第6話 かつて、この地は

 この世界は、かつて一〇〇〇年前に魔王が襲来した。

 天より降臨した魔王は地上を焼き払い、多くの人類が命を落とした。

 しかし、人々はあらゆる知恵を集結させて激しく抵抗し、ついに魔王を『世界のへそ』に追い込んで封印した。


 だが、魔王襲来の影響で地上の環境が大幅に変化しており、生き残った人類は地上を捨て、地下で細々と生活することとなった。

 当時の人類は、巨大な鉄のトロッコを走らせるためのレールを地下道に張り巡らしており、地下に街を築いて生活することは困難ではなかった。


 それからしばらく経ち、環境が変わった後の地上に適応できる者たちが地下から顔を出し、地上に住まうようになる。

 各地で世界再建が始まり、何百年もかけて現在の姿になったのだ。




 ミストは、肉体を切り裂くような寒さに身を震わせていた。

 自分のほかに数人、防寒着に身を包んだ者たちが歩いている。彼らは皆、手に何かを持っていた。鉄で作られた箱で、鎖で雁字搦めになっており、厳重に施錠されていた。

 周囲の大地は凍り付き、視界に映るもの全てが白に染まっている。

 ここは永久凍土。

 自分がここにいる理由はわかっていた。

 魔王を葬らなくては。

 粉々に砕いた魔王の破片を、氷に閉ざされたこの地に封印しなくてはいけない。

 船も燃料が尽き、帰るすべがない。だから、この地で死ぬ運命は避けられなかった。






「さむっ……」

 ミストはベッドの上で目が覚める。

 毛布はベッドから落ちており、自分を覆うものは何もなかった。

「寝相最悪だな、俺。だから変な夢を見るんだ……」


 やたらと寒くて白い夢を見たような気がする。

 そう思いながら、ミストは起き上がり、毛布を拾ってベッドの上に放り投げた。

 見慣れたアパートの一室に、ミストはいた。どこにでもあるようなデスクと、クローゼットくらいしかない、簡素な部屋だ。寝に帰るくらいなので、別にそれでいいと思っていた。

 窓にかかったカーテンのすき間からは、朝日がこぼれ落ちている。

 ミストは時計を確認したが、起床予定時刻はとっくに過ぎていた。


「やべ。出勤時間に間に合うか?」

「ミストさーん!」

 慌てて着替えるミストに、出入り口の扉の向こうから声がかかる。アパートの大家の娘の声だ。

「なんだー?」

「レイさん、来てたよー!」

「過去形か」

 着替え終えたミストは、髪を整えるのもそこそこに部屋を出る。


 するとそこには、エプロン姿の金髪の少女がいた。

 彼女の名はフレア。ミストが住んでいるアパートの掃除やメンテナンスをよくしている。今も、モップを手にして廊下を掃除していた。

「おはよう、ミストさん!」

「ああ、おはよう」

「レイさん、来てたよ。もう行っちゃったけど」

「察してる」

 遅刻ギリギリの時間だ。しかし、屋根の上を走れば余裕で間に合うかもしれない、という算段をミストはしていた。

 フレアは明るい笑顔でミストを送る。

「気をつけてね」

「はいよ」

「シブヤでワイバーンが出たらしいし」

「シブヤで?」

 ミストの足が止まった。フレアはこくんと頷く。


「あそこは谷だぞ。ワイバーンは高所にいるはずだ」

「でも、ダイカンヤマが近いし」

「ダイカンヤマは山じゃない。小高い丘だ」

 ミストはシブヤ周辺の地形を思い出しながら、首を傾げる。

「でも、オトワにも出たよね?」

 オトワとは、近所の森だ。低地になっていて、ワイバーンが好む地形ではない。

「ああ。迷いワイバーンがな。シブヤのもそうだと思うが、ここのところ多いな」

「ちょっと心配」

 フレアの笑顔が曇る。

「まあ、イケブクロに出たら俺らがなんとかするさ。そもそも、六十階の物見やぐらから周辺を監視しているから、ワイバーンが近づいてきたらわかるしな」

「うん、そうだね!」

 ミストの言葉に、フレアはパッと笑顔になった。


「安心して待ってな。それじゃあ」

「行ってらっしゃい!」

 ミストもまた、つられるように微笑すると、今度こそ、その場を後にした。

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聖域追放!~地味スキル持ちのシーフは公安でした~ 向日葵日向 @sunflower_hinata

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