魔王城の雀卓

梧桐 彰

魔王城の雀卓

「ロン、ピンフだけ」


「マジかよ!」

「東きたりなば、南遠からじ。次へ行きましょう、みなさん」

「ウッソでしょー! こんなんで東場終わるわけぇ?」


「あ、その、すいません。なんか出ちゃったんで……」


 魔王城の最奥、玉座の間とは似ても似つかない、妙に生活感のある一室。

 その中央に豪奢な全自動麻雀卓が鎮座している。


 ジャラジャラジャラ……


 重厚な魔力が込められた牌が、自動で攪拌されていく。

 卓を囲むのは、魔王軍が誇る四天王。

 しかし、彼らの顔にいつもの峻烈さはない。


「最強の剣」ことゴルゾが、引っこ抜くようにツモった牌を、叩きつけるように河に捨てた。


「最強の戦術」であるレツィアが、スッと細い指でその牌を拾う。


「ゴルゾさん、ポンです」

「んだよレツィア、また哭き麻雀かよ」


「東場やぶれて南場あり。西家春にして点棒少なし」

「お前の冗談、本当面白くねえな」


「ゴルゾったら、負けてるからってギスギスしすぎよぉ」


「最強の魔術」である紅一点のミストがキセルの煙をゴルゾに吹きかける。

「んだとテメェ!」 ゴルゾが卓を叩いて煙を散らした。


「あっ、あっ、あの……ゴルゾさん、山が崩れそう……」


 そしてこの自信のなさそうなのが、「最強のザコ」として四天王最弱の名をほしいままにするサイジャ君である。


 さて、この四人、今南一局に入ったわけだが、ものすごく点差が少ない。


南一局ゼロ本場で

東家(ゴルゾ):22,000点 (ラス目)

南家(レツィア):26,000点 (2着目・現在の親)

西家(ミスト):24,000点 (3着目)

北家(サイジャ):28,000点 (暫定トップ)


 という、どこからでも全員が勝てそうな凡戦である。

 そしてこれまでの勝負、流局、流局、流局、ピンフというなんだか盛り上がるところがなくて、全員とてもテンションが低い。


 そして実はこの四人、魔王の命令で、予算削減のため四人もいらないから今度から三羽烏にするぞと脅されているので、この麻雀でラスひいたやつを四天王から除名しようということになっていたのである。


 ところがトップ目がサイジャ。


 これはいけない。実にいけない。

 なにしろサイジャ君は最弱である。


 もし彼が勝ってしまったら、勇者なんかにとても太刀打ちできない。

 そもそも勇者を倒しうる唯一の必殺技が、剣と戦術と魔法を組み合わせたフォーメーションなのだ。


 サイジャ君は最弱なので剣も戦術も魔法も使えない。

 つまり、サイジャ君を追い出さなければにっちもさっちもいかなくなる。


 ではなんで麻雀で決めるのか。その理屈で魔王に押し通せばいいではないか。

 そうはいかんのだ。


 だって魔王様が「誰を追い出すかを決定する方法は、サイジャ、お前が決めてよい」と言ってしまったのである。


「じゃ、じゃ、じゃあ、公平に麻雀で……」


 それで今こうなっているのだ。そしてサイジャ君は順調に勝っている。


 まあある意味、誰も不正をしているわけではない。

 だが残り三人にとってはたまったものではない。


 実力勝負ではない。

 実利もない。

 つまり、全然納得感がない。


 あとがないゴルゾ、ついにテレパシーでほかの二人に話しかけた。


『おい、もういいから通しサイン使うぞ』

『しかし何を狙っているのです』

『三元牌が二枚ずつあるんだ。とにかく泣かせてくれ』

『いやよぉ。だってゴルゾが勝ったら三着のあたしが負けちゃうじゃないのぉ』

『いやゴルゾがツモったらラス目を引くのは親の私です』

『サイジャから出たときだけあがりゃいいんだよ。なんとかして振り込み牌ヤツの山に組み込んじまえ』

『できませんよ、そんなこと』

『ミスト、なんかそういう魔術ねえのかよ』 

『麻雀のサマのために魔術覚えないわよぉ』


 三人が談合している間に、サイジャはサイジャで悩んでいた。


 なんでこんなに弱いんだ。。。

 まじめにやらずに手なりで進めてるだけなのに、流局でどんどん点棒が流れ込んでくるとか意味がわからない。

 さっきなんか自分一人聴牌になりそうだったからピンフだけで上がったのに。

 もうやってるフリとかもやめてバンバン振り込みに行こう、そうしよう。

 

 もともとさっさと負けて引退するつもりだったしなあ。

 四天王になったのすら不本意なんだから、こんな人材不足の魔王軍さっさと抜けたいんだよ。

 

 気まずいし辛い。

 なんとかしてよもう。


 しかしそう言ってる間にオーラス。

 39000点、サイジャのトップはゆるぎない。


 焦る三人、いよいよ字牌をかき集めては誰か一人に回しまくるという、もう麻雀でもなんでもないアホみたいな戦術で躍起になっている。

 それなのに上がれたのがミストの南のみ一回きりという、もうどうにもならないタコ集団であった。


「西よこせ西! レツィアが持ってんだろ!」

「ないですよ! タンヤオ狙ってるの見ればわかるでしょう?」

「西もってんのあたしなんだけどぉ、三枚あるのに渡さなきゃなんないの?」

「小四喜が行けそうなんだよ! あと足りねえの西と北が二枚ずつなんだって!」

「全然足りてないじゃないですか!」


 もうテレパシーを使うのも面倒になって、堂々としゃべっている。


「あの、ツモっていいですか……?」


 サイジャ君がおずおずと手を伸ばす。

 そこでおもむろにドアが開いた。


「こらああー! 何をやっとるか!」


「「「「ひいいいー魔王様???」」」」


「神聖な麻雀でなんだこのルールの守れなさは!

 さっきから聞いてたがサイジャ以外誰もちゃんとやっとらんではないか!

 三人ともクビ!」


「そんなー!」


 こうしてサイジャ以外の四天王はいなくなり、サイジャが四天王最強となったのである。

 まあ他がいないから最強も最弱もないのだが。


 さて時は過ぎ、勇者が魔王城にやってきた。


「君が最後の中ボスなの?」

「はい。勇者様にはかないません。降参します」


「手向かわないものを殺しはしない。手紙を城外の部隊に渡してくれ。

 適切な待遇を約束する」

「勇者様の寛大な処置に感謝いたします」


 その様子を映し出す水晶玉を三人の魔族が見つめている。

 へたくそな三人麻雀をやりながら。


「ククク、サイジャがやられたようだな……」

「フフフ……しかし奴は四天王の中でも最弱です……」

「人間ごときに負けるとは魔族の面汚しよねぇ……」


 がらがら、がらがら。


「あ、上がった。ホンイツ」

「え、マジですか……いやそれダメです。役ないですよ」

「嘘だろ?」

「ソーズって読みにくいわよねぇ……」


 がらがら、がらがら。


 勇者たちと戦うこともないまま、三魔族はサンマを続けるのであった。


(おわり)

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魔王城の雀卓 梧桐 彰 @neo_logic

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