こんな日に飛び交うヤツら

渡貫とゐち

第1話


 白髪交じりの年配の男性が三人、横並びで頭を下げている。


 目の前には多くの記者たち。生中継のテレビカメラも入り、現場はカメラのシャッター音だけが響いている。……重々しい空気だった。


 小学校で起こった教職員による事件について、学校側は事情を説明する義務がある。

 黒スーツを纏った責任者は、何度も謝罪を繰り返し――記者を通して全国民へ、誠意を持って謝罪の気持ちを伝えていた。


 暗い表情を見せながら……、会見が進んでいく。



「――はい、その質問ですが……」


 始まってから二十分が過ぎ。

 記者の質問を受けている男の耳元を横切った音があった。


 ブゥン、という不快音。

 ……気にはなるものの、気にしてはいけないので、男は質問に答えることに集中する。

 しばらくすればどこかへ飛んでいくだろう、そう思っていたが……。


 しかし、飛び交う虫の羽音は、一向に止む気配がなく……、一匹だったのが二匹に増えている気もする。


 マイクは羽音を拾っていない。つまり、記者にもテレビの前の視聴者にも伝わっていないのだ。

 ここで気にすれば、問題から目を逸らそうとしているようにも映ってしまう。誠意がなくなるのは最も避けなければならないことだ。


 しかし、僅かに首を左右へ振っている動きはバレていたようで……、記者のひとりが声を上げた。


「あの、どうされました?」


「いえ……、続けます」


 順番に、飛んでくる質問に答えていく。

 羽音を気にしないよう、順調に質問に答えていっていたが……しかし油断したのか、登壇しているひとりの男がつい顔を大きく振ってしまった。

 それに気づいた隣の男が肘で小突く。



 ――おいっ、羽音を気にするなっ。学校の存続が懸かっているんだぞ!


 ――分かっていますが……さすがにこれはちょっと……っ。



 目で見て分かる大きなハエが飛んでいた。

 さすがに目の前のカメラで捉えるにしては小さいだろう。立派なのは羽音だけだ。


 しかしその羽音も、マイクは未だに拾ってはくれず、しかし登壇している三人の耳元を何往復もしているため、本人たちは鬱陶しい。


 すると、ハエが耳の近くをまたまた通り――え? 今、耳の奥へ入った!?!?



「うぉあわあッ!?!?」



 すっぽりと奥へ入り込んでしまったか、と思った校長が慌てて驚き、大きく仰け反った。

 実際、ハエは耳の奥へは入っておらず、耳の穴の入口付近で引き返したのだが……、羽音は一番近くで鳴り響いたのだ。


 不快感もあるが、同時に恐怖もあった。

 校長は椅子の上でじたばたともがいて、最後には椅子から転げ落ちた。強く腰を打ったものの、校長は腰を痛めることなく起き上がる。


「…………」


 本人も、脇のふたりも沈黙。

 記者たちも戸惑っていた。


「し、失礼しました……、虫が飛んでいましたので……」


 こほん、と場を整え、会見を再開させる。

 しかし、飛ぶハエはまだいなくならない。なぜ懐いているのか……――これは懐いているのか? と思うほどには、ハエは三人の周りをぐるぐると飛んでいる。


 うろうろ、うろうろ……、と。



 ――校長、虫よけスプレー、頼んだ方がいいのではないですか……?


 ――それは……そうだな……。



 一応、現在は謝罪会見中である。


 この状況が罰だと思えば……いや、だとしたら軽過ぎる罰なのだが。



「あのー……」


 と、手を上げた記者がいた。


「どうしました?」


「虫を手で払うくらい、我々も気にしませんので、遠慮なくどうぞ」


 ひとりの記者の提案に、周りの記者たちもうんうんと頷いてくれていた。がまんされるくらいなら遠慮なく払っていい、とのことだ。ありがたい。


 ただ、飛ぶ虫をどうにか退治する、追い払う、という判断ではないのが気になるが……まあ、払ったところでまた戻ってくれば同じことの繰り返しだ。

 虫はこの場にい続けるものとして扱おう。


 コミュニケーションが取れるなら交渉できるが、相手が虫なのだから、鬱陶しくても人間ががまんするべきだ。


「……では、遠慮なく」


 会見は続く。

 制限時間が設けられているので、いちいち虫の退治に時間を使いたくない、というのが本音だろう。

 退治に時間を割くなら、近づいてきた時に手で払ってくれた方が時間を無駄にしない、という判断か。


 校長の事情説明の最中、じたばた、と何度も何度も飛び交う虫を両手で振り払う。

 ……最初からの事情を知っていれば、なにをしているのか分かるが……、今からテレビを点けて見始めた人からすれば、校長先生のシュールな絵面が画面に映っていることだろう。


 真剣な話をしていると思えば、じたばたダンスが映る……なんだこれ、だ。


 整えたスーツをばさばさ、となびかせて。

 真剣な面持ちからぎゅっと目を瞑ったくしゃくしゃ顔で両手を振り回す大人……、白髪交じりの年配の男性。それが、数十秒おきに見られることになる。



「えー、学校の今後に関しましては……んっ! ええ、今後は、その……えぇい!! ……職員へのコンプライアンスの認識を徹底し、生徒との距離も考えぅおあ! なにくそこのクソ虫がコラ!!」



 結局、会見が終わるまで飛び交うあいつはいなくならなかった。


 最終的には、退席する三人を追いかけて、ハエも一緒に部屋を後にする。


 どこまでも、どこまでも、ついていく――そして問題を追及するのだ。


 まさに、あいつは小さな記者であり……

 どれだけ振り払われても諦めずに追及し続ける、現代の記者の鑑である。





 ・・・おわり

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