魔王様は、今日も遊園地で無双する

魔王の囁き 

第1話

 闇の玉座に、長い眠りから目覚める影があった。

 ――魔王アドラメレク。かつて世界を支配し、勇者に封印された存在である。


「……む。ここは……どこだ。」


 だが目を開けた先は、かつての魔界ではなかった。

 周囲には光り輝く塔、奇妙な衣装の人間たち、そして――甘い香り。


「ふむ……焦げた穀物に糖分と油脂。……“ポップ・コーン”か。」


 魔王は鼻先に魔力を込め、匂いの粒子を解析する。

 人間の嗜好は二千年経っても変わらぬらしい、とひとり頷いた。


 そこへ声が飛んだ。


「おーい、モアちゃん! 集合時間だよ!」


 派手な服を着た青年が、まるで旧知の仲のように肩を叩く。


「……誰だ貴様。」


「え? 何言ってんの、今日のステージ出番だろ? ほら、早く着ぐるみ着て!」


 指さす先には、巨大なマスコットスーツ――

 それは角と牙を持つ悪魔の姿。

 どう見ても、魔王アドラメレクに瓜二つだった。


「……我を模した偶像を崇めておるのか。」


「いやいや、人気マスコット“モアちゃん”だってば!」


 ――こうして魔王は、遊園地のマスコットとして働く羽目になった。



 ステージ後、スタッフルーム。

 魔王は自らの懐を探り、古びた金貨を取り出した。


「これで宿を――」


「すみません、それ……おもちゃですか?」


 窓口のスタッフは笑顔で答える。

 どうやら二千年の間に貨幣が変わり、彼の財産は紙くず同然となっていた。


「な、何……? この“円”とやらが今の通貨だと!?」


「はい。現代ではキャッシュレス決済が主流です。」


「キャッシュ……レス? つまり“金が要らぬ”世界なのか!? 魔界より恐ろしいではないか!」


 絶望する魔王。しかしそこへ、ステージ部門のマネージャーが現れた。


「君、演技うまいね! モアちゃんの中身、今日から本採用!」


「……演技ではないのだが。」


 こうして魔王は、一文無しのまま遊園地の“正式スタッフ”として雇われることになった。


 数日後。特設ステージでのショーイベント。

 アドラメレクは観客の歓声を前に、両手を掲げた。


「……民よ、退屈を払う時間だ。」


 指を鳴らすと、空気が揺れた。

 空に浮かぶ無数の光球――魔力の結晶――が、ふわりと舞い上がる。

 それらは形を変え、ハートや星となって観客の上空で弾けた。


 子どもたちが歓声を上げる。


「すごーい! どうやってるの!?」

「LEDドローンの演出かな!」

「最近の演出技術ってやばいね!」


 ――誰も、魔法だとは思わない。

 スタッフたちは勝手に「新型照明装置の実験成功」と勘違いし、

 アドラメレクはそのまま遊園地の看板スターとなっていった。


 魔王は思う。


(人間ども……恐怖よりも“驚き”に歓喜するとは。

 愚かで、しかし……悪くない。)


 ある日、全国の遊園地マスコットが集う《ゆるキャラグランプリ》への出場が決まった。

 他の参加者は、丸っこい猫や果物の妖精など――みな愛嬌満点である。

 その中に、漆黒のマントを翻す“モアちゃん”が立つ。


「この戦場……勝利するのは、我だ。」


 司会者の合図で音楽が流れ出す。

 アドラメレクは一歩前へ進み、観客に向かって掌を広げた。


「――光よ。」


 魔力が走り、ステージ上の風船が一斉に宙に舞う。

 その動きはあまりに滑らかで、まるで事前にプログラムされたよう。


「おおっ! あの演出どうなってるの!?」

「隠し送風機? いや、ワイヤーか!?」


 観客も審査員も、すべてを“演出技術”と信じて疑わない。


 結果、モアちゃんは堂々の優勝。

 “恐怖の魔王”は、“可愛いゆるキャラ”として全国の人気者になった。


 数週間後。

 遊園地のゲートには新しい看板が立っていた。


『ようこそ、笑顔の魔王モアちゃんパークへ!』


 風船を配るスタッフたちを眺め、魔王は静かに笑う。


「……民が笑い、世界が平和。

 我が支配とは、こういう形でも良いのかもしれぬな。」


 子どもたちが駆け寄ってくる。


「モアちゃーん! また魔法見せてー!」


「ふむ、魔法とは呼ばぬ。“演出”である。」


 そう言いながら、魔王は手をかざした。

 ハート形の光が空を舞い、子どもたちの歓声が響く。


 ――かつて世界を滅ぼしかけた魔王は、

 いまや“笑顔の王”としてこの世界を照らしていた。


「我が名はアドラメレク。かつての魔王、いまは――遊園地の王である。」


 観覧車の頂から光が降り注ぎ、鐘が鳴る。

 その笑みは、恐怖よりもずっと温かかった。

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魔王様は、今日も遊園地で無双する 魔王の囁き  @maounosasayaki

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