第42話:ビジョン探しの旅と静かなる連鎖
■ :錆びた盾、三周目の訪問
秋斗の故郷「錆びた盾」での父・厳との対話から三日後。「連環の六星」PTは、秋斗、楓、陸、桜子、エリザの五人で、「ビジョン探しの旅」と称する集落への二周目の訪問を開始した。咲と幸は、クランハウスで情報戦を継続している。
旅の目的は、ダンジョン攻略やレベル上げではない。「白銀がいなくなった後、このレッドゾーンでどう生きたいのか」という、住民の具体的な希望と未来のビジョンを聞き出すことだった。
最初に訪れたのは、以前、秋斗の父・厳のPTに所属していたが、慢性的な魔力欠損と怪我で引退を余儀なくされていた元PTリーダーの家だった。
「厳の奴から話は聞いた。お前たちが支配層をぶっ潰そうとしていることくらいは知っている」
リーダーは顔に深い皺を刻んだ、Lv.58の魔法使いだった。彼の眼には、かつて厳が抱えていたのと同じ諦めの影が宿っている。
「秋斗、お前が帰ってきたのは嬉しいが、無駄だ。俺たちはもう自由な未来なんてものは信じられない。勝手にやってくれ」
秋斗は、正面から彼の言葉を受け止めた。
「俺は、白銀を排除することだけが目的じゃない。父さんから『排除した後のビジョンがないと、誰も続かない』と説教されました」
秋斗は、剣を収めたまま続けた。
「俺たちが聞きたいのは、あなたたちが『自由になった後、ここでどう生きたいか』です。ダンジョンに潜ることですか? それとも、集落に新たなインフラを築くことですか? あなたたちの望みを教えてほしい」
元リーダーは、呆れたように鼻で笑った。
「望みだと? そんなもの、白銀の支配体制の下じゃ考えたところで無駄に決まっているだろう」
■: エリザの貢献と広がる信頼
その時、横にいたエリザが前に出た。
「そうですね。考えるのは無駄かもしれません。ですが、動ける身体を手に入れるのは無駄ではありませんよね」
エリザは、元リーダーが、かつてダンジョンでの爆発的な魔力使用により、魔力回路の不良となっていること。その原因が、右肩からひじにかけて抱える重度の慢性魔力欠損と、それに起因する肉体の衰弱を『解析演算』で正確に読み取っていた。
「よろしければ、私の魔法を試させてください。まだ『連環同盟』の協力者になってくれなくても構いません。ただ、動ける身体を取り戻してほしいんです」
元リーダーは警戒したが、秋斗の父・厳が既に完全回復しているという事実は、無視できなかった。彼は躊躇いながらも回復を受けた。
――かの者の魔素吸収を阻む呪いを紐解き、正しき流れに戻せ、ピュリフィケーション!――
エリザの光が彼の身体を包み込む。魔力回路が正常に戻り、経験値を取得するための蓄積していた魔素が正常に流れ込んだ。欠損と肉体の老廃物が取り払われ、彼の肉体レベルはすぐにLv.68まで回復した。
元リーダーは、自らの漲る力に驚愕し何度も拳を握りしめた。
「これは……! 本当に、体が動く……!レベルが10も上がっただと?」
秋斗は、再び静かに尋ねた。
「これで、あなたはかつての得るはずだった力を取り戻した。『自由に生きる』ことを考えることもできる。もう一度聞きます。白銀がいなくなった後、あなたはどう生きたいのですか?」
元リーダーは、しばらく言葉を失った後、震える声で答えた。
「……そうだ。俺は、もう一度、ランク3の迷宮『西側の水源』にPTを率いて行きたい。昔、そこで見つけた『レア素材の鉱脈』が支配層に知られて採掘権を奪われたんだ。それを、自分の手で、集落の財産として取り戻したい!」
■: 中間層の声を拾う連鎖
秋斗たちは、その『レア素材の鉱脈の採掘権を取り戻す』という元リーダーの具体的な目標を『連環同盟のビジョンの一つ』として登録した。
この日を境に、秋斗たちPTは、他の集落内の「中間層」、つまり支配層に反発しないが、支配にも無関心なLv.30~50台の非PTメンバーを中心に、聞き取りと回復支援を繰り返した。また、相談があれば非覚醒者たちにも治療を有料で行った。
エリザの回復魔法の評判は瞬く間に集落全体に広まった。「エリザに治してもらうと、レベルが上がる」という噂は、覚醒者にとって何よりも強い吸引力となった。誰もが、『安定した生存』の中で諦めていた『もう一度、強くなりたい』という本能を刺激されたのだ。
楓は、その成果をデータとして分析し、秋斗に共有した。
「秋斗、凄い結果よ。これまでの集落の引退した12%の冒険者が、エリザの回復で戦力復帰を果たした。いずれ、彼らが連環同盟のビジョンに賛同してくれたら、レッドゾーンにおける4割に届く。私たちが狙っている『1割の支配層と抵抗勢力』を除けば、5割の非覚醒者―Awakened-』の心も掴めるかもしれない」
「そして、彼らの望みは、単なる『自由』ではない。ある者は『集落の防衛体制の強化』、ある者は『安全な交易路の確保』、ある者は『子供たちへの魔法教育の場の設立』……支配層に抑圧されていた具体的な欲求ばかりだ」陸が、集めた情報を分類する。
「防衛、商隊、学び舎か…」
秋斗は、集められた無数の『望み』のデータを見つめた。
「そうだ。白銀の支配は『生きるための諦め』と『個人の欲求の停滞』の上に成り立っている。俺の『解析演算』の真価は、戦闘の『ゼロ点』だけでなく、すべてのレッドゾーンにおける『集落のビジョン』の『最適解』を見つけることにあるのかもしれない」
楓は、笑みを浮かべた。
「まるで政治家ね、秋斗。でも、これは紛れもない情報戦よ。支配層なき後の明確なビジョンこそが、支配層を排除する最大の力になる」
「まあ、私たちには政治には興味も才能もない、だから、政治を任せられる者、商売を任せる者、子どもたちに教える者は別に探そう。次に行く集落は、秋斗の故郷から西に離れた『黒曜の森』に決めたわ。そこの冒険者たちは、きっと支配者層の採掘権独占に最も苦しんでいる。彼らの『望み』を聞き出し、同盟の鎖をさらに広げましょう」
エリザの言葉に秋斗は、新たな決意を胸に集落を後にした。彼の背中は、もはや単なる前衛ではなく「連環の同盟」の未来を担う若き指導者のそれだった。
■: 汚職の設計図の投下
咲が張った
「咲が仕掛けた『外部からの脅威』という情報が、白銀の思考を拘束できるのはあと三時間。その前に内部からの毒を注入する」楓の眼差しは、冷徹な戦術家のそれだった。
幸が実行キーを押した。「データ解析員メイのルート解析に基づき、長老格グループの私用回線へ、これから暗号化された文書を投下します。リーク対象は、白銀が直接ではないが、『最も信頼していた側近たちが関与した、着服と資金洗浄の証拠』、そして『白銀の失脚後を見越した後継者争いの具体的な計画』です」
メイが緻密に編み上げたこのデータは、単なる汚職の証拠ではない。それは、最高指導者白銀の「統治の正統性」と、組織の「信頼の基盤」を同時に破壊するための、デジタル・ポイズンだった。白銀の掲げる『合理的な統一』という美名が、内輪の腐敗によって支えられていたという、最も非合理的な事実を突きつける。
■ : 『夜明けの剣』内部の分裂と後継者争い
汚職文書の投下は、即座に『夜明けの剣』の幹部たちの間で津波のような動揺を引き起こした。
特に、白銀の支配体制下で、資金や資源の分配で不満を抱えていた地方のPT指導者や長老格グループの間で、怒りと恐怖が同時に爆発した。
彼らが受け取ったのは、最高幹部の何人かが、資源の横領と資金洗浄に関与し、その利益が組織ではなく私的なルートに流れているという否認不可能な証拠だった。
「バカな! 白銀様は合理性を重んじる! このデータは外部の偽造だ!」長老格の一人は、当初、激しく否定した。
しかし、別の幹部が震える声で反論する。「だが、この資金の動きは……白銀様が掲げる『組織の富の統一』の原則に明らかに反している! そして、この後継者計画は……私が排除されることが明確に書かれている!」
幹部たちの間に、疑念は火薬のように燃え広がる。彼らは、外部の『連環同盟』による武力よりも、『身内の裏切り』というカオスに直面した。
反乱グループの結成: 特に地方で苦労を強いられていたPT指導者たちは、「やはり支配層は腐っていた」と即座に白銀への忠誠を破棄し、「腐敗した中枢を討つ」という大義を掲げた反乱グループを結成し始める。彼らは、自分たちこそが『夜明けの剣』の正統な後継者であると主張し、内紛は一気に武力衝突の段階へと移行した。
残留グループの硬直: 一方、白銀に忠実、あるいは腐敗に関与していた幹部たちは、恐怖と混乱から硬直し、外部の敵である『連環同盟』への対応どころではなくなった。
■ :白銀の敗北宣言と冷徹な粛清
白銀は、自身の専用システムに流入してくる「内部の混乱」のデータを、静かに、しかし殺意の滲む表情で見つめていた。彼の『支配の知識』は、汚職文書のリークと後継者争いという非合理な感情の爆発が、組織の崩壊率を極限まで高めていることを正確に算出した。
「……愚かな。外部からの攻撃には耐えられた。だが、『信頼』という最も脆い鎖は、内側から破壊されたか」
白銀は、楓と咲の「情報戦」の真の狙いを悟った。連環同盟は、自分を倒すためではなく、自分の最も価値のある資産である『信頼と合理性』を破壊するために動いたのだ。咲の偽情報が、そのための時間稼ぎだったことも理解した。
「私の敗北だ、情報戦においては」
しかし、白銀の冷徹な知性はすぐに次の合理性を導き出した。
「だが、ここからは武力が全てを決する。汚職に塗れた反乱者は、支配のシステムにとって最も有害なウィルスだ。彼らの行動は連環同盟への敗北を意味する。故に、まずウィルスを排除する」
白銀は、外部の敵(連環同盟)よりも、内部の反乱グループの殲滅を最優先事項と決定した。彼の『支配の知識』は、組織の再建のためには非合理な裏切り者を根絶することが最速であると結論付けたのだ。
彼は、残された精鋭PTに対し、「裏切り者」と断じたLv.80台の反乱グループの殲滅指令を発した。ここに『夜明けの剣』の内戦が勃発し、秋斗たちが直面する「支配をかけた決戦の第一部」の幕が切って落とされた。
第七章 完
Lv.ゼロの墓標:解析演算で最強のディストピアを楽園に変革する 青 @falkish
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Lv.ゼロの墓標:解析演算で最強のディストピアを楽園に変革するの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます