竜を飼うには許可証が要る

夕月ねむ

竜を飼うには許可証が要る

「困るよ、ロイ君」

 冒険者ギルドで魔石を換金しようとしたら、窓口の職員に睨まれた。

「肩に乗ってるそれ。ちゃんと手続きしてるの? 従魔だって役所に届け出ないと問題になるんだからね。ギルドに苦情が来たりとかさぁ」


 ああ。こいつか。俺の肩には今、白い竜がへばりついている。

「いや、これは俺の従魔じゃなくて」

「何言ってるの。従魔でもないのに竜がそんなに懐くわけないでしょ。ほら、届け出の用紙あげるから。これ書いて、西の大通りにある窓口で手続きしてきてよ」


「だから違うって……」

「さっさと行ってきて。ただでさえ従魔術士は評判悪いんだから。冒険者ギルドが庇うのも限度があるんだよ」

 しっしと追い払うように手を振られて、渋々窓口をあとにする。まだ換金できていないんだけど。


 冒険者ギルドを出て、ため息をついた。自分の左肩を睨む。正確には、そこに張り付いている生き物を。

「おいこら。いつまでそうしてるつもりだ?」

 両手に乗るサイズの小さな竜が、俺の外套に爪を立てている。無理に剥がせば穴が開くだろう。


「なぁ。いじけるなよ」

 鱗に覆われた頬をつつく。プイと顔を背けられた。

「いいのかよ。あんた、このままだと俺の従魔にされるんだぞ?」


 竜は何も言わず、俺の肩にべったりとくっついて動かない。今朝、宿を出る前からずっとこの調子である。昨夜の件で腹を立てているのはわかるけど、目立って仕方がない。


「ルーカス、機嫌直せ」

 竜の鼻先を撫でようとしたら、かぷりと噛まれた。

「いってぇ!!」

 何するんだ、この駄竜!


「もういい、知るか。本当に従魔登録してやるからな。足輪と首輪だぞ? いいんだな?」

 返事はない。こいつはこんな姿でもちゃんと『念話』で意思疎通できるのに。


 西の大通りにある、噴水広場に面した役所の窓口。そこで散々待たされて、俺はルーカスを従魔とする登録を申請した。

「あの、書類はこれで合ってますか?」

「少々お待ちください」

 冒険者ギルドの買取窓口よりもずっと丁寧な雰囲気だ。それもそうか。ここには一般人が多く来るのだ。


「従魔登録ですね。名前はルーカスくん。ええと、種族は白竜……」

「すみません。正確な種族名じゃないのはわかっているんですけど」

「その肩の仔竜ですよね? 種族の鑑定が必要ですか?」

「いえ、その……」


 白竜というのは白い竜という意味でしかなくて、正確な種族名とは言い難い。ならルーカスの種族はといえば、古竜ということになると思う。けれど、普通古竜は人の従魔になんてならない。古竜とそれ以外の竜は根本から別の生き物なのだ。迂闊に書けば大騒ぎだ。


 俺が言葉に迷っている間に、窓口のお兄さんは鑑定士を呼んでしまった。

「とにかく。街の中で竜を飼うには許可証が必要です。許可証の発行のためには種族を明確にしておかないと……」


「失礼、少し見せてくださいね」

 鑑定士がルーカスに手を伸ばして威嚇され、苦笑した。

「随分懐いてますねぇ……どれ、ええと……」

 しばらくルーカスを見つめていた鑑定士の顔から血の気が引いていく。


「あの。大丈夫ですか……?」

「あ、えっと……この竜は従魔契約がされていません……よね?」

「……はい。そうです」

 鑑定士が声を震わせて言う。

「なら、どうしてここに。なんで張り付いているんですか」


「さぁ……何故なんでしょうか……」

「従魔登録しにきたのでは?」

 窓口のお兄さんが訝しげにしている。

「従魔契約されていないとは、どういうことです?」


「これは普通の竜じゃないですよ」

 俺が答える前に鑑定士が言った。

「古竜です。それも、何より強い癒やしの力を持つ真白の竜だ」

「…………は?」

 窓口のお兄さんがぽかんと俺を見上げた。


「なんで古竜が」

「さぁ。なんか懐かれてしまって」

「でも……こんな小さな古竜、いるんですか」

「縮んでいるんですよ。ちょっといじけてて」

「いじけて……古竜が……?」


 ルーカスが首を伸ばして、俺の顎に噛み付いた。

「いてぇ! ああもう、何すんださっきから!」

『浮気者』

 ルーカスの念話が頭に響いた。

『昨日、宿に帰らなかっただろう。女の香水までにおわせて……』

「あんたなぁ!!」


 俺は外套にかぎ裂きができるのも構わず、ルーカスの胴を掴んで引っ剥がした。翼でバシバシ手を叩かれる。それを無視して、小さな青い目を正面から見つめて言う。

「ゆうべは久々に先輩と会ったの。魔法学校で世話になった人だよ! ただそれだけ!!」

『どうだか』


 じたばたと暴れるルーカスから手を離す。小さな白竜が虹色の光に包まれたかと思うと、ぶわっと膨らんで、次の瞬間には背の高い銀髪の男が立っていた。青い目で俺を睨んでいる。鑑定士が怯えた様子で後退った。


「お前はただ話をするために、香水のにおいが移るほど近くに寄るのか?」

「そういう先輩なんだよ。昔から距離が近くて」

「そんな相手と二人きりになるな。私を連れていけと言っただろう」

「無理だって」


 昨夜一緒に飲んだ先輩は、魔法士というより研究者。古竜なんて目の前にいたら、鱗が欲しいだの血液を採取したいだの、うるさかったに違いない。


「お前は一晩も私を放置したんだ。いつ帰るという約束もなしにだ!」

「ちゃんと朝までに戻っただろうが」

「それが遅いと言っている」

「仕方がないだろ。次にいつ会えるかわからない人なんだよ。会える時に会わないと」


「えーっと……」

 鑑定士がぼそりと呟いた。

「……痴話喧嘩?」

「そうだな」

「違います!」


 俺はルーカスをキッと睨んだ。

「俺はあんたの番じゃないって言ってるだろ!」

「それを決めるのはお前じゃない」

「よく見ろ。俺は男だ、男!」

「それが何の問題だ?」

「大問題だろうが!?」


「いや、あの……あー。なるほど、そういう」

 窓口のお兄さんが何か言いかけて口ごもる。ルーカスの存在に気圧されてか、その顔は青白い。

 代わりに、鑑定士がおずおずと言った。

「諦めた方がいいです。古竜が番の性別を気にすることはほぼないから」


「は?」

「つまり、あなたが男性でも女性でも、この方……真白の古竜に気に入られた時点で、伴侶認定されてますよ……」

 はんりょにんてい……?

 俺のそこそこ優秀なはずの頭脳が凍りついた。


 俺がルーカスに出会ったのは、ひと月ほど前。迷宮に行った帰りのことだ。何か特別なことをしたわけじゃない。ただ歩いていただけの俺に、ルーカスが話しかけてきたのだ。


 いきなり番だの半身だのと言われて。断ってもしつこくて。仕方なく冒険者としての俺の仕事を手伝わせていたんだけど、こいつは凄まじく強い。治癒魔法の効果も防御の結界もすごくて……つい、一緒にいると便利だなぁなんて思ってしまった。そのままずるずるとひと月だ。


「ルーカス。あんた本気なの」

「だからそう言っている」

「ええぇ……」

 古竜は伴侶に執着するらしい。下手に逃げ出せば拉致監禁だと。鑑定士がもう一度「諦めた方がいいです」と言った。


「えっと……しかし、困りましたね」

 窓口のお兄さんが言う。

「たとえ古竜でも、飼い主がいない竜が街中にいるのはまずいんですが……」


「登録すればいいんだろう?」

 ルーカスが首を傾げた。

「私の飼い主は我が半身、ロイ以外にいない」

「だからそれだとあんたが俺の従魔になるんだよ」

「何か問題か?」

「いや、だって……」


 登録された従魔には足輪と首輪が着けられる。体の大きさを変える従魔はけっこういるから、どちらもサイズが自動調整される魔道具。ルーカスが装着しても首が締まるようなことにはならないらしい。


 けど……首輪だぞ。この美形に。それも俺が所有している証として着けるのか?

「私は人間の敵になりたいわけではない。首輪くらい気にしないとも」

 本人がそう言い張るので。ルーカスは俺の従魔として登録された。


 従魔の首輪をした銀髪の男が俺の腰を抱いて囁く。

「ロイ、知っているか? 街の中では従魔術士は自分の従魔から離れることを許されていないんだ」

 真白の古竜の青い目がきらりと光った。



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