第5話 この街の名は……
大捕物が終わり、街に平和が戻る。
広場から離れたミストは、行きつけのカフェの店先でコーヒーを飲んでいた。
「お疲れさま、ミスト」
「レイか……」
やって来たレイもまた、コーヒーを頼む。ただし、砂糖とミルクをふんだんに入れていた。
「コーヒーの味、わからなくないか?」
ブラックコーヒーを飲んでいるミストは、信じられないものを見る目で眺めている。
だが、レイは自信満々で答えた。
「わかるよ。甘くてまろやか」
「砂糖とミルクの味だ、それは」
二人並んで、コーヒーを啜る。
ちょうど、通りでは商人がマルシェを開いていた。近隣の街からわざわざやって来た商人たちが、自慢の品々を売っている。それを、街の住民たちが立ち寄って興味深そうに眺めていた。
レイは満足げに微笑む。
「今日も平和そうで何より」
「さっき、ドンパチやったのにか?」
「すぐ終わったじゃないか」
「お前はな」
ミストはウンザリしたように言った。
「そうだった。ミストは三カ月間潜入調査をしてたもんね」
「まあな……」
ミストが所属している公共安全保護隊は、一般人や一般冒険者に扮して公共の安全を保護すべく活動していることが多い。禁止薬物を製造している可能性があるパーティーに所属し、同行を探るというのもその一環だ。
「ミストのお陰で彼らの悪事も暴けたし、大助かりだよ。ありがとう!」
レイは目を輝かせながら、ミストに礼を言う。だが、ミストは渋い顔のままだった。
「まあ、それならいいんだが」
「さっき容疑者に言われたこと、気にしているの?」
「別に」
ミストはブラックコーヒーを啜る。
雲一つない青空で、陽射しが燦々と降り注いでいた。石材や木材で作られた建物が並ぶ大通りの先に、巨大な建造物がある。
レイの治安維持隊とミストが所属する公共安全保護隊の本拠地だ。
平屋か二階建ての建物が大部分を占める中、地上六十階という圧倒的な高さである。石材や木材とはまた違った合成建材が使用されているのだが、その建材は今の技術では再現できない。
失われた古代文明が遺した、超巨大建造物。
それを再利用して、街の行政サービスなどを担う中央機関を置いたのだ。
中央機関の建物は、陽光に照らされて白く輝いている。高層階にのぼれば、遠くに白い塔と赤い塔が見えた。
白い塔と赤い塔は、最高峰の冒険者が集められているという。そこには最強クラスの技術が集結していて、成功が約束されているそうだ。
それゆえに、冒険者たちはいずれかの塔を目指す。
しかし、その周囲には強力なモンスターが蔓延っているし、塔に入るにもまた、試練があった。
「ミストは、一箇所に留まるのが難しいだけだよ。白い塔のことだって、色々と思うことがあったんでしょう?」
レイは甘いコーヒーを冷ましながら、ミストに言う。
「……白い塔の話はするな」
「ごめん、つい。落ち込んでいるかと思って」
「別に気にしてねぇし。今更ってやつだ」
ミストは苦笑する。
かつてミストは、白い塔に所属していた。しかし、ある事件をきっかけに、白い塔を追われることになった。
その後、流れ流れて、この地にいる。
「俺が白い塔を追放されたのを知ってるのは、レイだけなんだ」
「そうだね……。出会ってから一年だっけ? もっと長い時間、君と過ごしているような気がするけど」
「俺はあっという間だと思ったけどな。そうか、一年も経つのか……」
ミストは遠い目をする。
「この街には慣れた?」
「それなりには。騒がしくて飽きない街だよ」
「それはなにより!」
レイは嬉しそうに微笑む。しかし、ミストが間髪を容れずにツッコミをした。
「皮肉だぞ」
「そうなの!?」
「街に潜んでいる反社会的ギルドが多いし、事件が絶えないだろうが。それに加えて、外はモンスターだらけときた。類稀なる修羅の街だ」
「こんなに平和なのに?」
賑わうマルシェを眺めながら、レイは不満げに問う。
「まあ、犯罪が多い割には、住民が元気だと思ってる。この街の賑わいは、嫌いじゃない」
「それはよかった!」
レイは改めて微笑む。彼の笑顔は陽光のようだな、とミストは思った。
「僕はこの街が好きなんだ。だから、街を照らす太陽のような存在になりたい」
目をキラキラさせながら、レイは中央機関の建物を見やる。
「あの建物は、かつて滅んだ文明ではサンシャインビルと呼ばれていたらしいんだ。どんな役割をしていた建物なのかわからないけど、きっと古代都市を照らす素晴らしい機関だったに違いない」
レイの目には、確信が宿っていた。
「僕は古代人に負けないよう、このイケブクロを明るくするつもりだ」
「立派なもんだ。まあ、俺はせいぜい、命を救われた恩を返すさ」
ミストもまた、サンシャインと呼ばれていた六十階建ての古代遺跡を見上げる。
この街の名は、イケブクロ。
かつて存在していたという古代文明では、そう呼ばれていたという。
この土地には古代技術で建設された建物群の跡があったものの、サンシャイン以外は使えそうにもなく、瓦礫を片付けて人々が住み始めたという。
イケブクロ周辺は森に囲まれ、白い塔へ続く道があるオトワの谷には、上位ランクの冒険者ですら手を焼くようなモンスターがうろついていた。
ミストがレイと出会ったのは、そんな危険地帯であった。
「ミストに出会えたのは、運命だと思っているんだ。僕は自分が生まれたイケブクロを、もっと素晴らしい街にしたい。だから、一緒にこの街を守ろう」
「……そうだな」
レイが手を差し出し、ミストがその手を取る。降り注ぐ陽光の下、二人の絆が改めて結ばれた。
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