【あかり編】幼馴染のド近眼美少女にバレた、僕のイタズラ~ご褒美は、恥ずかしすぎる「命令」でした

@cross-kei

第01話:人生退屈ならトリックしましょ

「は~、つまらない、退屈な人生だ…」


誰の視線も届かない屋上の隅。まるで忍者のように気配を消して生きる僕、影山樹(かげやま いつき)の、唯一安らげる定位置だった。


環境が変われば、自分も変われると信じていたあの頃の自分を殴りたい。

中学に入っても、クラスの端で空気を吸うだけの毎日だ。

自嘲の笑いを零しながら、口から勝手に言葉が滑り出る。


「異世界転生とか…そんなのがないと、人生ってなにも変わらないんだろうな」

「そうでもないんじゃない?」


突然、頭上から降ってきた声に、俺は思わず振り返った。屋上には誰もいない。

風の音か? いや、はっきりと人の声だった。


「こっちだよ」


声がしたのは、足元だった。慌てて視線を下げると、そこには手のひらに乗るほどの大きさの、カボチャ頭の小さな悪魔が立っていた。つやつやした漆黒のローブから、小さな赤い尻尾が覗いている。


恐怖で声も出ない俺に向かって、悪魔はニヤリと笑った。


「今日はハロウィンだろ? つまんない人生を送ってる暇があったら、

『もっと大胆にイタズラ』してみたら?」


小さな悪魔は、手のひらに乗るサイズの、真っ黒な表紙のノートを差し出した。


「僕はジャック。この『トリックノート』を使うといいよ」

表紙には、誰かの手書きで『トリックノート』と汚い文字が走り書きされている。


「使い方は簡単。名前とそちらに仕掛けたいイタズラの内容を書き込むだけ。

出来るのはイタズラだけだよ。誰かを殺したりするノートじゃないからね。

…それからね~」


ジャックは赤い舌をチロリと見せ、意地悪く笑った。


「もし誰かに『トリート』って、宣言されてイタズラしたことがバレたら。

君が相手の言うことを聞く必要があるからね。ハロウィンでも、トリート(お菓子)を

受け取ったらさ、その家から出て行くでしょ?あのルールだよ。だからさ、絶対に

見つからないように隠れてイタズラ頑張ってね!」


そう言い終わるや否や、ジャックの小さな体は、夕日の影に吸い込まれるようにすっと消えた。


……夢だと思った。 手の込んだドッキリか、疲労が見せた幻覚だと。

今日、この昼休みまでは。


「――ねえ、山田君。新作のゲームやった?」


教室に響く、赤木隼人の声。 クラスカーストの頂点に立つ彼は、

いつもみんなに囲まれている人気者だ。


(……なんだろうこのモヤモヤした気持ち)


僕は陽キャになって輝く力も、才能も、度胸も学力だってない。…全部ない。

でも一番最悪なのは、僕自身がシンプルに陰キャな状況に納得している。

でも…それなのになぜか陽キャを見るとモヤモヤする。なぜだろう。


「…『もっと大胆にイタズラ』してみたら?」

昨日のジャックの言葉が頭に自然と浮かぶ。

僕は、震える手でカバンから『トリックノート』を取り出した。


『対象:赤木 隼人』

『イタズラ:ポケットから、昨日お母さんに買ってもらったばかりの、派手なアニマル柄のボクサーパンツが飛び出してズボンがずり落ちる』


書いた瞬間の出来事だった。


赤木が「え?」と言うと同時にズボンのポケットから

アニマル柄のパンツがポーンと飛び出して、

自分のズボンもずり落ちてしまった。 そして、絶叫した。


「ぎゃあああああああ!? な…なんだ! 勝手にズボンが! うわぁ!!」


ズボンをあげながら、派手なパンツを拾いトイレに駆け込む赤木の姿に

教室が悲鳴と爆笑に包まれる。


「だっはは! 赤木、趣味わりー! お母さんに買ってもらったのかよっ!」

(やった……! 本当に効いた!)


僕が人生初のカタルシスに打ち震えた。その時だった。


「――トリート」

鈴が鳴るような、しかし有無を言わせぬ凛とした声が響いた。

声の主――学校一の美女、陽月(ひづき)あかりが、僕の目の前に立っていた。


(近い近い近い!)


彼女は僕の顔を覗き込もうとするあまり、距離感を完全にバグらせていた。

あと数センチでキスできそうな距離に、完璧な造形の顔がある。

ふわりと甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、僕は呼吸を忘れた。


色素の薄い髪。透き通るような肌。そして、制服の上からでもわかる、

柔らかそうな膨らみが、僕の胸に軽く押し当てられている。


「……陽月、さん?」

「あ、ごめん。樹くん、そこにいたんだ」


あかりは僕の声を頼りに位置を修正すると、僕が立っている方向から大きくずれた、教室の後ろのロッカーに向かって、ドヤ顔で話しかけた。


「ふふふ…やっぱり、トリックノートの持ち主は樹くんだったんだねっ!」

(こいつ、やっぱり何も見えてない……! ドヤ顔でロッカーに話しかけてるぞ!)


僕だけが知っている、陽月あかりの秘密。 彼女は極度のド近眼で、

コンタクトを「目に入れるのが怖い」と頑なに拒否している。


家では牛乳瓶の底みたいなメガネをかけている。 だが、中学デビューしてからは、学校では絶対にメガネを外すことをポリシーにしているのだ。


その手に持たれたノートには、僕の黒いノートと似たデザインの白いノート

『トリートノート』と汚い字で書かれていた。


するとあかりは、

どこからか小さなケースを手早く取り出し、度の強い眼鏡を高速で顔に当て、

位置を確認しすぐにメガネを隠す。そう、これが彼女の『秘儀高速隠しメガネ』だ。


「あはは、ごめんね、樹くんが、ロッカーに隠れてると勘違いしちゃったみたい」

あかりは、なぜか少し照れて微笑んだ。


その時、悪魔のジャックが、教卓の中から出てきて、パチパチと拍手をした。

僕と彼女にしか見えていないらしい。


「わお! まさかトリックノートの持ち主をもう見つかるとは!

さすが陽月あかり、強運だね!」


「悪魔……!」

「はーい、じゃあルール通り 『トリート』が成功したので、トリックノートの持ち主へ『絶対服従の命令権』が1回発動しまーす!期限があるから早めに使ってね」


……しまった、ルールを忘れていた。


僕の頭が真っ白になった。 終わった。

僕は、赤木にイタズラを仕掛けたのがバレている状態だ。

もし、彼女が赤木に好意を持っていたら、どんな報復が待っている?

「赤木に土下座しろ」?

「責任をとって学校をやめろ」?

どちらにせよ、僕の学校生活は今日、終わった。


教室中の視線が、僕と陽月さんに突き刺さる。

彼女は完璧な微笑みを崩さないまま、僕に一歩近づいた。


ああ、来る。処刑宣告が――。


「命令」


彼女の唇が動く。 全校生徒が息を呑む。

「樹くん。今日の放課後、私と手をつないで、一緒に帰り駅前の新作クレープを

一緒に食べに行くこと」


…………は?


「え」 「え?」 「「「「ええええええええええ!?」」」」


僕と、教室中の生徒たちの声がハモった。


(クレープ!? 処刑宣告じゃなくて!? もっとこう……「校庭100周」とか「私の靴を舐めろ」とか、そういう罰じゃないのかよ! しかも一番甘いやつ!)


「ちょ、陽月さん、それって……」

「命令だよ?」

あかりは小首を傾げ、僕の袖をキュッと掴んだ。


「それとも、聞けない? ジャック、聞かなかったらどうなるんだっけ?」


「んー? 命令拒否は、親に見られたくないものが発見されるんじゃなかったかな?」


詰んだ。完全に詰んだ。まさか、ベッドの下のあれが見つかってしまうのか…

悲劇すぎて 想像が追い付かない。


「……わ、わかりました」


僕が絞り出すと、あかりは花が咲くように笑った。



そして放課後。 僕は、地獄のような時間を過ごしていた。

全校生徒が窓からガン見する中、学校一の美女と手を繋いで校門を出るという、

この世の終わりみたいな公開処刑。 (なんでだ……なんで僕がこんな目に……)


僕が恥ずかしさで死にそうになっている隣で。


「……あ、あのね、樹くん。私、あそこのキャラメルマキアート味がいいな」

陽月あかりは、繋いだ手とは反対の手で自分の頬を押さえながら、耳まで真っ赤にして俯いていた。


なんでお前が照れてるんだよ。罰ゲーム(命令)を執行してる本人のくせに。

……いや。 僕だけが知っている。 こいつ、陽月あかりは、昔からそうだ。 僕の隣の家に住んでいた、ただの「幼馴染」だった頃から。


くりかえすが、こいつは、極度のド近眼だ。 コンタクトを「目に入れるのが怖い」と頑なに拒否、家でだけ牛乳瓶の底みたいなメガネをかけている。学校ではメガネを絶対にかけない。 つまり、人から見られてひたすら恥ずかしいのはきっと僕だけ。


(……あかり、今、絶対何も見えてないだろ)


僕が心の中で悪態をつく。しかも 駅前のクレープ屋なんて、この人混みで、ド近眼のお前が一人でたどり着けるわけがない。


そのために、僕の手を……いや、「命令」を口実に僕をナビゲーターにしたのか。


「あ、危ない!」

「きゃっ」


案の定、前から来た自転車に気づかずフラついたあかり。

僕はとっさに彼女の腕を引いた。

バランスを崩したあかりが、僕の胸に倒れ込んでくる。


「うわっ……!」

(やわら、か……!?)


顔面に、信じられないほどの柔らかさと弾力が押し付けられた。さっきの教室での

比ではない。明らかに、陽月あかりの胸が、僕の顔面を包み込んでいる。


再び、シャンプーとは違う、甘くてもどかしい匂いが脳を麻痺させる。


「……ご、ごめん、樹くん。大丈夫?」

あかりは、僕の顔に自分の胸を押し当てていることに全く気づかないまま、

キョトンとした顔で(もちろんピントは合っていない目で)僕を見下ろしている。


「……お、まえ……」

「うん?」

「……前、見ろよ!」


僕が彼女の肩を掴んで無理やり引きはがすと、あかりは「?」と首を傾げながらも、僕の手をさらに強く握りしめた。


「ねえ、樹くん」

クレープ屋に向かう雑踏の中、あかりが(やっぱり見えてない目で)僕の顔を一生懸懸命に見ようと顔を過剰に近づけてきて尋ねてきた。


「そのノート……楽しい?」


「え……」

僕は答えに詰まる。 楽しい、わけがない。

でも、カーストの頂点の赤木が皆に笑われて苦しんでいた瞬間は、確かに……。


僕が答えを探していると、目の前の電柱の影から、ひょっこりとカボチャ頭のジャックが顔を出した。


「やあやあ、二人とも! 楽しんでるみたいだね!」


「「ジャック!?」」 僕とあかりの声がハモる。


「うんうん、いい感じに『イタズらパワー』が溜まってきたよ」

ジャックは意地悪く笑うと、僕たちの間に、もう一冊のノートをひらひらと見せつけた。 それは、白のノートだった。


「ねぇ。このゲーム、まさか二人だけで楽しもうと思ってないかい?」

ジャックは悪戯っぽく笑った。


「――まさか、もう一人……?」

「さあ、どうだろうね? ただ一つ言えるのは」


ジャックは僕らを指差し、最悪の笑顔でこう言った。


「『トリート』が多い方が、いつだってイタズラを楽しくするんだよ」


(いったん完結)


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【作者より】

もし、この作品を面白いと感じ、続きを読んでみたいと思っていただけたなら、

ぜひ応援や感想のコメントをいただけると嬉しいです!

読者の皆様からの熱い反応次第で、続きの連載を真剣に検討させていただきます。


【この後のプロット】

白い『トリート』のノートを持つヒロインを何名か登場します。

彼女たちに見つからないようにイタズラをします。仮に見つかってしまうと

陰キャにとっては、超恥ずかしいお仕置きがまっています。

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