動画の中のアイ・ラブ・ユー

星太

天高く月映ゆる夜のこと

「はあ、やるか」


 デスクライトをパチンと点け、参考書を開く。


 今日、高校最後の体育祭が終わった。クラスの皆はもちろん打ち上げだ。さっきからピロンピロンと通知がうるさい。きっと盛り上がって、動画でも共有してるんだろう。俺はパタンとスマホを裏返す。


 ひとりカレーを温めて、食い終わったら弁当箱と食器を洗って、こうして机に向かって。別にガリ勉ってわけじゃない。ただ、行く小遣いが無いだけだ。もっと勉強しなきゃってだけだ。


 母さんが悪い訳じゃない。



 ◆



「運動会、どの種目に出るの?」


 体育祭の一週間前の朝。母さんはバタバタと俺の弁当を詰めながら聞いた。


「体育祭ね。リレーだよ」


 トーストをかじりながら答えると、母さんはわあっと興奮して言う。


「すごい! 花形じゃない! あんた、ちっちゃい頃から足速いもんね!」


 ……足が速かったのは、小学生までだ。背が伸びなかったし、スポーツクラブも辞めなきゃいけなかったし。


「別に、ただの人数合わせだよ。3走だし」


 俺がぽつりと言ったのを、母さんは聞いてるのかいないのか、冷蔵庫に貼ってあるプログラムを見た。


「じゃあ、昼から行けば間に合うね」

「いいよ、平日だし。無理して来なくて」


 母さんは、またバタバタと弁当を詰めながら言う。


「大丈夫! シフト、夜に変えてもらうから」


 そう言って、ドンとテーブルに俺の弁当箱を置いた。


「はい、行ってらっしゃい! 車に気を付けてね」



 ◆



 で結局、母さんは今日、応援に来ていた。朝早く弁当を作り、昼だけ仕事を抜けて学校に来て、夜はまた仕事に出て。思えば、昨夜カレーだったのも、俺の今日の夕飯のためだったんだな。


 また、ピロンと通知が鳴る。


「……うるせえな」


 バンと参考書を閉じ、電源を切ろうとスマホを手に取ると、通知は母さんからのメッセだった。


「ん?」


 通知をタップしてメッセを開く。


『お疲れ様! 頑張ったね✨』


 休憩中に打ったのか、短いメッセージと、30秒ほどの動画がアップされていた。サムネを見るに、俺が走るところをスマホで録っていたらしい。別に要らんけど、と思いつつ再生してみる。


『きたきた!』


 慌てて撮影開始する母さんの声だ。俺が位置に着いたのを見て録り始めたようだ。画面はずっと、俺を遠目に映している。


 やがて第2走者が迫る。バトンが俺の手に渡り、俺は柄にもなく全力で駆け出す――


『きた! 行け! 頑張れーー! 頑張れ、頑張れーー! 行けーー! 頑張れーー! 頑張れーー!』


「……うるさいな」


 思わず、ふっと笑った。バックで流れる音楽もかき消して、母さんの応援だけが響く。興奮してるのか、スマホの画面はブレブレだ。きっと画面じゃなく、俺を見ていたんだろう。


『ほらそこ! もうちょい! 頑張れーー!』


 前を行く走者を、俺が追い抜く。


『よーーーし! 行け行けーー!』


 俺はそのまま、順位をひとつ上げて第4走者にバトンを渡した。


『やったー! すごい、すごいぞーー!』


 終いにはもう、俺が映っちゃいない。ずっと母さんの声だけが響いている。


『よくやったーー!』


 画面は砂の地面を映し、おそらく切ったつもりの母さんの声が、ぽつりと入る。


『さすが、お父さんの子だね』


 そこで、動画は終わった。


 俺は、何て返したら良いか分からなくなった。


 何言ってんだよ。

 誰が育ててくれたんだよ。

 俺は、あんたの子だよ。


 そんなことを言ったってしょうがないから、一言だけ打った。


『弁当うまかった、ありがと』


 涙を拭って、また参考書を開く。


「よし、やるか」



   ――『動画の中のアイ・ラブ・ユー』了

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