穏便なやり方

「さてと…覚悟はいいな?」


状況を瞬時に認識した如月が女性を見つめる。その目に萎縮し、弾けるように女性は喋り出す


「っ!私は悪くないわ!家出してる奴を連れ戻そうとしただけで!!」


その言葉に如月は思うところがあったのか、フムと少し考え、喋る



「…確かに、貴女の行動に“正当性”はある」


如月はにこり、と笑った。少々観察眼に優れた山田ならわかる。昼間の取材と同じ笑顔の仮面だ。


「…でしたら、こうするのは如何です?…お互い今日のことは“無かった”ことにしましょう。私たちは何も見てない、会っていない…と」


女の様子を観察しながら話を続ける。


「その代わり、貴女には黙ってくれる対価として報酬をお支払いしましょう…金額は最低でも数千万…私のポケットマネーから後日お支払いしましょう。どうでしょう?お互い悪くない話ではないでしょうか。宜しければこの場で“契約”を…」


この言葉はハッタリなんかでは無い、現に如月はグループのCEO、数千万なんてすぐに払える額だ


「───必要ないわ」


ピシャリと女はその契約を断った。そして一旦は治ったその激情が見る見るうちに湧き上がっていった


「私のことを散々コケした!それだけで関係ないわ!お金の関係じゃない“私のプライド”の問題よ!」


その激情を真正面から浴びても如月の顔は変わらない


「なるほど、話には応じない…と?」

「ええそうよ!お金なんかじゃあ解決しないわ!」

「そうですか、そうですか───では凌牙、頼む」


その笑顔の仮面を崩すと同時に、グローブに向かって合図を飛ばす


『あいよ』


軽い返事が山田の鼓膜に入ると同時に、空気の膜が壊れる感覚がして、山田の体から圧迫感と息苦しさが消えた


しかし女性はその音を聞いたと同時にワナワナと震え、血相を変えた


「どうして!?なんで“結界”が……!」

「自身の“霊力”を混ぜ込んだ空間を形成して有利な空間にする……簡単にいえば空間内全てが自分の手足として動かせるようにする“結界”…」

「ハッ!」


女性が驚愕した顔で安倍を見る。いつのまにか安倍を拘束していた式神は影も形もなくなって、安倍は机の上に座っていた。


「ポピュラーな結界術の一種で、簡単にパワーアップできる反面…結界の消滅と共に弱体化してしまう……例えば使っていた“術”が全て解除してしまうよう…なーんてことも」


安倍が少々くしゃくしゃになっているヒトガタを持ちヒラヒラと手の中で遊ばせ。誰に聞かせるわけでもない説明をした


「っ!答えなさいっ!一体何をしたのっ!!」

『テメェらは2人1組のツーマンセルで活動する“退魔師”…結界術を貼りサポートする結界術師と式神術で直接祓うアンタのコンビネーション…見事だぜ。ただ1人がやられたらグダグダになるのはいただけねーな』


小型ドローンから人を小馬鹿にするようなターンの凌牙の声が聞こえてくる。どうやら無事だったみたいだ


「鮫島先輩!無事だったんですか!」

『おう、ちょっと心配かけちまったな

「…さて、これが最後です。今からでも遅くはない…」


如月は諭すような落ち着いた声で女性に語りかける。それを聞いた女性は付き物が落ちたような顔つきになり、はぁとため息をわざとらしくついた後


「分かったわ……ただ約束してちょうだい。あの人が気絶した分まで吹っ掛けるから」

「──はい、問題ないですよ。安倍、頼んだ」


如月は先ほどの顔に戻り、安倍に合図をする。安倍は人使い荒いんだからも〜、とぼやきながらも2人の間に入り込み握手をさせ。


何かを喋ると2人の間が一瞬光ったように見えた。なんなのかわからなかったが、おそらくそれが如月の言っていた“契約”だろう、と思った。


「これで今日のことは無し…と言うことで」

「分かったわ…あぁ、それとこっちの“仕事”を終わらせなくちゃね」


そういい、宙に浮くセーラー服の少女に向き合う。安倍はそれを聞いた瞬間に、教室の外へ駆け出す。


「“幽霊”…ですか?」

「そう、珍しいでしょう?私も驚いたわ。初めて本物を見たから……さて祓わなくちゃ」


彼女は、セーラー服の彼女…幽霊に向き合うと日本語だか英語だかわからない言語で呟き出した。


すると幽霊は苦しみもがくような仕草を見せた。それを見た山田は居ても立っても居られずに大声を出す


「ちょ、ちょっと待ってください!彼女……なんか苦しんでないですか!?」


山田は今日初めて怪異というオカルト的存在を知ったが、今まで見てきた怪異と違い…危険な感じがしなかった。


だというのに、鎖やらお札でぐるぐる巻きにして苦しむようなことをするのはどうなのか?という旨を伝える。


女性はそのことを聞くと、少し思い悩んだ仕草を見せて山田に謝る


「……確かにそうね、危険な怪異と同じ方法で祓おうとしてしまったら彼女の苦しみは終わらないわ。ごめんなさいね」

「あ、いえいえ!こちらこそ素人が口を聞いてすいません!」


先ほどまで見せた態度がすっかり鳴りを潜めた様子がおかしかったのか、フフフッとまたまた笑った。


そして女性は、幽霊に巻き付いている鎖とお札をゆっくりと慎重に外して、幽霊の拘束を解く。


そして彼女は、また日本語とも英語ともわからない言葉を呟く……しかし先ほどのような刺々しくは無く、柔らかさと優しさを感じるように、優しく丁寧に


それが数十秒続くと幽霊の体から光の粒が溢れ出して、それと連動するように幽霊の体がさらに透けてさらに奥が見えてくる。


「……」


その様子を見守っている山田に対して、幽霊は微笑み


“■■■■■”


と呟き完全に消えた。山田は別に読唇術に精通してるわけでも読心術に急に目覚めたわけでもない。しかしなんと無くだが彼女の言いたいことはわかった


“ありがとう”






「じゃあこれで解散ね」


当初の仕事が教室に住み着く幽霊の成仏だった女性はすぐに帰って行った。最後の最後まで本名は明かしてくれなかった。


本人曰く「必要になったら喋る」とのこと、結界術師を引きずりながら帰っていく姿はアグレッシブだなぁという感想が残った。


「できれば、次は会いたくなわね…“如月CEO”」


どうやら強かな面も併せ持っていたみたいだ


「じゃ、こっちも解散っすね」


いつの間にか戻ってきた安倍と合流して、今はホラゲー開発部の部室の中にいた


「記憶処理…」


先ほど言われたその言葉を噛み締めるように呟く


「…正直な話、行動力や優しさは…正直我々に欲しいぐらいだ…しかしやはりお互いの幸せのために…頼む」


如月が半端泣きそうな声で喋る


「ちょっ、やめてくださいっすよぉ…せっかく笑顔でお別れしたかったのにぃ…」


安倍は如月のその泣きそうな声に釣られて、泣く


『安心しな、ちょいと眠るような感覚だからよ』

「……はい、わかりました」


合成音声だから声からはわからないが、手は少し震えているのを見ないフリしながら覚悟を決める


「それじゃあ、お休みなさい」


山田の感覚が無くなり、海の中にいる夢を見た。

海の中に自分は漂っていたが、目の前に何か大切なものが見えた…山田はそれを掴もうとするがあと一歩の所で掴み損ねる。そして下に引き摺り込まれて………

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ホラーゲーム開発部に取材しに行ったら本物だったんですけど ジャージ @132ey5879

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