エピローグ「アークライトの花」

 あれから、五年という月日が流れた。

 帝都の季節は何度目かの春を迎えている。アークライト公爵家の庭では、色とりどりの花が咲き誇っていた。


「アレン! そっちは危ないから、だめだよ!」


 俺の声に、小さな男の子がきゃっきゃと笑いながら振り返った。

 銀色のふわふわの髪。そして空の色を映したような、青い瞳。

 俺とリアムの間に生まれた、最愛の息子だ。


 アレンはαとしての形質を強く受け継いでいた。まだ三歳だというのに、そのやんちゃぶりは屋敷のメイドたちを毎日てんてこ舞いさせている。


「母様(かあさま)! お花!」


 アレンは庭に咲いていた一番大きな白いバラをぽきりと折ってしまうと、満面の笑みで俺の元へ駆け寄ってきた。


「まあ……。庭師さんに、怒られちゃうよ」


 俺は苦笑しながらも、息子からそのバラを受け取った。


「アレン。父様にも、その素敵なお花を見せてくれるのかい?」


 背後から穏やかな声がした。

 振り返ると騎士団の公務を終えて帰ってきたばかりのリアムが、優しい目で俺たちを見ていた。


「父様!」


 アレンはぱあっと顔を輝かせると、今度はリアムの足元へ駆け寄っていく。

 リアムは屈強な体躯を屈め、軽々とアレンを抱き上げた。


「ただいま、アレン。カイリ」


「おかえりなさい、リアム」


 彼はアレンを抱いたまま俺のそばへ来ると、もう片方の腕で俺の肩を優しく抱き寄せた。

 そして俺が持っていた白いバラに、そっと口づける。


「ありがとう、アレン。父様への素敵なお土産だ」


 褒められたアレンは嬉しそうに、リアムの首にぎゅっとしがみついた。

 その光景があまりにも温かくて。

 俺は胸がいっぱいになって、そっと目を閉じた。


 五年前、俺は一人ぼっちだった。

 自分の運命を呪い、未来に何の希望も持っていなかった。


 でも、今は。

 俺の隣には誰よりも俺を愛してくれる人がいる。

 そして腕の中には、愛の結晶とも言える宝物がいる。


 かつて氷の城と呼ばれ人々から畏れられていたこの屋敷は、今では笑い声の絶えない温かい場所に変わった。

 それはまるで魔法のようだ。


「……何を、考えている?」


 リアムが、俺の耳元で囁いた。


「ううん。ただ、幸せだなって」


 俺が素直にそう言うと、彼は愛おしそうに俺の額にキスを落とした。


「俺もだ。……カイリ、お前と出会えて俺は本当の幸せを知った」


 彼の言葉に、俺は照れくさくて彼の胸に顔をうずめた。


 遠くで帝都の鐘が鳴っている。

 穏やかな午後の日差し。

 花の香り。

 愛する人の温もり。

 そして、愛しい息子の笑い声。


 これ以上、望むものなんて何もない。


 俺はアークライトという大きな木に咲いた、一輪の花。

 これからもこの場所で、この人たちと一緒にたくさんの花を咲かせていこう。


 陽だまりの中で、俺は心からの笑顔を浮かべた。

 俺の幸せな物語は、まだ始まったばかりだ。

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希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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