第3話 婚約者が消えた③

三好は小さく「すみません」と呟くと、静かに涙を流し始めた。


「私、先輩と佐藤先輩が付き合ってること、知らなくて……。金子さんには相談されてたから、二人が付き合ってたことは知ってたんです。金子さんがちょっと危うい子だっていうのも……私、知ってたのに……すみません」


三好の言葉は懺悔というよりも、自分を責める悲鳴のように聞こえた。彼女の心優しさが、この状況をより一層苦しいものにしているのだろう。


私はまるで映画でも見ているかのように、その話を聞いていた。主人公は、私ではない。これは、私とは全く関係のない、遠い誰かの話だ。そう思わなければ、立っていられなかった。


涙は出なかった。その代わりに全身の毛穴から、ねっとりとした変な汗が噴き出してくる感覚があった。


ぼうっとした頭で、二つの考えが浮かび上がっては消える。


一つ目は、ああ、もっと早く会社の人に、佐藤と付き合っていることを堂々と伝えておけばよかったのだろうか。そうすれば、金子さんのストーカー行為はこんな悲劇を招く前に、公のものになっていたのではないか。


二つ目は、どうやって彼を問い詰めてやろうか。…ああ、佐藤はもういないんだ。なぜ、私を一人残して、こんな裏切りとも言える秘密を抱えたまま逝ってしまったのか。


しかし、どちらも考えてもしょうがないこと。

私は三好の頭を撫でることしかできなかった。


午後の仕事は、上の空だった。パソコンの画面を見つめてはいるが、何も見えていない。ただ、時間だけが、ざらざらと、砂時計の砂のようにこぼれ落ちていった。


またしても、自分がどうやって帰宅したのか分からないまま、気がつけば自宅のソファに座っていた。


LINEを開くと、佐藤のお母さんからのメッセージが、画面を埋めている。


『こちらの実家の墓に納骨をする予定です。落ち着いたら、ぜひ息子に会いにきて欲しい。ただ、お願いがあるの。来る時は、金子さんという方に場所を特定されないよう、細心の注意を払って来て欲しい』


彼の母親の切羽詰まった様子が、文字からも伝わってくる。


『金子さんがね、警察に何度も問い合わせをしているそうよ。息子のスマホにも、ずっと電話をかけてきてて、LINEの通知も止まらないの。どうやら……息子は、金子さんに遺言を残していたようで、亡くなったことを知っているのよ』


遺言――?


そのたった二文字が、私を打ちのめした。私には残していなかったのに。入籍を目前に控えた私ではなく、ストーカーまがいの行為をしていた金子さんに、なぜ?


息ができない。胸の奥が、氷で締め付けられるように苦しい。頭の中のガンガンという警鐘が、今度はドンドンドンと、頭の内側から激しくドアを叩くような痛みに変わった。


わからない。何もかもが、わからない。


「私もそっちに行って、佐藤と話がしたい」


無意識のうちに、そう口からこぼれた。その言葉は、悲しみなのか、絶望なのか、それとも、真実を知りたいという、狂気に近い渇望なのか。自分でも判別がつかなかった。ただ、彼の隣にいることだけが、この苦しみから逃れる唯一の道のような気がしていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ここで一度終わりとさせていただきます。

金子さんからコンタクトがある可能性があるのですが、まだ進展がないので何かあれば更新します。(ちなみに遺言の内容は聞いてます。)


後日談として、イタコに会いに行った話を執筆しますのでよかったらそちらも見てください!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約者が消えた 海豚寿司 @sushiosushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ