第10話 はじめてのデート、映画館で手を探す
休日の朝。
アラームが鳴る前に目が覚めた。
スマホの画面には「今日10時、駅前集合」の文字。
送ったのは俺、返信してきたのは真咲。
“了解♡” のハートマークが、いまだにじわじわ効いている。
──初デート。
頭ではわかってたけど、実感が追いつかない。
“付き合う”って言葉は昨日までの延長みたいで、
でも、“デート”ってなると、一気に現実っぽくなる。
「服どうしよう……」
鏡の前で悩む時間が、いつもより倍かかった。
何を着ても落ち着かない。
最終的に選んだのは、シンプルなシャツと黒のジャケット。
母さんに見られたら何を言われるかわからないので、静かに家を出た。
*
駅前は人でにぎわっていた。
噴水の前、待ち合わせスポットにはすでに真咲がいた。
薄いベージュのワンピースに、デニムジャケット。
髪は軽く巻いていて、いつもより少し大人っぽい。
見た瞬間、息が詰まった。
「……かわいい」
思わず声に出てしまった。
真咲がびっくりして、少しだけ頬を赤らめる。
「いきなりそれ言う?」
「いや、口が勝手に」
「減点」
「また採点制か」
「でも……ありがと。ゆうとも、かっこいいよ」
今度は俺が照れた番だった。
「じゃ、行こっか」
「うん」
並んで歩き出す。
通りのショーウィンドウに、二人の姿が映る。
“カップル”ってこういうことなんだな、と思った。
*
映画館のロビーはポップコーンの匂いで満ちていた。
チケットを渡して、暗い廊下を進む。
座席は後ろのほう、隣同士。
「ねえ」
「ん」
「こうやって並んで座るの、ちょっと緊張するね」
「そう?」
「うん。ドキドキする」
「俺も」
映画が始まるまでの数分間、スクリーンの光だけが揺れていた。
音が静かで、息の音が聞こえるくらい近い。
真咲が小さく動くたび、俺の心臓が反応する。
──手、つなぎたい。
でも、どうすれば自然だろう。
画面の中では恋人たちが寄り添っていて、
俺たちは、ただ静かに見つめている。
真咲がポップコーンを取るとき、指先が少し触れた。
ほんの一瞬だったのに、時間が止まったみたいだった。
真咲が小声で言う。
「……ゆうと」
「ん」
「手、出して」
「え?」
真咲は少し顔を伏せて、こっそり笑った。
「映画、暗いから……バレないよ」
言われたまま、手を差し出す。
次の瞬間、柔らかい指先が触れて、ゆっくり重なった。
手のひらの熱が、静かに広がる。
スクリーンの光が指のあいだからこぼれて、
映画よりも、彼女の温度のほうが鮮明だった。
真咲の肩が少しだけ寄り添ってくる。
息が混ざって、鼓動が重なる。
画面の中のセリフが、遠くの世界みたいに感じた。
*
映画が終わっても、手は離さなかった。
出口に向かう途中、周りのざわめきが遠く感じる。
ロビーの光がまぶしくて、目を細めた。
「おもしろかったね」
「うん。……途中、全然内容入ってこなかったけど」
「わたしも」
二人して笑う。
その笑いが、なんか、もう特別だった。
「お昼どうする?」
「映画館の下にカフェあるよ」
「行こっか」
注文を待つ間、真咲がストローをくるくる回していた。
その指先を見て、なんとなく聞いてみた。
「緊張してる?」
「うん、ちょっとだけ」
「俺も」
「ふふ、変なの。昨日まで普通だったのにね」
「“恋人”って言葉のせいだろうな」
「ね。でも、悪くない」
真咲がストローを止めて、目を上げる。
少し真面目な声で言った。
「わたしね、昨日“好き”って言えたとき、泣きそうだったんだよ」
「え?」
「やっと言えたって思って。ずっと言いたかったのに、怖かったから」
真咲は照れくさそうに笑った。
俺は、静かに頷いた。
「俺も。ずっと言いたかった」
しばらくの沈黙。
カップの中の氷が、カランと鳴る。
真咲が、テーブルの下でそっと俺の手を握った。
「これで、また記念日だね」
「また?」
「“はじめてのデートで手をつないだ日”」
「もう記念日多すぎだろ」
「いいの。増えるたびに、ゆうとを思い出せるから」
そう言って笑った真咲の横顔が、光に透けてきれいだった。
*
夕方。
駅までの道を歩きながら、真咲がふと立ち止まった。
「ねぇゆうと」
「ん?」
「これからも、ちゃんと好きって言ってね」
「もちろん」
「わたしも言うね。いっぱい」
彼女の手が、俺の手をぎゅっと握る。
その力が、やさしいのに強くて、
俺はただ頷くことしかできなかった。
「今日はありがとう」
「こっちこそ」
真咲は少し笑って、前を向いた。
夕陽の中に、長い影が並ぶ。
その影が、まるで一つに重なったように見えた。
君の隣で、春になる あか @kato14
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