愛への返礼

藤島

愛への返礼

 大学の時分から通っている文具店。

 その店の場所は三十三間堂に近く、塩小路通りから路地に入ったところにある、はずだった。

「うそ……」

 しかし、昨年秋に訪れた店の中にはもう何も無く、店の名前だけがガラスにへばりついていた。雨風にさらされて削れてしまった店名が、閉店から時間が経っていることを物語る。

 慌てて携帯端末を取り出し、店名を検索。滅多に見ないSNSのアカウントが検索結果に表示され、下部には最新の投稿らしい「閉店しました」の文字が並ぶ。しかも更新日時は昨年末だ。この店で買い溜めた文具を使うために、日頃SNSを断っているのが徒となってしまった。

 あぁ、こんなことなら前に来た時、お金の許す限り文具を買っておけば良かった。日記帳もペンもインクも便箋も、なんなら文鎮だって欲しかったのに。

「もし。もし」

 呆然と立ち尽くす私に、小さな声で話しかけてきたのは、ねずみ。いや、襟に店名の入った羽織を着た面長の男性だった。心なしか顔立ちが戯画化されたねずみに似ていたので失礼な感想が頭に浮かんでしまった。

 男性は閉まっていた文具店の扉をそっと開け、ひっそりと続ける。

「あなた、長いことここに通っていたでしょう? あァ良かった、ようやく渡せます」

 何を、と問いかける暇もなく、男性は店の奥から何やら物がいっぱい入った紙袋を取ってきた。強引に渡された重い袋の中には、あの店の便箋やメモ帳がごっそりと入っている。

「あなたちっとも来ないんですから。よかった、これでようやくわたしもここから離れられます」

「あの、なんで閉店したんですか」

「えぇまぁ、いろいろありますけどね。これ以上やると化けの皮がはがれてしまいますからね。お世話様でした」

 男性はそそくさと店の中に戻り、鍵を閉めた。私はもう一度紙袋の中をのぞき込む。

 次に店の中に目を向けると、店の奥へ一匹のねずみが走り去るのが見えた。

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愛への返礼 藤島 @karayakkyou

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