再び
ゆた
第1話
小説を書くことが好きな私、平和子はある日、図書館で友人の子供と出会った。
私はいつものように、図書館の自由席に座った。隣には、女子高生が座って勉強をしている。今日は、水曜日だが、授業はないのだろうか。テスト中で、登校時間が不規則なのかもしれない。
今は朝の十時半だ。その子が、顔を上げて、時計を見る。その横顔を見て、どきっとする。かつての友人によく顔が似ている。
かつての友人、岩本真緒とは、小学校の頃の同級生だ。彼女とは、高校のはじめまで付き合いがあったが、大喧嘩したせいで、連絡先を消してしまい、もう、会っていなかった。
『もう、真緒とは会いたくない。いなくなってほしい。もう二度と私の前に現れないで』
私は、あの日、とても気が立っていて、とにかく他人に八つ当たりをせずにはいられなかった。謝らなくてはいけない。彼女を傷つけたことを謝って、私の言ったことを取り消したい。そんな風に、会わなくなってから思ったけれど、時間が経った今は、あのときのことをもう謝れる感じではなくなってしまった。それでもときどきあのときのことを思い出して、あんなことを言った自分に自分で傷つく。
『あのときはごめん。自分に余裕がなくて、真緒のせいにした。本当はもっと強く立ってなくちゃならなかったのに、君を否定して、私のことをわかってもらいたかった。寄り添ってもらいたかった。
君しかいなかったんだ。話せる人が。だから、甘えてしまった。結果的に最低なことを言ったくせに、私は、なんで生きているんだろう』
そんな手紙を書きかけて、やめた。
久しぶりに、スマホの写真フォルダをスクロールして、フォルダの前の方にある写真を辿る。
本を読んでいる私を写した写真がある。
『和子、今日は何読んでるの?』
そんな友人の声が聞こえてくる気がする。
人との関係など、少し気を大きくしただけで終わってしまう。それを、私は過去の経験から学んだような気がする。誰かと付き合うことを私はいつからか諦めてしまった。面倒くさいから、傷つくのが怖いから、踏み込んでいかない。近くにいる人を、わかってあげようとしない。遠ざかって、少し距離をおいたところで、会話をし、ただ毎日を過ごしていく。
『そんな生き方でいいの?』
妹から、言われたことがある。本当は、特に仲のいい人を見つけたいし、そうなれば自分自身を肯定することにも繋がるだろう。だけど、私はいつからか、一人でいる方が楽なのだと、誰かと特別仲良くなることを避けている。
あのとき、私が真緒を傷つけた時点で、私の友達という存在は消え失せてしまったのだろうか。
隣のその子は、何度見ても、かつての友人を彷彿とさせる。ふっと、その子の鞄につけたキーホルダーに目が止まる。小さな写真だ。親子で写っている。私は思わず声が出そうになる。年をとったものの、かつての面影がその写真の女性にあった。
私は、古い友人の子供が隣に座っていて驚いたが、小説を書くことに夢中になっているうちに、彼女のことは考えなくなった。
小説を書くことで、自分が生きている実感を残しているような気がする。私はコミュニケーションが不得意だと感じる。そんな私が見つけた自己表現手段が、小説を書くことだ。
誰かに認めてもらえないと価値がない。誰かが喜んでくれるものを書けなければ才能がない。何十万部も、売れている小説だって世の中にはあるし、映画化されたり、特別賞をもらったり、そういう作家だっている中で、私の小説は埋もれている。ただ、どうしても、自分は頑張っているつもりでいて、他人はやすやすと評価を得ているような気がして、こんな現実、とひがんでしまう。
「あの、落としましたよ」
私は、隣からの声で、パソコンのタイピングをやめる。ふと、横を見ると、彼女が、私にペンを差し出している。どうやら、集中しているうちに落としたらしい。
「ありがとう」
私は、少し逡巡して、その子に、岩本真緒、という友人が母親かどうかそれとなく聞いてみる。彼女はびっくりしていたが、やがてそうだ、と言う。やっぱり、と私は思う。
「母を知っているんですか?」
「小学校の頃に同級生だったの。もう、連絡を取り合っていないんだけれど、あなたがあんまりにも、真緒に似ていたから、久しぶりにあの子のことを思い出した。その制服、そこの高校よね。今は、テスト期間中?」
「あ、えっと、テスト中ではないですけど・・・」
再び ゆた @abbjd
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