【10万年の後悔】掌編小説
統失2級
1話完結
その晩、武田聡が仕事から一人暮らしのマンションに帰宅すると、1階の郵便受けに小型の郵便物が入っていた。封筒の形状や柔らかい感触から判断するに、それは文庫本の様に思えた。しかし、武田には身に覚えの無い郵便物だった。ネット通販で注文した覚えも無ければ、懸賞に応募した覚えも無い。だけれど、宛先の住所や氏名は武田のもので間違いなかった。不可解ながらも武田はその郵便物を持って3階の自室に移動した。
自室で封筒を開封すると、中には予想通りに文庫本が1冊入っていた。タイトルは『これからの十年史』と書かれており、著者名は予言太郎とある。文庫本の他に同封されている伝票や手紙の類は何も無かった。封筒の表をもう1度見直してみると、発送元の欄には青森市の『咲海書店』との文字があった。それは、全く見知らぬ書店ではあり、武田は不思議に思うも、きっと何かの手違いで送られて来た文庫本なのだろうと、あっさりと結論付ける。後から返送を求められると面倒だなと思いつつも、そうなったらそうなったで無視すれば良いと武田は決意を固める。
2週間後の夕方、サブスクの配信で1本の映画を観ていた武田ではあったが、内容が余りにもくだらなさ過ぎて、途中で視聴をやめる事にした。就寝までにはまだ時間があるという訳で、武田はあの『これからの十年史』を読む事にした。その文庫本は小説でもなければ、ビジネス書や自己啓発本の類でもなかった。内容は今後、値上がりすると文庫本の中で断定されている国内外企業の株の銘柄が羅列されているという何ともインチキ臭いものであった。その冒頭で紹介されている銘柄は『千年電子カンパニー』という企業の株だった。記述内容によると『千年電子カンパニー』の株価は今後4カ月で342%値上がりするとある。武田は「つまらんのよ」と笑みを浮かべながら独り言を呟くと、文庫本をゴミ箱に放り投げる。そして、その後にはジャズを聴きながら冷凍食品の餃子をつまみに、麦焼酎を飲み始めた。
4カ月後、武田は自らの愚かさを強烈に呪っていた。何故ならあの文庫本に記述があった通りに『千年電子カンパニー』の株価が342%も値上がりしていたからである。(あの文庫本には400ページを超えるボリュームがあった。きっと文庫本の中には何百という企業の名前が記載されていてその株価は今頃、全部値上がりしているか、或いはこれから値上がりするのだろう。そんな有り難い文庫本を捨てるなんて、俺はなんとアホな事をしてしまったのか……。)武田は取り急ぎネットで『青森市 咲海書店』『これからの十年史』『予言太郎』と検索してみたが、ヒットするホームページやSNSや記事は1つも存在しなかった。文庫本の封筒には『咲海書店』の住所が記載されていた筈だが、その封筒はもうとっくに捨ててあり、住所は全く覚えていない。武田は落胆と後悔の念に押し潰されて働く気力も消え失せ、会社を退職した後は自室に引き篭もる様になってしまう。武田のショックは酷く凄まじいもので食欲も遂には消滅してしまい、約1カ月後には餓死してしまうのだった。
幽霊となった武田は自宅のあった兵庫県から青森県まで高速道路の道標に従って宙を飛んで移動し、青森市で『咲海書店』を探し出す事にした。しかし、どれだけ探しても『咲海書店』を見付け出す事は出来ず、1万年経っても10万年経っても武田は壊れた機械の様にただ1人で青森市の廃墟を彷徨い続ける事になるのでありました。
【10万年の後悔】掌編小説 統失2級 @toto4929
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