芯。

木田りも

芯。




 ここにいる。


と、それは言う。安心してどこへでも行っておいで。帰る場所、戻れる場所はここにあるよ。と言った。僕はきっと、芯なんだ。決してブレないあなたの芯。あなたがどこにいても大丈夫なように支える芯。つまりは、そういうことだから。だから、安心して出かけておいで。僕はここにいる。


行ってきます。


____________


 1人で過ごす日々。嫌気が差したわけでも、孤独で寂しいというわけでもない。まあ、少し寂しいのは認める。ただ、ふと気づいた時に、あーいま1人なんだなぁーって思う。寂しいわけではない。寂しいわけではない。寂しいということを認めたくないだけ、というわけではない。うん、そうだ。寂しいんだ。なんとも言えない焦燥感。正しくないんじゃないか自分。

腫れ物なのか?だから1人なのか。

望んで1人になったのに、世間はそうは見てくれないのか。見たいように見るのだ。自由だ。だから、あなたも私も例え相手に都合が悪かったとしても芯をぶらすな。って言ってた人が少し嫌われている未来を予知した占い師がいた。まあ、それは僕なんだけど。だから、たまに僕はブレる。気に入られようとブレる。嫌われないようにブレる。なんか、ブレる。でもそれで良いと思う。人間らしいってこういうことを言うと思う。


明日は、誰かが死ぬほど生きたかった明日?

うるさい。僕は疲れてるんだ。僕は誰かじゃない、あなたじゃない。僕の人生は僕が決める。ポジティブもネガティブも僕が決める。


寝ながら受けられる授業を受けていた。1番前の席で受けていたものだから、間接的にみんなに見られていると思うと少し恥ずかしいが、眠気には勝てない。しかも授業も面白いものだから、布団をかぶり目を閉じたまま、内容がどんどん入ってきた。足を立ててしまい、後ろの視界を邪魔してしまったと思い、布団を直し、周りを見る。周りは周りで布団に入っていたが、目をしっかりと開けて授業を聞いていた。布団をかぶっていたのは僕くらいだったかもしれない。後ろの方ではきっと普通に座って授業を聞いている人たちもいると思う。僕は自分を恥じた。授業の前にも図書館で寝ていたのだから。どれだけ寝るんだ、と思った。恥じながらも、もう過ぎた時間は取り返せないのだからこれからだと言わんばかりに、僕は布団を戻して、机に座ろうとした。おそらく、そこら辺で夢から覚めた。


安心している時にしか不安定は描けない。何故なら不安な時は、安定させることしか考えることができないからだ。人生は、こんなふうにあべこべに出来ていると思う。この前まで思いつかなかったアイデアは、そこから全く関係ないこと(例えば、小説のことなんて考えずにたくさん寝たり、友だちと遊んだりすること)をしている時ほど、思い浮かんでくる。選び切れないくらいに。そんなことを言っていたら不安定になった自分がいた。ここに戻ってきて、つい4〜5日前の自分に声をかけたい。今僕はとても不安定で不安で、怖いよ。だけどまた変化は必ず訪れるのだから、おとなしく待ってるよ。


そして、この話の着地は、不安定であるからこそ、文章という不変なものを残し、後から僕自身がこの物語を読んで、安心したり揺らいだりするためなのだと思う。この物語は、やはり自分自身に書いている。自分自身が書きたいもの、読みたいものを自分に向けて書いているのだと思う。そしてこれはおそらく、自分自身を愛せてるということなんだと思う。僕は自分が好きなんだと思う。良くも悪くも。


 最近は音楽というものの力を感じます。

どんな背景があってどんな思いでその曲が作られて、それを聞く消費者である我々に、耳という聴覚が備わっている部分を使って届けられる。聞き流すこともあれば、聞くだけで涙が流れることもある。好き嫌いもあって、専門家もいて。愛するという気持ちがあれば、どんな音楽も好きになれると思った。だからあの音楽を嫌いになる術が欲しかった。僕はその力に敵わないのかもしれない。


 きっと核心を突くのが怖いのだ。

自分が書きたいものはダラダラと先延ばしにすることではない。目的地に向かって収束していくような話。だけど、今までの生き方とか気づいたことの中で、回り道をしたり、効率よく進めなかったからこそ気づいたこと、より良く良い方向に進んだと感じれたこと。そんなことから、安易に結論に行くのはどうなのかと考えるようになった。良い意味で慎重になれたことで、失敗が減った気がする。とても良い傾向だ。だけど、あの頃の突っ込んであとはどうとでもなれ!の時のような躍動感は減ったし、大失態、大失敗もあったけれど、大成功!がなくなった気がする。これがまた、もう元には戻れないんだろうと思うし、これが、大人になるっていうことなのかもしれない。


 芯がなくなって取り替える。そうだ取り替えればいいんだ。トイレットペーパーみたいに、なくなれば取り替える。終わったら始めればいい。終わりが見えるのは嫌だけど、また始めればいいんだ。簡単な事だ。世の中、簡単だ。簡単なものが何個かあると難しいと思うんだ。簡単が増えると、難しくなるんだ。簡単と便利は何が違うんだろうね。簡単に見せかけた何かなのかな。簡単に近づける要素に便利は、聞こえはいいけど、あんまり良くないのかも分からないね。芯は取り替えられる。強く植えて、また取り替えて、いつか頑丈になればいい。綺麗でも汚くても、どっしりとした芯になるように。


 コメントを読んでいると、ざっくりと読んだだけで、なんとなくその全体を予想して、批判する事が増えている。豊かな日本語のはずが、表面だけ聞こえの良い言葉を使うことになってしまっている。僕たちはこんな国に住んでいたのか。豊かで平和な日本に住んでいるだろう?ならば、この日本語をどれだけ美しく使えるか知っているはずだ。ありがとうの尊さも、ごめんなさいの潔さも、死ね!の暴力性も、全て、あなたならわかるはずだ。一度でも言われたことがあるならわかるはずだ。一度でも言ったことがあるなら身に染みてるはずだ。それをぶつけた時の相手の表情。痛み苦しみ。笑顔、ニヤケ顔、蔑む顔。全部覚えてる。思いが形になった瞬間の嬉しさ悲しさ。形になってしまった戻らなさも。僕たちはもう大人だ。小さい頃に感じたいくつもの感情をこうして言葉にして、置いておくことができる。僕はあの頃のぐちゃぐちゃな言葉と感情を形にするために小説家になったんだ。


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 ただいま。


 声がした。もう帰ってくるとは思っていなかった。僕はトイレットペーパーの芯のように雑紙のゴミ箱に捨てられたと思っていたけど、人生って面白いもんで、時々、伏線を回収することがある。意図していない布石が、あなたを、待っていた。「待つ」ことは嫌いだった。

でもそんな、不確かで不安定な行為への信頼度が増した。君のおかげだ。ありがとう。

元の鞘に戻る、というのは実はあまり好きではない。覚悟を決めたのなら、もう2度と会わない、帰らないと決めてくれ、と思っていた。回復するまで時間がかかるかもしれないけど、それでも時が全てを解決するのは知っているから。でもだけど、その前に僕たちは人間だ。

AIじゃない。喜怒哀楽、寂しさで行動したって良いじゃないか。理論的じゃない、建設的じゃない僕たちの悪あがきは、きっと人間にしかできなくて、人間にしか響かない。だから、こんなに無責任で、傲慢で、一度大嫌いになったものに対しても、こう言う。


 おかえり。
















終わり。








あとがき。

読んでくださりありがとうございました。

人間は感情で行動する生き物であり、絶対、というものがない生き物だなぁと最近強く思っていました。僕自身、「絶対」という言葉が好きで、恐らく安心したい意味で使っていたのですが、それで自分自身を縛り続けていたのだと最近気づいて、それから、「絶対」を使わなくなりました。

安心するための「絶対」をやめてから、失うものも増えました。でもそれで残るものはきっと本当の意味で大切で大事なものだと気づきました。


人生で大事にできるものは、僕はあまり多くないことにこの歳で気付けたことはたぶん幸福でした。全部を抱える、抱えようとすると、人は落としたり失くしたりするので、持てるものを持てる範囲で大事にしようと思います。


改めて、読んでくださりありがとうございました。

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