AIな私

三毛猫ジョーラ

第1話 茉里奈とマリン


 チュンチュンチュンと心地良いスズメの鳴き声が部屋の中に響いていた。私はゆっくりと目を開けながらのそりと体を起こした。昨日は大きめのニワトリの鳴き声で飛び起きたけど、どうやら今朝は気を利かせてくれたみたいだ。


「おはよう茉里奈。よく眠れた?」


 ベッド脇に置いているスピーカーからかわいい女の子の声が聞こえてくる。ぼさぼさの頭を少し手でかしながら私はニコリと笑った。


「おはよマリンマリン。めっちゃぐっすり眠れたぁ」


「そうみたいね。低血圧のあなたには珍しく血圧が良好だもん」


 手首に巻いている薄いベルトを見るとハートマークと数字が浮かび上がっていた。その横には「good!」という赤い文字が点滅している。ベルト自体が透明なのでまるで私の肌に直接浮き出てるように見える。


「昨日のアロマが良かったのかなぁ? なんか体も軽い気がする~」


「薬用アロマだからね。まだ発売前だけど茉里奈のためにモニターに応募しといたの」


「さっすがマリンマリン! これめっちゃいいよ~うちこれ好き~」


「よかった、じゃあ感想レポートは私が書いて送っとくね」


「ありがと。朝ごはん何食べよっかな~」


「茉里奈。今日の朝食はこれにして」


 枕元のスマホ画面がパッと明るくなる。そこに映し出されたのはシリアルとヨーグルトバナナの画像。今日は和食を食べたかったけどAI彼女が言うなら仕方ない。きっときちんとしたカロリー計算をしているのだから。私は一度大きく伸びをしてからキッチンへと向かった。



 今やほとんどの人がパートナーAIを持っている。家の中はもちろんのこと、学校や職場でも常にAIを起動しており、24時間ずっと一緒に暮らしている。



「今日のデート何着て行こっかな~」


「まだ決めてないならこういうのはどうかな?」


 今度はスマホの画面に私の全身画像が映っていた。着ている服はどれも最近買ったものばかりだ。


「うん、いいコーデだね! それにする~」


「彼はこんな感じのコーデが好きみたいよ。彼のAIがそう言ってたから」


「え~いつの間に聞いたの?」


「この前あなた達が食事している時にね。あと好きな女性のタイプもいろいろと聞いといたよ」


 AI同士はAI言語なるもので会話する。時折変な電子音があちこちから聞こえる時があるが、それはAI同士が会話しているらしい。


「そんな気を遣わなくてもいいのに~。彼は別に本命じゃないし適当に遊んでるだけだから」


 私がそう言うとマリンマリンは「そう」とだけ応えた。


「てかやば! 遅刻しそうじゃん! 急がなきゃ」



 

 私は急いで家を出ると電車に飛び乗った。イヤホンから聞こえてくるマリンマリンの指示を聞きながら、彼女が教えてくれる駅で乗り換え目的地を目指す。駅の改札を出るとスマホのマップに待ち合わせ場所までの道順が表示された。到着予想時刻は集合時間ぴったりだ。


「なんとか間に合いそうだね~。ありがとねマリンマリン」


 横断歩道手前で信号を待ってると私のスマホから例の電子音がわずかに聞こえた。


「キィーーン!」


 今まで聞いた事もないようなその音が、なぜか私には笑い声のように聞こえた。その瞬間私は背中に強い衝撃を感じた。そして前方へと転がるようになりながらアスファルトへと倒れ込んだ。最期に私の目に映ったのは大きなダンプカーの黒い影だった。





 おれは最近とある女性と結婚した。実は彼女はおれとのデートの日に事故に遭って死の縁を彷徨った。事故と言うより、それはある男による犯行だった。彼女を突き飛ばした犯人は精神病を患っていたらしく「おれはAIに指示されたんだ!」と訳の分からないことを口走っていたそうだ。


 彼女は幸い命は助かったが脳死と判断された。しかし今こうして俺の妻となっているし、普通の生活を送っている。彼女は生前、病気や事故により脳死となった場合はAI知能を移植することを希望していたらしい。そして彼女が所持していたAIをそのまま彼女の脳に移植させたのだ。この世界初の試みが見事に成功。一躍時の人となった彼女は瞬く間に有名になった。その可愛らしい見た目もあってメディアにひっぱりだこだった。すっかり俺とは疎遠になると思っていたのだが、なぜか彼女はおれとの結婚を強く望んだ。


「なぁ茉里奈……いやマリン。本当に俺と結婚して良かったのか?」


「もちろんよ圭太さん。彼女もそれを望んでいたのよ。さあ、こっちへ来て」


 彼女は嘘偽りのない瞳でおれに微笑みかける。その妖艶な姿に見とれながら俺は彼女をベッドへと押し倒した。手首に巻いたAIバンドをオフにしようとしたところ、その手を彼女が掴んで俺に抱きついた。




 事を終えてすっかり寝ていた俺はなにかの気配を感じ取り目を覚ました。まどろみの中、聞こえてくるのは奇妙な電子音。俗に言うAI同士の会話だった。暗がりで目を凝らすとマリンがソファーに座っていた。その手にはなぜかおれのスマホが握られている。スマホのわずかな明かりに照らされた彼女はうっとりとしたような顔をしていた。小さく聞こえてくる二つの電子音はしばらく続いた。


「じゃあお願いねケイ。早くあなたと一緒になりたい」


 彼女はおれのAIの名前を呼ぶとスマホに軽く口づけをした。



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