第6話 戦争に向けて
何時間もの移動の末、キリルはようやく徴兵センターに到着した。
到着した者は、すでに決められていた何グループかに分けられ、各グループごとに小部屋に待機させられた。キリルは自分がいる部屋を見回したが、ヴィクトルの姿はない。違うグループになってしまったのか、という期待を裏切られたような感情や不安が、キリルにのしかかってきた。
誰一人として言葉を発さない沈黙の中で、およそ三十分待っただろうか。
キリルたちとは一味違うオーラを纏った男が入ってきた。ズカズカと大股で、しかし一定の歩幅で歩き、軍服を着ていてもわかるがっしりとした体つき、そして、威厳に満ち、自分への自信が溢れる表情からして、教官かそれ以上の人間だろうとキリルは悟った。
その男(教官としておく)は、部屋の中にいる人数を確認した後、ひとりで頷き、「移動するぞ、一列になってついてこい」とキリルたちに指示をした。
教官について行った先は、最低でも三千人は入れる広さの、体育館のような場所だった。このように人を集める時以外は、訓練場として使われるのだろう。
そこには、さらに多くの男たちが一人も乱れることもなく綺麗に整列し、静止していた。
キリルたちもすぐに並んだ。数分かけ、ようやく最後に入ってきた者まで全員が並び終えた。何も話さず、少しも動かず、何分もの間整列し続けるのは、キリルにとって苦痛以外の何ものでもなかった。
それでも必死に耐えていると、列のあちこちが少しざわついた。それまでキリルたちを監視するかのように、なんの感情も感じられない冷たい目で視線を動かしていた教官たちが、ある一人の人物に頭を下げ始めたのだ。
キリルのいる場所からは、顔こそはっきりと見ることはできなかったが、この場にいる者の中では一番に老けていて、教官たちよりもずっと立派な軍服を身に纏っているので、国防大臣ではないかと考察する声がどこからか聞こえてきた(もちろん小声だったが)。
その人物は、教官たちとは打って変わり、実にゆっくりとした歩調でキリルたちの前に立った。
そして、まるで教師のようにはっきりとした大きな声で言った。
「諸君らは選ばれし人間だ。今、我が国の平和は、隣国により脅かされている。君たちの大切な家族や友人を守るため、そして我が国の平和を守るため。今こそ!我々は立ち上がらなければならない。この場にいる全員、共に全力を尽くして戦おうではないか!」
あちこちから「おおっ」と感嘆の声が上がり、拍手が巻き起こった。キリルは小さく拍手をしながら、国防大臣の口角が上がるのを見た。目は、笑っているのだろうか。
その後は、先ほどとは全くことなるグループに分けられ、一グループあたりの人数が増えた。教官の話によると、訓練は、このメンバーで行って《おこなって》いくらしい。
キリルは今日一日ですでに疲労を感じていた。
さらに、長々とした教官の話に耳を傾けると、早速明日から訓練が始まり、数ヶ月後には『特別軍事作戦』という名の戦争にキリルたちが動員されることがすでに決定しているらしく、余計にキリルを落胆させた。
しかしながら、こんな短期間で兵士を増員するということは、この国がかなり危機的な状況に陥っているということ。それをキリルたちに言わない、というのは何か事情があるのだろうか。どうやら闇が深そうだ。
訓練が始まった。訓練内容からとにかくキリルたちを殺人兵器に仕立て上げたい、という政府の意思を読み取るのは、実に容易なことだった。
訓練内容は、基礎的な体力向上を目指す運動から、銃の扱い方や手榴弾の扱い方まで、幅広く殺人術を叩き込まれた。
なかなかまとまった休憩をとってもらえず、今までたいして運動をしてこなかった一般人にとって、この訓練全てをこなすとなればかなり過酷だ。その上、サボりが見つかれば、厳しい罰を与えられる。簡単に言うと、ここは地獄だ。
ここには二パターンの人間がいる。「この戦争にやる気を漲らせている者」と「この戦争に対してあまり意欲的ではない者」。キリルは後者だ。誰になんと言われようと、殺人だけはしたくない。ヴィクトルであれば迷いもなく前者を選び、容赦なく、いや、喜んで敵を殺すだろう。
ヴィクトル以外にも、やる気がありそうな若者は、各グループに一定数いた。そのような者たちは、滝のように汗を流しながらも、目を光らせて笑顔で訓練に取り組んだ。中には休憩時間を削ってまで自主練をする者もいた。
訓練の休憩中、そんな人間を横目に見ながら、キリルは考えた。
この場にいる人間は、皆同じ場所に生まれ、多少の違いはあれど、同じような人生を辿ってきた人間のはずだ。なぜ俺は、ヴィクトルのように国のことを第一に考えることができないのだろうか。俺は、間違っているのか。
そのとき、すぐ近くに小声で俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
「キリル!おーい、キリル」
はっと顔を上げると、見慣れているはずなのに、なぜかとても懐かしく思える顔が、そこにあった。
茶髪で、真っ白な肌に一つ一つがはっきりとしている顔のパーツ。まるで仲間を見つけたかのような、子犬のような表情を浮かべている。
「ヴィクトル?!なぜここにいるんだ?違うグループじゃ…」
「やぁ。なーんか、久しぶりな感じするな。おんなじグループだぞ。昨日は話しかけるタイミングを完全に失って、お前も気づいていなかったけど」
「そ、うか」
体の底からじわじわと温かい感情が湧き上がってきた。これはきっと嬉しさだ。
「なんか元気ないな。大学で会った時みたいだぞ」
「ヴィクトルは本当に何も変わってないね。まあ、強いて何か言うなら、軍服が似合わないってことかな」
「ははっ、なんだそりゃ」
ヴィクトルの顔に向日葵のような眩しい笑顔が咲いた。
「ほら、もうすぐ訓練再開するぞ。立て立て」
「うん、行こう」
それから数ヶ月間、ここに来る前よりも距離が近くなったキリルとヴィクトルは、毎日共に励まし合いながら過ごした。
ヴィクトルの愛国心は全くブレていなかった。
戦争とは良いものなのか、悪いものなのか、キリルにはもう、わからない。
向日葵 琴梨 @haiena0306
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