血天井の家に住んでいます。クラスの推し男子が来ました
@amabi
第1話血天井の家に住んでいます。クラスの推し男子が来ました
その日、修学旅行の班別行動で訪れたお寺は、
観光地のはずなのに、なぜか空気が冷たかった。
天井を見上げた瞬間、
私は“誰か”と目が合った気がした。
――血で染まった板の中。
そこに、私の顔をした人がいた。
◇
今日も爽くんはかっこいい。
ため息が出るくらい、かっこいい。
高橋爽くん。
同じクラスなのに、遠い世界の人みたい。
初めて見たとき、本気で息が止まった。
全部の「かっこいい」を詰め込んだみたいな人。
背が高くて、どんな角度から見ても絵になる。
無口で、何かを隠しているような静けさがある。
――その静けさごと、好きになってしまった。
私と同じように、爽くんに惹かれている女子は多い。
背が高くて、顔がよくて、静かで――どう考えても、モテる要素しかないのに。
それなのに、なぜか彼女はいない。
……いや、いなくてもいいのだけど。
私は森崎カンナ。高校二年生の16歳。
私の顔は平凡で、自他とも認める昭和顔。
せめて、平成顔になりたかった。
そんな私が・・・あの爽くんと話すことなんてできない。
近づくだけで心拍数と呼吸が乱れる。
爽くんの隣に立つ自分を想像することもできない。
美男子にこけし。
そんな感じだ。
だけど今日は、そんな自分でも「このままでいい」と思えた。
だって、来月の修学旅行の自由行動で――爽くんと同じグループになれたのだ!
信じられないくらい嬉しい。
行き先は京都。
半径1メートル以内に爽くんがいるのなら、どこだって楽しいに決まってる。
その日の授業は、旅行先で自由行動の計画を立てる時間だった。
班のメンバーは四人。
私とエリナ、幹太、そして、爽くん。
どうしてこの組み合わせ?と思ったけれど、
担任が「普段話さない人と班を組もう」なんてお節介をしたらしい。
おかげで、陽キャ二人と陰キャ二人の混合チームが完成した。
……なんという社会実験。
エリナは、クラスでも上位カーストの頂点にいる女子。
美人で、性格も良くて、成績までいい。
目なんて、ぼろっと溢れそうなほど大きい。まつ毛も長い。
彼女がフランス人形なら、やっぱり私はこけしだ。
完璧すぎて……少し、苦手。
「カンナちゃん、行きたい場所ある?」
とびきりの笑顔でエリナにそう聞かれて、心臓が跳ねる。
――あぁ、爽くんも、きっとエリナみたいな子が好きなんだろうな。
緊張のあまり、声が出なかった。
「……特に、ない」
ようやく絞り出した言葉は、情けないほど小さかった。
爽くんの隣にいる幹太が、退屈そうにガイドブックをめくる。
「京都ねぇ……歴史とか興味ないんだよね」
「私、駅のそばのイオンに行きたい」
エリナが明るく言う。
――イオン?
それ、京都じゃなくてもあるよね……。
「イオン、いいな。ゲーセンもあるし」
幹太がすぐに乗ってくる。
「私、洋服見たいの。この辺では売ってないでしょ?」
「じゃあ、イオンにするか」
陽キャの二人で話がどんどん進んでいく。
私はただ、頷くこともできずに黙っていた。
そのとき――
「俺は、血天井が見たい」
爽くんが、ぽつりと言った。
一瞬、空気が止まった。
エリナも幹太も、きょとんとする。
血天井。
――名前だけで、ぞくっとするような場所。
爽くんの声は低くて、落ち着いていた。
「血天井?」
エリナが、大きな目をさらに見開いた。
爽くんは、黙って頷く。
「それって……ガイドブックに載ってないぞ」
幹太がパラパラとページをめくる。
「ガイドブックには載ってない。けど、ずっと行きたいと思ってた場所なんだ」
爽くんの声は静かで、少しだけ熱を帯びていた。
エリナはスマホを取り出し、寺の名前を検索する。
「……“かつて戦で亡くなった武士たちの血で染まった床板を、供養のために天井として使った”……って、これ、心霊スポットじゃない?!」
「まあ……そう捉えても、いいかもな」
爽くんは頭をぽりぽりとかいた。
その場に沈黙が落ちた。
私を含め、全員が絶句する。
けれど、その瞬間、なぜだか私は決めていた。
――爽くんの味方をしよう、と。
「あのさ……間を取って、血天井を見たあとにイオン行かない?」
「ええ……」
「まあ……」
エリナと幹太は、明らかに浮かない顔。
「じゃあ、そうしよう。血天井とイオンで!」
私は、勢いでまとめた。
計画書に「イオン」と書いたら絶対に怒られるので、
周辺の東寺と伏見稲荷大社など、それっぽくごまかして担任に提出した。
こうして、修学旅行の行き先は決まった。
自分が後押しした事とはいえ――少し、憂鬱だ。
なぜなら――廊下を歩いていたとき、ふと足が止まった。
廊下の片隅に、誰かが座り込んでいる。
息を呑んで、急ぎ足で通り過ぎる。
おそらく、女の子。
ただ、じっとこちらを見ている。
ーー気にしない。気にしない。
そう自分に言い聞かせる。
……そう、私は“幽霊”が視えるのだ。
正確に言えば「視える」というより、「感じる」に近い。
姿は視えなくても、性別や、その霊が抱えている感情がわかる。
霊たちは、そこにいるだけ。
話しかけてくることも、何かをしてくることもない。
だから、私も無視をする。
感じても、怖いから、関わらない。
――霊感なんて、いらない能力だ。
幼いころから、いろんなモノが視えてしまう自分にうんざりしていた。
こんな事、爽くんに知られたら嫌われる!
考えただけで、背筋が冷たくなる。
帰り道は、足取りが重かった。
爽くんと同じ班になれたのは嬉しい。
――けれど、心霊スポットかぁ。
小さくため息をつく。
血天井のお寺も心霊スポットらしいけど……
正直、私の家だって負けていない。
うちの自宅は、やたら気合いの入った和風建築。
表札の「森崎」という文字も、やたらと立派だ。
そして――幽霊が複数いる。
玄関にいるのは、陰気な中年の男性。
陰気な幽霊ほど、嫌なものはない。
もっとも、陽気な幽霊も嫌だけど。
彼らの気配を感じないふりをして、靴を脱ぎ、リビングに入る。
リビングにも、幽霊はいる。
テレビの隣にいる男の子。
年齢は13歳くらい?
物心ついた時から、彼はそこにいる。
――お願いだから、別の場所にいて。
私がテレビをあまり見ない理由は、この男の子のせいだ。
ソファに寝転がる。
台所から、母の包丁の音と、煮物の匂いがしてくる。
「修学旅行の計画、決まった?」
「うん。血天井に行くことになった」
だらだらと寝転がりながら答える。
母が手を止め、お玉を持ったまま、ふとこちらを見た。
「あら。血天井なら、うちにもあるわよ」
「……えっ?」
その瞬間、私はガバッと起き上がった。
「うちに……血天井?」
母の言葉が、頭の中で何度も反響する。
――そうか。
だから、この家には幽霊がうじゃうじゃいるのか。
喉が乾いて、声が掠れた。
「どこに……血天井が……?」
ーーもう、わかっていた。
答えを聞くまでもない。
我が家でいちばん霊が集まる、あの場所に違いない。
まるで“幽霊の銀座”みたいな――あの廊下。
「廊下よ」
母は、何でもないように言った。
やっぱり。
私はゆっくりと立ち上がり、仏間へ続く廊下に足を踏み入れた。
そこには、6体の幽霊たちがいる。
音も立てず、ただ静かにたむろしている。
全身の毛が逆立つ。
慌てて、廊下に続く扉を閉めた。
――あそこだけは、入ってはいけない場所。
リビングに戻ると、母は、平然と夕食を作り続けていた。
煮物の香りが、部屋にゆっくりと広がっていく。
「お母さんは……あの廊下、怖くないの?」
思わず問いかける。
母は包丁を動かしたまま、少しだけ首をかしげた。
「まあ、あまり愉快なものではないわよね」
その声は、いつも通り。
まるで、そこに“何か”があることなど、日常の一部のように。
そのときだった。
廊下の奥から、足音がズカズカと近づいてくる。
音がやけに重い。
「カンナ! そんなことを軽々しく言うな!」
祖父の怒声が、リビングに響いた。
「あの天井はな、もとは城の床だったものだ。ご先祖様は、主のために命を賭けたお方だ。
逃げもせず、城が落ちるまで戦い抜いた」
――その話、何百回も聞いたことがある。
けれど、血天井なんて知らなかった。
あれ?
よく聞いてなかったのかな。
ご先祖様の最期は切腹。
四百年前の、森崎家のご先祖様、気合い半端ない。
そして、その血は……たぶん、私には一滴も残ってない。
祖父の手がわずかに震えていた。
「その血が、この家の天井にも流れてるんだ。何があっても――この天井は守り抜け!」
ーーええ、いやですとも。
私は一人っ子。
小さい頃から「森崎家を守れ」と散々言われてきた。
正直、この幽霊屋敷から抜け出して、
幽霊の過疎地――マンションで暮らしたい。
私は――祖父には絶対に、修学旅行の行き先を話さないと決めた。
血天井のあるお寺。
詳しく調べてはいない。
けれど、わかる。
あの寺には、きっと私の祖先が関わっている。
知られたら、もう後戻りできない気がした。
そんな不安を抱えたまま、修学旅行の日を迎えた。
電車と新幹線を二回乗り継ぎ、ようやく辿り着いた京都は、どこを見ても人、人、人。
耳に飛び込むのは、外国の言葉ばかりだった。
――まるで、日本じゃないみたい。
古都というより、観光地そのもの。
自由行動の日、爽くんは、完全にはしゃいでいた。
特に血天井のお寺では、彼のテンションは上がる一方。
「相当、行きたかったんだな」
隣にいた幹太がつぶやいた。
「爽くんって、こんなに明るかったけ?」
エリナは怪訝な顔をして、周囲を見渡す。
「・・・はしゃぐような雰囲気ではないけれど」
私は「血天井」と野太い筆で書かれた看板を見つめた。
いつもは無口で、何を考えているのか分からない彼が、
笑って、喋って、写真まで撮っている。
――こんなに笑う人だったんだ。
心霊スポットだと思っていたそのお寺は、意外なほど明るい空気に包まれていた。
境内には光が差し、風鈴の音が涼しく響く。
けれど――血天井の間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
ひんやりと、肌の上を何かが撫でていく。
息をするたびに、胸の奥がざらついた。
案内の僧侶が、長い竹の棒を手に説明を始める。
「ここが、四百名の兵が自ら命を絶った場所です」
棒の先が、天井をゆっくりと指し示す。
「こちらが大将の森崎の遺体跡です。
ほら、片方の足を組んだまま、息絶えたのがわかりますか?」
「これが顎。これが鼻……」
天井を、首が痛くなるほど見上げる。
あぁ、見える。
赤茶けた木目の中に、確かに“人の形”があった。
大将――森崎。
私のご先祖様。
見れば見るほど、形が浮かび上がってくる。
……いや、違う。
血の跡じゃない。
それは、誰かの顔が、こちらを見ている。
その瞬間、空気がぐにゃりと歪んだ。
視界の奥、天井の血の跡が――動いた気がした。
次の瞬間、鎧姿の男が、私の目の前に立っていた。
黒ずんだ甲冑。
肩のあたりは焼け焦げ、胸には刀傷が走っている。
けれど、顔ははっきりと見えた。
目、鼻、口。
どこかで見た顔だ。
……いや、鏡の中で毎日見ている自分の顔だった。
「うそ……」
笑えるほど似ていた。
平たい顔。
どんな時代でもモテなさそうな、
その地味な輪郭まで、そっくりだった。
四百年以上前から、同じ顔。
そう思うと、怖くて、笑えて、どうしていいか分からなかった。
鎧の中のご先祖様は、
無言のまま、じっと私を見つめていた。
「お前が……わしの子孫か」
鎧の中のご先祖様が、低い声で言った。
びっくりした。
私は霊感があるほうだ。
けれど、幽霊が“話しかけてくる”なんてこと、今まで一度もなかった。
なのに今、目の前のご先祖様は、普通に会話している。
「ひっ……」
思わず声が漏れる。
怪訝そうな顔で、幹太とエリナがこちらを振り返った。
爽くんも――。
けれど、三人にはこの“鎧の武士”も、その声も見えていないらしい。
あまりにも存在感がありすぎるのに。
私はそっと顔を背け、廊下の端へ逃げた。
「逃げるな、小娘」
「小娘ではありません! カンナです!」
思わず返事をしてしまう。
「カンナ? 奇怪な名だな」
――うわっ、しゃべってるよ。
「お前の家にいる我らの家臣は、達者か」
ご先祖様は真顔で聞いてくる。
無視すると、ずっと話しかけてくる。
しつこい。
仕方なく、私は小声で答えた。
「……はぁ。元気にしてると思います」
挙動不審な私の様子を、爽くんがじっと見ていた。
――やだ、絶対変な人だと思われてる。
「視える」なんて知られたくない!
皆が別の壁絵を見ている隙に、私はほとんど唇を動かさずに言った。
「話しかけないでください」
「なんでだ。お前のご先祖様だぞ」
「はぁ……」
思わず視線が爽くんのほうへ向く。
「カンナ。お前はいくつになる」
「16歳」
私の視線は、露骨にわかりやすかったらしい。
「なんだ。あの男が好きなのか」
「なっ!」
思わず声を上げてしまい、三人が再び一斉に振り返る。
冷や汗がつっと背中に流れた。
「む、虫がいて……」
必死に笑ってごまかす。
動揺している私に、ご先祖様はさらに踏み込んできた。
「接吻はしたのか?」
「はぁっ!?」
「では、交合は?」
「う、うるさい!」
思わず声を張り上げる。
ご先祖様は鎧の中で、呆れたようにため息をついた。
「わしの子孫なのに、腰抜けだな。好いた男と子も作れないとは、情けない」
「良いの!爽くんと話すだけで私は十分なの」
「その話すも上手く言ってないだろう」
ご先祖様は、あくびをしながら決めつける。
「……もっと、自分に自信がついてから、話しかけるのよ」
「自信?」
「そう。美人になったら」
ーーエリナみたいな顔だったら、自信が持てるのに。
私がむきになって言い返すと、ご先祖様は一瞬きょとんとして、
次の瞬間――腹を抱えて笑い出した。
「無理だ! 美人は無理だ!」
「な、なんでよ!」
私の声が裏返る。
ご先祖様は、笑いすぎて兜を傾けながら言った。
「わしにそっくりだからだ!」
400年前から、この顔だ。
……うわ。
確かに、それは否定できない。
その時、爽くんが近づいてきた。
「今、笑ってたよね?」
「え……ええ。ほら、このお寺って、見どころ満載で」
必死に取り繕うと、幹太とエリナが引き攣った笑顔を見せた。
「もういいでしょ。イオン行こう」
エリナが声をかける。
寺の門を出ると、ご先祖様が手を振っていた。
――どうやら、ここに住み着いているらしい。
イオンに着くと、エリナが嬉しそうに私に話しかけた。
「洋服見たいから、カンナちゃん、付き合って」
「う、うん……」
と言いかけたその時。
爽くんがすっと間に入った。
「オレ、森崎さんと話したいんだ」
――ええ!? なにそれ!?
夢が叶ったというやつ? 神展開!!
「え……爽、お前……森崎のことが?」
幹太が目を丸くする。
爽くんは、目尻をくしゃっと下げて笑った。
「森崎さん、いい?」
その顔に、逆らえるはずもない。
呆然としたまま頷く。
「じゃ、あとでね」
エリナが気を利かせたようで、幹太のシャツを引っ張って、洋服売り場へ行ってしまった。
信じられない気持ちで、
私は先を歩く爽くんの背中を見つめた。
胸の鼓動は、ご先祖様と話している時より騒がしい。
爽くんと私は、館内にあるカフェで話をすることにした。
注文したフラペチーノを一口飲んだけれど、味なんてまったく分からない。
――だって、爽くんとカフェデート。夢みたい。
しばらく、血天井の話をした後に、爽くんが急に真面目な顔をした。
「森崎さんだから話すけど」
爽くんが、カップの縁を指でなぞりながら言った。
――なに? まさか、愛の告白?
「オレ……」
少し躊躇う、その表情。
やだ、かっこいい。
もう、聞く前から“イエス”しかない。
「幽霊に、興味があるんだ」
……は?
頭の中で、何かが音を立てて崩れた。
「ほら、今日の寺とかさ。ああいう場所、好きなんだよね」
爽くんはリュックの中から、一冊の古びた本を取り出した。
タイトルは――『私は見た!亡霊の影!ー全国・心霊百絶景ー』
……まったく、触手が湧かない。
「これ、愛読書なんだ」
恍惚とした顔でページをめくる爽くん。
その横顔を見つめながら、
私は心の中でゆっくりと頭を抱えた。
――推しが、想像以上に“ガチ勢”だった。
「そ……爽くんは、幽霊とか見えるの?」
勇気を出して聞いてみた。
こういう話は、普段は絶対にしない。
霊感なんて言葉を口にした瞬間、“変な人”だと思われるのがオチだ。
それは、十六年間生きてきて身に沁みたこと。
「それがね……」
爽くんは小さくため息をついた。
長いまつ毛が、カップの湯気の向こうで揺れる。
「全く見れないんだ。でも、見れたらいいのにって思う。毎晩、暗闇を見つめてるんだ」
「そ、そう……」
思わず声が上ずる。
「でもさ、森崎さんは見えるでしょ?」
「えっ」
爽くんの目が、まっすぐ私を捉えた。
その瞳に、冗談の色はない。
「さっきも……あのお寺で、幽霊と話してたでしょ?」
心臓が止まりそうになった。
ーーなんで、わかるの?
「オレ、わかるんだ。幽霊と話せる人に憧れていたから」
普通なら、そんなこと言えない。
でも、爽くんは違う。
その瞳は、まるで宝物を見つけた子どものように輝いていた。
勇気を出して、私は小さく頷いた。
「……やっぱり!!」
爽くんが身を乗り出す。
そこからだった。
彼は、オタク特有の熱のこもった早口で話し始めた。
「森崎さんって、血天井の家系でしょ?俺、知ってるんだ」
「ええーー。まぁ」
言葉を濁していると、爽くんが熱く切り込んできた。
「あの寺と同じ天井が、オレらの地元にもあるって知ってる?」
――うわっ。
それ、うちのことだ。
「……知ってる。うちにある」
ボソボソと答えた瞬間、爽くんの瞳がぱっと光った。
「本当に!?」
次の瞬間、彼は私の手をぐっと握りしめる。
指先から熱が一気に駆け上がる。
血が、沸騰するみたいだった。
「見たい! 地元に帰ったら、見せてもらってもいい?」
目の前に、爽くんがいる。
刺激が強い。
「……ええ」
あまりの強刺激に、ただ頷くしかなかった。
「やった!!」
喫茶店の中で、小さくガッツポーズをする爽くん。
周りの視線なんて気にしていない。
遠目から見たら、完全に告白が成功した図。
でも、現実はちょっと違う。
私はただ、呆然とした。
――爽くん。
名前も、笑顔も、声も爽やかなのに。
……中身、けっこう変だよ。
◇ ◇
「すごい!ほら!見て!このシミ、血に塗れた手だよね!」
旅行から帰るなり、爽くんはそのまま我が家にやってきた。
大きな荷物を抱えたまま、血天井を見て、興奮した面持ちではしゃいでいる。
そんな爽くんを尻目に、私は静かに天井にいる幽霊たちを見つめる。
彼らも異変に気づいているらしい。
落ち着かず、空中をふらふらと彷徨っている。
爽くんの興奮ぶりに、祖父が嬉々として説明を始めた。
「今度、雨の日に来るがよい。より一層、血のシミが濃くなるんだ」
「うわ!それ、良いですね!必ずお邪魔します!」
……やめてほしい。
そのあと、隣の仏間でお茶を飲む。
私の家に爽くんがいるなんて――夢のよう。
部屋の隅の幽霊たちでさえ、興味津々に爽くんを見つめている。
ーーあぁ、二人きりになりたい。
「森崎さん。あのさ」
爽くんは、少しだけ恥ずかしそうに私の名前を呼ぶ。
ーーなんだろう。
顔を上げる私に、爽くんはゆっくりと口を開いた。
「今度、一緒に出かけない?」
ーーえっ。これってデートのお誘い?
私の口は開く。
隅にいた霊たちが驚いたように、他の霊とざわめいている。
ーーお前たちは大人しくしろ。
チラッと幽霊達に牽制をかけた。
「オレ、行きたい場所があって」
爽くんはリュックの中にある例の本を取り出す。
ーー嫌な予感がする。
「この啜り泣きが聞こえる井戸に行ってみたいんだ。森崎さんの見解を聞かせてほしい」
ーーえっ。いや。
普通にイオンに行ってカフェに行きたい。
「ダメ?」
爽くんが刹那げに眉を寄せる。
反射的に「ダメじゃないけれど」と言ってしまった。
彼は満開の笑顔を見せた。
「嬉しい」
そう言って、私の手をぎゅっと握った。
!!!
興奮のあまり、鼻血が出そうになり上を向いた。
その瞬間、廊下の天井の血の跡が、かすかに脈打った気がした。
幽霊たちが、ゆっくりとこちらを向く。
ーーご先祖様。
爽くんと話す夢は叶いました。
けれど、思っていた展開とは違うようです。
◼️
お読みいただき、ありがとうございました。
幽霊が見える女子と、オカルト大好き男子。
恋とホラーの境界をふらふらしてみた短編でした。
カンナと爽くんのその後は、想像にお任せします。
(たぶん、次のデート先も心霊スポットです)
最後までありがとうございました。
血天井の家に住んでいます。クラスの推し男子が来ました @amabi
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