スティル・アライブ(大人の残酷童話)
闇河白夜
スティル・アライブ(大人の残酷童話)
ある元男性アイドルが、十代のころ所属していた事務所の社長から性加害を受けていたことをメディアにバラしたのだが、事務所の力が強く誰からも相手にされないばかりか、もうおっさんで見る影もないので彼のファンたちには「イメージ壊すなよ」「なんで黙ってないんだサイテー」などと嫌われて炎上した。男の性被害は社会的に認められないので、警察も彼の訴えを笑うだけで終わり、また元アイドルという「勝ち組」の立場なので誰からも同情されず、重度の鬱になった彼は、数か月後に自殺した。「さすがに、これは酷い」という声も出たが、大多数はあまり気にせず、この件は忘れられた。
しばらくして、事務所の彼の元マネージャーが首を吊って死んだ。遺書はなかった。次に取締役の一人が車で事務所のビルに突っ込み、首を折って死んだ。これも動機が不明だったが、これ以降、七人いた取締役が次々に変死し、それも全員が自殺で遺書なしという不可解さだった。
そのころから「これは自殺した〇〇の呪いにちがいない」といううわさが立ったが、当の社長はバカげているとして気にしなかった。消えた役員の補充に追われたが、入れてもすぐに死ぬので誰もなり手がなくなり、会社の規模を縮小せざるを得なかった。
「なんで大手プロダクションの社長ともあろうものが、こんな掘っ立て小屋におるんだ!」
社長は平屋になった事務所で激怒したが、向かいの副社長は蒼い顔で黙っていた。不審死した役員や役職は、全員が社長の犯罪を知っていて隠ぺいに加担した連中だったが、彼もそうだったからである。というか現場に一緒にいて行為を手伝ったので、「社長の次に恨まれるのは絶対に自分だ」と毎日恐怖におののいていた。
「君も暗い顔をするな」
社長は椅子にふんぞり返って笑った。
「こんなのは一時的だ。すぐに持ちなおすさ」
「トイレに行ってきます」と一番の部下は頭を下げた。
用を足して鏡を見た副社長は、目が飛び出かかった。鏡の右下のすみに、自殺した〇〇の青黒い顔があった。うつむき加減で、刺すような目で彼をじっと見つめている。副社長は絶叫して廊下に飛び出した。はずだったが、窓から落ちた。
平屋だから、なんてことはないはずだが、どういうわけか、そこは以前いた十五階建てビルの七階だった。数分後、社長は連絡で彼が即死したと知った。
「バカな。あそこはここから二駅だぞ。たった今ここにいた彼が、なぜ……」
いぶかると、背後に気配を感じ、椅子ごと振り向くと、そこに〇〇がいた。
「社長、おひさしぶりです」
「なんだ君か」と煙草をくわえる。「私が忘れられなくなったかね。悪いが、今の君にはもう興味がないな」
「やはり、お変わりないようですね」
「ああ、元気だぞ。……おや」
いないので、立ち上がって探したが、事務所のどこにもいない。運転手が入ってきたので声をかけたが、無視された。聞こえていないようなので腕をつかもうとしたが、手がすり抜けた。怒鳴ろうが殴ろうが、手ごたえがまるでないので、外に出て通行人に片っ端から声をかけてみたが、やはりガン無視で、触ってもすり抜けるだけだった。社長は、自分が幽霊のような存在になったと知った。
頭をかきむしって〇〇の名を絶叫したが、二度と現れなかった。彼は幽霊とは、どうも違うようだった。何日もさまよい、餓死しかけて倒れるたびに、目が覚めて空腹感が消え、また餓死するまでさまよう、というループを永遠に繰り返すだけだった。
社長は行方不明でプロダクションは倒産したが、〇〇を相手にしなかったマスコミ関係者や警察からも続々と変死者が出て、行政が霊能者を募集する事態になった。現在、カミングアウトした彼を嫌って炎上させた元ファンからも、少しずつ死者が出はじめている。
彼のアイドル時代の写真も映像も、忌まわしいからとすべて消去されたが、人々の記憶からは消えなかった。彼を知っていた多くの人たちの意識の奥底に、すさまじい怒りと恨みを持つ、一人の人間が生きていた。(「スティル・アライブ」終)
スティル・アライブ(大人の残酷童話) 闇河白夜 @hosinoka
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