君が眠る星

@noa_0410

 

君が眠っている。


猫のように背を丸めて、柔らかい太陽の匂いがする布団の頬を擦り付けて、すぅすぅと安らかな寝息をたてて、眠っている。


「シラヤ、起きて」


僕は君を起こす。

いつまで寝ているんだとその額を弾いて、不満げにその鮮烈な赤い瞳で見上げた君に笑いかける。


大きな窓の青い空が君の瞳にうつった。


「わぁ、もうこんな時間なの? なんで起こさなかったのさ」

「安らかな快眠を邪魔してしまって悪いけれど、僕が君を起こしたのはこれで32回目だ」

「足りないよぉ」


わぃいぁーと奇怪な声を上げながら洗面所に走っていった君に苦く笑いながら、君の制服をソファにかけておく。

君が準備をし終えるまでの時間、本でも読もうかとその隣のソファに腰掛けた。


「前のは裾が破れていたね。新しいものに変えておいたよ」

「ありがとっ! うぁ、イズハル、髪なんとかしてぇ!!」

「わかったわかった」


君の朝の準備が、本を読んでいる間にいつの間にか終わっているような、手間のかからない平和な朝を象徴するようなものならば、僕は苦手な早起きをしなくても良かったことを思い出して、さっき腰掛けたばかりのソファーから立つ。


洗面所で歯を磨きながら一生懸命胸元まである髪を溶かしている君から櫛を受け取る。


「シラヤ、今日の髪飾りはなにがいい」

「今日は選ばせてくれるのっ? じゃああれがいい、青のリボンっ!」

「これは素敵なリボンだけれど、君の鮮やかな赤と喧嘩してしまうんじゃないかな」

「いいの!」

「そう」


それならばと君の髪を三つ編みに結んだ先に青いリボンを結ぶ。

赤い燃えるような髪には似合わないけれど、君はそれでいいと笑う。


「これが俺の大好きな色さ!」


僕の濃く青い瞳にその鮮やかな赤い瞳を写して、そういうふうに。









それでよかったのだ。

不格好に似合わない青をぶら下げて、「俺」はイズハルを少し困らせる。

そんなふうに愛を伝えて、「俺」はイズハルが大好きだよって。




「シラヤ、ソースがついている」

「…」

「とれていない。もっと右だ」

「どこー?」

「逆だ…、とれたぞ」


朝食を食べていると、バンッ、と音が聞こえた。ドアが打ち破られたのだ。


ああ、来てしまった。

これは俺の選んだ結末。

苦しくても最後はイズハルといたかった。


バタバタと土足で踏み入れた気配に、イズハルが揺れた。


目を伏せて微笑む。

イズハルも微笑んで、飲んでいた珈琲をことりと机に置いた。


「シラヤ・ワジリー! イズハル・ミスト! この大罪人どもが! どこまで逃げれば気が済むのだ!」












あんなに逃げ回ったわりに、大罪人はあっさりと捕まった。


「死刑かな」

「そうだろうね、審判官が僕だったら死刑かなと思う」

「俺もそう思う!」


「会話をするな」


怒られて赤いほうが首をすくめる。

青いほうはどうでもいいと言わんばかりに向けられた銃口の先を見つめた。


銃口を向けた男あたりを注意深く見回したあとに部下に指示を出した。


「怪しいものがないか探せ」

「あるわけがないよ、あるとしたらシラヤの部屋だろうね」

「そこまで汚くないよぉ」

「じゃあこの間見つけた冷凍された鯖はなんだったんだろう」

「ああ、あれ? 去年買ったのを食べそこねちゃったのさ…」

「捨てておいて正解だったみたいだ」


大罪人たちはくだらないことを楽しそうに語りながら、楽しそうに声をあげて笑っている。

大罪人を捕らえた男は彼らに手錠をかけたあと、呆れた声で言った。


「だから喋るなと言っているだろ。大人しくしておけば死刑は免れるかも知れない」


大罪人とはそれなりに気の知れた縁である。

逃げることはないと知っていた。もちろん、怪しいものもないのだろう。

一応と銃口を向けたまま、男はあぐらをかいて大罪人たちを眺めた。

赤い方の長いみつあみの先で、青いリボンがぷらんとぶら下がった。


「それじゃ困るよ」


大罪人が望むものも、男は知っていた。


「僕らはいい加減、死にたいんだ。ごめんね」


のっぺりと平たい青空ではなく、どこまでも広く澄み渡るような青空を。

冷たい科学ではなく、温かく包み込む土壌でつくった野菜を。

人工の肉ではなく、自然のありのままの肉を。


青い星に帰ろう。

かつて人類が暮らした青い星は、もう青くなんてない。


自らその手で壊したのだろう。

その星が存在するのは過去か、はるか遠い未来の話だ。


「てめーらが望んだものはそんな未来じゃなかっただろう」


そんなものではなかったはずだ。


「…そうだね」


赤が苦く笑った。


「確かに本物であるに越したことはないけれど、僕はシラヤがいれば」

「確かに本物の肉のほうが美味しいけれど、俺はイズハルがいれば」


彼らがほしかったものは、とっくに滅んだ青い星なんかではなかった。

とっくに死んだ祖先の遺志などではなかった。


大罪人たちはその手で何千年もの人を殺したとは思えぬように、楽しそうに死を願った。


幸せな食卓があればよかったのだ。

二人で囲む食卓があり、そうして笑いあえる平和があり、そしてそこに互いがいればよかったのだ。


それが叶わず、青は悲しみにくれ、己の首を切ろうと暴れた。

それを叶えたくて、赤は怒り、そしてやはり己の首を切れずにのたうち回った。


そうして苦しんだ先に彼らは互いに刃を向けた。


「どうか苦しみに終焉を」

「どうか喜びに始まりを」


そうやって互いの心臓を貫いた刃をただ見ていた。

彼らは己の手による終焉を許されなかった。




「ありがとう、イズハル。とても美味しい朝ごはんだった」

「ありがとう、シラヤ。とても幸せな朝だった」


「ごめんね」

「すまない」


君が眠る。


世界がやっと君を眠らせてくれる。


回る星が赤子をあやすゆりかごのように。

宝石の海が老人を揺らすように。

美しい大地が君が眠らせるように。


やっと、君が眠る。

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