書籍化できないミステリー作家2 ~生成AIと消えた作家~

水城みつは

生成AIと消えた作家

「先生、なんですかこれ?」


 平日昼間のカフェバーに困惑した声が響く。


「ん、頼まれていたショートミステリー小説の原稿だが? あれ、もしかして生成AIとか知らない感じ? 特に最近は小説界隈でも話題になっているから知らないってのは編集者としては問題じゃないかなぁ」


 なお、渡した原稿はこんな感じだ。

 


```

あなたはプロのミステリー作家兼編集者です。以下の制約と要素を厳守し、読者を惹きつける**2000字程度**のショートミステリー小説を執筆してください。


### 📜 制約と要件


1. **ジャンル**: 正統派のショートミステリー。


2. **文字数**: **1800字から2200字**の範囲で完結させてください。


3. **登場人物**:


- **作家(X)**: ベストセラーを持つ有名作家。


- **編集者(Y)**: Xの担当編集者。


4. **関係性**: XとYは長年の付き合いだが、仕事や個人的な感情で複雑な確執を抱えている。


5. **核心**: 以下の2つのうち、**必ず一方のパターン**で物語を構成してください。


- **パターンA**: 作家(X)が被害者、編集者(Y)が犯人。


- **パターンB**: 編集者(Y)が被害者、作家(X)が犯人。


6. **展開**:


- 事件の発生や状況描写から導入する。


- 過去の確執や動機となる背景を匂わせる描写を入れる。


- 最後の段落で、犯人の正体と犯行の決定的な手口(トリックや動機など)が明らかになる**鮮やかな結末**を迎えること。


7. **文体**: 抑制的で緊迫感のある文体を用いて、読後感の良いサスペンスフルな仕上がりにしてください。



### 🌟 追加指定事項


**以下のどちらのパターンで執筆するかを最初に明記**し、プロットに一貫性を持たせてください。


例:「**パターンA(作家が被害者、編集者が犯人)で執筆します。**」

```



「いえ、生成AIは知ってますし、この原稿? 原稿といって良いのかわかりませんけど、これが生成AI用のプロンプトってのもわかりますよ」


 若い編集者は大きくため息をついて頭を抱える。


「僕が言いたいのは……、いえ、それで、この原稿はどうすれば良いんですか?」


「どうって、原稿なんだから雑誌に載せれば良いじゃないか」


「いや、何を当然みたいな顔で言ってるんですか。先生は作家ですよね、僕は先生の作品が読みたくて編集者やってるんですよ。今度こそ載せられる作品を下さいよ……」


 そう言えば前回もWEB掲載も駄目でしたと泣きが入って流れたんだっか。


「AI小説が席巻する今、いっそプロンプトを掲載する方が読者は喜ぶかもしれないぞ。何せプロンプトを入れるだけで何度でも読み返せて毎回違う話が読めるんだ」


「確かにそうかもしれませんけど……」


「プロンプト小説本が売れた場合はアイディア料として印税を上げてくれてもいいぞ。それで、サンプルとしてこのプロンプトから生成した原稿もある――」


 そう言ってもうひとつの原稿を取り出した。



 ◆ ◇ ◆ ◇



『終幕の校正』


書斎の空気は、死によってインクのように凝固していた。

ベストセラー作家、響野きょうの玲市れいいちが、愛用の革張り椅子に深く身を沈めたまま、冷たくなっていた。傍らのデスクには、飲み干されたブランデーグラスと、書きかけの原稿が静かに置かれている。警察は状況から急性心不全と判断したが、第一発見者である担当編集者、長谷川はせがわじゅんだけが、その見立てに静かな違和感を覚えていた。


長谷川は、書棚にずらりと並ぶ響野の著作を眺めた。二十年の付き合いだ。無名の新人だった響野を見出し、二人三脚でベストセラー作家へと押し上げた。世間は響野を天才と称賛するが、その物語の骨格や、読者の心を掴むトリックの多くが、誰のアイデアだったか。長谷川の唇に、自嘲的な笑みが浮かぶ。響野は長谷川を「最高の壁打ち相手」と称したが、その実、魂の片隅で、自分の才能を吸い上げるスポンジのようにしか見ていなかった。


「最後の原稿は、こちらですか」

刑事の一人が、デスク上の原稿を指差した。タイトルは『二重奏のフィナーレ』。響野の次作にして、最高傑作になると期待されていたミステリーだ。

「ええ。昨日、最終稿を受け取ったばかりです」

長谷川は淡々と答える。その声には、長年のパートナーを失った悲しみとは似て非なる、奇妙な静けさが宿っていた。


確執が決定的になったのは、一ヶ月前のことだ。新作のプロットに行き詰まった響野に、長谷川は温めていた「完璧な犯罪」のアイデアを話して聞かせた。それは、被害者自身の習慣や持病を利用し、他殺の痕跡を一切残さずに心臓発作を誘発するという、悪魔的なトリックだった。響野はそれを聞くなり、「素晴らしい! 私の最高傑作になる!」と狂喜乱舞し、長谷川の貢献には一言も触れなかった。その瞬間、長谷川の中で何かが静かに、そして完全な形でぷつりと切れたのだ。自分の生み出した物語を、これ以上この男に奪われてたまるか、と。


刑事たちが現場検証を終え、引き上げていく。長谷川は一人、書斎に残ることを許された。彼はおもむろにデスクへ歩み寄り、問題の原稿を手に取る。最終章の、犯人がトリックを独白する場面。そこには、長谷川が考案した通りの手口が、響野の流麗な文章で綴られていた。


長谷川は、万年筆を手に取ると、一箇所だけ、校正を入れた。被害者が飲むブランデーに「特殊な薬物を一滴加える」という一文。そこに、まるで長年の癖であるかのように、彼は赤字で書き加える。


「——それは、ベラドンナの抽出物を極限まで希釈したもの。一滴であれば、検死でもまず検出されることはない。ただ、彼の心臓を永遠に沈黙させるには、それで十分すぎた」


それは、この世でただ一人、長谷川だけが知る真実の記述。彼が響野のグラスに垂らした、最後の一滴の物語だった。作家の傲慢さが招いた、あまりにも皮肉な結末。最高のプロットは、作者自身の命をもって完成する。長谷川は静かに原稿を閉じ、インクの乾ききらないその文字を、まるで我が子を慈しむかのように指でなぞった。これは響野の作品などではない。最初から最後まで、自分の作品なのだ。彼は今、自らが創り上げた物語の、完璧な「最終校正」を終えたのである。



 ◆ ◇ ◆ ◇



「これが生成原稿ですか……」


 原稿に目を通した彼の眉根のシワが更に増えた気がする。


「ちなみに、その原稿は原文ママで何にも手を加えていない。そこから先は編集者の領域だ」


 時間もなかったし、最初に生成された小説をそのまま印刷して持ってきたから本当にそのままだ。


「これ、既存作品と被ってないかとか調べるのは編集の仕事ですかねぇ……。けどAI小説を扱うのはかなり微妙な気も……」


「どうだろう、それこそプロンプトを載せるだけなら気にする必要はないんじゃないか?」


 読者の環境で実行してもらうわけだし、課金ユーザー読者なら更に質の高い小説が読めるかもしれない。


「ところで先生、良くこんな短期間にプロンプト用意できましたね。ついさっきまでウチの原稿忘れてたってSNSで呟いてませんでしたか?」


 彼の手元のスマホがとある作家の裏垢を表示していた。


「あ、いや、ほら、プロンプト自体も生成AIに書かせればそんなに手間ではなくてですね――」


```

生成AIでミステリー小説を書くプロンプトを考えて下さい。

2000字程のショートミステリー。

登場人物は作家と編集者でどちらかが被害者でもう片方が犯人。

```


「――とまあ、こんな感じで訊くだけさっきのようなプロンプトが生成できるわけでして……」


「なるほど、そんなカラクリがあったわけですかぁ、それなら納得ですけど、先生の作業とは……? あ、そう言えば、ここ、カフェバーでしたよね」


 にこやかな微笑みに反して彼の目のハイライトが消えている気がする。


「ああ、お酒も……、お、提供開始時間にはなっているな」


 いつの間にか夕方の営業時間になっていた。


「もう、飲まないとやってられないですね。僕が奢りますから先生も一杯やっちゃって下さい」


 やけになったかのように注文されたツマミが並べられる。


「では、僕と先生の未来に乾杯しましょう」


 吹っ切れたような笑顔を浮かべる彼を前に、私は渡されたブランデーのグラスに口をつけるべきか悩むのだった。

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