血天井の家に住んでいます。クラスの推し男子が来ました

@amabi

第1話血天井の家に住んでいます。クラスの推し男子が来ました

その日、修学旅行の班別行動で訪れたお寺は、

観光地のはずなのに、なぜか空気が冷たかった。


天井を見上げた瞬間、

私は“誰か”と目が合った気がした。


――血で染まった板の中。

そこに、私の顔をした人がいた。


今日も爽くんはかっこいい。

ため息が出るくらい、かっこいい。


高橋爽くん。


同じクラスなのに、遠い世界の人みたい。

初めて見たとき、本気で息が止まった。

全部の「かっこいい」を詰め込んだみたいな人。


背が高くて、どんな角度から見ても絵になる。


無口で、何かを隠しているような静けさがある。


――その静けさごと、好きになってしまった。


私と同じように、爽くんに惹かれている女子は多い。


背が高くて、顔がよくて、静かで――どう考えても、モテる要素しかないのに。


それなのに、なぜか彼女はいない。


……いや、いなくてもいいのだけど。


私は森崎カンナ。高校二年生の16歳。


私の顔は平凡で、自他とも認める昭和顔。


せめて、平成顔になりたかった。


そんな私が・・・あの爽くんと話すことなんてできない。


近づくだけで心拍数と呼吸が乱れる。


爽くんの隣に立つ自分を想像することもできない。


美男子にこけし。


そんな感じだ。


だけど今日は、そんな自分でも「このままでいい」と思えた。


だって、来月の修学旅行の自由行動で――爽くんと同じグループになれたのだ!


信じられないくらい嬉しい。


行き先は京都。


半径1メートル以内に爽くんがいるのなら、どこだって楽しいに決まってる。


その日の授業は、旅行先で自由行動の計画を立てる時間だった。


班のメンバーは四人。


私とエリナ、幹太、そして、爽くん。


どうしてこの組み合わせ?と思ったけれど、

担任が「普段話さない人と班を組もう」なんてお節介をしたらしい。


おかげで、陽キャ二人と陰キャ二人の混合チームが完成した。

……なんという社会実験。


エリナは、クラスでも上位カーストの頂点にいる女子。


美人で、性格も良くて、成績までいい。


目なんて、ぼろっと溢れそうなほど大きい。まつ毛も長い。


彼女がフランス人形なら、やっぱり私はこけしだ。


完璧すぎて……少し、苦手。


「カンナちゃん、行きたい場所ある?」

とびきりの笑顔でエリナにそう聞かれて、心臓が跳ねる。


――あぁ、爽くんも、きっとエリナみたいな子が好きなんだろうな。


緊張のあまり、声が出なかった。


「……特に、ない」


ようやく絞り出した言葉は、情けないほど小さかった。


爽くんの隣にいる幹太が、退屈そうにガイドブックをめくる。


「京都ねぇ……歴史とか興味ないんだよね」


「私、駅のそばのイオンに行きたい」

エリナが明るく言う。


――イオン?


それ、京都じゃなくてもあるよね……。


「イオン、いいな。ゲーセンもあるし」

幹太がすぐに乗ってくる。


「私、洋服見たいの。この辺では売ってないでしょ?」


「じゃあ、イオンにするか」


陽キャの二人で話がどんどん進んでいく。


私はただ、頷くこともできずに黙っていた。


そのとき――


「俺は、血天井が見たい」


爽くんが、ぽつりと言った。


一瞬、空気が止まった。


エリナも幹太も、きょとんとする。


血天井。


――名前だけで、ぞくっとするような場所。


爽くんの声は低くて、落ち着いていた。


「血天井?」

エリナが、大きな目をさらに見開いた。


爽くんは、黙って頷く。


「それって……ガイドブックに載ってないぞ」

幹太がパラパラとページをめくる。


「ガイドブックには載ってない。けど、ずっと行きたいと思ってた場所なんだ」

爽くんの声は静かで、少しだけ熱を帯びていた。


エリナはスマホを取り出し、寺の名前を検索する。


「……“かつて戦で亡くなった武士たちの血で染まった床板を、供養のために天井として使った”……って、これ、心霊スポットじゃない?!」


「まあ……そう捉えても、いいかもな」

爽くんは頭をぽりぽりとかいた。


その場に沈黙が落ちた。


私を含め、全員が絶句する。


けれど、その瞬間、なぜだか私は決めていた。


――爽くんの味方をしよう、と。


「あのさ……間を取って、血天井を見たあとにイオン行かない?」


「ええ……」

「まあ……」

エリナと幹太は、明らかに浮かない顔。


「じゃあ、そうしよう。血天井とイオンで!」

私は、勢いでまとめた。


計画書に「イオン」と書いたら絶対に怒られるので、

周辺の東寺と伏見稲荷大社など、それっぽくごまかして担任に提出した。


こうして、修学旅行の行き先は決まった。


自分が後押しした事とはいえ――少し、憂鬱だ。


なぜなら――廊下を歩いていたとき、ふと足が止まった。


廊下の片隅に、誰かが座り込んでいる。


息を呑んで、急ぎ足で通り過ぎる。


おそらく、女の子。


ただ、じっとこちらを見ている。


ーー気にしない。気にしない。


そう自分に言い聞かせる。


……そう、私は“幽霊”が視えるのだ。


正確に言えば「視える」というより、「感じる」に近い。


姿は視えなくても、性別や、その霊が抱えている感情がわかる。


霊たちは、そこにいるだけ。


話しかけてくることも、何かをしてくることもない。


だから、私も無視をする。


感じても、怖いから、関わらない。


――霊感なんて、いらない能力だ。


幼いころから、いろんなモノが視えてしまう自分にうんざりしていた。


こんな事、爽くんに知られたら嫌われる!


考えただけで、背筋が冷たくなる。


帰り道は、足取りが重かった。


爽くんと同じ班になれたのは嬉しい。


――けれど、心霊スポットかぁ。


小さくため息をつく。


血天井のお寺も心霊スポットらしいけど……

正直、私の家だって負けていない。


うちの自宅は、やたら気合いの入った和風建築。


表札の「森崎」という文字も、やたらと立派だ。


そして――幽霊が複数いる。


玄関にいるのは、陰気な中年の男性。


陰気な幽霊ほど、嫌なものはない。


もっとも、陽気な幽霊も嫌だけど。


彼らの気配を感じないふりをして、靴を脱ぎ、リビングに入る。


リビングにも、幽霊はいる。


テレビの隣にいる男の子。


年齢は13歳くらい?


物心ついた時から、彼はそこにいる。


――お願いだから、別の場所にいて。


私がテレビをあまり見ない理由は、この男の子のせいだ。


ソファに寝転がる。


台所から、母の包丁の音と、煮物の匂いがしてくる。

「修学旅行の計画、決まった?」


「うん。血天井に行くことになった」

だらだらと寝転がりながら答える。


母が手を止め、お玉を持ったまま、ふとこちらを見た。


「あら。血天井なら、うちにもあるわよ」


「……えっ?」


その瞬間、私はガバッと起き上がった。


「うちに……血天井?」


母の言葉が、頭の中で何度も反響する。


――そうか。


だから、この家には幽霊がうじゃうじゃいるのか。


喉が乾いて、声が掠れた。


「どこに……血天井が……?」


ーーもう、わかっていた。


答えを聞くまでもない。


我が家でいちばん霊が集まる、あの場所に違いない。


まるで“幽霊の銀座”みたいな――あの廊下。


「廊下よ」

母は、何でもないように言った。


やっぱり。


私はゆっくりと立ち上がり、仏間へ続く廊下に足を踏み入れた。


そこには、6体の幽霊たちがいる。


音も立てず、ただ静かにたむろしている。


全身の毛が逆立つ。


慌てて、廊下に続く扉を閉めた。


――あそこだけは、入ってはいけない場所。


リビングに戻ると、母は、平然と夕食を作り続けていた。


煮物の香りが、部屋にゆっくりと広がっていく。


「お母さんは……あの廊下、怖くないの?」

思わず問いかける。


母は包丁を動かしたまま、少しだけ首をかしげた。


「まあ、あまり愉快なものではないわよね」


その声は、いつも通り。


まるで、そこに“何か”があることなど、日常の一部のように。


そのときだった。


廊下の奥から、足音がズカズカと近づいてくる。

音がやけに重い。


「カンナ! そんなことを軽々しく言うな!」

祖父の怒声が、リビングに響いた。


「あの天井はな、もとは城の床だったものだ。ご先祖様は、主のために命を賭けたお方だ。

逃げもせず、城が落ちるまで戦い抜いた」


――その話、何百回も聞いたことがある。


けれど、血天井なんて知らなかった。


あれ?


よく聞いてなかったのかな。


ご先祖様の最期は切腹。


四百年前の、森崎家のご先祖様、気合い半端ない。


そして、その血は……たぶん、私には一滴も残ってない。


祖父の手がわずかに震えていた。


「その血が、この家の天井にも流れてるんだ。何があっても――この天井は守り抜け!」


ーーええ、いやですとも。


私は一人っ子。


小さい頃から「森崎家を守れ」と散々言われてきた。


正直、この幽霊屋敷から抜け出して、

幽霊の過疎地――マンションで暮らしたい。


私は――祖父には絶対に、修学旅行の行き先を話さないと決めた。


血天井のあるお寺。


詳しく調べてはいない。


けれど、わかる。


あの寺には、きっと私の祖先が関わっている。


知られたら、もう後戻りできない気がした。




そんな不安を抱えたまま、修学旅行の日を迎えた。


電車と新幹線を二回乗り継ぎ、ようやく辿り着いた京都は、どこを見ても人、人、人。


耳に飛び込むのは、外国の言葉ばかりだった。


――まるで、日本じゃないみたい。


古都というより、観光地そのもの。


自由行動の日、爽くんは、完全にはしゃいでいた。


特に血天井のお寺では、彼のテンションは上がる一方。


「相当、行きたかったんだな」

隣にいた幹太がつぶやいた。


「爽くんって、こんなに明るかったけ?」

エリナは怪訝な顔をして、周囲を見渡す。


「・・・はしゃぐような雰囲気ではないけれど」


私は「血天井」と野太い筆で書かれた看板を見つめた。


いつもは無口で、何を考えているのか分からない彼が、

笑って、喋って、写真まで撮っている。


――こんなに笑う人だったんだ。


心霊スポットだと思っていたそのお寺は、意外なほど明るい空気に包まれていた。


境内には光が差し、風鈴の音が涼しく響く。


けれど――血天井の間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


ひんやりと、肌の上を何かが撫でていく。


息をするたびに、胸の奥がざらついた。


案内の僧侶が、長い竹の棒を手に説明を始める。


「ここが、四百名の兵が自ら命を絶った場所です」


棒の先が、天井をゆっくりと指し示す。


「こちらが大将の森崎の遺体跡です。

ほら、片方の足を組んだまま、息絶えたのがわかりますか?」


「これが顎。これが鼻……」


天井を、首が痛くなるほど見上げる。


あぁ、見える。


赤茶けた木目の中に、確かに“人の形”があった。


大将――森崎。


私のご先祖様。


見れば見るほど、形が浮かび上がってくる。


……いや、違う。


血の跡じゃない。


それは、誰かの顔が、こちらを見ている。


その瞬間、空気がぐにゃりと歪んだ。


視界の奥、天井の血の跡が――動いた気がした。


次の瞬間、鎧姿の男が、私の目の前に立っていた。


黒ずんだ甲冑。


肩のあたりは焼け焦げ、胸には刀傷が走っている。


けれど、顔ははっきりと見えた。


目、鼻、口。

どこかで見た顔だ。


……いや、鏡の中で毎日見ている自分の顔だった。


「うそ……」


笑えるほど似ていた。


平たい顔。


どんな時代でもモテなさそうな、

その地味な輪郭まで、そっくりだった。


四百年以上前から、同じ顔。


そう思うと、怖くて、笑えて、どうしていいか分からなかった。


鎧の中のご先祖様は、

無言のまま、じっと私を見つめていた。


「お前が……わしの子孫か」


鎧の中のご先祖様が、低い声で言った。


びっくりした。


私は霊感があるほうだ。


けれど、幽霊が“話しかけてくる”なんてこと、今まで一度もなかった。


なのに今、目の前のご先祖様は、普通に会話している。


「ひっ……」

思わず声が漏れる。


怪訝そうな顔で、幹太とエリナがこちらを振り返った。


爽くんも――。


けれど、三人にはこの“鎧の武士”も、その声も見えていないらしい。


あまりにも存在感がありすぎるのに。


私はそっと顔を背け、廊下の端へ逃げた。


「逃げるな、小娘」


「小娘ではありません! カンナです!」

思わず返事をしてしまう。


「カンナ? 奇怪な名だな」


――うわっ、しゃべってるよ。


「お前の家にいる我らの家臣は、達者か」

ご先祖様は真顔で聞いてくる。


無視すると、ずっと話しかけてくる。


しつこい。


仕方なく、私は小声で答えた。


「……はぁ。元気にしてると思います」


挙動不審な私の様子を、爽くんがじっと見ていた。


――やだ、絶対変な人だと思われてる。


「視える」なんて知られたくない!


皆が別の壁絵を見ている隙に、私はほとんど唇を動かさずに言った。


「話しかけないでください」


「なんでだ。お前のご先祖様だぞ」


「はぁ……」

思わず視線が爽くんのほうへ向く。


「カンナ。お前はいくつになる」


「16歳」

私の視線は、露骨にわかりやすかったらしい。


「なんだ。あの男が好きなのか」


「なっ!」


思わず声を上げてしまい、三人が再び一斉に振り返る。


冷や汗がつっと背中に流れた。


「む、虫がいて……」

必死に笑ってごまかす。


動揺している私に、ご先祖様はさらに踏み込んできた。


「接吻はしたのか?」


「はぁっ!?」


「では、交合は?」


「う、うるさい!」

思わず声を張り上げる。


ご先祖様は鎧の中で、呆れたようにため息をついた。


「わしの子孫なのに、腰抜けだな。好いた男と子も作れないとは、情けない」


「良いの!爽くんと話すだけで私は十分なの」


「その話すも上手く言ってないだろう」

ご先祖様は、あくびをしながら決めつける。



「……もっと、自分に自信がついてから、話しかけるのよ」


「自信?」

「そう。美人になったら」


ーーエリナみたいな顔だったら、自信が持てるのに。


私がむきになって言い返すと、ご先祖様は一瞬きょとんとして、

次の瞬間――腹を抱えて笑い出した。


「無理だ! 美人は無理だ!」


「な、なんでよ!」

私の声が裏返る。


ご先祖様は、笑いすぎて兜を傾けながら言った。


「わしにそっくりだからだ!」


400年前から、この顔だ。


……うわ。


確かに、それは否定できない。


その時、爽くんが近づいてきた。


「今、笑ってたよね?」


「え……ええ。ほら、このお寺って、見どころ満載で」


必死に取り繕うと、幹太とエリナが引き攣った笑顔を見せた。


「もういいでしょ。イオン行こう」

エリナが声をかける。


寺の門を出ると、ご先祖様が手を振っていた。


――どうやら、ここに住み着いているらしい。


イオンに着くと、エリナが嬉しそうに私に話しかけた。


「洋服見たいから、カンナちゃん、付き合って」


「う、うん……」

と言いかけたその時。


爽くんがすっと間に入った。


「オレ、森崎さんと話したいんだ」


――ええ!? なにそれ!? 


夢が叶ったというやつ? 神展開!!


「え……爽、お前……森崎のことが?」

幹太が目を丸くする。


爽くんは、目尻をくしゃっと下げて笑った。


「森崎さん、いい?」


その顔に、逆らえるはずもない。


呆然としたまま頷く。


「じゃ、あとでね」

エリナが気を利かせたようで、幹太のシャツを引っ張って、洋服売り場へ行ってしまった。


信じられない気持ちで、

私は先を歩く爽くんの背中を見つめた。


胸の鼓動は、ご先祖様と話している時より騒がしい。


爽くんと私は、館内にあるカフェで話をすることにした。


注文したフラペチーノを一口飲んだけれど、味なんてまったく分からない。


――だって、爽くんとカフェデート。夢みたい。


しばらく、血天井の話をした後に、爽くんが急に真面目な顔をした。


「森崎さんだから話すけど」

爽くんが、カップの縁を指でなぞりながら言った。


――なに? まさか、愛の告白?


「オレ……」


少し躊躇う、その表情。


やだ、かっこいい。

もう、聞く前から“イエス”しかない。


「幽霊に、興味があるんだ」


……は?


頭の中で、何かが音を立てて崩れた。


「ほら、今日の寺とかさ。ああいう場所、好きなんだよね」


爽くんはリュックの中から、一冊の古びた本を取り出した。


タイトルは――『私は見た!亡霊の影!ー全国・心霊百絶景ー』


……まったく、触手が湧かない。


「これ、愛読書なんだ」


恍惚とした顔でページをめくる爽くん。


その横顔を見つめながら、

私は心の中でゆっくりと頭を抱えた。


――推しが、想像以上に“ガチ勢”だった。


「そ……爽くんは、幽霊とか見えるの?」

勇気を出して聞いてみた。


こういう話は、普段は絶対にしない。


霊感なんて言葉を口にした瞬間、“変な人”だと思われるのがオチだ。


それは、十六年間生きてきて身に沁みたこと。


「それがね……」

爽くんは小さくため息をついた。


長いまつ毛が、カップの湯気の向こうで揺れる。


「全く見れないんだ。でも、見れたらいいのにって思う。毎晩、暗闇を見つめてるんだ」


「そ、そう……」

思わず声が上ずる。


「でもさ、森崎さんは見えるでしょ?」


「えっ」


爽くんの目が、まっすぐ私を捉えた。


その瞳に、冗談の色はない。


「さっきも……あのお寺で、幽霊と話してたでしょ?」


心臓が止まりそうになった。


ーーなんで、わかるの?


「オレ、わかるんだ。幽霊と話せる人に憧れていたから」


普通なら、そんなこと言えない。


でも、爽くんは違う。


その瞳は、まるで宝物を見つけた子どものように輝いていた。


勇気を出して、私は小さく頷いた。


「……やっぱり!!」

爽くんが身を乗り出す。


そこからだった。 


彼は、オタク特有の熱のこもった早口で話し始めた。


「森崎さんって、血天井の家系でしょ?俺、知ってるんだ」


「ええーー。まぁ」


言葉を濁していると、爽くんが熱く切り込んできた。


「あの寺と同じ天井が、オレらの地元にもあるって知ってる?」


――うわっ。


それ、うちのことだ。


「……知ってる。うちにある」


ボソボソと答えた瞬間、爽くんの瞳がぱっと光った。


「本当に!?」


次の瞬間、彼は私の手をぐっと握りしめる。


指先から熱が一気に駆け上がる。


血が、沸騰するみたいだった。


「見たい! 地元に帰ったら、見せてもらってもいい?」


目の前に、爽くんがいる。


刺激が強い。


「……ええ」

あまりの強刺激に、ただ頷くしかなかった。


「やった!!」


喫茶店の中で、小さくガッツポーズをする爽くん。

周りの視線なんて気にしていない。


遠目から見たら、完全に告白が成功した図。

でも、現実はちょっと違う。


私はただ、呆然とした。


――爽くん。


名前も、笑顔も、声も爽やかなのに。


……中身、けっこう変だよ。



◇ ◇


「すごい!ほら!見て!このシミ、血に塗れた手だよね!」


旅行から帰るなり、爽くんはそのまま我が家にやってきた。


大きな荷物を抱えたまま、血天井を見て、興奮した面持ちではしゃいでいる。


そんな爽くんを尻目に、私は静かに天井にいる幽霊たちを見つめる。


彼らも異変に気づいているらしい。


落ち着かず、空中をふらふらと彷徨っている。


爽くんの興奮ぶりに、祖父が嬉々として説明を始めた。


「今度、雨の日に来るがよい。より一層、血のシミが濃くなるんだ」


「うわ!それ、良いですね!必ずお邪魔します!」


……やめてほしい。


そのあと、隣の仏間でお茶を飲む。


私の家に爽くんがいるなんて――夢のよう。


部屋の隅の幽霊たちでさえ、興味津々に爽くんを見つめている。


ーーあぁ、二人きりになりたい。


「森崎さん。あのさ」

爽くんは、少しだけ恥ずかしそうに私の名前を呼ぶ。


ーーなんだろう。


顔を上げる私に、爽くんはゆっくりと口を開いた。


「今度、一緒に出かけない?」


ーーえっ。これってデートのお誘い?


私の口は開く。


隅にいた霊たちが驚いたように、他の霊とざわめいている。


ーーお前たちは大人しくしろ。


チラッと幽霊達に牽制をかけた。


「オレ、行きたい場所があって」

爽くんはリュックの中にある例の本を取り出す。


ーー嫌な予感がする。


「この啜り泣きが聞こえる井戸に行ってみたいんだ。森崎さんの見解を聞かせてほしい」


ーーえっ。いや。


普通にイオンに行ってカフェに行きたい。


「ダメ?」

爽くんが刹那げに眉を寄せる。


反射的に「ダメじゃないけれど」と言ってしまった。


彼は満開の笑顔を見せた。


「嬉しい」


そう言って、私の手をぎゅっと握った。


!!!


興奮のあまり、鼻血が出そうになり上を向いた。


その瞬間、廊下の天井の血の跡が、かすかに脈打った気がした。


幽霊たちが、ゆっくりとこちらを向く。


ーーご先祖様。


爽くんと話す夢は叶いました。


けれど、思っていた展開とは違うようです。



◼️

お読みいただき、ありがとうございました。


幽霊が見える女子と、オカルト大好き男子。

恋とホラーの境界をふらふらしてみた短編でした。


カンナと爽くんのその後は、想像にお任せします。

(たぶん、次のデート先も心霊スポットです)


最後までありがとうございました。

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