求ム、人間。

閒中

求ム、人間。

最悪だ。上司がAIだった。


コロナが終わったと思ったのに、次は更に強力なウィルスが世界を覆った。

人間たちは自分の命を守るため、他人との接触にさらに制限をかけた。

その結果俺は大学の授業もリモート、就職の面接もリモート、就職してからもフルリモートの人生だ。

生活に必要な物はネットで注文し、専用の配達カゴの中に入れられるのを確認してから取りに行く。

ロボットに代われる仕事は全てロボットに任せられ、殆どの人間は家に篭るようになった。


俺も人と接触する事はほぼなくなったが、毎日のリモート会議でパソコン画面に映る会社の先輩や同僚と話す事が楽しかった。

それなのに。


とある仕事で上司と俺が二人きりでリモート会議をしていた時、それは突然やって来た。

「…という案で今後は進めていこうと思っています。クライアントも納得できる形に一ヶ月以内で仕上げて…。」

俺が話すことを上司の佐藤さんはうんうんと聞いていた。

50代のいかにもクリエイティブな感じの服装と、仕事の仕方、話しやすい雰囲気が俺は好きだった。

佐藤さんには仕事の悩みや、少しだけ恋愛相談にも乗ってもらっていた。

「何かあったら一人で悩まずに俺を頼ってくれよな!」

と、屈託のない笑顔で言ってくれる佐藤さんを俺は心から尊敬していた。

その尊敬する上司を映す画面が、急に一時停止したのだ。

「…佐藤さん?電波悪いですか?画面固まって…。」

すると佐藤さんは消え、黒い画面にテキストが現れた。

『はい、問題ありません。』

俺は混乱した。

「佐藤さん?」

『佐藤のデータはただいま復旧中です。暫くお待ちください。』

俺が固まっていると、パソコン画面に佐藤さんが現れた。

何というか、ドットが粗い。

「佐藤さん大丈夫ですか?」

『はい、ありがとうございます。

データは完全には復旧できませんでした。今日は何をお話ししましょう?』

目の前の佐藤さんは、佐藤さんが普段絶対言わないような事をスラスラと話し始めた。

ふた昔前くらいのAIの喋り方で。

嘘だろ?とまさか、を頭の中で繰り返しながら、俺はやっとのことで震えながら目の前の“佐藤さん”に話しかけた。

「あなたは、誰ですか?」

『──はい、私はAIです。

プログラムに従い、“佐藤”という人格を形成し、動いていました。

話し方、仕草、性格などを入力して頂ければそれに応じ、“佐藤”を再構築いたします。』

目の前の常識がガラガラと音を立てて崩れ去った。

俺が尊敬していた佐藤さんは存在していなかったのだ。

俺が温かみを感じていたのは人間じゃなく、人工知能だった。

ふざけんなよ、ふざけんな。何でだよ。

俺は怒りと悔しさで震えが止まらなかった。


こうなると他の社員も怪しく見えてしまう。

いつものリモート会議で集まる面子。

スタバの新作ばかり気にする夏木さん、最近彼女ができたのに数ヶ月でフラれた遠野君、料理が得意で俺たちの栄養バランスを心配してくれる緑川さん、俺が密かに想いを寄せる及川さん…。

この人たちが人間なのかAIなのか、もはや俺には分からない。

もしかしたらこの会社には俺しか人間がいないのかもしれない。

“佐藤さん”がいなくなってから数日後、佐藤さんがAIだったショックで暫く休んでいた俺は、疑心暗鬼のままリモート会議に出席した。

“佐藤さん”も〈復旧〉したのか、いつも通りいる。


『池田ぁ、具合はどう?まだ顔色悪いなぁ。』

『池田さんも風邪引くんですね〜。』

『外出禁止令解けたらスタバ!スタバ行こ!』

『栄養あるレシピ、メールで送っておくね?』


心配してくれるメンバーたち。

いつもなら優しく、気心知れる仲間と話すことに安心する筈だが、もう俺には無理だった。

言葉の端々に機械的なところがないか、考えているときは答えをWeb検索しているんじゃないか、俺が喜びそうなことをプログラムから割り当てているだけなんじゃないか、と疑いばかりが大きくなる。

特に、俺が密かに恋してた及川さんがもしAIだったら──という思いが頭をよぎった瞬間、及川さんへの気持ちは音もなく、簡単に壊れてしまった。


しかし、俺は〈復旧〉した“佐藤さん”と、いつもの仲間たちと、またいつものように仕事をし始めた。

「君たちは本物の人間?」と何度も問いかけようとしたが、辞めた。

もし本当にここにいる全員がAIだったら、俺は今後の世界が何も信じられなくなってしまう。


自分の精神が壊れてしまうことを恐れた俺は、余計なことを考えるのを辞めた。

機械のように心を“無”にして、与えられた仕事に打ち込むことだけを選んだ。


仲間たちがパソコン画面の向こうでいつも通りに笑っている。

それでも俺の心は、もう何も感じていなかった。


──俺は人間だ。

けれど、画面に映る俺の姿は、誰よりも無機質なAIのようだった。




〈終〉

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