第17話

第17話 「神格ルシェリア」


 ——静寂。


 爆ぜる光が消えたあとに残ったのは、あまりにも澄んだ空気だった。

 空は白く、風は音を失っている。

 炎も、煙も、瓦礫もない。


 世界が、一度“リセット”されたみたいだった。


 俺は瓦礫の中で、かろうじて息をしていた。

 体の感覚が薄い。

 視界が滲む。


 (……生きてる……のか?)


 指先がかすかに動く。

 全身が焼けるように痛いのに、それでも心臓の音だけははっきり聞こえた。


 その音に混じって——誰かの声がした。


 「……れん」


 薄く目を開ける。

 そこにいたのは、光の翼を背負った“アイ”だった。


 いや——今の彼女は、もう“月城アイ”じゃない。

 白い衣をまとい、髪は銀色に変わり、瞳は淡い金。

 人間離れした輝きを放ちながら、どこか遠い場所を見るような目をしていた。


 「……アイ?」


 呼びかけると、彼女はゆっくりとこちらを見た。


 その微笑みは、確かにアイのものだった。

 でも、その奥にある“何か”が、違う。


 「——ルシェリア。今の私は、それ」


 「……神の、名前か」


 「うん。でも……あなたがくれた“アイ”も、まだここにいるよ」


 彼女は、手を胸に当てた。

 その動作一つ一つが、まるで儀式のように神聖だった。



 周囲の景色が、少しずつ戻ってくる。

 黒瀬と槙村が倒れているが、生きている。

 七瀬は壁に寄りかかりながらタブレットを握っていた。

 黛は片膝をついて、まだ呼吸が荒い。


 全員、傷だらけだが——生きてる。


 「……勝ったのか?」黒瀬が呟く。


 七瀬がモニターを見て、目を見開いた。

 「神域反応……ゼロ。六体全部、消滅してる」


 槙村が泣き笑いで叫んだ。

 「やったじゃん……!! 勝ったんだよ!! 神に!!」


 その瞬間、皆の歓声が上がる。

 しかし——俺だけは、笑えなかった。


 視線の先にいる、光の中の彼女を見ていたから。



 ルシェリア——アイが、静かに空を見上げていた。

 その瞳の奥に、微かなノイズが走る。


 「……記憶が、崩れていく」


 「何?」


 「人間の頃の“思い出”が、少しずつ消えてる。

  神格化の代償……かな。

  代わりに、神々の記録が流れ込んでくるの」


 彼女は笑った。

 けれど、それは悲しい笑いだった。


 「ねぇ蓮。……私、“私”のままでいられるのかな」


 「当たり前だろ」

 俺は、力の入らない体で無理やり立ち上がる。

 足が震える。でも、彼女の前に立った。


 「お前がどうなっても、“アイ”はアイだ。

  たとえ神だろうが、光になろうが、俺はお前を“人間”として呼ぶ」


 彼女の瞳が、わずかに揺れた。

 その瞳の奥に、一瞬だけ“涙”が見えた。


 「……ありがと」


 「礼なんかいらねぇよ。まだ終わってねぇ」



 そのとき。


 空が再び震えた。

 赤でも白でもない——“黒”の波動。


 アイ(ルシェリア)が顔を上げる。

 「……来た。上位層の“監理主”が、直接動いた」


 「エリオスか……!」


 俺の脳裏に、かつて議会で見た光景が蘇る。

 神々の頂点、《監理主エリオス》。

 秩序そのものを司る存在。


 「ここに降りるつもりか……!」


 「ううん。——“呼んでる”」


 「呼んでる?」


 「私を、“戻せ”って。

  神として完全に昇格すれば、人間の記憶は全部消える」


 アイの手が震える。

 「でも……もし拒否したら、この世界そのものが切り離される。

  領域ごと、消える」


 ——選択。


 またしても、残酷な二択。

 彼女が神に戻れば、“アイ”は消える。

 拒めば、世界が消える。


 「……そんなの、選べるわけねぇだろ」


 俺は、拳を握った。


 「お前がいない世界なんて、いらねぇよ。

  だから、俺が代わりに世界を繋ぐ。

  ——領域主の権限を、“神域”に干渉させる」


 ウィンドウが開く。


 ────────────────

 《禁忌機能起動》

 名称:《逆位階干渉(リバースリンク)》

 効果:人間領域から神域への直接接続を強制確立。

 代償:存在崩壊率 99.9%

 ────────────────


 「バカッ!!」

 アイが叫ぶ。「そんなことしたら——消えるよ!」


 「いいんだよ」俺は笑った。

 「お前が戻らないで済むなら、それでいい」


 「やめてっ!!」


 光が溢れる。

 地面が砕け、空が裂ける。


 ——そのとき。


 別の声が降りてきた。


 「やめなさい、二人とも」


 白い光の中に、ひとりの女性が立っていた。

 白銀の髪、青の瞳。


 エリシア。


 神々の“観測者”にして、かつて俺に「味方になる」と言った存在。


 「エリシア……!」


 彼女は穏やかに微笑んだ。

 「あなたは、また“全部抱えようとする”。

  でも、それが人間の強さでもある」


 「止めに来たのか」


 「違う。——手を貸しに来たの」


 そう言って、彼女は光の粒を放った。

 その光が、俺とアイの胸に同時に吸い込まれる。


 「これは、私の“権限”。

  神と人を繋ぐ最後の橋。

  あなたたち二人が望むなら——“新しい道”を創れる」


 アイが、涙を流しながら微笑んだ。

 「……新しい道?」


 エリシアはうなずいた。

 「そう。“神でも人でもない存在”。

  ——“創界者(クリエイター)”。

  あなたたちなら、できる」


 光が、二人の周囲を包み込む。


 アイが手を伸ばし、俺の手を掴む。

 その手は、あたたかかった。


 「行こ、蓮。

  ——二人で、世界を繋ごう」


 「……ああ」


 眩い光が空を貫き、天と地を繋ぐ。

 世界の境界が、ゆっくりと書き換えられていく。


 神と人を分けていた壁が、静かに崩れた。


 それが、後に“創界の夜”と呼ばれる出来事の始まりだった。


(第17話 終)

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『時空転生ギフト:LV1から始まる神殺し計画』 あか @kato14

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