奇々怪々ー記者が集めた十の声と影

第11話 螺旋の縄

　「ほら、早く行くよ」

そう言って君は僕の手を引っ張って家に連れて行こうとする。

昨日まで会社で夜遅くまで編集作業した体には堪えた。足が重くてうまく動かない。そんな僕を見かねて、彼女は僕を引っ張って行こうとする。

どこに連れて行こうとしているのか、それは分かっていた。石段を登り切ればそこには鳥居があって、神社がある。

　そこは彼女の実家だった。

　「もう、常に歩いて取材しているんでしょ？鍛えてるって言ってたじゃん。ほら、早く」

そう言ってさっきより強い力で手を握ってくる。僕も彼女に応えるように握り返す。分かっているよという意味を込めて。そしたら、彼女は楽しそうに声を出して笑った。

本当は言葉に出して言いたかったけど、明るく笑う彼女がいとおしくて、心が詰まって何も言えなかった。

そういえば、大切な人に言った方がいいって聞いたなって思うけど。後で良いかと思い、大人しく手を引っ張られて石段を登る。

一段一段、しっかりと踏みしめて。螺旋階段の鬼を話してくれた、あの老婆の事を思い出した。木が軋むような足音は鳴らず、螺旋階段でもない。僕は彼女と少しずつ登っていく。

　登っている時にふと思い出した。あの螺旋階段の鬼と狸の話をしてくれた老婆から始まり、色んな人と出会っていろんな話を聞いたこと。

取材と称して、いろんな不思議な話、怪異の話を聞いてきた。いつも黙って聞く姿勢をとったけど。取材終わりの電車や車の中で色々と考えてしまったり悩んだりしたこともあった。

彼女の話を聞いた時は、もう彼女には敵わない、もう結婚しようと決意した。あの時は、勢いもあったけど、でも彼女の話を聞いて、心の靄が晴れたような気がした。

彼女がいるおかげで、自分がいるんだなって今になって思う。そんなことをぼーっと考えていると右側に、山に続くであろう道に気がついた。あ、この道が彼女が言っていた道かな。と登りながら考えていた。

　「そう、この道。この道の先に行くとお稲荷様がいるよ」

　僕の考えを見透かすように、彼女が振り向いて、楽しそうに笑いながら、でもどこかからかうように言う。釣られて僕も笑った。

　「何かー不思議だね。…私と貴方が出会ったことが奇跡のよう。そしてそれはお稲荷様のお導きなのかもね」

　何か僕が言おうとしたところ、少しどこか感慨深そうに。でも何かかみしめているように言っていた。

　確かになーって思って口を開こうとしたとき。

　「ねえ？知っている？」

　先に言われたから、僕は彼女を見つめながら「何を？」って答えた。

　「禍福は糾える縄の如しって言葉」

　確か、良いことも悪いことも交互にくる、それが人生だよって意味だったと思う。

　急にどうしたんだろうって思って聞くことにした。

　「急に、どうしたの？」

　「あのね、良いこともあったし、悪い事もあったじゃない。私って。もちろん、あなたも」

　「まあね。取材で疲れたり、ミスして上司に怒られたりしたしね」

　「いろんなことがあって、いろんな人と出会って、あなたと出会った。そのうえで今、私幸せなのかなって」

　僕もだよって言おうと思ったら、石段を登り終えた。

　目の前には鳥居と、お稲荷様の石像が両脇にある稲荷神社が見えてきた。

　雰囲気が別の世界に変わったように澄んでいるような空気になったような気がした。

　「…さっき言った縄のごとしってさ、縄って1本じゃ縄にならないんだよね」

　「ん？…ああ、そうだね、螺旋のように糸を編んで縄にする感じだよね」

　「うちね、その螺旋って結構大切なことだと思うの。ほら、人って支えあった姿が漢字になったいうじゃない」

　鳥居の前で立ち止まった彼女の横に立つ。地面にあった2つの影が1つの影になる。

　「これ、うちの考えだし、間違っているかもしれないんだけどさ。誰でもどこかつながっていると思うんだ。でも貴方との繋がりはとても強くて。こうして一緒にいられるって奇跡だなって思ったの」

　「…そうだね」

　「それでね、螺旋のように絡み合っていろんなことを共有して、いろんなことを一緒に体験出来たらなって、今思ったの。あなたと共に」

　彼女が僕をじっと見る。僕も見返す。目の奥に愛おしさとやさしさが混在した色を感じた。そんな気がした。

　そして、彼女がゆっくりとした歩調で歩き出す。鳥居に向かって。

　「神社ってさ、女性の身体を象った形をしてるって知ってた？」

　初耳だった。さすが神社の娘って思った。同時になんでそういう形をしているのか気になった。

　「どうしてそういう形をしてるの？」

　「なんでだっけかな…生まれ変わる場所？的な。まあ神社ってそういう形をしてるらしいよ」

　何かあいまいだったけど、それも彼女らしいなって思った。

　生まれ変わる。つまり輪廻転生ってことだなって思いながら彼女の横を歩きながら考える。

　参拝した後に違う自分に生まれ変わるという事だったら自分は何をしたいだろうか。

　今みたいに取材をする生活をまた過ごしても良いかなって思うし、違う道に生きてみたい。

　でも変わらないのは一つあって、どんなに生まれ変わったとしても違う場所で生まれ変わったとしても、彼女と一緒に生きてみたい。

　そう思うし、きっとそうする、必ず。

　じっと彼女を見つめて考えていたせいで、僕が混乱していると思ったのか彼女が少し慌ててた。

　「と、とりあえず、参拝するよ！うちの家にはそれから行こう」

　少し落ち着かせてから行こうとしたんだろう。まあもともと参拝する気だったし、大人しく一緒に手洗いをしてから本殿へ向かった。

　2礼2拍1礼で…大丈夫だよなって思いながら彼女を見ながら参拝した。

　手を合わせて目をつぶって今日まであったことを思いだす。

　螺旋階段の鬼、鉄の檻の狸、霧のように消えた車、掛け軸と日本人形、白い狐、送りオオカミ、海辺の子、ぬりかべ、重箱の物語。

　あの酒屋の人が言っていたことを思い出す。それぞれには物語があって、線と線が重なるように交差して出会った。そう言っていたように思う。

　あー彼女が言っていたことってこういう事かなって思った。もしかして僕と彼女が螺旋のように絡みあうことで良いことも悪いことも乗り越えていこうということかな。

　長い事目をつぶってお祈りしていたように思う。色んなことを感謝しながら。いろんな出会いに感謝しながら。そして考えたのが、これから生まれてくる子供について。

　そうだ。参拝して生まれ変わるというのなら、今度は僕が語ることにしよう。

　今まで誰も語られたことがない話を。今度はこれから生まれてくる子に。ほかの人たちに。

　彼女にも語ってみよう。

　それが、僕の、僕たちの今を生きる者の役割の一つ。

　そんな気がしたんだ。