青春コンプレックス!!

波多間 悠

青春コンプレックス!!

「先生!私……わかっちゃいました!」

二人きりの空き教室に高い声が響く。

烏が鳴き始める頃だと言うのに、なぜこうも彼女は元気でいられるのだろうか。

「何がわかったんだ?」

そう返した。どうせくだらないことだろう。

高校三年間この子の担任として、面倒を見てきた

私には分かる。しかし、予想に反して彼女は深刻

そうな雰囲気で迫ってきた。

「実は……」

思わず息を飲む。普段は物静かで、教室でも一人で過ごしているような子だ。しかし、二人きりになった途端に饒舌で軽い雰囲気を出すような子でもある。そんな子がこんな顔をするのか。

「私、青春逃しちゃったみたいです!!」

ずっこけるかと思った。それはもうコントのよう

に。土曜の六時に全国放送すればお茶の間の爆笑をきっとさらえただろう。

「先生……どうせくだらないとかおもってるんでしょ、顔がそう言ってますよ。」

「あぁ……ごめん。珍しく深刻な雰囲気だったから。お前にしてはな。」

「くだらないってところは否定しないんですね。すごく悲しいです。えーんえーん」

あほらしい。卒業式が終わったかと思えばすぐにここに呼び出され、何かと思えばこの始末。最後だからと思って、昼飯まで奢って話を聞いていたのに。数時間の会話は何だったんだ。まぁそれも何故かあまり憶えていないが。

日が沈みだし、そろそろ家に帰れと言おうとして、立ち上がった。すると、彼女の口から思いもよらない言葉が出てきた。

「先生、青春ってなんですか?」

言葉が詰まる。自分自身、そのような経験は世間から見ても少ない方の人種だから。二十九歳独身。恋人は一人だけ出来たことがあったが、結婚願望もなかった。社会的承認欲求も、財産も名誉もない。それなりに勉強して地方の国公立大学を卒業したものの、やりたいことも見つけられなかった。親の紹介や成り行きで高校の教師になったが、そこでも大したことはできていない。鮮明な記憶が残っているのは、この子との思い出だけだ。空っぽなのだ。何もかも。私には無い。

得ることができなかったのだ。そんな奴にこんな

質問を投げてくるとは、本当におもしろい。馬鹿なんだろうなと思う。

「なんだろうな。恋人を作ったり、部活や勉強を頑張ったり、大切な友達との思い出を作ったりだとか?」

無難にそう返しておいた。我ながら浅すぎる。

「浅すぎないですか?先生、そーいう経験あんまりしてなさそうですもんね。」

「うるせぇ。悪かったな同じ人種で」

「そんなことないですよ。なんなら嬉しいです。やっぱり先生もそうなんだなって。」

見抜かれてしまっていたようだ。色々と。

それはさておき、実際のところ青春とは何なのだろう。先程考えたことも勿論青春なのだろう。

でもそんなものでなくても青春といえるんじゃないのか?友達がいなければ青春をしていないのか?

そんなことはないだろう。一人でも楽しめることも沢山ある。最近はスマホとやらが出てきて、余計に殻にこもる人が増えたかもしれない。

でも、そんな人達は一人の世界を充分に楽しめているのだ。だから一人でも生きていける。それは青春じゃないのか?充実しているじゃないか。

別に恋人を作るのも自由、友達をたくさんつくって部活や勉強に真面目に頑張ることも自由、好きなことをしてお金を得るために働くことも自由、一人で生きていくこともまた、自由なのだ。

青春なんてそんな程度のものでいいのだ。変にこだわる必要なんてない。本人が満足していればそれで。自由に、思うままで生きていければそれでいいのだ。こんな空っぽの男が言うのもなんだがな。そう思っていると

「……生。先生!聞いてます?私の話。」

つい、考え込んでしまっていたようだ。時計の針が五分ほど進んでいた。

「ごめんごめん。考え込んでたみたいだ。」

「!!答え、分かったんですか?」

ぐいっ、と身を乗り出してくる。対面で座って

いたから、不意に顔が近くなる。普段はしっかりと顔を見ることは少なかったのでよく見ると、高校生の少し大人びた印象と、まだ子どものあどけなさが残っている、可愛らしい顔をしていた。

そう思っていると、次第にその顔は赤みを帯び、五十センチほど離れていった。何かブツブツ言っていたがよく聞こえなかった。

「答え、分かったなら言ってください」

俯いたままの顔はそう告げた。

「うーん……そうだな。」

口から出る言葉は、決まっている。

「また、教えてやるよ。」

そうだ、私は明日を望んでしまっているのだ。

この子との、明日を。これからの日々を。

三年間、ずっと見てきたのだ。笑うと笑窪ができるところも。好きなことになれば高い声で、早口で話すところも。生意気でも、人一倍優しいところも。友達がいなくても、一人で過ごしてきたところも。

私の青春は、この子との日々なのだ。

空っぽだった杯も、少しでも水が入れば溢れる程に注ぎたくなるものだ。この子は私に水を注いでくれたのだ。

……それって」

俯いた顔が太陽のように明るく昇ってくる。

「どうした?明日になにかあったか?」

「もう一回、言わせる気ですか?」

あぁ、そうだったな。数時間の会話をよく憶えていないのは、それが理由だったな。しかも、ちゃんと返事を返せていなかったらしい。まぁ当然といえば当然か、あんなことを言われてはな。

「わかったよ。これからもよろしくな。」

「やった!!嬉しいです!!」

どうやら、彼女の青春も始まったようだ。

烏が鳴き、彼女のことを祝っているかのようだ。全く、おもしろいものだ。

「そろそろ帰るぞ。」 「はい!」

番のカラスが、空っぽな空と、太陽が溶け合っている景色を飛んでいった。

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