第2話
不思議な影だった。僕が遠目に捉えたその姿は、大雨の中でもハッキリと輪郭を保ち、晴天の中を歩くように淀み無く此方に向かってくるみたいだった
『良いかデミ、得体の知れん者に無闇に姿を晒すのは愚かだ…水路の奥へ向かえ、貴様の目なら暗闇でも問題なかろう』
「う、うん…そうだね王様…分かったよ」
僕は王様に言われた通り、身を屈めながら入り口から奥の方に歩きだす。でも初めて見た…いや、遠い記憶の中以外では見たことなかった"他人の姿"に胸がざわついて、喉が勝手にゴロゴロと乾いた音を立てていた
『振り返るなデミ、他人が友好的である保証など無い』
「でも…王様…僕」
『振り返るな、相手に害意があった場合貴様に何ができる?不要なリスクだ』
王様の言う通りだと思った、頭ではそう思ってるのに、首はなかなか水路の奥を向いてくれなくて
進もうとする足は石床を踏みしめて、体中に力が入ってた。ああ僕は、気持ちはどうしても―。
視線の先のあの誰かと話がしてみたいんだ
『……おい、余は危険だと言っておる』
『デミ』
「ごめん…王様」
体の向きを返して入り口に正対する。大丈夫…
距離は取ってる、危なそうだったら水路の奥まで走って逃げる、外の光が届かない所まで走ったら、後は居なくなるまでジッとしてれば良い
大丈夫…僕はちゃんと考えれてる、だから話を―
『…貴様は毛を逆立てたまま対話するつもりか?』
指摘されるまでまるで気が付かなかった、自分が狩りの前みたいに身構えて、臆病な気持ちのまま体を大きく見せようとしてた事に
「あ、えっと…落ちつ、落ち着く…」
『息を深く吸え、吐きながら心臓を緩やかに整えろ、…うるさくてかなわん』
「…スーーーッ…ハーーーー…スゥゥ、ハァー…フッ……やっぱり、怖いね、王様」
『誰の足が動かぬせいだ、余は溜息しか出ぬぞ』
内側から分かりやすい落胆の息が漏れる、それでも王様はちゃんと僕に正しい事を教えてくれる
横柄な調子で体の芯から響く声は、僕の震える足より確実に、この体を支えてくれてる気がした
「ごめんなさい…でも僕、どうしても―」
『すぐ謝る癖を直さんか、つけ込まれるぞ…情報の無いまま身を隠すのも賢明だが最善では無い、余の臨機応変な判断を称えるが良い』
『それより…見えてきたな、さほど身軽そうに見えんのは、これ幸いと言ったところか』
水路遺跡の入り口に向かって歩いてくる影
大雨の中にあっても、その姿はハッキリ見えるくらいに近づいて来ていて
王様が言うような"幸い"な相手かどうかは僕には分からなかった。―石の様な―違う、人の形はしていたけど石そのものが動いてるように見えた。
石の皮膚に触れた雨粒が滑るように流れ落ちて、所々表面にはヒビや欠けた穴が見える、そこから入った雨がまた別の隙間から流れ出ていた。
加工した石を繋ぎ合わせた様な均一的な手足で、一定のペースを保ちながら悠々と此方に歩いてくる。僕の視線は特に、目や口の見当たらない無機質な顔、炎の様な青白い光が中央に浮かぶだけの、その一点に惹き付けられていた。
その歩みが入り口の少し手前で止まって
青白い光と僕の目が合って、見つめられてる気がした
《――やぁ、雨だからね…仕方ないね》
少しの間があって、覗き込む様に体を曲げて此方を伺う相手から…穏やかであまり抑揚のない
でも僕にとっては新鮮な響きをくれる声がした
《―先客さん、もし迷惑ならさ、他所を探すけど…構わないならご一緒してもいいかな?》
「ぼ、僕は…デミ、です…お名前!あなたのお名前を…教えてください」
外の雨音よりも、自分の呼吸のほうが大きく響いていた。相手の声は届いてるのに、耳が言葉を受け取り慣れてなくて、おっかなびっくり頭の中に届けたんだと思う
気づいたら両手を前に差し出しながら、自己紹介をお願いしてた
《――なるほど、それが順序かもね、オレはニンギョウって呼ばれてるんだ、初めましてデミ》
――
2話目から早速短いのは著者の力量不足です💦
加筆修正予定です…
僕と余は黒猫同命〜デミヒューマン放浪記〜(仮題) 百々目の印 @100mark
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