第57話 知識のコア:真実のウィルス投下と、涼子の最期の叫び

 神斬幽之助は、最後の情報加速をもって、意識が朦朧とする涼子を抱え、法科学研究棟の屋上へと滑り込んだ。同時に、大杉煉は、屋上に設置された情報科学研究センターへのデータリンクケーブルを、虚無の瞳で見つめていた。

​ 「大杉煉!これを受け取れ!そして、メインサーバーへ接続しろ!これが**『真実のウィルス』**だ!」

​ 神斬は、涼子を静かに床に横たわらせると、大杉に向かってUSBメモリを投擲した。

​ その刹那、狂本征樹の顔が、研究棟の全ガラス壁に映し出された。

 「そこだ!**『情報テロの実行犯』ども!貴様らの『希望』は、この『知識の聖地』で、私の『狂気の合理性』**によって焼き尽くされる!」

​ 狂本は、つくばのネットワークに潜伏させていた**『カウンター・ウィルス』を起動させた。それは、社会の混乱を最小限に抑え、腹黒賢の支配を強化するための、『情報汚染除去プログラム』**だった。

​ 「神斬幽之助!貴様のデジタル・ブレードでは、もう間に合わん!私のウィルスは、貴様らの**『裏帳簿』を、『無意味なデータノイズ』**へと変える!」

​ 大杉煉は、無言で宙を舞うUSBメモリを掴み取った。彼の虚無の表情が、一瞬だけ鋭く引き締まる。彼は、躊躇なく、その**『最終兵器』**をデータリンクケーブルのポートに差し込んだ。

​ 接続完了。

​ **『悪魔の合理性』の支配する情報中枢へ、『裏帳簿』という名の『真実のウィルス』**が流れ込み始める。

​ 「成功だ…!」神斬が安堵の声を上げた。

​ しかし、その直後、狂本の**『カウンター・ウィルス』が猛烈な勢いで『裏帳簿』**の情報を上書きし始めた。データが書き換えられ、真実がねじ曲がっていく。

​ 《『最終兵器』の、情報汚染:進行中。》

​ 狂本は歓喜の声を上げる。

 「無駄だ!腹黒賢の**『合理的支配』は、『希望のウィルス』**など、容易に排除できる!貴様らの抵抗は、すべて計算の内だ!」

​ その光景を、横たわったまま見つめていた涼子の顔から、先ほどの微かな「情愛」の色彩が消え去った。彼女の瞳は再び**「復讐プログラム」**の炎に燃える、ゾンビのそれに戻る。

​ 涼子は、もはや動かない肉体の最後の力を振り絞り、這い蹲って立ち上がろうとした。腹黒賢の**『合理的搾取』がもたらした『絶望の合理性』**が、最後の瞬間に勝利するのを、彼女は許せない。

​ 脊椎のナノファイバーが断裂する激痛が全身を貫き、鮮血が床を汚す。しかし、彼女の口から出たのは、狂気や憎悪の言葉ではなかった。

​ 涼子は、屋上の縁に立ち、顔を上げて、全都市に響き渡るほどの、人間的な、そして絶望的な叫びを上げた。その声は、狂本のスピーカーを貫き、狂気の波を一時的に静まらせた。

​ 「腹黒賢!私は…!私、失敗するかもしれないのでーーー!」

​ 涼子の叫びは、『復讐プログラム』が崩壊し、彼女の『人間性』が垣間見えた、最期の「非合理な情動」だった。完璧な復讐者であったはずの彼女が、最後に吐露した『敗北の可能性』。

​ その叫びは、大杉煉の**『虚無』を、神斬幽之助の『合理的な知識』**を、そしてつくば学園都市の情報科学研究センターのメインサーバーそのものを、激しく揺さぶった。

​ 大杉煉の虚無の瞳に、涼子の叫びが映った。彼は、『失敗の可能性』という、最も非合理で人間的な感情を受け取った。

​ 《情報汚染率:99.9%—》

​ 大杉は、その瞬間、自らの**『虚無』と『絶望』**をエネルギーに変換した。

​ 「…失敗、だと?そんな**『人間的な感傷』**は、この虚無には似合わん!」

​ 大杉は、USBを力任せに引き抜き、『裏帳簿』を完全に書き換えられる前に、自らの虚無の刃で、データリンクケーブルを**『物理的に切断』**した。

​ 狂本の**『カウンター・ウィルス』は、データの上書きを完了できなかった。『裏帳簿』の情報は、不完全ながらも、つくばの情報科学研究センターのメインサーバー内に、『真実のウィルスの種』**として残留した。

​ 涼子は、叫びきった後、力尽きて、そのまま屋上のコンクリート床に倒れ伏した。その瞳は、もはや光を失っている。

​ しかし、彼女の**『肉体という名の証拠』は、今、法科学研究棟の屋上にある。そして、彼女の『失敗するかもしれない』という叫びは、『非合理な希望の種』を、大杉煉の『虚無』**に植え付けた。

​ 『悪魔の合理性』は勝利を免れたが、『非合理な希望』も完全な勝利を収めていない。戦いは、『情報』と『証拠』、そして**『大衆の狂気』**という、新たな戦場へと移行した。

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世も末涼子 鷹山トシキ @1982

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