夕暮れの庭
南條 綾
夕暮れの庭
毎日のルーチンが、授業と部活と、ベッドでスマホを眺めるだけの退屈なループ。
でも、それが――京香に出会ってから、ひび割れたみたいになった。
彼女の黒髪のポニーテールが、授業中の隙間から見えるたび、胸の奥がざわつく。
彼女の笑顔は、教科書の端に挟まった花びらみたいに、ふとした瞬間に広がって、私の集中力を溶かす。
今日、ついにその約束の日。
学校デート。放課後の図書室で待ち合わせ。
心臓が、教科書のページをめくる音みたいに、ばさばさと鳴ってる。
制服のスカートを何度も引っ張って、階段を上る。
足音が廊下に反響して、まるで誰かに聞こえてるみたいで、顔が熱くなる。
「本当に来るかな。来なかったら、私のこのドキドキ、ただの馬鹿げた妄想で終わるんだろうな」
普通に考えて同性でデートしようなんて引かれるかもしれないけどさ。
頭の中で毒づきながら、ドアをそっと開ける。
――京香がいた。
本棚の影で、窓辺に寄りかかって、外の校庭をぼんやり眺めてる。
夕陽が彼女の横顔を、オレンジのヴェールみたいに包んでて、息が止まる。
彼女は私に気づくと、ぱっと目を細めて笑った。
いつもの、ちょっと悪戯っぽい笑み。
「綾、遅いよ。待ってる間、君の顔を想像して、ページめくる手が止まっちゃった」
その声が、耳に絡みつく。
甘くて、少しからかうような響き。
私は慌てて近づいて、隣に立った。
彼女の制服の袖が、私の腕に軽く触れて、ぞわっと電気が走る。
「ごめん、先生に捕まって……。でも、来てくれて。嬉しい、って言葉じゃ足りないかも」
京香はくすくす笑って、私の手を掴む。
指先が絡み合う瞬間、掌の汗が混じって、なんだか恥ずかしい。
彼女の手は小さくて、柔らかくて、でも少し冷たい。
まるで、私の熱を吸い取ろうとしてるみたい。
「じゃあ、行こ? 誰もいないうちに。この学校、放課後になると、まるで私たちの迷宮みたいでしょ」
廊下を並んで歩く。
普段は生徒の喧騒で埋まってるのに、今は静かで、足音だけが響く。
京香のスカートの裾が、私の足に擦れるたび、心臓が跳ねる。
彼女は私の手を離さず、階段を上る。
屋上への階段。途中で、彼女がふと止まって、私を壁に押しつけるみたいに寄りかかった。
「ねえ、綾。君のこの緊張、伝わってくるよ。かわいいんだけど、ちょっと意地悪したくなる」
私は目を逸らして、頰を膨らませる。
そりゃ、緊張もあるけど…仕方ないし。
意地悪って何するの……痛いのは嫌だなぁ
「意地悪? 京香こそ、いつもそんな目で私を見るんだから。授業中、こっち見てニヤニヤしてるの、気づいてるよ」
彼女の息が、首筋にかかる。
近い。シャンプーの甘い香りと、汗の微かな塩気が混じって、頭がくらくらする。
「バレてた? じゃあ、罰として……」
その瞬間、彼女の唇が耳に触れた。囁き声が、骨まで染みる。
「好きだよ、綾。最初から、君の後ろ姿見て、胸がざわついてたの」
その言葉に、膝がガクッとなる。私は彼女の肩を掴んで、ようやく反撃する。
「私も……京香のこと、ずっと。授業中とか、休み時間に廊下で会うたび、目が離せなくて。馬鹿みたいだよね、こんなにドキドキして」
屋上に着く。風が、髪を乱暴に撫でる。
フェンス越しに、校庭の木々が夕陽に揺れてる。
世界が、赤く溶けていくみたい。
京香はフェンスに寄りかかって、私を引き寄せる。
腰に手が回って、制服の生地越しに体温が伝わる。
柔らかい。彼女の胸が、私の腕に当たって、息が浅くなる。
「ここ、秘密の場所。鍵、開けといたよ。誰も来ないから、ゆっくり……」
夕陽の下で、唇が重なる。キスは、最初は優しくて、探るみたい。
京香の舌が、そっと唇をなぞって、甘い味が広がる。
レモンの飴みたいに、酸っぱくて甘い。
私の手が、彼女の背中に回って、制服の皺を直すふりして、肌の感触を探る。
熱くて彼女の息が乱れて、唇が離れると、糸が引くみたいに唾液が光る。
恥ずかしくて、目を伏せる私を見て、京香が笑う。
「綾の顔、赤い。夕陽のせい? それとも、私のせい?」
何ちゅうこと聞いてくるの
うううう、自分の熱が上がってる事を意識しちゃうよ
「両方……かな」
声が上ずってへんなこえになった。すごく恥ずかしい。
私は彼女の肩に頭を預けて、風を感じた。
心臓の音が、二人で混じって、一つのリズムになる。
少しの間、黙ってそうしていた。
学校の鐘が、遠くで鳴る。もう暗くなりかけてるのに、時間が惜しい。
「まだ、終わりたくないよね」
京香が、私の手を引いて立ち上がる。
「もう少し、探検しよ? 校舎の裏、誰も知らない階段があるの。そこから、旧校舎の屋根裏まで行けるよ」
何で知ってるのと言いたかったけど、強化と一緒にいられるのならまぁいいかってなった。
私は頷いて、彼女の後を追う。
階段を下りて、校舎の影を抜ける。京香のポニーテールが、揺れるたび、背中が温かくなる。
旧校舎の扉は、錆びてて、きしむ音がする。
中は埃っぽくて、懐かしい匂い。
古い机が積み重なって、まるで忘れられた記憶の山みたいだった。
「ここ、昔の生徒の落書きがいっぱい。見てよ、この『永遠の愛』って、ベタベタだけど、ちょっと羨ましいよね」
京香が壁を指さす。
私は近づいて、彼女の腰に手を回す。
自然に。彼女の体が、寄りかかってくる。暗がりで、息遣いが聞こえる。
「羨ましいかな。私たちも、永遠にしたい。こんな学校の隅っこで、キスしたり、手を繋いだり……」
私の言葉を遮るように、彼女の唇がまた近づく。
今度は、急かされるみたいに熱い。舌が絡まって、埃の匂いが甘く変わる。
私の指が、彼女の制服のボタンを、遊び心で外しかける。肌が覗いて、白くて、夕闇に溶けそう。
私は何をしてるの?自然と彼女のボタンに行っちゃった。
「京香……やばい、こんなところで、誰か来たら」
「来ないよ。来たら、一緒に隠れようか」
彼女の目が輝く。悪戯っぽくて、愛おしい。
私は恥ずかしそうに笑って、ボタンを直した。心が、ふわふわに浮く。
外に出ると、夜の気配が濃くなっていた。
校門の灯りが、ぼんやり光ってる。私たちは手を繋いで、別れの道を歩く。
「また、明日。休み時間に、階段で待ってるよ」
私は頷いて、彼女の頰にキスを返す。軽く、でも心を込めて。
「うん。学校が、急に好きになった」
家に帰って、ベッドに倒れ込む。
体中が、京香の感触で疼く。明日が、待ち遠しくて、眠れない夜。
きっと、これからも――こんな秘密の迷宮を、二人で彫り進めていく。
学校は、もうただの場所じゃない。私たちの、甘くて危うい庭になった。
夕暮れの庭 南條 綾 @Aya_Nanjo
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