ハロウィン
万聖節の前日にはすべての怪物たちに街角のテラス席でティータイムを過ごすことが許されて、幽霊たちには子供らの編んだ花冠が贈られる。
幸せなハロウィンを、幸せなハロウィンを、幸せなハロウィンを。
そうやって挨拶で送られる怪物たちを、眺めながら、魔法使いは自分がひどく倦んでいることを自覚していた。魔法使いといえば昔はどこへ行っても恐れられたものだ。それがいまや人間たちは進んで怪物になり、幽霊になり、魔法使いの扮装――魔法使い自身は一度も三角帽子にローブなど合わせたことはなかったが――で街を練り歩いている。一般化とはすなわち個性の喪失だ。いまここで魔法使いがありふれた魔法を使ったところで、誰もが種も仕掛けもあるトリックだと受けとるだろう。昔なら不可能が証明された魔法も、現代ではただのマジックだ。
と、街灯の脇にしゃがみこんでいた魔法使いの前に、影が差した。
「トリック・オア・トリート?」
そう尋ねたのは真ん中の魔女だ。両脇に吸血鬼とゾンビ男が控えている。
「なあ、トリック・オア・トリート、知らねえの?」
ゾンビ小僧と呼んだほうがいい年嵩のゾンビが気恥ずかしそうに言う。
「こんばんは。あの、ぼくらはいまキャンペーンで回ってて、チェックポイントの人に合い言葉で……」
牙のない吸血鬼が真面目に説明しようとする。彼らは三人が三人とも、持ち手のない安っぽいカゴを手にしていた。みなまで説明されずとも、ここが菓子集めのイベントにでも参加しているのだろう。
魔法使いは立ち上がり、両手を広げて何も持っていないことを示した。
子供たちが気まずそうに目配せし合う。
「カゴ」
「え?」
「ほら、出しなよ」
魔法使いはあごをしゃくって三人のカゴを前に出すよう促した。
広げた両手には何もない。当然だ。魔法使いはチェックポイントの人などではない。今日だって十月の暮れだというのに薄衣に身ひとつ、お菓子の持ち合わせなどあるものか。だが魔法使いは一般的にごくありふれた魔法使いで、一般的な魔法使いというのは常にトリックもトリートも手のひらの上だ。
両手を軽く握る。怪訝そうに差し出されたカゴの上で、その手が再び開かれると、それはまさしく突如として宙から生まれたとしか言えない唐突さでもって、空中に菓子が出現した。キャンディ、パイ、クッキー、チョコレート、マシュマロ、ポットプリン、そういうものがどさどさどさ、とカゴに落下し山盛りになる。何、すげえ、何これ、マジシャン、本物? 三人の小さな怪物が目を丸くうろたえるのと対照的に、魔法使いは目を細め、
「当然だろ。正真正銘の
と魔法使いらしいふてぶてしさでもって言った。
すべての魔法使いはこの世にただひとりきり 深夜 @bean_radish
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