第13話 初恋との再会、僕は君を忘れる。
同年、七月七日。
夏、青菜は、先生や他の生徒とともに新幹線に乗り込んでいた。
夏は、ぐったりと椅子に座っている。
「あー、涼しー。やっぱ、新幹線の中は快適だなー」
「ちょっと、夏。もっと行儀良くしないとダメでしょ」
青菜は、表情がムッとしている。
「いいじゃん。どうせ生徒しか見てないんだから」
「先生に怒られても知らないよ?」
「先生たちは一番前と後ろの席だから大丈夫」
徘徊していた新香山先生は、夏の横で立ち止まる。
「美上くん」
「は、はい!」
「行儀良くしなさい。うちの生徒がだらしないって思われるでしょう」
「すみません。というか、誰に思われるんですか? 他の乗客いないですよ」
「キャビンアテンダントさんはいますよ」
「はい。すみません」
「よろしい。二人とも目的地までちゃんとするように」
「「はい」」
新香山先生は、再び徘徊を始めた。
青菜は、冷たい視線を夏へと送る。
「夏」
「え? 何? そんなに怒って。どうしたの?」
「私まで注意されちゃったじゃん。真面目な生徒としてやってたのに」
「不真面目なのがバレちゃったね」
「違います。真面目だから。不真面目なのは夏でしょ」
「いや、僕はいつだって優しくて真面目だよ」
「そうですか。すごいですね」
「返事がてきとーじゃん」
「だって、めんどくさいもん」
「酷いな」
新幹線内でアナウンスが鳴る。
「次は、静岡ー、静岡ー」
夏は、ぼんやりとした顔をする。
「ねえ、青菜」
「ん? お腹でも空いたの? ご飯はないよ」
「違うよ。僕たちって今からどこにいくんだっけ?」
「忘れたの? 次の駅の静岡までだよ」
「なんで?」
青菜は、深くため息をつく。
「高校の毎年恒例の行事でこの時期は、遠足に行くんだよ。私たち三年生は静岡なんだって」
「静岡に行って何をするんだろう」
「もらったしおりみなよ。そこに全部書いてある」
「しおり忘れたかも」
「本当に何してんの?」
「ごめん」
青菜は、しおりをバックから取り出して開く。
「まずは、二時間半の班別自由行動だって」
「いきなり自由行動かー。することなくない?」
「静岡の人に怒られるよ」
「ごめん。それで? うちの班は誰がいるんだっけ?」
「私と夏、あとは新香山先生だね」
「えー、先生と一緒かよ。だるい」
「いいじゃん。せっかくなんだし、楽しもうよ」
「自由行動は、どこ行くか決まってるの?」
「えーっとね。一旦、静岡駅でご飯を食べてから、三保松原っていうところに行く予定になってるよ」
「三保松原? 何それ?」
「なんかよく分かんないけど、天気が良かったら富士山が見えて、海と砂浜がとっても広大らしいの。写真でしかみたことないけどね」
「そうなんだ。そこ行ってどうするの?」
「夏もたまには自然に触れるってことした方がいいよ。ストレスが解消されて気分がよくなるよ」
「そうですか。そりゃいいね」
「でしょ!」
夏と皐月は、雑談をして到着までの時間潰しをする。
数時間後。
新幹線内でアナウンスが鳴り響く。
「まもなく到着いたします。静岡ー、静岡ー。お忘れ物がないようにお気をつけください」
夏と青菜は、荷物の準備をする。
青菜は、慌てている夏のことを呆れた表情で見ている。
「もう夏。そんなに慌てなくてもいいんだよ。アナウンスから数秒後につくわけじゃないんだから」
「そうか。じゃあ、ゆっくりでもいいか」
「でも、夏は急ぐくらいがちょうどいいかもしれない」
「どういう意味?」
「いつも準備遅いじゃん。おまけに忘れ物するし。また何か忘れてるんじゃないの?」
「忘れてる?」
夏は、ぼんやりとした顔をする。
「どうしたの? 夏」
「あ、いや。忘れてる・・・・・・大切な何かを忘れてる気がしたんだけど、気のせいか」
「もうほんと大丈夫?」
「う、うん。とりあえず大丈夫」
再びアナウンスが鳴る。
「到着いたしました。静岡駅でございます」
生徒たちがぞろぞろと新幹線から降りていく。その波に乗って、夏と青菜も一緒になって、新幹線から降りる。
静岡駅内はかなり落ち着いていて、名古屋駅に比べたら人で溢れかえってはいない。地方の駅だなとちゃんと感じる。
自由行動前の生徒全体への説明と注意事項が終わって、夏、青菜、新香山先生の三人は集まっていた。
新香山先生は、ワクワクした表情をする。
「それじゃあ、二人とも。早速何食べる?」
夏は、スマホで調べながら周囲を見渡す。
「やっぱり魚介じゃないですか? 海が近いし」
「良いね。青菜さんは? 食べたいものとかない?」
「私も夏と同じで魚介ですかね? 特にマグロとか食べたいです」
「分かった。それじゃあ、マグロを食べに行こうか」
「「はい」」
突然、男女カップルらしき人たちが夏の肩を軽く叩く。その内の男性が夏へ質問をする。
「すみません。名古屋駅まで行きたくて。新幹線の乗り口って、どちらか分かりますか?」
「あ、はい。あちらの改札を通れば新幹線に乗れると思います」
「本当ですね。書いてありましたね。ありがとうございます」
「いえ」
男性は、夏の顔をじっと見る。
夏は、怪しい人を見るような目を男性に向ける。
「な、なんですか?」
「すみません。人違いだったら申し訳ないんですが、どこかでお会いしたことありましっけ?」
「えーっと、多分ないと思います」
「ですよね。ですけど、なんか今日初めて会った気がしないと言いますか。どこかで、すでに出会っているように感じました」
「・・・・・・良かったらお名前を教えてもらえますか?」
「あ、申し遅れました。柳沼健太と申します。こっちは恋人の奥原華と言います」
華は、健太の後ろから夏に対して、ペコっと頭を下げる。
「えーっと、僕の名前は、美上夏と言います」
健太は、不思議そうな顔をする。
「やっぱりどこかで会いませんでした」
「会ってないです」
「そうですよね。おかしいな?」
華は、微笑みながら前に出る。
「私も不思議と出会ったことがある気がしています。しかも、この子だけじゃなくて三人とも」
青菜は、頭を小さく下げる。
「初めまして。釧路(くしろ)青菜と言います」
「よろしく」
華は、新香山先生のことをぼんやりと見る。
「あなたはもしかして私の友達にいましたっけ?」
「いませんよ、多分ですけど。私は、この子たちの教師をやっています。新香山と申します」
「そうなんですね。よろしくお願いします。ちなみに下の名前は?」
「雪(ゆき)です」
「雪・・・・・・なんだか呼び慣れたような気がする名前。不思議な感じ」
「そうですか」
健太は、何かを思い出した表情をする。
「あ! もうそろそろ新幹線が出発する時間だ。俺たちは行きますね。教えてくださりありがとうございました」
健太と華は、急ぎ足で新幹線乗り口の改札へと向かっていった。
新香山先生は、ふーと息を吐く。
「さて、二人ともマグロを食べにいくか」
「「はい!」」
三人は、マグロを食べるために場所を移動する。
夏、青菜、新香山先生は、バス乗り場でバスを待っていた。三人とも満足そうな顔をしている。
夏は、辛そうな顔をする。
「やばい。食べすぎた」
「もう夏。調子に乗って大盛りをおかわりするからだよ」
青菜は、呆れた顔をしていた。新香山先生は、その一連の会話を微笑ましく見ている。
「僕だってやめた方がいいって分かってたんだけど、せっかくだからって張り切っちゃった」
「自分の限界くらい自分で分かるでしょ」
「青菜が悪い」
「なんで私が悪いことになるの? 私のせいにしないでよ」
「青菜がもっと食べないの? とか言って僕を煽るから」
「自分で断らない夏が悪い」
「ん?」
「どうしたの?」
「後輩の綾里から連絡がきてた」
「優ちゃんからなんてきてたの?」
「えーっと? お土産はうなぎパイがいいなーだって」
「良かったじゃん。可愛い後輩からお願いされて」
「クソガキ過ぎるわ」
「それもご愛嬌でしょ」
夏と青菜が会話をしている間にすでにバスが来ていた。夏たちは、そのバスに急いで乗り込んで次の目的地へと向かう。
夏たちは、バスで三保松原まで来ていた。
広大な砂浜と海が視界一杯を埋め尽くしている。滑らかに肌へ触れる海風が左右と前方から吹いてくる。
青菜は、海辺に向かう夏に声をかける。
「夏ー! 私たちは先に下にあるお店を見てるねー!」
「分かったー! あとで行くー!」
青菜と新香山先生は、夏を置いてお店へと向かって行った。
夏は、砂浜を一人で歩く。
「気持ちいいな。なんだか全てがどうでも良くなるくらいだな」
ぼんやりと海を眺めている夏に、ピンク色の羽衣が空から降ってきた。
「なんだ、あれ」
ひらひらと落ちてきた羽衣に対して、夏は落下位置に両手を出して受け取る。
「これは・・・・・・羽衣?」
夏は、周囲を見渡す。側には誰もいない。
「風で吹かれた落とし物か?」
夏は、何かを思い出した顔をする。
「確か青菜が言ってたっけ? ここ、三保松原は羽衣伝説の場所で有名なんだって」
夏は、ふっと笑う。
「まさか、天女はさすがにいないよね」
「いるよ」
夏は、目を見開いて声をした右側へと体を向けて見る。そこには夏と同い年くらいの少女が立っていた。
夏は、不思議そうな顔で少女のことを見る。
「これ、君の?」
「うん。そうだよ。拾ってくれてありがとう」
夏は、少女に羽衣を手渡す。
「ねえ、一個聞いていい?」
「いいよ」
「いるって何が? まさか天女が?」
「そのまさかだよ」
「本当に?」
「本当だよ。嘘かどうか、自分の記憶に確かめてみなよ」
「なんで僕の記憶? 天女なんて見たことありません」
「本当に?」
「本当だよ」
夏は、何か引っ掛かった顔をする。
「本当に見ていない・・・・・・のか・・・・・・僕は・・・・・・天女を見たことは本当にないのか?」
少女は、ニコッと微笑む。
「夏!」
「!?」
「私! やっぱり夏のことが好きー!」
「!? 僕は・・・・・・さつ・・・・・・き? 皐月!」
「何?」
皐月は、満面な笑みで返答をした。
「僕は皐月のことが好きだ!」
「嬉しい! 思い出してくれたんだ」
夏は、皐月の姿を見て、数滴涙をこぼす。
「皐月!」
「夏!」
二人は、お互いに駆け寄って抱き合った。
こうして、夏は初恋との再会を果たすことができた。
初恋との再会、僕は君を忘れる。 ひなつ @hinatu1230
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