魔女集会で会いましょう
@vgpr1
第1話
漆黒の夜の帳が降りる頃、人里離れた森の奥深く、古びた石碑がひっそりと佇む。その石碑に刻まれた奇妙な紋様が、月の光を受けて淡く輝き出すと、森の空気は一変する。微かに響く囁き声、土から立ち上る甘くも芳しい香り。それは、年に一度、十三の月が満ちる夜にだけ開かれるという、秘められた集会への招待状だった。
「魔女集会で会いましょう」
その言葉は、口伝で、あるいは夢枕で、あるいは風に乗って、選ばれし者たちの耳に届く。彼女たちは皆、社会の片隅でひっそりと生きる、あるいは表舞台で華々しく活躍しながらも、その裏に隠された「もう一つの顔」を持つ者たち。魔女、あるいは魔女の血を引く者、あるいは魔術に魅入られし者たちだ。
今宵、その集会に初めて足を踏み入れる一人の少女がいた。名はリリア。まだ十代のあどけなさを残しながらも、その瞳にはどこか影が宿り、深い森の色を映し出していた。彼女は、ごく普通の家庭に生まれ育ったはずだった。しかし、物心ついた頃から、動物たちの声が聞こえ、植物の心が読めるという不思議な能力を持っていた。それは、世間では「第六感」や「動物好き」で片付けられる程度のものだったが、ある日、祖母の遺品の中から見つかった古ぼけた手帳に、リリアの運命を決定づける一文が記されていたのだ。
「十三の月が満ちる夜、森の奥深く、魔女集会で会いましょう」
手帳の最後のページに記されたその言葉と、石碑の紋様のスケッチ。リリアは吸い寄せられるように森へと向かい、今、まさにその石碑の前に立っていた。石碑から放たれる微かな光に導かれるように、彼女の足元に魔法陣が浮かび上がる。躊躇いながらも一歩足を踏み入れると、視界は一瞬にして歪み、次の瞬間、彼女は全く異なる場所に立っていた。
そこは、森の奥深くにあるとは思えないほど広々とした空間だった。巨大な樫の木の根元に設けられた広場には、大小さまざまな炎が揺らめき、その周りを、様々な姿かたちをした女たちが囲んでいた。老いたる者、若き者、妖艶な者、無邪気な者。猫の耳を持つ者、梟の翼を背負う者、全身を美しい鱗で覆う者。彼女たちは皆、それぞれの衣装を身につけ、楽しげに談笑したり、怪しげな薬草を混ぜ合わせたり、不可思議な儀式を行っていた。リリアは息を呑んだ。まさに、おとぎ話でしか聞いたことのない「魔女」たちの集会が、目の前で繰り広げられていたのだ。
その中でひときわ目を引くのが、広場の中心に立つ一人の女性だった。銀色の髪は月の光を浴びて輝き、深い緑色の瞳は全てを見透かすかのように鋭い。彼女が身につけているのは、星屑を散りばめたような黒いローブ。彼女こそが、この集会の主催者であり、最も古き魔女の一人、ルナリスだった。
ルナリスはリリアの存在に気づくと、ゆっくりと彼女の方へと歩み寄った。
「ようこそ、新しい子よ。よく来たわね、リリア」
その声は優しく、しかし同時にどこか厳かな響きを持っていた。リリアは緊張しながらも、深々と頭を下げた。
「あの、私は…」
「知っているわ。あなたの祖母も、かつてはここに集う一人だった。彼女はあなたに、その血と能力を託したのよ」
ルナリスの言葉に、リリアは驚きを隠せない。祖母も魔女だったのか。そして、自分もまた、その血を受け継いでいるというのか。
「不安に思うことはないわ。ここでは誰もが、あなたの『本質』を受け入れる。ここは、あなたの居場所よ」
ルナリスはそう言って微笑むと、リリアの肩にそっと手を置いた。その瞬間、リリアの心に渦巻いていた不安や孤独が、温かい光に包まれるように溶けていくのを感じた。
集会は深夜まで続いた。魔女たちは、それぞれの得意な魔術を披露し合った。空を自在に飛ぶ者、炎を操る者、未来を予見する者。リリアは目を輝かせながら、その光景を眺めていた。中でも印象的だったのは、若く見えるが長い歴史を持つ魔女、エメラが披露した「記憶の再生」の魔術だった。彼女が手のひらをかざすと、広場の中心に、参加者たちの最も大切な記憶が幻影として浮かび上がった。それは、幼い頃の優しい親の笑顔であったり、初めて成功した魔法の喜びであったり、失われた恋人との再会であったり。誰もがその幻影に魅入られ、温かい涙を流していた。
リリアは、自分の能力が他の魔女たちに比べて未熟であることを痛感した。しかし、同時に、彼女たちの知識や経験に触れることで、自分の能力を開花させたいという強い願望が芽生えた。ルナリスは、そんなリリアの心の変化を見抜いていたかのように、集会の終わりに語り始めた。
「魔女とは何か。それは、自然と共にあ
り、この世界の理を深く理解し、その力を借りて事象を操る者たち。そして何よりも、自らの魂に正直に生きる者たちのこと。私たちは、時に人々に恐れられ、迫害されてきた。しかし、だからこそ、私たちは互いを支え合い、この知恵と力を守り続けてきた。あなたも、この環の一部となるのよ」
その言葉に、リリアの胸に熱いものが込み上げてきた。彼女はもう一人ではない。この広場に集う全ての魔女たちが、彼女の仲間であり、家族なのだ。
夜が明け、東の空が白み始める頃、集会は終わりを告げた。魔女たちは、また来年の十三の月が満ちる夜に再会することを誓い、それぞれの場所へと戻っていった。ルナリスは、リリアに小さな水晶のペンダントを授けた。
「これは、道に迷った時にあなたを導く光。そして、あなたが真に魔女としての力を覚醒させた時、新たな力を授けるものよ」
リリアはペンダントを胸に抱きしめ、深く感謝した。彼女が再び石碑の前に立つと、魔法陣は薄れ、いつもの森の風景が広がっていた。しかし、リリアの心は、もう「いつもの」彼女ではなかった。
家に戻ったリリアは、自分の部屋で水晶のペンダントをそっと握りしめた。祖母の手帳を再び開くと、そこには「魔女集会で会いましょう」の文字が、以前よりもずっと輝いて見えた。彼女はもう、自分の能力に悩むことはなかった。むしろ、その力を探求し、磨き上げたいと強く願うようになった。
日々、リリアは森へと足を運び、植物と語り、動物たちの言葉に耳を傾けた。祖母の手帳に記された薬草の調合を試み、簡単な呪文を唱え、自然のエネルギーを感じ取る練習を続けた。学校では相変わらず目立たない存在だったが、その心の中では、確かな変化が起きていた。以前よりも生き生きと、自信に満ちた表情をするようになった彼女に、友人たちは首を傾げたが、リリアはただ微笑むだけだった。
季節が巡り、再び十三の月が満ちる夜が近づいてきた。その頃には、リリアは以前よりもずっと成長していた。動物たちとの会話はより深く、植物の癒しの力を使う術も身につけていた。水晶のペンダントは、彼女の魔力の成長に合わせて、微かに鼓動を打つようになっていた。
そして、運命の夜が来た。リリアは迷うことなく森の奥深くへと進み、石碑の前に立った。魔法陣が輝き、彼女は再びあの広場へと足を踏み入れた。
「リリア、よく来たわね」
ルナリスが温かい笑顔で迎えてくれた。広場には、去年の集会で出会った魔女たちの顔ぶれが揃っていた。エメラが、彼女の成長を喜ぶように優しく微笑みかけてくれる。
今宵の集会は、去年のものとは少し違っていた。新しい魔女たちが数人加わり、古き魔女たちは、これまでの経験で得た知識や、新しい魔法の発見について語り合っていた。リリアは、恐る恐る自分の身につけた魔法を披露した。傷ついた小鳥を癒す術、枯れた花に生命の息吹を吹き込む術。それは、まだ小さな力だったが、彼女の純粋な心と、自然への深い愛情が込められていた。
「素晴らしいわ、リリア」
ルナリスは拍手を送り、他の魔女たちも温かい眼差しで彼女を見守っていた。
「あなたの魔法は、この世界の優しさと繋がっている。その心を忘れずに、これからも研鑽を積み重ねなさい」
その言葉に、リリアは胸がいっぱいになった。彼女は、この集会で、自分が何者であるかを知り、自分の居場所を見つけたのだ。
集会の終わりに、ルナリスはリリアに近づき、そっと耳元で囁いた。
「魔女の道は、時に困難を伴うでしょう。しかし、決して一人ではないことを忘れないで。困った時には、いつでも私たちがいる。そして、あなたの胸のペンダントが、あなたを導くでしょう」
リリアはペンダントを握りしめた。それはもう、ただの水晶ではない。彼女の魂と、魔女たちの絆の証だった。
夜空には、十三の月が煌々と輝いていた。その光の下で、魔女たちはそれぞれの想いを胸に、また来年の再会を誓い、別れを告げる。リリアは、石碑の前で振り返り、広場の炎が消えゆくのをじっと見つめていた。その瞳には、かつての影はなく、未来への希望と、仲間たちとの絆の光が宿っていた。
「また来年、魔女集会で会いましょう」
彼女は心の中で呟き、確かな足取りで家路についた。彼女の冒険は、まだ始まったばかりだ。そして、彼女がこの世界にどんな魔法をもたらすのか、それはまだ誰も知らない。ただ一つ確かなのは、彼女がもう、孤独な存在ではないということだった。
#あんこの魔女集会で会いましょう
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