異形審問官

影森 蒼

異形審問官

 第五次産業革命が起きたころ、突如として各地に現れた世界を混沌へ導く化物が確認された。

 地球上の生物を刈り尽くす様は凄惨であり、総じてあらゆる生物を継ぎ接いだキメラのようであったり、一部分を肥大化させた様な醜悪な外見からいつしか『異形』と呼ばれる様になった。

 それ以降、世界の文明レベルは急速に低下し、総人口も九割失われた。

 そんな人類存続の危機的状況で、私は捕えられた異形たちが最後に行き着く最終処分場で審問官をしている。

 突然現れた異形を理解するべく存在しているが実際のところ、全くもってその機能を果たしていないのだ。異形たちは人語はおろか、意思疎通さえままならないからだ。

 まさに、人類がなんとか足掻く為の苦肉中の苦肉の策なのだ。

 審問を行った際、異形の呪詛により、体液が気化して四肢爆散した同僚がかつて言っていた言葉を思い出す。

「異形とは世界の意思である」

 異形を理解することは世界を理解すること。

 世界を理解することは異形を理解すること。

 私はこの言葉を胸に、異形への対話を試みているのだ。

 同僚には何が見えていたのだろうか?

 陽の昇らなくなった空を一景し、審問室へと足を運んだ。

 冷ややかな空気、積もった埃、無機質で重厚な金属の壁それらひとつひとつがこの最終処分場を『黒鉄』と称されるのを説明しているようだった。

「今回の異形は恐らく最も人間に近い個体。容姿は人間と大差ありませんが、両目と発声器官がありません。発声器官が無いことから、呪詛はありませんが念祈までは確認できていません。また、発見時『何か』に祈りを捧げていたそうです」

 呪詛の有無にひとまず胸を撫で下ろしたが、念祈が心残りである。呪詛が破壊であるとするのなら、念祈は再生だ。その未知のエネルギーによって異形へと姿を変えた人間は少なくない。

 ただ、今までで最も人間に近い個体という事で胸が高鳴るのを感じた。

 期待と不安を胸に三重の扉の向こうにある檻へと入った。

「おはよう。元気かな?私は君の審問官を担当する者だ。よろしく頼むよ」

 私は軽く挨拶をしたが、動揺は隠せているのだろうか?

 健康的な肌と髪、人間の物と言っても差し支えない鼻と唇、まるで少女の様な佇まいのそれは今まで脳内にあった異形という概念をまるっきり書き換えてしまった。

 恐らく異形という存在がこの世に存在しないのなら、彼女はきっと人として認知されたであろう。

 かろうじて欠落した両目を見る事で異形と対峙しているという事を忘れずにいることができた。

「君は何に祈りを捧げていたのかな?」

 核心に迫る質問。その答えは、沈黙だった。

 互いの呼吸音だけが部屋を満たしていた。

「いきなり変な事を聞いてすまないね。私は君と会話がしたいんだ。もし良ければ身振りでも手振りでも何でもいい。とにかく返事をしてくれると私は嬉しく思う」

 そう言うと彼女は一度だけこくりと頷いた。

 まさに奇跡の瞬間だった。

 意思疎通が不可能だという事実を覆したのだ。

 それが偶然であった可能性を検証する前に、私の脳内は快楽物質で満たされていた。

 これで同僚の死が僅かながらに報われるというもの。

「そろそろ、お時間です。速やかに退出なさってください」

 彼女を審問するのには五分という時間はあまりにも短すぎた。

「すまないね。そろそろ退出の時間だ。また明日来る」

 そう言うともう一度、頷いた。

 これで彼女と意思疎通が可能であるという確証を得ることができた。

 報告用の書類を書き留め、帰路に着くと厚い不活性ガスの雲間から普段は差し込まない陽光が一筋の線を描いていた。

 

 そして、審問二日目を迎えた。

 三日目は処分のため、二日目が彼女へ審問する事のできる実質的な最後の機会である。

 私は身が引き締まる思いで彼女への審問を開始した。

「君は人が憎いか?」

 首を縦に振ることが分かりきっていた様な質問だが、意外にも彼女は首を横に振ったのだ。

「君は本当に異形なのか?」

 訪れた二度目の沈黙は歓喜より不気味さを増長させる。

 異形では無いのなら一体何であると言うのか?

 私の持ち込んだ審問用のメモ書きはこの時点で何の意味を為さなくなった。

「君はもしかして人間なのか?」

 この質問に対して彼女は明確に首を横に振ったのだ。

 明確に人間では無いが、異形とも言え無い存在、それについてこの場で答えを出すことはできなかった。

「では、最後の質問だ。君は発見時『何か』に祈っていたと聞いている。その祈りで何かを変える事はできたか?」

 彼女はまるでお辞儀をするかの様に今までに無いほど深く頷いた。

「そうか。ありがとう、今日はこれで失礼するよ。また明日」

 私は彼女の声無き声を思考で紡ぎ、今日の報告書を書いた。

 明日で彼女とはお別れである。

 彼女は絶対に生かしておくべき個体であるが上層部は私の訴えに耳を貸す事はしなかった。

 人類とは全く愚かな生物である。

 

 余りある知と理性を持ち合わせながら、先が無いと知ればその全てを保守に捧げるのだから。


 三日目は審問も許されず、作業的に処分が実行された。

 人間的な容姿とは裏腹に一切の抵抗が見られなかった事が悍ましさと僅かな神聖さを見せていた。

 ただ、彼女が処分される寸前の所で明確に私の方を見て微笑んだ。彼女には視覚という情報がないと言うのに。

「異形とは世界である」

 この言葉の答えを私は見つける事が出来なかったのだ。

 食事も通らないほどの無念。異形によって命を落とした人々の事を思うと胸が張り裂ける思いだった。

 私はろうそくの火を消して眠りについた。


 次の日を迎えた。

 私は確かに目覚めた。

 目覚めたと言っていいのかはわからない。

 何故なら、私に視覚という情報がいつまで経っても送られて来ないからである。

 さらに声も出せないのだ。

 これでは先日処分された彼女と同じでは無いか。

 彼女と同じ存在に成ったからこそわかった事があった。

 それは、彼女もまた『何か』の本質を知るべくして祈っていたのだと。

 そして、彼女は私の審問でその『何か』に至った。

 最後の微笑みが脳裏を過ぎる。

 私は『何か』に祈りを捧げた。

 私もそれに至り、誰かへと託すまで。

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