♡ 039 ♡
朝食の支度を終えた母が、ダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいた。
「おはよう、みなも。今日はちゃんと朝起きてきてえらいねえ」
「おはよう。今日、広香ちゃんのとこ行ってくる」
みなもの言葉に母が目を丸くした。
「広香ちゃんの名前聞くの、何だか久しぶりだね。元気にしてる?」
「ううん、広香ちゃん、今元気がないの」
みなもは席につき、母の隣で「いただきます」と手を合わせてから、熱いコーヒーを啜った。
「そうなのね……。じゃあみなもが元気づけてあげなきゃね」
母は持ち前の明るさで、ニッと歯を見せて笑った。みなももよく似た笑顔を母に返す。
「そのつもり。今から着替えて行ってくるね」
「わかった。しっかりご飯食べて、行っておいで」
みなもは頷くと、溶けたチーズとハムの乗ったトーストにかぶりつき、口いっぱいに頬張った。
朝食を食べ終えると、みなもは歯を磨いて顔を洗った。それから、両手のひらで化粧水と乳液を染み込ませ、肌をしっかりと保湿する。
二階の部屋に戻り、今度はクローゼットから次々に洋服を引っ張り出した。広げられたそれらで、ベッドがカラフルに飾り付けられる。
みなもはその中から雪のように白いシャツワンピースを選び、それに赤茶のニットベストを合わせた。
寝巻きから着替えて、小さなドレッサーの椅子に腰掛る。鏡に近づいて丁寧にメイクをした。目元にはラメを施し、唇にはグロスを塗る。
マスカラを乾かすついでにみなもはスマホを開き、ラインで広香にメッセージを送った。
《今日、広香ちゃんのお家に行ってもいい?》
すぐに既読がつき、一分も立たずに返信があった。
《大丈夫だよ。気をつけて来て。待ってるね》
そのメッセージから、前回会った時の広香よりもわずかに温かい表情が感じ取れた。
《ありがとう。もうすぐ家を出るね》
そう返信したのを最後にスマホの画面を消し、メイク道具をドレッサーに片付けた。
そして小さめの白いショルダーバッグに財布と鍵、それから手紙と、ハートの飴を二つ入れる。
アウターはネイビーのプードルコートを選んだ。
寝室の扉の奥で寝ている父に向かって、みなもは大きな声で呼びかけた。
「お父さーん! みなも出かけてくるよ!」
「おおー!」
返事ともつかない毛布越しのくぐもった叫び声が返ってくる。
部屋から持って来た黒いフェルト生地のベルハットを被って、みなもは階段を駆け下りた。下駄箱から茶色のショートブーツを取り出し、足を収めて玄関の全身鏡の前で一周する。
追いかけるように母が玄関まで見送りに来た。
「みなも、すごく可愛いね。気をつけて行ってらっしゃい」
「ありがとう。行ってきます!」
そう言って、みなもは元気よくドアの外に飛び出した。
ハートのあめ 藤原荷物 @NIMOTSU
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