ふふふはははの腕相撲

藤泉都理

ふふふはははの腕相撲




 おまえも気を付けろよ。

 友人に忠告された時、坤月こんげつは大丈夫だと満面の笑みを浮かべて返せば、友人はますます厳めしい顔になって言った。

 その油断が命取りだぞ。


「おまえの付喪神もおまえに嫌気をさして気がつけば失踪している、なんて事になりかねないからな」











(私に嫌気をさして気がつけば失踪している、か)


「どうした? 坤月。集中していないと脚立から落ちちまうぞ」

「ああ。悪い」


 坤月は話しかけて来た義腕の付喪神である良月りょうげつに謝罪をしたのち、両手刈り込みばさみを器用に動かし続けた。

 坤月の職業は植木屋であり、今まさに個人宅にしては大きな庭で落葉しまくっている落葉樹の伐採を行っている最中であった。


(いけない、いけない。仕事に集中しないと)


 大学生の時に交通事故に遭った時に片腕を失った坤月が、メンテナンスを繰り返しながら同じ義腕を使い続けて十年が経った。

 五年が経過した頃に義腕に付喪神が宿り、良月だと名乗ったかと思えば、坤月の意見を無視して好き勝手に動くわ動くわで大変な思いをしたが、坤月がふと、腕相撲をしようかと提案すると、興味を持ったらしくやってみたいと声を弾ませたばかりか、一度やってみるとよほど気に入ったらしく、何度も何度も腕相撲をやろうとせがんで来て、満足するまで付き合ったら漸く坤月の意見にも耳を傾けてくれるようになったのであった。


(そういえば、最近。腕相撲をしようとせがむ事もなくなったな。もう飽きたのか………飽きた? 飽きたのは腕相撲に? それとも私に?)


「ん? どうした、坤月。腕が震えているぞ。疲れたのか? なら俺が代わりに伐採するぞ」

「いやいやいや。大丈夫。うん。さあ、丹精込めて伐採するぞ」

「坤月。脚立から下りろ」

「………はい」


 坤月は良月の言葉通り脚立を下りて地面に立つと、良月を見つめた。


「俺に言いたい事があるなら言え」

「………いや。最近腕相撲をせがまれなくなったのは何でなのかなあっと思ったら気になってしまった」

「………そんなの当たり前だろ」

「え? 何が? 何が当たり前なの?」

「俺と坤月の腕相撲の勝敗数は何だ?」

「え? えーと。私が三百十二戦三百勝十二敗。良月が三百十二戦十二勝三百敗だ」

「そうだ。俺は三百敗もしているんだぞ。三百敗。昔は坤月はつええすげえとしか思わなかったが、今は違う。負けたくないって思ってんだ。だから。俺は今、鍛えて鍛えて鍛えまくってるんだ。坤月。おまえに勝つためにな」

「良月」


 坤月は思わず片手で口元を強く押さえた。


(何だろう。何だろう。何だろう? この気持ち。嬉しいようなちょっぴり寂しいようなこの気持ちは何だろう?)


「っふ。ふふ。そうか。でも。私は負けるつもりは毛頭ないよ」

「望むところだ!」

「ふふ」

「ははは」

「ふふふふふ」

「はははははは」

「ふふふふふふふふふ」

「ははははははははははは」




 親方に注意されるまで、坤月と良月は笑い合ったのであった。












(2025.10.20)



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ふふふはははの腕相撲 藤泉都理 @fujitori

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