第16話

第16話 「熾天の軍勢」


 赤い空が、裂けた。

 そして——六つの光が降りてきた。


 それは、炎の翼を背負った“神の軍勢”。

 純粋な力そのもの。

 人間の言葉も、論理も、感情も通じない。


 《熾天の軍勢(セラフ・ユニット)》

 ——神域の秩序を直接執行する存在。


 空間が焼ける。

 大地が揺れる。

 そして《神谷蓮領域》全体が、戦場になった。



 「全員、位置について!」

 俺の声が、リンク回線を通じて仲間たちに届く。


 〈黒瀬:了解!〉

 〈槙村:後衛バリア展開、行くわ!〉

 〈七瀬:モニタリングと通信維持! 干渉レベル上昇してる!〉

 〈黛:敵の座標共有完了。——蓮、中央で受けろ〉


 「任せろ!」


 俺は両腕を広げる。

 掌に光が宿り、空中にステータスウィンドウが幾重にも重なる。


 《ステータス編集》

 《領域補正:100%→150%》

 《神性干渉耐性:+45》


 頭が焼けるように熱い。

 でも構っていられない。


 六体の神が、それぞれ異なる属性を纏って動き出す。


 ——炎。氷。雷。光。闇。そして、時間。


 まるで世界の基本法則そのものが、ひとつずつ敵として立ちはだかっているようだった。



 「行くぞォォォォォ!!!」


 黒瀬が叫びながら、巨大なスキルブレードを振り抜いた。

 斬撃が炎の神を裂く——が、すぐに再生する。


 「回復早すぎんだろおお!!」

 「文句言うな、叩き続けろ!!」黛が叫ぶ。


 上空では、槙村の光壁が展開され、雷の神の放つ光線を受け止める。

 「くっそ……重い……! こいつら、本気で空ごと潰す気!?」


 七瀬の声が飛ぶ。

 「データ的には、彼らの攻撃は“存在削除型”! 耐えられないよ!!」


 「なら削除される前に殴れ!!!」

 俺は地面を蹴った。


 神の一体が俺に迫る。

 空気が歪む。

 時間の流れそのものが、ねじれている。


 ——時間神、クロノス型。


 こいつは、相手の動きを止めて、未来ごと切り捨てる。

 俺の視界が、白く弾けた。


 (やべぇ——動けねぇ!?)


 時間が止まったような感覚。

 でも、ほんの僅かに“音”が聞こえた。


 ——アイの声だ。


 「蓮!!」


 その叫びが、俺の意識を引き戻す。


 時間の枷が砕けた瞬間、俺は全力で拳を突き出した。


 《編集:干渉領域(時間)=無効化》


 拳がクロノス型の胸を貫いた。

 爆発的な光。

 神の体が一瞬だけ崩壊し、消えていく。


 「一体……落とした!」


 七瀬が叫ぶ。「でも残り五体! しかもパターン変化してる!」



 地上では、花音が倒れた友人の体を抱きしめていた。

 「お願い……消えないで……」

 その瞬間、蓮の領域が反応する。


 《仲間の状態異常を検知:生体反応低下》

 《領域主意思反映:救済》


 光が花音を包み、彼女の傷が消えていく。

 ——領域が、仲間の“願い”を叶え始めていた。



 一方その頃、アイは屋上で空を睨んでいた。

 光の雨。

 神々の攻撃。

 彼女の足元に、淡い文様が浮かび上がる。


 「……なに、これ」


 ウィンドウが開く。


 ────────────────

 《創造核:覚醒率 27% → 61%》

 《リンク先:神谷蓮領域》

 ────────────────


 「創造核……って、まさか——!」


 アイの体が光に包まれ、意識の奥で何かが開いた。

 頭の中に、無数の声が流れ込んでくる。

 それは神々の囁き。

 「器を返せ」「彼を渡せ」「世界を戻せ」


 「やだ……」

 アイが両手で耳を塞ぐ。

 「うるさい……あたしの中に勝手に入ってこないで!!」


 彼女の叫びが、領域の中に響く。


 蓮がその異変に気づき、振り向いた。

 「——アイ!?」


 空に浮かぶ彼女の輪郭が、白く光り始めていた。

 体の一部が“神化”している。

 神々のエネルギーと、人間の魂の融合。


 「くそっ、このままじゃ——!」


 俺は地面に手を突き、ウィンドウを叩いた。


 《ステータス編集:対象=月城アイ》

 《権限:全開放》


 《編集内容:——俺の全スキルを譲渡する》


 アイの目が見開かれる。

 「な、何してんの!? バカ、やめて——」


 「大丈夫だ。お前なら制御できる」

 「そんなの、根拠ないでしょ!!」

 「あるよ」


 俺は、笑った。

 「信じてる」


 《スキル譲渡開始》


 光が俺の体から溢れる。

 スキルウィンドウが次々と分解され、アイの胸の中へと流れ込んでいく。

 視界が白く、そして遠のいていく。


 ——頼む。守ってくれ。俺の仲間たちを。



 アイの全身が、炎のような白光に包まれた。

 六体の神が一斉に振り向く。


 「……あたしを、“器”って呼んだね」

 彼女の声が震える。

 でも、その瞳にはもう恐怖はなかった。


 「間違いだよ。——私は、“選んだ側”だ」


 光が爆ぜた。

 白銀の翼が広がる。

 神の力と人間の意志が、完全にひとつになった。


 《創造核 完全起動》

 《神格名:ルシェリア=月城アイ》


 彼女は、天空に浮かび、指を鳴らした。


 ——空が割れる。

 神々の攻撃が、逆流した。


 光の嵐の中、アイの声が響く。


 「返してもらうよ。——人間の未来を!」


 六体の神が次々と爆散し、炎と光の雨が降り注ぐ。

 その中心で、蓮は倒れかけた体を支えながら、微笑んでいた。


 「……やっぱり、最強だな……お前」


 「うるさい、あとで説教だから!」


 光が世界を包み——

 夜が、終わりを告げた。


(第16話 終)

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