ハロウィンゾンビの落とし物
藤泉都理
ハロウィンゾンビの落とし物
ハロウィンの夜のみに出現するのは、黒と紫が不気味に入り混じるマーブル模様の夜空、だけではなかった。
この世に未練を残す人間を含む生物たちの生きる屍、いわゆるゾンビもまた、地面から這い出ては我が物顔で地上を闊歩する。
魔法の箒に乗ってその様を見下ろしていた魔女の
ゾンビの群れたちの中に、目当てのゾンビ竜が居たからである。
この日限定。このゾンビ竜が落としていく、夜空と同じ色合いをして強烈な臭気を放つハロウィンカボチャから、肉体を自由自在に大小伸縮可能にする薬を作れるのである。
大がかりの作業をする時や、密偵したい時などに重宝されるこの薬を売り捌けば、その年はもう稼がなくてもいいと言われるほどの金を手に入れる事ができるのである。
ゾンビ竜に一直線に向かう魔法使い、魔女たちに負けまいと、菊花もまた勢いよく下降したのであった。
「ぐ~や~じ~い~っ」
菊花の真紅の瞳から溢れ出す大粒の涙。
一個もハロウィンカボチャを手にする事ができなかったがゆえに大量に生まれてしまった。
誰も彼も必死になってハロウィンカボチャを手にしようと、魔法合戦へと火蓋を切られてしまった結果、敗北してしまったのである。
「せめて一人一個って規則を設けるべきだわ。後は実力で取っていいって事にして。そうよ。一個も取れなかった魔法使いと魔女が可哀想じゃない。私が可哀想じゃない。そうよ。すごく可哀想。うう。戦利品はこの古代文字で書かれたノートだけ」
多種多様の生物のゾンビに魔法使いに魔女が入り乱れる中、菊花が拾ったのは革性のノートだった。
古代文字で書かれていたので今は読めはしないが、図書館で調べれば読めるはずだと、何か有益な情報が描かれているに違いないと自分自身を慰めた菊花。朝日が昇りゾンビたちがまた地中に帰って行くまで、ハロウィンカボチャが落ちていないか懸命に探し回ったが成果はなく。
気持ちを切り替えて図書館に行く前、他の魔法使いと魔女同様に、来年は地上に出て来る事がないよう安らかに眠れるようにと祈りを捧げてのち、この場を後にしたのであった。
(ああその前に、お風呂入らないと。図書館に入館できない。ハロウィンカボチャの強烈な臭いが染みついてしまったわ。っふ。取ってもいないのにね)
「これあげるわ」
古代文字に苦戦する事、一週間。
すべての古代文字を現代文字に翻訳する事に成功した菊花が訪れたのは、男の幼馴染である
「何ですか、これ」
「洋菓子のレシピ本」
「え?」
目を爛々に輝かせた秋陽の笑顔を見ただけでこの一週間の苦労が報われる、などという殊勝な気持ちが芽生えるわけはなく。
菊花は面白くない気持ちでレシピ本をめくる秋陽を見つめた。
「多分。秋陽の曾おじいちゃんのレシピだと思うわ。ここ、表紙に書かれている名前、同じでしょ」
「はい。多分。お母さんは今、新作メニュー作りで調理室に籠っていて話しかけられず、確かめる事はできませんが。曾おじいちゃんのレシピ本だと思います。菊花。これをどこで見つけたのですか?」
「かぼちゃ墓地。多種多様な生物が眠るあそこでハロウィンの日に見つけたわ」
「ゾンビが甦って危険だからと、ハロウィン当日は一般人は立ち入る事は禁止されていて。菊花は魔女だから行っていましたね………そう。ですか。曾おじいちゃん。安らかに眠れていなかったのですね」
「でも、立派な後継者にレシピ本を渡す事ができたからきっともう安らかに眠れるわよ」
「菊花。ありがとうございます。お礼にレシピ本に載っているカボチャのシュークリームをご馳走しますよ」
「ええ。是非お願いするわ」
「ご機嫌斜めですね」
「目当てのものが手に入らなかったからよ」
「どうしたら機嫌が直りますか?」
「………申し訳ないけれど、休憩室で少し眠っていいかしら。あなたの家の匂い、優れた安眠効果があるのよね」
「ええ。好きなだけ眠ってください。ソファの上に置いてある毛布もどうぞ」
「ええ、ありがとう」
秋陽は背筋を伸ばしたまま店の奥の休憩室へと向かう菊花を見つめて、頬を緩ませた。
(睡眠を削ってまで急いで僕のところに持って来てくれたのですね。本当にありがとうございます。とびっきり美味しいカボチャのシュークリームを作りますので楽しみにしていてくださいね)
秋陽はレシピ本を大事に抱えたままアルバイトの子に店番を頼んで、秋陽の母が使っている調理室とは別の調理室へと向かったのであった。
(2025.10.31)
ハロウィンゾンビの落とし物 藤泉都理 @fujitori
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