きれいな自然
島尾
自然、癒し、ストレス発散、……?
オフィスに拘束されて週5の9時5時で働く。周りはビル群、行き交う人々は無機質、家は住むだけの空間。このような人生は無味であり、必然的につまらなくなると思う。コロナ禍を経た今の時代の人の中には、労働するにおいて絶対的だった拘束から逃れた人々が日の目を見るようになったかもしれない。
1.
とあるドキュメンタリー番組が、脱サラしてノマドになった主人公の人生を切り取っていた。美しい自然と自由な仲間に囲まれて、行きたいところに車で行って、車の中を快適な個人空間に改造して暮らす。その暮らしが主人公の生き方に適合していて、これからもそう暮らしたい。
私はこの美しいかもしれない生き方に、1点の欠陥を見た。本当に些細かもしれないし、あるいは重大かもしれない。しかも自分の感想と言われるに違いない。
2.
京都府北部の海沿いの町、伊根町は、舟屋というもので有名となっているらしい。観光地としてprできそうだが、町は「ここは観光地じゃない」としているらしい。木造の舟を引き上げて乾かすために建てられた構造が昔から存在し、地元住民にとってはただの風景であろう。そこにいきなり部外者が珍しい物見たさに押し寄せて癒しを得るということは、脱サラしたノマド主人公の生き方と共通する1点の欠陥を感じた。
自然や伝統建築などに対して、醜悪さや残酷さ、危険などのネガティブな因子が存在していることを理解しているのだろうか。特に自由を求めてやって来る者である。
例えばリアス式海岸が綺麗な女川湾は、震災による津波で甚大な被害を受けて人が死んだ。若狭湾を震源とする巨大地震が起きたら、舟屋はぶち壊れて、点在する原発群も被害を受ける可能性がある。
ノマド暮らしで車中泊をしているとき、北海道の夜空を見て美しいと思うかもしれない。ヒグマが、狙っているかもしれないが。また、車が事故で大破したらどうなるのか。だが美しい自然は美しい自然のまま、助けてはくれない。
こんな物騒な可能性を挙げる必要はなかったかもしれない。私はとある自然豊かな地点Aにとても愛着を持っており、何度も赴いているのだが、その理由はそこがとあるアニメの聖地だからだ。このように、同じところに何度も行かないとその土地を自分なりに理解できないと思う。別の地点B,C,D……も存在する。言いたいことは、自然の美しいところならどこでもいいという発想は、その土地が唯一無二でなくともよいという感覚が付いて回るということだ。新しいところを次々に旅する生き方における欠陥といえるだろうし、入れ替え可能がゆえによく観察しないからネガティブな部分も見えない、または無視してしまうのではないか。
美しい自然などを求めて新しいどこかを次々と探し回り、実際に出向くことは、私は否定したい。オフィスで奴隷労働するよりはずっと良いが、「美」という上澄みだけを掬い取るような生き方はどうかと思う。
もう一つある。彼らが、その土地の価値をどれだけ知ったのだろうかということだ。「この場所だけはいつまでも残さねばならない」と思うに至る価値を見出すには、その土地のネガティブな部分を見てもなおポジティブが上回る必要がある。ノマドや観光客が価値を見出しそれを何世代も後の人に伝承する力があるのか、いや……。
旅をし続けるのにも限界が来るだろう。そのとき、自分の最も好きな土地に身を置くことが良いと思う。そうすれば、ゆくゆくその土地の価値を知る者として後世の人々にその土地のあらゆることを伝えることができるだろう。だが観光客にはそんな力は無さそうだ。表層の美だけを写真や動画にしてアピールし、付属として自分の人生イケてるアピールをしでかすかもしれない。それはその土地の自然と住民にとって不敬なばかりか、自分の人生自体をも陳腐なものに下げてしまい、すぐに自信がなくなるだろう。その反動で別の旅行地を探して、また同じようなことを繰り返すだろう。それぞれの土地は観光収入が得られるが、人的な繋がりは生まれない、または最初から切れているとも思われる。
タイトルの「きれいな自然」など無い。自然をちゃんと凝視すれば、かなり汚い部分があるのだ。人間自体も自然に含まれた物体にすぎないから、どこの人であろうが、やはり相当汚くて当たり前だろう。そして失望の果てに最後に辿り着いた「きれいな自然」が、皮肉にもオフィスの中であるという嫌な可能性を否定できはしない。
きれいな自然 島尾 @shimaoshimao
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