第3話 ふわふわふたたび
いつまでも睨めっこしてても仕方がない。
「俺は伊藤蒸治。君の名前は?」
「粟根のいち。中学生です」
「よろしく。それよりいいのか?そろそろ学校じゃないのか?」
「あ!やばい!」
のいちは慌てて家の中に入った。そして玄関からセーラー服で出て走っていく。
「普通の女の子みたいだな。解せないなぁ」
蒸治はそうひとりごちる。だがすぐに入れ替えて洗濯物を干し、その後部屋に戻りシャワーを浴びて着替える。古びたジーンズに暗めの色のチェックシャツ。そしてサングラス調のアイウェアをかける。
「ちょっと傷があるな。新調は、まだいいか」
安物のサングラスと違い、視界はとてもクリアだった。そのまま蒸治はスマホと財布だけもって外に出る。都心から離れた郊外の古びたガレージまでやってきた。そこは蒸治が偽名で借りている倉庫だった。中に入ると古びたキャンピングカーがあった。その中に入り、キッチンの戸棚の下をドライバーでこじ開ける。すると中には折りたたまれたMP5kPDWとグロック19。それに蓋のついたプラスチックのバケットがあった。その蓋を蒸治は開ける。なかには9x19mmの弾丸が大量に入っていた。そのバケットはまだたくさんあった。それをmp5とグロックの予備マガジンに詰めていく。そしてそれらはリュックに放り込み、軽装のチェストリグとガンベルトとサイレンサーも中に一緒に入れた。
「まだスムーズにできるんだな」
一息つくために缶コーヒーを口にする。そしてスマホを見る。SNS用のアカウントをスマホのアプリに紐づけしておいた。それを眺める。
:迷い猫(=^・^=)保護しました!
:可愛い(*´Д`)
:ねこしゃま(*‘ω‘ *)
蒸治の目にとあるバズ投稿が目に留まる。そのタイムラインを追いかける。
:すごく懐いてくれましたよ!
:きゃわわ
:ぺろぺろされたい
ほのぼのとしているが同時に危うさを蒸治は直感した。
:借りてきた猫ガチ調教中ww
煽るような投稿がある。
:猫って遺失物扱いでいいの?
現状への懐疑もあった。そしてとどめが入った。
:その子はうちの子です!返して!!
元の持ち主と自称するアカウントが現れた。
:なに?つまり猫の借りパク?
:いや。元飼い主も怪しくね?
:仮に猫を返さなかった売は窃盗じゃないの?
:泥棒?
:猫を盗んだ?
騒ぎは大きくなって今現在の猫の保護者を特定するまでに至った。SNSは断じ始めている。
「猫は盗まれたもの。あほらしい」
だが元の保護アカウントは炎上状態になって鍵をかけたようだった。迷惑系とかが自宅にも押し寄せているようだ。自宅の場所を調べるとすぐに出てきた。
「んじゃまあ。行きますか」
蒸治はリュックを背負って、ガレージに停めてあった。バイクに乗る。そしてそのままその地点へと向かった。
案の定だ。と蒸治は思いながらフワフワした空間の中をバイクで進む。炎上騒ぎがこの不思議空間を発生させるのは間違いない。バイクを停めて、リュックからチェストリグを取り出して装着する。MP5のマガジンを胸に四本差して、ガンベルトを腰に巻いてグロックを装着する。いずれも装填状態にしておく。mp5kpdwのストックを開いて、銃口にサイレンサーをねじ込む。そしてmp5を構えて早足で移動する。炎上元の自宅の前に辿り着いた。自宅のドアを蹴破って中に突入する。
「クリア。そして案の定なのね」
なかには猫を保護した人物がいた。ぼーっとしている。猫は彼女の膝の上に座っている。だけど何かをぶつぶつ呟いている。
「助けただけなのに助けただけなのにたすけただけなおあのにのたすえけたな」
様子がおかしい。銃口を向けたまま声をかける。
「大丈夫か?」
そう声をかけると女は蒸治に振り向く。
「猫を拾っただけだよぉおおおおお!!!」
「そうだな。あんたは何も悪くないよ」
「だけど誰も信じてくれなぃいい!!」
そして女は立ち上がる。猫を抱えて。すると彼女はどろどろとまるで粘土のように蕩けだす。それは猫を包んで、一瞬光を放ってその場から消えた。そして外を見ると猫の頭をした女の巨人が立っているのを見た。
「なるほど。こういうメカニズムなのね」
すぐに外に出る。猫の頭の巨人は叫んでいる。
「ねこは私はかえせないいいいいいいいいいい!!!」
そして周りに陽炎が現れて人の顔をした猫が周囲を徘徊しだす。
「……処理する」
すぐに蒸治は近くにいた一体の頭に向かって発砲する。それは正確に眉間を貫いて、相手を斃した。小型のモンスターは何もなかったかのように消え去る。
「銃弾は有効。処理を続ける」
そのままぼーっとする人々の間を冷静に駆けながら、蒸治は一体一体づつ小型モンスターを処理していく。そしてだいたいの掃除が終わったころだった。
「可哀そうな猫を返してあげて!!」
のいちの声が聞こえた。近くの家の屋根の上に立っている。彼女は巨人に向かって叫ぶ。
「私が灰になるまで燃やしてあげる!!変身!」
例によって体が光って、次の瞬間には大礼服風ワンピースになった。手には銃剣付きのライフルが握られている。それをのいちは構える。だが銃床が肩の上に乗っている。
「おい。のいち!!」
「え?誰かいるの?!隣のおじさん?!」
蒸治に声をかけられてのいちは慌てる。
「銃床は肩に乗せるな!こうやって構えろ!」
のいちに見えるように蒸治は模範的な銃の構え方を見せた。
「え?そうやって構えるの?」
「そうそう」
「ってそうじゃなくて?!なんでいるの!内緒だって言ったじゃない!!」
蒸治はのいちに返事をしつつも小型のモンスターを撃って処理していく。
「内緒にはしてたぞ。来るなとは言われてないからな」
「揚げ足とらないでよ!!」
「いいからちゃんと構えて狙えよ。さすがに俺じゃあのおっきいのは無理そうだからな」
のいちはそう言われて、猫の頭の巨人に向き直る。すぐに魔方陣がのいちの足元に現れる。
「我は炎を鎮めるもの!すべては燃え落ち灰に帰れ!Arde ad cineres!!」
そしてのいちの銃からビームのようなものが放たれて巨人はそれに飲まれて崩れていく。
「にゃーおん」
いつのまにか騒動の中心となった猫が蒸治の足元にいた。
「全く猫一匹でこの騒ぎか」
蒸治は猫を抱き上げる。のいちがふわりと空を飛びながら、蒸治のそばに降りてきた。
「なんでここに?」
「興味深い現象への自衛権の発動」
のいちは首を傾げる。
「でもここは危ないんだよ。わかってる?」
「そういう君だってそうだろう。ましてや子供がなんでこんなことをする?」
「これは私にしかできないことだから!炎上モンスターが暴れたら世界が危ないの!だから退治する!私は魔法少女だからその使命があるの!!」
「それは子供の仕事なのかねぇ?」
「ていうかおじさん何者なの?!このフワフワ空間は普通の人じゃみんなぼーっとしちゃうのに!」
「俺はただのニートだ」
「ニートって……てかその銃、本物だよね?」
「ああ。コンビニで買った」
「コンビニで売ってるの?!」
「大人は帰るんだよ知らなかった?」
「ええ……ああもう!よくわかんないけどわかったよ!!おじさんは特別なニートなんだね!」
「そういうことだ。子供が戦ってるのにそれを放置しておくのは大人として駄目だと思ったんだ」
「私の心配するより仕事見つけたら?」
「善処しておくよ。まあよろしく頼むよ。一市民として脅威は見逃せないからな」
蒸治は握手をのいちに差し出す。のいちはしばらくその手を睨んでいたが、握手に応じた。
猫は元の持ち主とやらが引き取っていった。それを見届けてから蒸治とのいちは家に帰ることになった。
「乗れよ。ただで帰れるぞ」
「ニートなのにバイク乗れるの?!」
「ニートだからな」
バイクで二人乗りして家に帰る。
「なあ、のいち」
「なにおじさん」
「なんで魔法少女になったのさ?」
「……よく覚えてない。だけどなれたから、やらなきゃいけないの」
「そうかい」
家についてのいちを降ろす。
「これからはついていくからよろしくな」
「わかったけど、危ないから気をつけなきゃダメだよ!もしなにかあったら私が守ってあげるけどね」
「そりゃすごい。じゃあまた明日」
「うん。またね」
それぞれに家に入っていく。すぐに蒸治はSNSをチェックする。だがやはり例によって魔法少女の話題で盛り上がった後に、誰かが投降を消していっているようだった。
「後ろにいるのは……だれだ?」
冷たい瞳で蒸治はモニターを睨む。姿がない敵を彼は慎重に見定めようとしていた。
世界を救うたびにバグる魔法少女をニートなおっさんの俺が止めます! 万和彁了 @muteki_succubus
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