エピローグ3

 闘志を滾らせるディライトに向けて、ニーズが低く声を掛けた。


「それはそうと、【変幻自在の雫カメレオン・ポーション】はどうした」

「ちゃんと守ったよ。はい、これね」


 ギルド長直々の依頼であり、スティレオ襲撃の原因ともなった魔匠連番【変幻自在の雫】を、ディライトは懐から取り出してニーズへと差し出した。

 ニーズは小瓶を受け取ると、光にかざして中身を確かめる。

 透明な液体は、すでに半分ほどしか残っていない。


「……貴様、使ったな」

 

 確信を帯びた声音が部屋に落ちる。


「なんのことか分からないなぁ。元からそれくらいしか入ってなかったけど?」


 ディライトは肩をすくめ、とぼけた調子で返した。

 だがニーズは、事前にギルド長から「小瓶には並々と液が満ちていた」と報告を受けている。

 今、手中にあるそれを見れば、明らかに並々どころではない。

 堂々と白を切るディライトに、ニーズは鋭い視線を突きつける。

 そのまま口を開き、町中で生じていた不可解な矛盾を指摘した。


「町の被害に比べ、負傷者がほとんど見当たらん。……誰かが大規模な回復を施したのは明らかだ。だが、支部の備蓄だけでは到底まかなえない。これほど広範囲となれば、組織ぐるみでもなければ不可能だ」

「つまり?」

 

 ディライトが気のない声で促す。


「――よって結論は1つ。町民たちを癒やすため、貴様が【変幻自在の雫】を使ったのだ。その効果については、長からすでに聞いている」

「えー? そんなことしてないよ」

 

 ディライトは両手を広げ、わざとらしく首をかしげてみせた。

 ――ばれている。

 これ以上ない論破を突きつけられても、彼は薄ら笑いを浮かべ、しらを切り通す。

 その強情な態度に、ニーズは深く溜息をついた。

 そして無言のまま、ディライトへ掌を差し出した。


「今回は目を瞑ってやる。【回復の小瓶】を作ったのであれば、ちょうど配り終えたわけではあるまい。残りを寄越せ」

「チッ……言っとくけど、爺も使ってたからな」

「長はいいのだ」

「何でだよ」


 舌打ちを残し、ついにディライトは観念した。

 池に【変幻自在の雫】を垂らした結果、回復作用を帯びた水は莫大な量に及んでいる。ニーズの指摘どおり、その余りを瓶に詰めて保存してあった。

 ディライトは腰に提げた【道具袋ポーチ】へ手を伸ばし、そこから小瓶というには大きすぎるガラス瓶を五本取り出す。

 ドン、と音を立てながら床へ並べられたそれらは、どれも液体で並々と満たされていた。


「……これほど所有していたのか」

「売ろうと思って」


 ディライトは肩をすくめ、わざと軽い口調で返す。

 

「四肢の損傷すら治せる一級品だ。扱いには気をつけなよ」


 瓶を抱えて運び出すニーズの部下2人に向け、ディライトは再生した左手をプラプラと振ってみせる。挑発とも、からかいともつかぬ仕草だった。

 ニーズはそれに反応を返すこともなく、用は済んだとばかりに扉へと歩を進める。

 重い扉を押し開け、出ていこうとしたその時――ふと視線を振り返り、ディライトを射抜いた。


「鉱山街――ロックダウンで新たな魔匠連番の目撃情報があった。貴様にはそこへ出向いてもらう」

「へいへい」


 一方的な命令を出したニーズは、そのまま別れの挨拶も告げずに、扉を開け行ってしまった。

 終始、その冷徹な態度にリンリンは感想を口にした。


「冷淡な奴ネ」

「……」

「ギルド随一のランク崇拝者だから。頭は硬いよね」


 細めた瞳をリンリンは扉へと向け、サミアも同調するように何度も頷く。

 2人のあからさまな反応に、ディライトは苦笑した。


「ま、ちょうどいいかもね」

「ロックダウンとはまた遠いアルな」

「何がちょうどいいの?」

「それはだね、サミア君――」


 もったいぶるようにディライトが口を開くと、【道具袋】から1本の巨大な剣を取り出した。

 ディライトが持ってきた魔剣は、形こそ無事だが、よく見れば多少なりとも罅が入っていた。

 真っ黒で無骨な魔剣を片手で握ったディライトが、サミアへと掲げて見せた。


「これを君用にカスタマイズしたいからだよ」

「そのクソデカ魔剣は、あいつが持ってたものアルか」


 リンリンが指摘した通り、異形化したスティレオが扱っていた7本の魔剣のうちの一本であった。天井に届きそうなほどの大きさが威圧感を放っている。

 ディライトが放った魔術の極地『衝咆インパクト・ロア』を7本の魔剣でスティレオは防いだ。だが、代償にどの魔剣も刃が粉々に砕け散っていた。

 ディライトが持ってきた魔剣も、形こそ無事だが、よく見れば多少なりとも罅が入っている。

 

「そ。罅は入ってるけど、素材としてはかなり優秀だよ。作り直せばまだ使える」

「だから、ロックダウンっていうところに行くの?」

「鍛冶を営んでる知り合いがいるからね。サミアには重すぎるかな?」


 サミアでは持てないだろう、ニヤニヤとディライトは笑みを浮かべた。

 ディライトが余裕そうに持っているのは、魔力で膂力を強化しているからだ。

 サミアの場合、獣人族という元々の身体能力が高いが、魔力強化の術を知らない。獣人族といえど、齢十三の少女がそう簡単に、こんな巨大な質量のものを持てるとはディライトは思わなかった。

 ディライトの挑発にのったサミアが、気怠そうな眼のままに、ディライトから魔剣を奪い取った瞬間、巨大な魔剣はその重心を崩した。

 轟音とともに、床へと沈んだ魔剣。それでもサミアは、どうにか取手を両手で握り柄の方を持ち上げていた。


「よゆー……!」

「あははっ、ぎりぎりじゃん」


 ぷるぷると両腕を震わせながら、持ち上げるサミアの姿勢にディライトは笑い声をあげた。

 端から見れば大人が子供を虐めている状況に、リンリンは冷めた視線を向ける。

 そんな最中、ディライトの胸に掛かっていた銃型のネックレスが独りでに動き出した。


『――なんだァッ!? 敵襲か!? オレサマが撃ち抜いてやるぜェ!』

「おはよう、グレッグ。今一人の少女が限界を越えようとしているところだよ」

「どう考えても虐めアル」

『あァン?』


 巨大な魔剣が床に倒れたことで生じた大きな音に、グレッグは飛び起きたようだ。

 眠気眼をペンダントトップから顕し、サミアの健気な様子に反して大笑いしているディライトの状況に、グレッグは一言呟いた。


『SMプレイかァ……?』


 今度は、一気に冷めたディライトの表情と、大笑いをその場にリンリンが響かせる。

 すぐにサミアから魔剣を奪い、【道具袋】へとしまい込んだディライトだったが、数時間もサミアが口を利かなくなったのは、当然のことであった。




 ――2日後。

 町の郊外にある丘の上には、粗末ながらも整えられた共同墓地が広がっていた。焼け焦げた木の十字や石板に、戦火に散った者たちの名が刻まれている。

 ディライトは立ち、サミアは墓前に跪く。彼らの視線の先には、廃教会で散った老人やケイン・ニールデンの名も刻まれていた。

 風が丘を渡り、乾いた土の匂いを運ぶ。サミアは唇を引き結び、祈りを捧げた。世話になった人々の魂が、少しでも安らげるように。

 ディライトは静かに目を閉じる。彼にとって祈りは習慣ではなかったが、それでも胸の奥に燃える痛みを言葉に変える術を持たないまま、ただ立ち尽くした。

 そんな中、サミアが口を開く。


「ディライトは何で冒険者になったの?」

「ディでいいよ。そうだな……ちょっと長くなるけど」

「短くがいい」

「未知、金、経験以上!」

「……短すぎる」


 サミアにとってそれは、ディライトを少しでも知るための何気ない問いかけに過ぎなかった。

 決して深い興味があったわけではない。

 だからこそ、返ってきた答えがあまりに簡潔すぎて、彼女は思わず眉根を寄せた。

 小さく漏れた不満の声に応じたのは、ディライトの首元――ネックレスの姿をとったグレッグだった。


『成り行きよ、成り行きィ。未知の存在に首っ丈だったガキが、気づけばそのまま虜になったってだけの話よォ』

「グレッグの話はよく分からない」

『なッ、何だとォ!? オレサマが直々に語ってやってんだぞ、ありがたく聞きやがれェ!』


 更に分からなくなったと混乱するサミアに、ディライトがくつくつと笑った。


「簡単な話だよ。サミアは飯が好きだろ?」

「うん」

「俺は未知が好き。その違いだよ」

「それだけ?」

「それだけ」


 サミアはふーんと相槌を打ちながら、尻尾を揺らした。

 その時、背後から軽やかな足音が近づく。振り返ると、リンリンが手を振りながら歩いてきた。


「二人とも、そろそろ行かないと列車が出ちゃうアル」

 

 リンリンはそう言って、わざとらしく大げさに両手を腰に当てた。

 サミアは少しだけ口元を緩め、頷く。ディライトも静かに墓へ一礼してから歩を進めた。


「リンリンは……これからどうする?」

 

 丘を下りる途中で、ディライトが尋ねる。

 リンリンは一瞬だけ空を見上げ、肩をすくめた。

 

「店壊れたし、この町にしがみついても仕方ないネ。もう少し落ち着いたら、私も出てくヨ。……でも、今は残ってる人たちのために働くアル」


 その声はいつもの調子に聞こえるが、瞳の奥にある寂しさを、二人は見抜いていた。

 やがて駅舎の煙突が見えてくる。汽笛が遠くで鳴り、魔石の残光である青い煙が空へと昇っていた。

 サミアがディライトの隣に並び、歩調を合わせる。

 

「行き先は決まってる。散らばった魔匠連番シリーズを集める。――それが、この旅の目的だ」

「余裕」


 サミアは短く笑った。

 そうして辿り着いた構内では、魔導列車がすでに発進の準備を整えていた。繰り返される汽笛が、町に留まれる時間の終わりを告げている。

 

「急ぐアル!」


 リンリンの声に背を押され、ディライトとサミアは駆け出した。

 どうにか乗り込んだ直後、扉は閉まり、列車は動き出す。

 窓の外で、リンリンがいつまでも手を振り続けていた。

 やがて街並みは遠ざかり、丘の墓地も霞に溶けて小さな影となる。


 残された祈りと、失われた命。その重さを抱きながらも、二人は静かに前を向いた。

 胸の奥に残る痛みの向こうに、まだ見ぬ景色が広がっている。

 ――託された未来を手にするため、彼らの新たな旅は希望とともに始まっていく。









【後書き】

第1章、完結――。

ということで、ここまで読了していただきありがとうございました。

第2章に関しては、鋭意制作中です。大まかな流れは構成していますが、細部がまだ詰めきれておりません。

ですので、次話投稿は12月半ばになるかと思われます。

ディライトとサミアの冒険はまだまだ始まったばかり。期間が空いてしまいますが、次章もお読みしていただければ幸いです。

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異世にも奇妙な魔道具具 みなとあき @minatoaki_brilla

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