い魂の炎をつける。杵と合体させ、弧を描く様に回せば光が伸び、やがて青い刃の鎌が

現れた。その鋭さはギロチンを想起させる。十字架を背負い鎌を持つ姿はまさに死神というに

相応しいだろう。鎌で敵の首を切り落とし、そこから得た魂からより鎌の光が青く強くなっていく。

遠くの敵はこの世の全ての罪の重さに耐えきれず次々と叩き潰されていく。

「なんて…イカレた力だよ…」美咲先輩が呟く。【魔術:ゴルゴダへと至る道】バーバヤーガの青い瞳と魂の

青い光が一体化しこの世の全ての悪が真っ暗な闇を作る。まるで銀河を青い2つの彗星が回遊する様に

美しく舞ったと思えば正面にいた教団員達の首から上は正しく消滅していた。

「さあ、道は切り拓いた。教団員どもが人体実験で生み出した怪物やら残党やらを私はここで相手する。

君たちは思う存分この邪悪な城を探索し、こいつらの犯した罪を白日の元に晒せ。」

「あ…ありがとうございます」そう礼を言う私にバーバヤーガが答える。

「神として当たり前のことをしただけだ。それに裏門側は羊飼いが、怪我人の防御や魔術の後始末は黒葉溢

が相手をしてくれている。感謝するならそちらにするが良い。ただ私が取り逃がした奴らも多少いる様だ。

そいつらには十分に警戒しろ。君たちなら勝てるとは思うが。」そうバーバヤーガが言うと

彼はこの世の全ての罪と、奪い取った魂で作られた鎌を背負い次の教団員の待ち伏せ場所へと向かった。

傷の手当てのため美咲先輩はここで一時的に離脱し、生き残ったわずかな機動部隊員と共に

奥へ奥へと進んでゆく。途中2,3人の教団員と鉢合わせたが数の有利もあってあちらがすぐに

降伏していった。しばらく進んでいくと窓が減ってゆき明かりがなくなってゆく。やがて

暗闇になった時、地下に続く階段へと辿り着いた。上からはいまだにバーバヤーガが罪と鎌を

振り回す音が聞こえる。私たちは階段を降りていった。5分も下り続けたのち、やっと鉄でできた重い扉

に鉢合わせる。目の前には時計が置かれていた。まさかと思い針を抜いて鍵穴に突き刺すと案の定

扉が開いた。この扉の隠し方は朙華教ならではのものだったらしい。ドアを開いた先も暗闇。

機動部隊のフラッシュライトで照らされたのは隔離された部屋にガラス越しに見える腐敗した

白い髪の人間の体…考えたくもないがおそらく死体…そして目の前には大量の資料があった。

サッと目を通してみる。大まかな内容は以下の通りだった

1,朙華教は茨冠の主を信仰する宗教であり、その神の現世への召喚を目標としている。

2,最も魔術の才能が高かった竹白岩雄を選出し、街で攫った女に子を孕ませ、茨冠の主を召喚可能な

 人間を作る。女はなるべく金や身寄りのないものから選ぶ。訴えられた場合

 大金を与え示談に持ち込むか、警察を買収するか、本人を殺害する。

3,ある程度才能のある子供が生まれたら体を改造してより神の召喚の成功確率を上げる。

4,神を呼び出すに相応しい者は白い髪のものだけである。

5,生まれてきた子供の記録

生まれてきた子供の記録には数十人のの人間の名前と赤ちゃんの写真が貼られていた。その中には

竹白ヨウ 忌むべき子供。召喚に不適切。

竹白雫石 流産。

と書かれているものもあった。

「…最低…」資料を見て私はそう呟くことしかできなかった。

竹白岩雄は死んで当然の人物だ…彼が殺された証拠こそ手に入れることはできなかったが

私達はその資料を持ち帰ることに成功し朙華教の罪を明るみに出すことができた。

バーバヤーガや羊飼い。黒葉溢が出した壊滅的被害と、罪が明るみに出たことによって

朙華教は自然消滅していった。竹白岩雄の殺人については被害者の復讐であろうと言う事や

もはや朙華教本体が消滅したことによってこれ以上の捜査は行わないこととなった。

これにより竹白ヨウも釈放された。


これにて事件は丸く治り、渚晴町に平和が戻った。

いや…まて…私は何か肝心な部分を見落としている気がする…

数日後目が覚めると佐野橋咲と竹白ヨウがいなかった。

どうしたんだろう。そう思いアパートの外に出る。すると空を裂くように赤い瞳が

こちらを向いていた。そこにバーバヤーガ飛んで来て汗だくで叫んだ

「聞け!!竹白ヨウが!竹白ヨウが!茨冠の主を召喚しかけてる。反応が遅れた。

今私たちが総力を上げて食い止めてる。それでも持って15分だ。急いで朙華教の

廃墟に集まってくれ!世界が滅ぶぞ!」そう言ってバーバヤーガが飛び去る。

「何事?!」そう思い私は急いで朙華教本部へと向かった。

その屋上にはただひたすら呪文を唱える竹白ヨウと、その背後にタバコを吸って満足そうに笑みを

浮かべる佐野橋がいた。


佐野橋はつぶやいた。

「馬鹿だね…私を完全に味方だと信じ切っちゃって…種明かししよっか。私はただ明に会いたいんだ。

私は昔、佐野橋明という姉がいた。両親は交通事故で亡くした。それでも明は私のために

工場でずっと働いて私に高校に通わせてくれた。私にとって明だけが希望の光だった。

でもね。ある日突然明は姿を消した。竹白岩雄って言うやつに子供を無理やり生まされて、

産後のが祟ってそのまま死んじゃった。竹白雫石。君を残してね。雫石。ごめん。私最低だ。

君の顔を見るたびに明を思い出せるけど同時に憎くて仕方がない竹白岩雄の顔も

思い浮かばさせられるんだ。だから私は竹白岩雄に復讐した。」


私の中で過去に見た魔導書の記憶が想起された。


【眠りを醒ます】

茨冠の主の力を使い。死した魂を再びその遺族の肉体に宿す事ができる。

利用には300名以上の人格の間接的殺害、直接的殺害を行わなければならない。

ここでいう間接的殺害とは何者かを操る、もしくは教唆することにより人格を殺害させる事である。

その後以下の行為を行う事により発動できる。星空が確認できる夜に

___ここから先の一部分は本がちぎられており読めない___

【魂の服従】

茨冠の主の力を使い、対象の魂を一時的に服従させる事ができる。服従させた魂は術者の思い通り

に操る事が可能であり服従させられている対象者は魔術をかけられている際の記憶を一時的に喪失する。

発動には詠唱が必要である。詠唱する呪文は以下の通りである。

___ここから先もちぎられている___


佐野橋はタバコを吸い、話を続ける。

「あの魔導書千切ったのは私さ。魂の服従を使ったんだ。竹白ヨウ。こいつは父親の竹白岩雄が嫌いすぎて

本名である竹白ヨウではなく河内ヨウの母親の方の名前を名乗るようになった。これを逆手に取ったのさ。

竹白ヨウと河内ヨウ。彼女の壮絶な人生は人格を乖離させ始めた。【過去の記憶は全部河内ヨウって言う

別人が受けた可哀想な物語。私。竹白ヨウは虐待なんて受けずに幸せに育った】って。

だから私が操る時は河内ヨウの人格だけを操った。そうすれば

真のアガスティアの葉には河内ヨウと名前が出る。」

「ねぇもしかして翠も…」雫石が涙ながらによがるように佐野橋に聞いた。

「ああ、殺したさ。私が河内を操って!!車のエンジンをつけると見せかけて呪文を詠唱してたのさ。

魔術を使っているところをみんなに見られるわけにはいかなかったから。でもおかげで

君たちはさらに河内を疑って挙げ句の果てにはこんな魔導書を押収して…ヨウの心も弱らせて

操りやすくして…白い髪の女にこだわって召喚の邪魔をしていた朙華教も潰してくれた。ありがとう!

ほんとにありがとう!これでやっと明に会える!あははははははは!」

佐野橋は狂ったように笑った。片手で目を押さえて天を仰ぐ。まるでそれは姉の娘を裏切った

自分を恥じ、流れ出る涙を隠すようにも見れた。「貴様!」バーバヤーガが跳躍し罪を叩きつけようと

するが弾かれた。【魔術:うみなおし】佐野橋の口から四角いキューブ上の何かが孕み出される。

それは佐野橋咲が密かに募らせていた怨念の塊だった。やがてその塊は宙を舞い

逆しめ縄と大量の白い羽を伴った天使のような怪物を生み出した。怪物は土星の輪のように

逆しめ縄の一本を一周させやがて佐野橋咲と河内ヨウを囲い込む。

「トリイ。私の生み出した娘。自分で魔術を考えててね。ここに入れるのは竹白一族と血縁、因縁の

あるもののみ…雫石。君だけだよ。ここに入れるのは。弾丸もバーバヤーガもここには入れやしない。

雫石。君一人じゃ何も出来ないでしょ?母親の。私の力を借りないと君は生きていけないんだもん。

詰みだよ。みんな。」佐野橋はついにタバコを捨てて燻る火を踏み消した。

「たとえ世界が滅んでも私は明に会いたい。」そう呟く佐野橋。

「そんなことさせない!」それに対して私が答えた。

茨冠の主の降臨まで残り10分。最終決戦の火蓋が切られた。


第五章 完


次回 最終回。


最終回 地上の星

まずは作戦会議から始まった。羊飼いがバーバヤーガと黒葉に檄を飛ばす。それと同時に情報共有

が行われた。昏き者の件や朙華教突入の裏でドズと汐路が火事場泥棒を行っていたこと。

狩川がハッキングで手に入れた情報や瞳の西洋たんぽぽ。そして私が朙華教本部の地下で目にした物。

その全てを互いに共有した。また羊飼い曰く、佐野橋本人も気づいていないようだが、

トリイの貼った結界とはまた別に竹白ヨウと佐野橋咲の強い人類への拒絶反応が竹白雫石も

通すことができない非常に強力な結界を生み出しているとのことだった。これを第一結界と呼称し、

トリイの能力で貼られた結界を第二結界と呼称することにした。

汐路と狩川は遠距離から援護。狩川は町中の放送機などを

ハッキングして邪魔が入らないように町民に避難指示を。汐路はその隣でSKSで狙撃姿勢。

バーバヤーガはうみなおしで召喚される佐野橋咲の悪霊や茨冠の主が伴う思念の数々を振り払い、

羊飼いは茨冠の主が現世に至るまでの足止めや世界各地に散らばっている魔術師への緊急集合の呼びかけ、

黒葉溢とその従者の昏き者は避難民を茨冠の主の影響から防衛。ドズと私は雫石をトリイのしめ縄の範囲

まで悪霊から護衛し、そして雫石が…自らの手で母親の息を止める…残酷だがこれが一番正確な

戦術だった。天が裂けそこから触手が伸び巨大な瞳がこちらを見る。ありとあらゆる概念の根源。

茨冠の主の意思の一つ、人間でいう抜け落ちた髪の1つほどにもすぎないそれはあまりに巨大で、

あまりに強力で、狂っていた。茨冠の主降臨まで残り10分。

それぞれが配置につき無線で狩川と汐路コンビの別動隊と繋がる。

「聞こえる?とりあえず町中の人間を避難させる。一応混乱を避けるために津波ということで山に

避難させるけどまぁ、空を見れば津波じゃないもっと恐ろしいものが待ってるのはバカでもわかるよなぁ…

まぁこう伝えるしかない。魔術とか説明してる暇ないし。皆んな、気合い入れていくよ。」

そういう狩川の外された眼帯の瞳からはかつて黄色かった美しい西洋たんぽぽが白い綿毛となり

狩川の顔半分を覆っていた。「コード404。汐路。狙撃地点に到達しました。行動を開始します!」

かちゃりという音が無線越しに聞こえたと思えば私の元に迫っていた茨冠の主の思念により生み出された

口にするのも恐ろしい外見の怪物を汐路の弾丸が撃ち抜いていた。振り返れば、遠くの山からスコープの

反射光が私に返事をするように輝く。「悪行ばっかして善行嫌いの俺だが、今日ばかりは気が昂るな。」

そう言いながらデザートイーグルとS&W M500の大口径二丁を軽々と扱い。佐野橋からうみなおされた

悪霊を44マグナム弾の重い発砲音と共に叩き落とす。私も拳銃と警棒を構えて雫石を守るよう展開する。

「お母さん…翠…」雫石は片割れの双子座のキーホルダーを手に握り締め。決意を固め。涙を拭いて、

一歩前へと踏み出した。少しずつ佐野橋との距離を近づけていくが、警棒や拳銃、ドズの加勢があっても

佐野橋の悪霊と茨冠の主の思念体があまりにも多く、押し返される。そんな中どこからか声が響いてきた。

「お父様、私たちにも戦わせてください。」バーバヤーガの信者たちいや、バーバヤーガファミリーの

バーバヤーガの子供達が父の窮地を聞いて真っ先に駆けつけてきたようだ。

「お前たち、引っ込んでろと言っただろ。お前たちに怪我などさせてたまるか。」そうバーバヤーガは

十字架と鎌を振り回しながら答える。「この地の人は可愛い子には旅をさせよと言うそうです。どうか。」

家族に頼まれその上実際自分一人では抑えきれていないバーバヤーガにもはや選択の余地はなかった。

「よし!わかった!お前ら、言ったからには覚悟しろ!私に続き被弾を最小限に抑えろ!子供達よ

そろそろ狩を教わる時間だ!」バーバヤーガの声と共にファミリー達が突撃を開始する。

甲殻に覆われた棘まみれの怪物や三首の火を纏った怪物。その全てはバーバヤーガの息子達。

外見こそ佐野橋の悪霊と遜色ないが、それには人間らしい暖かみを感じた。

「お父様に続け!道を切り開くんだ!終わりなきパレードを今ここに復活させよう!」子供達は

父親に続き、圧倒的数の暴力で悪霊達を捩じ伏せていく。おかげで私達に近づく悪霊の数は格段に減った。

このタイミングで狩川のハッキングが完了し、住民の避難が開始された。

仕事を終えた狩川は少しでも敵の数を減らすために自作のクロスボウに汐路から借りたスコープを

取り付けたものでかろうじて応戦する。「皆さん!落ち着いてください!走らないで!列に並んで!

落ち着いて行動して私のそばにいる限りは安全ですから!」どこかで黒葉溢がメガホンで

住民に呼びかける声が聞こえる。ついに朙華教の玄関口に辿り着いた。

茨冠の主降臨まで残り9分。

室内に入ったため汐路の援護狙撃が届かなくなってしまった。代わりに降り注ぐような暴言と共に

ドズが大口径のハンドガンを2丁全方向にぶっ放しまくる。私も警棒で悪霊を叩き落としなんとか

進軍する。しかし援護狙撃がない分戦力は大きく削がれた。私たちの動きは大きく鈍る。

全力で進んでいくが2階に登るまで3分もかけてしまった。

茨冠の主降臨まで残り6分。

朙華本部2階はバーバヤーガが前回のの突入戦の際に十字架で壁に開けた風穴がいくつも

存在していたため再び汐路と狩川の援護狙撃が通るようになってきた。

そして狩川の体に埋められたたんぽぽはさらに開花し右上半身のところどころが白く、美しい絹を

纏ったような姿に変わってゆく。その様はまるで長い白髪を蓄えていた、一一に似ていた。

彼の蒔いた公正と平等の種が今、芽吹こうとしているのかもしれない。

その時わたげのうち一つが風に乗って流れてゆき、傷を負った私の頬に当たった。

種は一瞬にして開花し、根を生やして傷口を縫い合わせた後、黄色く美しい花を咲かせて

枯れ落ちていった。まるで狩川の生命力を傷ついたものに分け与えているかのようだった。

そのことを報告すると狩川は「そう…」とだけ静かに、何か覚悟を決めたようにつぶやいて再び

狙撃に取り掛かった。

茨冠の主降臨まで残り4分。

屋上へと繋がる階段へと差し掛かった。雫石もこの頃になると私の動きを見様見真似で朙華教本部の

瓦礫をナイフのように巧みに扱いながら思念を切り裂いていった。道を、自ら切り開いていた。

それは無意識に、母に会うために、母に会うために必死の覚悟に見えた。たとえ本物の母親じゃ

無かったとしても、今まさに自分を殺そうとしている人だとしても、かつて自分を娘として

愛してくれた者のために。この頃になると皆、さまざまな傷を負っていた。しかし狩川の綿毛が

その傷口を塞いで、皆にまた一歩進む力をくれた。

茨冠の主降臨まで残り3分。

太陽が引き裂かれ空が暗くなってきたと同時に思念体の数が増えてきた。が、同時に屋上にて

ついに佐野橋咲と対面した。自我を失いただ呪文をぶつぶつと呟く竹白ヨウ。

その後ろで両手をポケットに突っ込んでタバコを吸う佐野橋がいた。タバコの煙とその長髪が、

茨冠の主の召喚に伴う強風と共にさらさらと美しく靡いていた。私達に背中を向けて、

その表情を読むことができない…バーバヤーガが私の真横に着地し、その十字架を振り上げた。

第一結界の突破のために。「聞け!佐野橋!」怒号にも親の叱咤にも聞こえる大声でバーバヤーガは叫んだ。

「娘を傷つける親がいてたまるかよ!私が全ての罪を背負おう。娘を傷つけた罪。お前を傷つけた

大人達の罪。茨冠の主と言う存在の業罪。」バーバヤーガが罪を背負うたびに、その十字架は肥大化して、

やがて音を立てて義足が崩れた。それでもバーバヤーガは膝から下がない両の足と左手を使って

佐野橋のところに近づいてゆく。「ひた隠しにしてきたんだろう。タバコを吸って、涙が溢れ出て

しまわないように!不気味な笑みを浮かべて。本当はずっと!ずっと!苦しかったんだろ!?

娘の顔を見るたびに愛する人とこの世で最も憎い人を思い出して…そして自己嫌悪に陥っていく自分が。

佐野橋!聞け!娘の前で…泣く事は別に恥ずかしい事じゃない。お前の罪を背負ってやる。

だからこっちを見ろ!今もお前の愛する娘がもう真後ろにいるぞ!お前のために俺は、お前が侵した罪。

そして犯されてきた罪。その全てを俺が背負いそして…力の限り!振り下ろす!!」

バーバヤーガが膝や左腕の関節から血を流し振り上げたその重い十字架は…パキリ!ガラスが割れるような

まるで佐野橋がずっと引いてきた心の境界線が割れるような音と共に第一結界を叩き割った。

それと同時に役目を終えたバーバヤーガはそこに気絶して倒れ、ドズに安全地帯まで運ばれていった。

静かに。佐野橋が振り向く。その表情には涙が浮かんでいた。ずっと、心の中に秘めた言葉が

溢れ出ないように咥えてきたタバコを口から落として、そして叫ぶ。

「すまない。ごめんなさい。雫石。私は君の友人を殺して…でももう戻れないし止められないんだ。

憎いんだよ。ずっとずっと昔から…金に物を言わせて私を黙らせようとした竹白岩雄も、その面影のある

竹白雫石。お前も…そして金に買われて私の告白を無視した警察も何もかも…

もう世界が憎いんだ…明以外の何もかもが憎いんだ…憎い…憎い!憎い!憎い!許せとは言わない!

二人とも私のために死んでくれ!」

茨冠の主降臨まで残り2分。

「お母さん!」竹白雫石はがむしゃらに走り出していた。涙で前が見えず、それでもなお確実に

佐野橋咲の方へと進んでゆく。そしてついに、トリイのしめ縄の内側に入った。

その時、竹白雫石の口から血が溢れる…何が起こった。私は思考を巡らせて必死で考える。

茨冠の主降臨まで残り1分。



【昏き者の服従】:昏き者を召喚し服従させることができる。日没の瞬間に地面に八芒星を描きそれぞれの角に

蝋燭を経て火をつける。夜まで全ての火がついたままなら呪文を唱える。そうすれば昏き者が現れる。

それと同時に蝋燭を全て昏き者の方へ倒し。昏き者を一度焼き殺すことによって彼らを服従

させることができる。


大まかな内容はこういう感じだった。「昏き者っていうのは黒葉溢っていう呪詛師が好んで使う魔術よ。

黒い不定形の塊でとってもひとなつっこい怪物。身体を自在に変形させることができるわ。

最近はその能力を用いた代理心臓などの医療関連での使用が研究されてる。


生まれてきた子供の記録には数十人のの人間の名前と赤ちゃんの写真が貼られていた。その中には

竹白ヨウ 忌むべき子供。召喚に不適切。

竹白雫石 流産。

と書かれているものもあった。


「流産…代理心臓…まさか!」その時私の脳裏に最悪の考えがよぎり、それは的中してしまった。

「高校を卒業して、やっと姉に楽をさせてやれる。そう思ってた…徐々に膨らんでいく姉のお腹にもっと

早く気づくべきだった。ついにこの地獄から解放されると思った瞬間に地獄に叩き落とされる感覚を…

お前達にも味合わせてやる…」佐野橋はそう叫ぶ。竹白雫石の代理心臓が張り裂け、胸から昏き者が

顕になっていく。その時だった。


1分前。「ねぇ。汐路。私の体実は長くないんだ。このたんぽぽには人を癒す力があるけどそれと同時に

私の体が蝕まれていくんだ。だからお願い。もし竹白雫石に何かが起こったら…

私の片目を撃ち抜いて、そして彼女にそれを当てて。私の花の本体はこの片目にある。もし撃ち抜けば

当然私は死ぬけれど、花の全再生能力があの子の元へゆく。あの子なら私が辿り着けなかった場所…

もっと遠くへと、もっと高みへといってくれる気がするんだ。」そう狩川神無が言った。汐路はそれを

了承していた。そして今もはや狩川神無の体は満開になっていた。身体の片側はたんぽぽの花や綿花で

覆われ美しい花を咲かせていた。「汐路。さっきの約束。お願い。」汐路は頷き照準を狩川神無と

その背後遥か遠くにいる竹白雫石に合わせる。一ミリのズレも許されないその狙撃。

かつて愛する者を守ることができなかったその狙撃は今度こそ正確に引き金を引いた。「さよなら」二人が

心の中でつぶやく。発砲音と共に狩川神無は散り散りに綿毛を飛ばして消えていった。

そしてその狙撃は、正確に竹白雫石の代理心臓を、雫石の中にあらかじめ佐野橋咲が仕込んでいた昏き者を

貫いていた。昏き者は弾き飛ばされ、傷口は根を縫い合わせるようにして縫合され、狩川神無の全再生能力

が竹白雫石に注ぎ込まれた。傷は瞬く間に消えてゆきそして…竹白雫石の頭に白いカーネーションを

咲かせていた。その花言葉は「今でもあなたを愛している。」もはや佐野橋咲の切り札は残っていなかった。

茨冠の主降臨まで残り30秒。

佐野橋咲に向かってゆっくり歩み寄り、竹白雫石は武器にしていた瓦礫を捨てて佐野橋咲を抱擁した。

「どんなに酷いことをされても…友達を殺されても…佐野橋は私のお母さんなんだ。大好きだよ。」

「もしお母さんが望むなら、私は殺されて、明さんを生き返らせるための糧になってもいいよ」

そう竹白雫石は語る。「こんな私を赦してくれるのか?今からでも帰れるのか…?」そう問いかける

佐野橋に雫石は涙交じりの笑顔で「うん。まだここから帰れるよ。私はお母さんを許すし。

ずっと…ずっとずっと愛してるよ。」そう言ってより強くギュッと抱擁する。その時トリイの結界は

破られた。私は急いでヨウに駆け寄ってずっと前に借りていた探偵帽を頭に被せた。

ヨウは探偵帽を被せられて全ての洗脳が溶けたようだ。「ずっと大事に取ってくれたんだ。それ。」

そう言う竹白ヨウに「当たり前じゃん」私はそう笑って答える。

もはや詠唱をするものはいない。魔力を失った茨冠の主の思念は本体がたどり着く前に朽ち果て

天を引き裂いていた結界は元へと戻っていった。狩川の綿毛が舞う。まるで祝福の紙吹雪のように。

佐野橋咲と竹白雫石。苗字の違う親子の愛はあまりにも歪んでいたかもしれない。

それでもその愛は本物だった。茨冠の主は…退けられた。

「やっと終わったー!!」天から羊飼いが舞い降りて力尽きたようにパタリと倒れた。

一方避難民を管理していた黒葉は後から聞いた話だが美咲先輩の力も借りて被害者を出すことなく

悪霊や思念体の片鱗から避難民を守り切ったようだった。


茨冠の主降臨阻止成功から数ヶ月後。

春が訪れた。2023年が私達の元へとやってきた。狩川神無の撒いた種は開花し

街に一面のたんぽぽを美しく黄色く咲かせて渚晴町を彩っていた。


暖かい日差しと心地よい風が吹く春。日本のある田舎の海辺の街。

渚晴町。そこのアパートの屋上のベンチで警察の私。

茶都ことは、友人たちが来るのを待っていた。夜風が優しく頬を撫でて

潮騒の心地のいい音が警察の仕事で疲れた心を癒す。天蓋は美しい星々で

彩られている。私は非番の日にここから見る景色が人生の中で1番好きだ。

そんなことを考えていると後ろからドタドタと忙しなく階段を上がる音がしてきた。

振り返ると探偵帽をかぶった緑髪の少年に見える私の友人がいた。

「やぁ。ごめんね。待たせちゃった?」そう服の袖で汗を拭いながら、

少年にしてはあまりに高い声で話す彼女は男装趣味がある

この町唯一の探偵事務所、dackyou探偵事務所のリーダーである

竹白ヨウだ。探偵事務所といっても皆が想像するような殺人事件の解決

とかではなく、浮気調査程度だったのだが数ヶ月前。世界滅亡の危機を解決してしまった。

「ううん。全然待ってないよ」「今回は時間ぴったりだね。」そう私がヨウに答えると

「えへへぇ。前の反省を活かして今度はちゃんと時計を新調しておいたんだよ!そう竹白ヨウは

満面の笑みで答える。しばらく待っているとルビーのような赤目、色白の美しい少女が出てきた。

その頭には白いカーネーションの花冠が被せられている。竹白雫石だ。あれからと言うもの人と

話す勇気ができたらしくちょっとシャイな性格であまり話さず街中で目立たない様にいつもフードを

かぶっていた彼女は、学校でもよく話すようになって、たくさんの友人を持つようになった。

そんな雫石を見ていると後ろから肩を叩かれた。

驚いて振り向くと身長183センチほどの大柄でいて病的なまでに痩せている

茶髪の女がいた。さっき言った佐野橋咲だ。彼女はオカルトマニアでいつも

逆十字を首からさげている「やぁ。遅れてごめんね

自販機でお札が何度も弾かれてね〜あぁはいこれ」と佐野橋は手慣れた感じで

全員に飲み物を配っていくヨウには冷たいみかんジュース、私にはコーヒー

雫石にはコーンスープを。そして雫石の隣に座った。

「今回はタバコ臭くないんだね。」そう言う雫石に対して。「ああ、もうタバコは吸わないことにしたんだ。」

そう笑みを浮かべて佐野橋咲は答えた。私たち4人にはある決まりがあった。

私が非番で他のみんなも暇な日曜日は必ず佐野橋のマンションに集まって

それでそのまま佐野橋の部屋で月曜日までを過ごすと言う決まりだ。

「じゃあ前までやってたみたいにさ」とぎこちなく、しかし明るく佐野橋は部屋に行く様に促す。

全員はそれに首肯して部屋に集まった。


それを遠くから魔術師3名が見ている「あーしにもオレンジジュースよこせよあーあー義足代

またかかるよ、クロイーお金貸して」そう言うのはバーバヤーガ。それに対して黒葉は答える。

「あなた前も借りたまま返してないじゃないですか、もう10万になってますよ!」

その会話を羊飼いは笑ってみて「いいわ。今回はタダで義足を修理してあげる。その代わり

ちゃんとお金を返しなさいね。」と言う。「ちぇ。あーしも混ざりたいなぁあの宴会」

とバーバヤーガは悔しそうにアパートの方を見る。「わかってないなぁ。こう言うのは邪魔しちゃ

ダメですよバーバヤーガさん。」そう笑って黒葉は答える。夜桜の下で魔術師3名はここでアパートの

住民を遠目に見ながら談笑する日課が生まれた。

ドズと汐路は今回の火事場泥棒で得たお金で犯罪組織フォレストオウルから引退費を支払った。

フォレストオウルは犯罪組織にしては去る者拒まずな性格で特に抱腹などなく、むしろ

引退のために盛大な式典が開かれた後引退したらしい。そんな二人は残ったお金で

ヨウの探偵事務所に楽器屋を開いたらしい。今日はその開店準備のためにアパートの集会に

来れないようだ。明日店が開かれるからその時に皆んなで尋ねようと思う。

そして佐野橋咲。彼女の侵した罪は到底許されるものではない。ただ、彼女なりに理由があり

また魔術による事件のため警察は介入できず、魔術師達によって裁判が開かれ判決が下された。

司法取引の結果、代理心臓の技術を特許をとることなく全員に無料で公開する事で実刑は下さない。

と言うことになった。これからそれぞれはそれぞれの道を歩んでいくことになるだろう。

佐野橋咲は親として、そして娘の友人を殺した罪を背負って。雫石はその娘として

河内ヨウは竹白ヨウとして名前を戻して過去と向き合い。前を向いて歩み始めた。

私は美咲先輩と共に今日も平和な毎日を過ごしている。


狩川神無の撒いた公平と平等の種は満開だ。まるで地上に星が咲いたかのように黄色くたんぽぽが

渚晴町一面に咲き誇っている。暖かい春風が心地いい。


地上の星


完!

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